カイル・ラズ・ミネルバ④
翌日俺は落ち着かない気持ちのまま執務をこなしていた。
するとロイからサクラが目覚めた事を聞きホッと胸を撫で下ろす。
俺はすぐサクラに会いに行きたかったのだが、ロイにここにある書類が終わってからと釘を刺され渋々作業を再開した。
漸く執務から解放された俺はサクラのいる客室に勢いよく入っていく。
そんな俺を驚いて見てきたサクラはノックをしろと抗議してきた。そこで俺はいつもなら必ずするノックを忘れて部屋に入った事に気が付く。
だが今そんなことどうでも良いと思えた。サクラが元気に話しているからだ。
俺は嬉しさを隠そうともせずサクラを見ていると、サクラは思い出したように俺がここまで運んだ事のお礼を言ってきた。
俺は面白いことを思いつきニヤリと笑って重かったと言ってみる。
すると案の定顔を真っ赤にして怒りながら言い返してきた。その反応が面白く笑ってしまったがさすがに可哀想になり冗談だったと教えてやる。
冗談だと言ってもまだ怒りが収まらないのか目を吊り上げて俺を見ていたが、結局諦めたようにため息を吐きそろそろ宿屋に帰ると言ってきた。
どうやら店主へ無断外泊した事を気にしているようだったから、昨夜の内に宿屋に使いを出し外泊許可と今日一日休暇の許可も取ってある事を伝える。
驚き固まるサクラを面白いと思いながら、今日は城の中を案内してやると言ってサクラを部屋から連れ出したのだった。
俺はサクラを城の色んな所に連れていってやった。
図書館、謁見室、玉座の間等普段街にいたら見ることの出来ない所を中心に案内する。
ちなみに嫌そうな顔をしているサクラも実は目を輝かせて見ていた事に気付いていた。ただ時々何かを見てうんざりした顔になる時があったがそれが何なのかよく分からない。
途中俺の執務室も案内した時、中にいたロイが俺達を見て何だか意味ありな眼差しで見てきたのが少し気にはなった。
だいぶ城の中を歩き回り、サクラを見ると少し疲れてきてるように見えたから俺は中庭で休もうと提案する。
サクラはそれを受け入れ二人で中庭の東屋に向かった。
東屋に向かうとそこにはシルバと一人の女性が仲良くベンチに座っている事に気が付く。
俺がシルバに声を掛けると驚いたように振り向き、俺と気付いて女性と一緒に立ち上がり二人で頭を下げてくる。
頭を上げるよう言うと二人は頭を上げたので、俺はシルバの隣にいる女性をまじまじと見て最近よくシルバと一緒にいる女性だと気付く。
するとシルバがその女性を恋人だと言い女性は頬を染めながらアイラと名乗った。
まさかシルバに恋人がいるとは知らなかったので、いつから付き合っているのか問うと昨日の舞踏会からだと言ったのだ。
ああ、あの時シルバが舞踏会に招待したい女性がいると言っていたがこの女性の事か。
なるほどと一人納得していると、隣に立っているサクラの様子がどうもおかしい事に気付いた。
一人で考え込みながらコロコロと表情を変え小さく身悶えているのだ。
俺が不思議そうにサクラを見ているとその視線に気付いたシルバがサクラの事を尋ねてくる。
昨日の舞踏会で俺と一緒にいる所を見ていたらしくサクラは『ニホン』と言う遠い国から来た旅行者だと説明すると、サクラは自分の事を言われている事に漸く気付き二人に挨拶をした。
双方挨拶を交わした後、俺は付け加えるようにサクラは普段は街の宿屋の食堂で働いている事を二人に教えてやると、二人は合点がいった顔をして其々サクラが噂になっている事を教えてくれたのだ。
サクラを見るとどうやら自分がそんな有名になっているとは知らなかったらしい。
しかしこの後シルバがとんでもない事を言ってきたのだ。
サクラが俺の『恋人』だと。
俺とサクラは同時に驚きの声を上げる。
そんな俺達の様子にシルバ達も驚きそしてさらにとんでもない事を言ってくる。
二人が言うには城と街中に俺とサクラが恋仲になっていると言う噂が広がっているらしいのだ。
俺が驚愕に固まっていると、シルバが俺の様子を見ておそるおそる恋人同士か確認してきたので、俺達はまた同時に否定の言葉を口にした。
さらにサクラは俺の事を好きになる筈が無いと言ったのだ。
俺はその言葉に何故か胸がズキリと痛む。その痛みを不思議に思いながら、俺もサクラの事を好きになるはずが無いとハッキリ言おうとして、『好きになるはずが無いと』言う所で言葉が詰り最後まで言いきれなかった。
・・・俺は本当にサクラの事を好きになるはず無いのか?
俺は俯きズキズキ胸が痛み続けながら自分の気持ちを考えていた。
すると突然目の前に心配そうに覗き見て来るサクラの顔が現れたのだ。俺は驚き咄嗟に後ろに大きく飛び退く。そして動揺して顔を赤くしながら視線をサクラに合わせられないでいた。
サクラはそんな俺を見て体調が悪いのかと聞いて来たので、俺はその言葉に乗り体調が悪くなったと言い訳をしてその場を辞すり、踵を返して急いで城の中に入っていったのだ。
その後俺は私室に籠り一人悶々と考え込んでいた。
途中ロイからサクラは宿屋に帰ったと報告がありさらにお見舞いの言葉も残していったらしいが今はそれどころでは無かったのだ。
俺はサクラの事を考えると、脳裏に次々とサクラの色んな表情が浮かび上がってきた。そしてその全ての表情に一喜一憂している自分に気付き真剣に自分の気持ちに向き合う事を決める。
一晩明け殆ど一睡もせず考えそして結論が出た。
・・・俺はサクラが好きだ。
そう自覚すると今までサクラに対する態度や行動の意味が漸く理解できたのだ。
しかし俺は王子と言う立場上いつかは妃を娶らなければいけないことを思い出す。だが俺が妃に迎えたいと思うのはただ一人だけだと強く思い俺はすぐさま父上達の下に向かった。
父上と母上に対面し俺は自分の気持ちを正直に話す。そしてどうしてもサクラを妃に迎えたいと強く願うと、最初は異国の女と言うことで渋っていた父上も漸く折れてくれ、これから数日間サクラと会わず執務と公務を真剣に取り組む事を条件に渋々了承を得ることが出来た。母上はと言うとそもそも反対するつもりはなく好きな人と一緒になる事は良いことだと言ってくれたのだが、ただしサクラも俺を好きになる事が絶対条件だと言われたので、絶対好きにさせると自信満々に宣言した。
二人から了承を得てまず父上の条件である執務と公務を真剣に取り組んだ。この事を知っているシルバやロイが側で暖かい目で見てきていた。
数日間俺はサクラに会いたい気持ちを抑え、執務と公務の日々に明け暮れ漸く父上の条件を達成する事が出来たのだ。
そして次に母上の条件を達成するべく俺はロイに命じサクラに沢山の贈り物を届けさせる。
本当はすぐにでも会いに行きたかったが、まだ執務が沢山残っていた為とりあえず先に贈り物を贈りその後会いに行くつもりだった。
だが、日暮れ頃申し訳無いと言う表情のロイが執務室に入ってきて、サクラに贈り物を全部断られたと言ってきたのだ。
どうやらこんなに遅くなったのはサクラの意向で全部店に返してきたからである。
俺は一個も受け取らなかったサクラに怒りが込み上げ、今すぐサクラの下に行こうとしたがロイにこれから行くとサクラに迷惑がかかるからと言われ今日の所は我慢した。
しかし次の日になってもやはり怒りは収まらず、昼過ぎにサクラのいる宿屋に乗り込んで行ったのだ。




