カイル・ラズ・ミネルバ②
それからほぼ毎日俺はサクラを連れて街を案内してやった。
しかし最初の頃はわざわざ朝から迎えに行ってやったのに、サクラは一日中連れ回されると店に迷惑がかかるからと怒ってきたので仕方なく昼間の忙しくない時間に行ってやることにしたのだ。
さて、今日は何処に案内してやろう?
そう今日の事を考え機嫌良く宿屋に入ると、何故かそこにサクラの姿がなく店主がすまなそうに俺を見てきた。
そして店主にサクラの事を尋ねると、少し前に一人で街に出掛けて行ったと教えられる。
俺はそれを聞いて怒りにうち震えながら宿屋を飛び出していった。
街中を俺は散々探しまくり漸く物陰から何かを見ているサクラを発見することが出来たのだ。
俺は見付けた勢いのままサクラの束ねた髪を後ろから掴んで引っ張った。
すると呻き声を上げ涙目になりながら俺を睨んできたのだ。
怒っているのは俺の方だ!!
何故俺を待たなかったのか問い詰めると、一人で出掛けたかったと言ってきた。
俺がわざわざ時間を割いて案内してやってるんだと怒りを露わにして言うと、サクラも負けじと頼んでないと言い返してきたのだ。
俺はその可愛くない態度にムカムカしていたのだが、ふとサクラが手に持っている本が気になった。
初めて見る装丁でそんなに厚みの無い小さなその本に興味が湧きサクラの手から奪い取る。
何故か焦るサクラを無視し、俺はその本の中身をパラパラめくって中を見たのだがさっぱり何が書いてあるのか分からない。
多分雰囲気からして文字なんだろうと思うのだが見たこともない文字だった為読めなかった。
サクラは必死にこの本を取り返そうと手を伸ばしてくるので、俺は本を片手で高々と持ち上げ届かないようにする。
俺は悔しそうに睨んできているサクラに、この何が書いてあるのか読めない本が何なのか聞いてみると、少し考える素振りを見せた後『この国の案内書』だと答えた。
そしてこの案内書があるから、もう俺に案内してくれなくても良いと言ってきたのだ。
さらにサクラは、毎日俺が案内する為に公務や執務を人に押し付けて来ていると思っていたらしく、俺の事を『我儘!俺様!馬鹿王子』と思っていると白状してきた。
俺は怒りながらサクラの頭を拳でグリグリとしてやる。
サクラは痛がっていたが無視する事に。
暫くやったことでだいぶ気が収まってきた俺は、本を返せと言ってくるサクラと本を見てふと良い考えが浮かんできた。
この本はとても大事な本らしく、どうしても返して欲しいと訴えてきたサクラに俺はニヤリと笑い交換条件を持ち掛けたのだ。
本を返して欲しくばこれからも俺の暇潰しに付き合えと。
そう、最初の頃は本当に哀れに思い案内を買って出たのだが、途中からサクラと街に出る事が楽しくて仕様がなくなり、今では案内と言う名目で出掛ける事が止めたく無くなっていたのだ。
そして俺は不満そうなサクラから約束を得る事に成功したのである。
俺はニヤニヤしながらサクラに本を返してやり、そのまま腕を取って街中に向かって歩き出したのだった。
俺は出来れば毎日でもサクラと出掛けたかったのだが、王子である以上公務がある日が必ずある。
昨日サクラを宿屋に送り届けた帰りに明日は街に視察に行く公務があるから来ることが出来ないと告げると、サクラは少し嬉しそうにしたのが気に食わなかった。
その事を思い出し少し機嫌が悪くなったが今は公務の最中。すぐに顔を引き締めた。
・・・明日は絶対疲れるまで連れ回してやる。
そう心の中で呟き住居が建ち並ぶ通りを歩いている。
家の前で頭を下げる人々に言葉を掛けながら何か問題は無いかと聞いて回っていると、突然強い風が吹きそして頭上で瓶の倒れる音がしたと思った次の瞬間俺の頭に水が掛かってきたのだ。
辺りは静寂に包まれ俺の髪から地面に落ちる滴の音だけが響く。
俺は何が起こったのか分からず呆然としていると一人の男が顔面蒼白になりながら必死に謝ってきた。
男の話ではたまたま二階にある自分の部屋の鉄柵に花瓶を置いていた所、今の突風で花瓶が倒れ中の水が溢れて来たのだと。
男は涙を溢しながら謝って来るので、俺は気にしていないと告げこれからは気を付けるように言った。
本当は凄く恥ずかしく早くこの場から立ち去りたいのだが・・・。
そうして男から視線を外した時、視界の隅に一瞬見覚えのある色が見えたのだ。
俺はその色が見えた建物の間の小道をじっと見つめ、不思議そうに見てくる護衛の者達にこの場で待機するよう命じ俺は小道に入っていった。
少し薄暗く人気の無いその道の先で小さく壁を叩く音が聞こえてくる。
俺はその音がしている所に近付き予想道りそこにいたサクラを見付けた。
サクラはこちらに背を向け片手で腹を押えもう片方の手で壁を叩いている。その肩は小刻みに震えている様子から声を抑えながら笑っていると分かった。その笑いの原因が多分さっきの俺を見ての事だと察し沸々と怒りが湧き上げてくる。
俺はゆっくりサクラに近付き片手でその頭をガッチリ掴んだ。
突然俺が現れた事に恐怖の悲鳴を上げて振り返ってくる。
そしてどうしてここにいるのが分かったのかと問われ、小道に入っていく黒髪が見えた事を告げると今度は頬っ被りでもするかと言って全く反省した様子を見せなかった。
俺が頭を掴んでいる手を強めた事で痛がり漸く謝罪の言葉を発したのだ。
本当に謝罪の気持ちがこもっているか確認してから手を離してやった。
サクラは相当痛かったのか頭を押さえて俯いていたが、何かに気が付いたのか顔を上げ俺を見てくる。そして突然腹を抱えて笑いだしたのだった。
ついさっきもう笑わないと言ったばかりでもう笑い出した事で俺はまた怒りが込み上げてくる。
俺が睨み付けて怒るとサクラは笑いを堪えながら謝罪してくるがもう信じてやる事が出来ん。
しかしサクラはそんな俺にあろうことか頭を下げろと言ってきたのだ。
さらに怒りを増して睨み付けていると、サクラはそう言う意味では無いと言い何故か俺が頭を下げないと困ることになると。
俺はその言葉の意味が分からず怒りを抑え困惑しながら言われた通り頭を下げた。
すると俺の髪にサクラが触れてきたのだ。
驚いて固まる俺に気付かず優しく髪に触りそして何か引き抜いた。
俺はゆっくりと顔を上げサクラの手に一輪の花が握られている事に気付き、サクラからそれが俺の髪に刺さっていたと聞いてさらに驚愕に固まる。
俺はそれが刺さったまま皆の前にいたのか!!
ふとサクラを見ると徐にポケットからハンカチを取り出し俺の髪を拭いてきた。
俺は一瞬体がビックっと反応したが結局大人しくその行為に身を任せる。何故か俺はそれが嫌では無かったのだ。むしろサクラに触れられ気持ちが良いとさえ思っている。
ボーとサクラを見ているとサクラがチラリと俺を見てきたので思わず俺は目を逸らした。頬が熱く感じるが気にしないようにする。
すると突然サクラが含み笑いをこぼした。
また笑い出したと睨み付けると俺が照れて可愛いと言ってきたのだ。
俺が可愛いだと!?俺は男だぞ!!可愛いのはどっちかと言うと・・・・・。
そこでハッとして頭に浮かんだ考えを振り払った。
さらに顔が熱くなっているのを感じながら、サクラを見ると笑みを深くして俺を見てくる。その笑顔を見て心臓が大きく跳ねた。
俺は動揺を悟られないようにサクラからハンカチを奪い取り自分で拭きながらその場を後にしようとした。
しかしふと足を止め顔だけ振り返りサクラを見ると笑顔で俺を見送っている。
俺はその笑顔を見て思わず『可愛いな』と言ってしまったのだが、すぐに自分の発言が恥ずかしくなりすぐさま前に向き直りその後もう振り返ること無く来た道を戻って行ったのだった。




