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ナルシスト夫婦の適材適所  作者: あさままさA
【6】ナルシスト夫婦の夏季休暇
68/71

勇「ビームを口から吐き出してますよ」

 一番最初に起床して持ち込んだインスタントコーヒーを楽しんでいた三浦さんや「なかなか寝られず、寝不足だ」と語る真奈に「ここはあなたの別荘でしょう」とツッコミがしたくなる……そんな妙な個性が発揮されつつも、とりあえずはリビングにて全員集合。朝食をどうするかという話になりました。


 昨日、夕食の買い出しを行った時に朝食の分も食材を買っておけばよかったのですけれど、そこまで知恵が回らず……という訳でリビングにて相談していた私達。外食という意見も出ましたが、この近所でこの時間帯――早朝にモーニングメニューを食べられるようなお店は喫茶店くらいのもので、それでは味気ないという反対意見に打ち負かされて振り出しに戻った朝食の行方。


 すると、真奈が手を古典的にポンと叩いて私と三浦さん――筋力に恵まれている男性二人を引き連れて、別荘から出るよう言いました。その言葉に従って屋外に出ると、私と三浦さんは真奈に導かれるがまま別荘の裏側へと回り、そこから開かれた裏口の前まで案内されました。


 どうやらそこは別荘としての面目役所。夏にしか利用しない建物だからこそ、その裏口――内部は倉庫となっている空間には、この季節を楽しむためのアイテムが大量に納められているとの事。


 それが朝食をどう結びつくのか……そう思っていましたが、内部に入ってすぐにその疑問は氷解。


 薄暗く、外界の明かりがなければ光源を得られない、埃に満ちたその空間の中から発見した「あるもの」を真奈は持ち出すように指示し、私と三浦さんは幾つかに分けて段ボールに収納されている「それ」をリビングへと運び、戻りました。


 そして、一同も疑問の氷解と共に興奮に満ちた瞳をキラキラと輝かせます。


 まぁ、私個人としてはこれ……朝食はお預けって意味だと思うのですけれど。


 そう、バーベキューのセットが発見されたのです。


 組立てて、網を被せれば十分に使えるバーベキューセットが意味する先――つまりは、海にて灼ける太陽とじりじりと燃える炭焼きバーべキューの熱を伴いながら、夏の定番といえる食事を楽しむという事。


 そして、食材を仕入れるためのスーパーが開き、買い出しを終えて準備が整った上で海へと赴いて、網の上で肉が焼けるまで食事はお預けという意味でもあります。


 実質、朝食抜き……。


 まぁ、昼頃になると思われるバーベキューのためにお腹を空かせていると思えば、それなりに心地よい苦悩だと言えるでしょうか。


 ――というわけで、時間が過ぎるのを空腹と共に待って朝十時。近所のスーパーの開店時間という事で車を走らせた私。真奈が基準も分からぬまま決めたメンバーは私、何故か態度とは裏腹に助手席を掻っ攫った夕映、後部座席に優。そんな三人を乗せての出発。その道中、エンジンの起動に伴って車内に鳴り響くデスメタルに優は「お前さん、こんなん聞くのか?」と問いかけてくるので、「いえ、夕映が持参したんですよ。意外ですよね」と言うと「なるほど」と納得した彼女。隣に座る夕映は珍しく私に食ってかかるような態度は取りませんでした。


 うーん、噛みついてきそうなものですけれど……。


 そういえば、朝からどことなく夕映と妙に親しそうな優……何かあったのでしょうか?


 そんな思考はさておき――バーベキューにある程度の知識があるように思われる三浦さんが託してきたメモを片手に、まずはナビを頼りつつホームセンターへと向い、木炭や着火器具、その他バーベキュー用品を購入します。


 何だか、この時点で食事に掛ける金額として割に合ってないようにも思いますが……まぁ、それは気にしない事にしましょう。


 続いてスーパーにて肉や野菜、そして飲み物を購入します。ビールを大量にカゴへと放り込む優に対し私も自分の飲む缶コーラを投じつつ、気遣いとして手に取った「カシスオレンジ」の缶カクテル。夕映の趣向に配慮した選択のつもりだったのですが――しかし、優は「いや、夕映にはビールを飲ませる。俺の強制でな」と何故か強く言って私の気遣いを制してきます。


 うーん。夕映はそれでいいのでしょうか……。


 そんな彼女はきょとんとした表情で優を見つめています。


 まぁ、私は一応こうして気遣いを行ったという事で自己満足しておきますか。


 買い物を終えて別荘へと帰宅すると、食材を串へと刺す作業へと移行します。その作業にて出来上がった串は別荘を探っていて発見したというタッパーに入れて、海まで運ぶ予定となっています。ちなみに飲み物は、同様に発見されたクーラーボックスに氷と水を注いでその中に沈めて持ち運ぶ事に。


 夕映が「このクーラーボックス、魚くせーですよ」と騒いでいたのが気になりますが……。


 野菜、肉を切るのは優と三浦さん。残ったメンバーで二人が切った食材を串へと刺していきます。


 何だか調理実習みたいで楽しい。

 ――そう思っていると不意に。


「おっと、手が滑っちまったです」


 そう言ってわざとらしい笑みを浮かべて私の背中に串の先端を突き刺してくる夕映。


「イタタタ! な、な――な、何をやってるんですか、夕映!」


 皮膚を貫くほどではなくとも、十分に余韻の残るくらいの攻撃に対して過敏に一歩身を引いて訝しむように夕映を見つめる私。


 一方、夕映はふんぞり返って高圧的な態度。


「ですから、手が滑っちまったってんですよ」

「わ、私を食べるつもりだったんですね!」

「いやいや、食ってもうまくねーようなのを刺しても仕方ねーですよ」


 夕映は挑発的に私を串の先端で指しつつ、不敵に笑みます。


「優、暴力ですよ、これって! いいんですかね!」


 ついつい、妻に助けを求めてしまう情けない旦那たる私。


 そんな私に対して「何だよ、うるせーなぁ」と面倒くさそうにまな板上の野菜へと視線を落としていた優がこちらを向くと――瞬間、不機嫌そうな表情。


 自分の旦那が串を向けられている事に苛立ったのでしょうか?


 だとしたら、夕映――私の大勝利です!


 などと妻が味方についたと思い込んで余裕綽々に夕映を見つめる私――しかし。


「……お前さん、何だよそれ! 肉ばっかり串に刺しやがって!」


 優の言葉に作業を行っていた皆が手を止め、一斉に視線は私の手に握られている串へ。


 私の串にはひたすら肉が刺されている――そんな光景に硬直して見つめる五人。


「だ、だってピーマンとか苦手なんですもん。私、嫌いなんですよ」

「でも、それを誰が頬張るかは分からないんだよ?」


 三浦さんの指摘する言葉。


「それにしても、お前さん……好き嫌いなんかあったのかよ」

「だ、だって……苦いの嫌いだって普段から言ってるじゃないですか」


 私の言葉に嘆息する優と、どこか物悲しそうに私を見つめる真奈。


 ですが――こんな筋肉質の男の外見だから、そう思われるんですよ。


 これは男女差別です。


 例えば、夕映のような小さい体躯をした少女が「ピーマンなんか食えねーってんですよ」とか言えば、皆はこのような冷ややかな対応はしないはずなのです。寧ろ、温かい目で見つめられるくらいで。


 そう思うと夕映、何だか得してますよねぇ。


「そういえば、おねーちゃん。よく小学校の頃には給食で食べられないものを給食袋に放り込んで、汁ボタボタの状態で帰って来たもんねー」

「愛衣、そういう余計な事は思い出さなくていいのです」

「とはいえ、ダイレクトで入れるのもどうかと思うけれど」


 真奈がそう語ると、ますます憐れみの表情を浮かべる五人。


 うーん、どうして私が間違っているみたいな空気になっているのでしょうか。


「まぁ、でも夕映だってお肉好きでしょう? 野菜、嫌いでしょう?」


 私が同意を求めて夕映に問いかけると、やはりというか分かりきっていた不機嫌そうな、猫の威嚇を思わせる表情を浮かべてこちらを睨みつけます。


「は、はぁあ? お子様と一緒にすんじゃねーですよ!」

「またまたー。分かってますよ、本当はお肉食べたいですよね?」

「あたしは野菜だって食べられるってんですよ」

「嘘ついちゃってー」


 私が夕映をからかう会話によってどこか、憐れんだ視線は払拭されて温和な空気を取り戻したようで私は胸を撫で下ろす思いの中――どこか優は、笑っていない気がしました。

 

        ○

 

 ――準備を終えて海へと移動した私達。


 私と三浦さんはバーベキューセットを組み立てます。――まぁ、とはいっても私は彼に指定された部品を手渡すだけで、組み立てが終わってしまえば着火等は三浦さん一人で行っている現状。


 バーベキューを取り仕切るスーツ姿の男、砂浜にて――本当に、変な絵面ですねぇ。


 とはいえ、随分と手慣れたもので、着火剤と新聞紙を上手く使って簡単に炭への着火を行う三浦さん。炭に火をつけるのって、結構難しいって聞きますけど……。


「三浦さん、随分と手際がいいですけどバーベキューとかよく行くんですか?」


 私の問いかけに火の面倒を見つつ三浦さんは「そうだねぇ」と語り始めます。


「あくまで個人的に、だけど行くかな」

「個人的って……」


 世の中、一人焼き肉や一人カラオケがあるのは知っていますが……三浦さん、まさかの一人バーベキューを行ってしまう猛者なのでしょうか。


 でも、この人の臆面の無さなら――やりかねない!


 三浦さん監修の下、串を網の上に並べる許可が出たため、タッパーに詰めてきた串刺し状態の食材を炭の香ばしい匂いの漂う焼けた網の上に投じると――瞬間、食欲をそそる脂身が熱に踊る音に私達は「おお!」と感動にも似た声を上げてしまいます。火の上で炙られる食材、弾けるような小気味よい音を聞きながら私が空腹に突き動かされて必死に見つめるは自作の肉だらけな串。少しずつ涎を誘発しかねない香ばしい色へと移り変わっていく肉の表面を煙が纏い、私はその串に刺さった肉を口へ放り込んだ瞬間を想像します。


 あまりの熱さに舌の上を踊り、しかし咀嚼すれば溢れ出す肉汁と程よい食感。喉を通り越せば次を欲する、魔性の味覚――早く、早く!


 と、思っていると――、


「お、美味そうに焼けてんじゃねーですか。いっただきまーすですよ」


 そう言って、私が高価な玩具をキラキラとした目で見つめる子供のように育てていた肉オンリーの串を横から掻っ攫う夕映。


「………………」


 瞬間――私の頭の中が真っ白になり、思考は停止します。


「ん? 何を燃え尽きたような顔してんですか? って……あぁ、この肉だらけの串をずっと狙ってやがったですね?」


 夕映の挑発的な視線、セリフで瞬時に我を取り戻す私。


 彼女へと詰め寄り、恨めしそうな……しかし泣き出しそうな表情で見つめる私に、夕映も流石に少し臆したような面持ち。


「な、何ですか……」

「野菜も食べるんではなかったんですか!」

「ど、どうせ、野菜食わないって言ったのは勇の方だってんですよ」

「いやいや、それを心外だと言ったのは夕映ですよ!」

「いや……でもあたしはイメージを守ったっていうか」

「ありのままの自分を曝け出したらいいじゃないですかぁ!」


 私はそう言いつつ、しっかりと手に握られた夕映の串を見つめて「流石に横取りするわけにはいかないか」と肩を落として再び網と向かい合います。


 結局、ピーマンや玉ねぎが肉と交互に挟まった串を手に取り、昨日と同様に優は乾杯の音頭を取ります。彼女と真奈、三浦さんは缶ビール……と思っていると、優は宣言通りに夕映へとビールを勧めました。何だか抵抗していたように見えた夕映ですが、最終的にはすんなりと受け取ったのが少し妙ですね。


 ……まぁ、それほど気にする事ではないのでしょうかね。


 私は缶コーラ、愛衣は「自前らしいガラスのコップに剥がすタイプの蓋がついたよく正体の分からない水のようなもの」を手に――乾杯しました。


 とりあえず、潤いを欲している喉にコーラを放り込みます。喉に程よい刺激を伴う炭酸が通過した感覚に浮かべてしまう表情はビールを飲んでいる優達と変わりません。


 そして、串に刺さった肉と野菜。まずは先端に刺さっている肉から。口に運び、咀嚼してみれば瞬間――納得します。


 美味い!


 ――これは予想通りの想像以上。


 調味料も伴っていない肉が、この網焼きで纏った焦げ目と風味、肉汁だけでこれほどに豊かな味わいを醸し出すとは……私が漫画の世界の住人だったら叫びながらビームを口から吐き出してますよ、コレ。


 そしてお次は……ピーマンですねぇ。目にも優しい緑色の外部に伴った焦げ目が何だか不気味な様相を更に引き立てていて、全く食べる意欲が湧かないのですけれど。


 まぁ、これも乗り越えるべき障害――ええい、その次に待っている肉のためだ!


 そう決心して口内にピーマンを投じる私。


 熱を有するピーマンが私の舌の上を転がり、独特の触感から咀嚼を躊躇うもそこは我慢して噛み、染み出る味を受け止める――と、私は目を見開きます。


 あれ、これも美味しいじゃないですか!


 仄かに口の中で広がる苦みも、それに寄り添う香ばしさによって絶妙に中和されています。家で調理したのでは伴わせられない独特の風味が私にも受け入れやすいです。


 馬鹿にされるのであまり大きな声では言いませんが、内心ではピーマンを攻略したという優越感というか、逆上がりが出来た子供のような自分の成長への自惚れに少し浸ってしまいました。


 そんな最中、愛衣は焼く事に集中している三浦さんの口元へと串を運んで食べさせてあげていて、妹ですけれどもの凄く羨ましくなります。


 よりにもよって、何で三浦さんが……。


 一方で案外、平然とビールを飲んでいる夕映を見てまた「意外ですねぇ」などと感じていた最中――、弾けるような音が鳴り響きます。


 その音源は、空から――。


 太鼓の音にも似た破裂音の連なり、空を見上げても掴めない由縁を必死に私は見上げて探してしまいます。


 そんな時、愛衣がぽつりと漏らします。


「もしかして、花火?」


 そんな愛衣の呟きに対して、思案顔を浮かべた真奈は「そういえば」と言います。


「きっと今のは段雷、だね」

「だ、段雷?」


 聞き返す愛衣に首肯する真奈。


「段雷っていうのは、祭りを知らせる花火の事――となると、アレは今日だったのか」

「アレって何だよ?」


 懐疑的な表情を浮かべて、串を頬張る手を止めて優が問いかけました。


「今日は盆という事でお祭りがあるのだよ。そういえば幼い頃、この別荘から連れて行ってもらった覚えがあるけれど……今日だったのだね」


 腕組みをした真奈は想起を口にし、その言葉に一同は「お祭り!」と驚きを込めたセリフを発しました。


 そう――私達の街には祭りを行うべき寺がなければ、そういう風習もないのかお祭りと呼ばれる行事は全く催されないのです。なので、行われているという事実がこの海と同様に珍しいものとして聞こえる私達。


 未経験の身としては気になる。それは参加経験のある真奈を除けば、大なり小なりあったとしてもそれなりに合致する意見なのです。


 とはいえ――祭りはきっと夜で、私達の予定は一泊二日。


 と思っていた時――優が提起します。


「盆は三日あるんだしさ、もし皆が問題ないっていうなら――参加してみないか? 真奈にあの別荘にもう一泊させてもらう許可をもらうのが先かもだけど」


 優の意見に真奈は「別荘は使って貰って構わないよ」と言い、各々も「問題ない」と口にします。そして、瞬間的に夏祭りへの参加はあっさりと決定しました。


 海だけでなく、そういった経験も出来るのはラッキーですねぇ。


 しかし、そんな胸中とは裏腹に――愛衣は三浦さんに対して「楽しみですねぇ」と語ったりしている光景の中、夕映に耳打ちする優の姿が印象的に私の目に止まります。


 随分と打ち解けた風に見える勇と夕映……何か二人の間に転機となるような事があったのでしょうか?

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