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26 フルト島へ送ろう2

(どうして? だって今は王妃様の誕生パーティーが始まった時刻なのに)


 アシュリーは焦った。このままでは黒狼をフルト島へ送れない。ここの異変を知られれば、黒狼はすぐに王家に連れていかれるだろう。つまりは黒狼の望みが叶わないということだ。


(どうすればいいの!?)


 狼狽してクライドたちを見ると、意外にも彼らは落ち着いていた。前の馬房で真剣な顔で顔を見合わせて何やら話しているものの、驚愕している気配はない。


「あの……?」


 展開についていけず恐る恐る聞くと、クライドが微笑んだ。


「弟たちはおそらく自らの意思ではなく兄上に言われてここにきたんだろう。何せ相手は底意地の悪い兄上だから、こういうこともあるかなとは想定していたんだ」

「そう……なんですか」


 ちょっと拍子抜けした。まずい状況には変わらないけれど。

 クライドが扉越しにフェルナンに聞く。


「きたのは弟二人だけか?」

「いいえ。それと魔術師長様です」


 自分たちの直属の上司の名を聞いて、ハンクとジャンヌの顔がこわばる。

 クライドが静かに続けた。


「そうか。後は護衛の兵士たちだけか? 兄上はいない?」

「はい」


 ハンクが顔をしかめた。


「どうしてわかったんですかね? っていうか王妃様の誕生パーティーは?」

「彼らがきたのは兄上の指示だろうな。会場には兄上だけ残っていればいいと踏んだんだろう。黒狼がいなくなることまではわかっていないだろうが、何か異変を察知したんだろうな」

「それって偽の結界を張る前から、ということですよね? すごいっすね」


 青ざめるハンクに、ジャンヌも眉根を寄せて言った。


「弟君たちをわざわざ寄越したのは、クライド様にプレッシャーをかけるためですよね?」

「当然だろうな」


 クライドが不敵に笑う。

 国王にアシュリーはまだ会ったことはないけれど、クライドにこんな顔をさせるだけでどんな人物かわかる気がする。


「では事前に言っておいたとおり、俺が偽の結界を張りつつ黒狼をフルト島へ送る。ハンクとジャンヌにはその間、邪魔者たちを足止めしておいてもらいたい。決してこの厩舎へは近づけさせないように」

「はい」

「彼らは何かおかしいと思っているだけで、まだ実態は把握していない。だから大丈夫だよ。ジャンヌには俺のすぐ下の弟、ユーリの相手を頼むよ。ハンクは末っ子のジョッシュだ」

「はい」


 ジャンヌとハンクが真剣な顔で頷く。アシュリーは驚愕した。


「じゃ、じゃあ、私が魔術師長様を足止めするんですか……?」


 そんなことできるだろうか。魔術師長なんて顔も知らないのに。恐い人でないといいけど。ああ、でも魔術師長だなんて恐い人しか想像できない。

 でも、黒狼様のためなら。蒼白な顔で奮起するという不思議な様子のアシュリーに、クライドが苦笑した。


「魔術師長はフェルナンが相手をするから心配しないでいい。前代の当主の頃から魔術師長はちょくちょくここへきていたから、フェルナンとは顔なじみなんだ。護衛の兵士たちも一緒にいるだろうが、結界が張ってあるから兵士だけでここへ入ることはできないから」

「ああ、なるほど……」


(よかったわ!)


 ぶはあっと大きく息を吐くと、クライドがフッと笑った。


「アシュリーを見てると、いい感じに気が抜けていいね。なんでも上手くいく気がするよ」


 そして扉越しにフェルナンに告げた。


「弟たちはハンクとジャンヌが相手をする。フェルナンは魔術師長の足止めを頼むよ」

「わかりました」

「弟たちはいまどこに?」

「とりあえず母屋の応接室で待っていただいております。ですが厩舎に用があると、クライド様に早急に会わせろとおっしゃっていて、メイドたちが困っております。弟君たちも魔術師長様も厩舎の場所を知っておりますから、ここにこられるのも時間の問題かと」

「そうだな。わかった」

「それと、アシュリー様はいらっしゃいますか?」

「はい!」


 突然名を呼ばれて驚いた。フェルナンの申し訳なさそうな声が続く。


「魔術師長様がアシュリー様にお会いしたいと言っておられます。なんでも国王陛下からの婚約祝いのお言葉を預かっており、直接伝えたいとのことで」


(国王陛下からお祝いのお言葉!?)


 驚愕したけれど、クライドはその弟なのだ。今気づいたがこのままクライドと結婚すれば、国王はアシュリーの義兄ということになる。


(なんて恐ろしい!)


 畏れ多くて膝が震える。

 そして改めてクライドが王弟なのだと実感した。今まで怯えて青ざめたり固まったり逃げたりしていたけれど、それって不敬罪に当たるのではないのか。考えたら背筋が冷たくなった。クライドはよく笑って許してくれたものだ。


(やっぱりいい人なんだわ)


 改めて思った。


「では弟君のところへ行ってまいります」

「頼んだ」


 ハンクとジャンヌが扉に手をかけて振り返った。中庭の奥の馬房には黒狼の姿がある。黒狼にかすかに笑いかけて、そして二人は素早く外へ出て行った。

 アシュリーは体の前で両手をギュっと握った。指先が冷たい。


「私もフェルナンさんと一緒に行ってきます」


 魔術師長のところへ。奥の馬房に視線をやると、魔法陣の中央で黒狼が頭を下げている。さっきハンクとジャンヌが厩舎を出た時から、ずっとああしているのだ。胸が締め付けられる。なんとしても黒狼をフルト島へ送らねばならない。

 自分なんかに何ができるのかわからないけれど、せめてできることをやろう。


 決意してクライドを見上げると、クライドが微笑んだ。


「わかった。頼むよ」

「はい」


 急いで厩舎を出ようとすると、「アシュリー」とクライドに呼び止められた。振り向くとクライドの真剣な顔がある。とっさにいつぞやの夜の自分に向けられた顔を思い出して、少し落ち着かない気分になった。


「気をつけて。何かあったらすぐにここに戻ってくるんだ。無理はするな。いいな?」


 クライドの表情は真剣を通り越して凄味すら感じる。


「……はい」


 呑まれて、思わず何度も頷くと、クライドがフッと口元を緩めた。そして笑顔でアシュリーの頭をぽんぽんと軽くなでた。


「……なんですか?」


 戸惑いながらも怯えの色はないアシュリーに嬉しそうに微笑んで、そして手を放した。

 アシュリーは言った。


「黒狼様をよろしくお願いします」

「わかった」


 アシュリーは厩舎の外へ出た。明るい昼間の日差しが降り注ぐ中、フェルナンが待っていた。

 ハンクとジャンヌの姿はすでにない。弟たちを足止めにいったのだろう。心配そうな顔のフェルナンに、アシュリーは笑顔で言った。


「魔術師長様のところへ行きましょう、フェルナンさん」

「承知いたしました」


 フェルナンが胸の前で片手を構える。そして安心したように、にっこりと笑った。


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