優「殺す必要なんかねーだろ」
……何だかんだでぐっすり寝てんじゃねーかよ。
隣で俺の手をしっかり握りつつも意外とうるさいいびきをかいて眠る勇をジト目で見つめ「俺も昔はこんな騒音をまき散らして眠っていたのか」と思う。
完全に冴えた目、伴わない眠気に導かれたようにむくりと起き上がる。繋いでいた手を解き、俺はベッドから降りると勇を起こさないようにゆっくりと室外に吐き出される扉を開き、退室して後ろ手で再び閉める。
特に尿意を催したわけではないけれど、トイレにでも行っておこうかと思ったのだ。
一階に位置するトイレへと赴くべく、階段の方向へと歩む最中――リビングを見下ろせる形となっている構造上、視界に入ってしまう一階の風景。
その光景を一瞥した瞬間、俺は幽霊と邂逅でもしたかのように肝を冷やす。
照明は光を吐き出さずに、大きく切り取られた窓から侵入する月明かりのみが光源となるリビング。ソファーの上に一人――少女が青白い光を受けて冷たい印象を湛えた様相でひっそりと、座っていたのだ。
俺は目を凝らしてその光景を見つめ、次第に暗闇に適応してきた視界は一つの判断を下す。
――夕映だ。
こんな時間に何をやっているのだろう?
そんな疑問は胸中に浮かぶも、それは俺だって変わらないのだ。眠れず、伴わない睡魔を誘発するためにそうして時間を潰している……そう思えば別段、不思議な光景ではないはずだ。
しかし――俺は少し、気に掛かっていたのだ。
眠れなかったのは確かに勇と一緒に眠るというシチュエーションに緊張した。それもあるのだけれど、勇が俺の「結婚式を挙げて、ウェディングドレスを着たい」という欲求に対して語ったある事実が初耳で……一気に俺の脳内を席巻するほどのエネルギーを持った情報に対して、睡魔は勝てるはずもなかったのだ。
勇は仕事を辞める――その事実は、夕映にどう響いているのだろう?
詳細は知らないけれど、きっと夕映はその事実を知っているのではないだろうか?
そして、俺はもう一つそこから連なる予感を抱いていた。余談的ではあるが今回、勇の職場が盆を休む理由が彼の退職に対して同僚と別れを交わすちょっとしたイベントを催すための粋な計らいだとしたら――夕映に伝わっていないはずはないだろう。
まぁ、そうは言っても今の勇はあの職場に入って数か月……そんな計らいを行って貰えるというのは考え過ぎだろうか。
とりあえず、閑話休題。
夕映が勇へと好意を抱いているのを、俺は知っている。
ならば――海へ行く、この機会に告白しようと思うのではないか?
もう会えなくなる。連絡を取れば会う事だって可能だろうけれど、確定的に身近な存在ではなくなる勇に対して、最後のチャンスだと今回の旅行を解釈していたら?
そんな最中――「入れ替わり」と「婚約を結んでいる」という二つの事実が彼女に突きつけられたのだとしたら?
そういった思考を伴わせると、俺はここからこうして夕映を見つめ、彼女が一人で何を思考しているのだろうか……それを思い、胸が張り裂けんばかりだった。
――本当は、過去のセクハラくらいで怒る気はなかった。
――でも、明かされた事実で行き場を失った恋心は、そこで爆発させるしかなかった。
――抱え続けるなんて、辛すぎるから。
それは、俺の妄想の域で留まる事なのだろうか?
何だか、この階段を駆け下りて彼女の話を聞いてやりたい気になる。
――しかし。
俺が彼女にとって言葉を交わす存在としては、最も不適切な存在ではないのか?
何故なら、俺は勇の――。
――と、そんな思考をしていた最中、不意に振り返った夕映と目が合ってしまう俺。俺の存在に驚き、体をびくんと反応させるも随分と落ち着いた風な夕映。僅かな光源たる月明かり、その借り物の輝きを伴った二つの怪しく輝く瞳がこちらへと向けられている現状――俺は気まずさを胸に仕方ない、と階段をゆっくりと降りる。
リビング、ソファーに腰掛ける夕映はロックグラスに注いだ何かを口に運んでいた。その正体を探ると、テーブルに置かれた瓶ですぐに判断が出来た。
とはいえ、俺は「意外だな……」という感想以外に何も脳内に浮かべられない衝撃に揺さぶられて言葉を失い――そんな反応を「くすくす」と笑う愛衣ちゃんは「座って下さいよ」と言った。
俺は言葉通り、ソファーに腰掛け彼女と向かい合う形となる。
「意外、でしょう――あたし、本当はビールなんかは勿論の事、こういう酒も飲めるですよ。ウォッカって奴です。背伸びなんかじゃなくて、きちんと喉の灼ける度数の高いこの酒をあたしは、理解して楽しんでいる。だから、こうして持参してんですよ」
どこか自虐的に語った夕映。
夕映は別荘内に設置された製氷機から拝借したと思われる氷をグラスに入れ、持参したらしいウォッカを注いで一人で飲んでいた。
何だか、夕映のイメージは今日――変わっていく一方だ。
「そんでもって煙草、確かに意外だ。……構わないから吸ってくれ」
俺はグラスとは逆の手で挟むように持っていた煙草を一瞥し、夕映に促した。
どうも他人に副流煙を吸わせる事を良しとしない人種だったようで、夕映は「いいですか?」と遠慮がちに問いかけてきたので俺は首肯する。すると、ライターの擦れる音が響き、夕映は見た目にはそぐわない紫煙を燻らせる構図となった。
「こんな幼い外見してますけど、ホントはすげー大人っぽい趣味してるかもですよ? あたしはそんなつもりじゃねーですけど、本当に好きなもんがそーいうもんだったら……仕方ねーですよね」
夕映はどこか、俺と……それから勇の胸中に共感をもたらすような言葉を口にした。
本当に好きなもの、か――と思う。
そう、思っていると――。
「案外、通じてんですよ。優さんや、勇と私は」
夕映は天井に溜まった茫漠とした闇に視線を預け、含んだ煙を吐き出すとそう言った。
俺はその言葉に暫しの間――思考に伴う時間を要して語る。
「分かるような、分からないようなって感じだな」
「今はお二人、そーでもねーでしょうけど。あたしは今でもそうして生きている……って言えば分かるじゃねーですかね? あたし、今までこんな一面なんか見せなかったですよね?」
夕映はどこか享楽的な意味合いを感じさせる笑みを浮かべ、ぶっきらぼうに言った。
こんな一面――そう、今日は夕映の意外な一面を見る事が多かった。そして、夕映は俺に対して言ったのだ。「猫を被っていた」と、そのように。
それはつまり――。
「自分を偽ってきた。……そういう事か?」
俺の問いかけに夕映は首肯を伴わせて「そーですよ」と言って続ける。
「きっと優さん、腑に落ちてねーでしょう? あたしが勇に対して意地悪な態度を向ける理由……まぁ、あたしがあの人を好きだってのは知ってるでしょうから、ある程度の予想はついてるでしょうけど――何だかんだで人間は気になるはずですよ。誰かが誰かを、どうして好きになるのか……本能的だ、直感的だって言っちまえばそれまでですけど、それまでに出来ずに疑問符付けちまうでしょう?」
夕映は俺に問いかけると、再び煙草を咥える。
あまりにそぐわない彼女の挙動……しかし、決して大人びた姿を演出する子供のものとは思えず、あくまで自分の趣向であるという印象を受ける。
気にならないと言えば、嘘になる。
でも――。
「……聞いて、いいのか?」
俺が恐る恐る、といったイントネーションで問うと夕映は「ふふっ」と笑った。
「いいですよ――ちょっと長い話になりますけど、大丈夫ですか?」
俺が「いいよ」と言って首肯すると、夕映はテーブルの上に置かれていた灰皿で煙草の火をもみ消しつつ含んだ煙を吐き出し、そして空いたグラスにウォッカを注いで一口、飲むと――遠い目でまた天井の闇に視線を預けて語り始める。
「背が伸びねーと思ったのは中学校の頃だったですよ。皆と比べて伸びない身長のせいであたしは子ども扱い。そういうキャラクターを押し付けられて過ごす学校生活でしたけど、それって案外悪くなかったですよ。あたしはそれなりに学生時代から狡猾でしたから。そのキャラクター性に寄り添えば楽に人から好意的に接してもらえる事を知ったです。でも、それは自分を押し殺す事で……本当の夕映って人間は奥底に仕舞っておく事になるです。でもリターンが大きいですから、苦にならないですよ。ちょっと、この利害関係に関しては貴方方とはちげーですかね」
「そうだな……俺や勇は性同一性障害をばらさぬように演じるって意味では、被害を防ぐって意味だったからな」
俺がそう言うと、「まぁ、あくまで似てるってだけですからね」と言って続ける。
「でも、人間は一度手に入れたイメージは払拭出来ねーんですよ。急に背が伸びれば周囲はあたしを子ども扱いする事に抵抗を持ちやがるでしょーけど、でもそういった劇的な変化がなければ一生、このまま。人間、生きててグループ毎に抱かれているイメージが違うなんて事はまずねーですよ。人間変われない事と同じように、相手から抱かれる印象も変えられねーですから――どこへ行ったって、あたしのイメージは一貫してたですよ」
「つまり、幼く可愛らしくて、守ってあげたいキャラクターって事か?」
「そうですよ。自分からそんなキャラクターに寄り添えばもう、悪循環するってんですよ。メリットは生まれてるですけど、もう撤回出来ないくらいに自分はそういうレッテルを貼られるです。自分で不本意なビラ撒いているようなもんです。ですから、あたしは皆に気に入られ、求められ、予想を裏切らないキャラ造形を自分で行ってきたですよ」
そう語って、夕映は切なく、どこか壊れそうな表情でグラスの氷を見つめ、それを揺らす。
涼しく、透き通った氷がグラスに触れる音が鳴り響いて、力無く余韻を伴って消えた。
自分の気に入る演出を行った俺達と――他人の気に入る演出に勤しんだ、夕映か。
「それって――辛かった、か?」
俺が問いかけると、夕映は肩を竦めてまたもや「ふふっ」と笑った。
「辛いどころか、楽でしたよ。そう、言ったじゃねーですか。メリットのために行う偽りは、本当の自分を差し出してまで得る価値があるって」
夕映の言葉に、俺はもしかしたら分かっている事を質問したのかも知れない、と思った。
何を裏切られたかったのか。
何を裏返されたかったのか――分からないけれど。
そんな風に生きる彼女の中に後悔がある事を期待したのは、俺の今日までが影響しているのか、いないのか。
「陰で煙草を吸い、親の知らない所で酒を飲み、独り言は至極汚い言葉を用い、大人になれば休日、帽子を深く被ってパチンコ屋に赴いてバイトの給料を投じる……あたしはそれでいーですよ。でも――そーいう自分を理解してくれる人が欲しい、と思う気持ちがないって言えば、嘘になるですよ」
「つまり、その理解者ってのが――」
「そう。『優』であり――『勇』ですよ」
そう言って夕映はグラスの中の酒を一気に飲み干すと、またボトルからウォッカを注ぎ足す。
あまりに強いアルコール耐性。四十程のアルコール度数を有するウォッカを軽々と飲み干す酒豪。それは酒気を帯びた愛衣ちゃんを海に連れ出して、責任が取れるくらいに盤石で――しかし、彼女のイメージにはそぐわない。
「優の時点から『この人、何か偽っているな』って予感はあったですよ。心の機微とか、相手の嘘に敏感っていうんですかね……普段はそんな感じは見せねーようにしてるですけど、実際はきっと――真奈よりあたしは鋭いですよ。勇として、彼があたし達の職場に入ってきた時もそれは感じて『何かを偽っている』なんて感覚は男女、どちらの『ユウ』にも感じた事なんですよ」
「入れ替わりにも気付いてたか?」
「流石にそれは無理ですよ。非科学的ですから」
夕映はそう語ると、グラスを口へと運ぼうとし――しかし、その手を止める。
「優はシンパシーを感じる友人としてこっそり見つめてたですよ。同性としていつか、分かり合える友人になれるかも知れない……でも、勇はちげーですよ。同志としてシンパシーを感じれば抱く感情は簡単に、コロッと単純に好意に変わっちまうです。この人なら、自分の全てを委ねられる、預けて寄りかかって、仮面を外せる……そう思ったら、好きになっちまったですよ」
夕映はそこまでを語り終えて、一度は止めた手をそのまま口元へと動かしてグラスを傾けると入っていた酒を全て飲み干した。
喉が灼けるほどの酒――飲み終えた夕映は俺の方を向かず、テーブルに置いた空っぽのグラスをただ、見つめる。そんな横顔から感じる切なさ、その中に鮮烈な焦燥感、苛立ち、自己嫌悪、嫉妬……数えきれないくらいに複雑としたものを忍ばせていた。
そう、少なくとも俺は思い――言葉を噤んでしまう。
なぜなら、そう夕映が感じた理解者は、
理解者は――、
「結局の所、そんな勇の偽りは私が重ねるべきものではなかったですよ。過去に交流した優の方が偽物で、装いも新たに現れた勇は眩しいくらいの本物。等身大の自分を生きている男性。そんな勇から見出した偽りは『偽っていた優を隠すための、偽装』でしたから……入れ替わりの事実を明かされた時に思っちまったですよ。
あたしが理解者だと感じた勇――彼は実の所、あたしが眩しいと感じるくらいに自分を曝け出している人間だったですよ。
見当違いも甚だしいです。共感を感じ、好きだと思っていた理解者はいとも簡単にその仮面を外して、のびのびと自分の全部を解放してやがるです。はずかしーですよ。この人はあたしと同じだと思ってた人間が、実は真逆で……あたしの思いが行き着くべき場所はいとも簡単に消え去った。そんな気がしたですよ」
「じゃあやっぱり、夕映が勇に対して取ってた態度って……」
「過去のセクハラとか、関係ねーです。それくらいで怒るような友情でも、恋心でもねーです。……ただ、そんな恋心はどこに行くべきなんでしょうかね。『偽りが偽りだった』っていうとややこしーですけど、あたしの恋した勇さんなんていねーですよ。入れ替わりがバレないように立ち回っていた偽物の『勇』へ向けたものなんですから。道化が、道化の幻想を見て転んで怪我したって、滑稽で笑えねーけど、笑うしかねーですよ」
そう語り終えて夕映は享楽的に「ふふふふ」と笑った。
勇が新しい一歩を踏み出す上で、彼女らを知らないと――初対面だと偽って立ち回った事。それは彼女からすれば信じた『偽り』が偽りだったというべきもので、夕映が共感を寄せ、感じたシンパシーは勇の信念ではなかった。
真実の偽りは、過去に交流していた時の優が伴っていたもので、その時は夕映と共感すべきものだっただろうけれど――今は違う。
もう、勇に偽る事など何もない。
夕映には出来ないそれを、達成した彼は――彼女の心をぐちゃぐちゃにする。
同志が、光の下へと躍り出た。入れ替わりという現象は確かに劇的で、夕映が語っていた「幼さを払拭するには背が伸びるしかない」といった超常現象と何ら遜色はない――いや、そのものだ。そんな現象で手に入れた本当の自分は夕映にとって同志と思っていた視点から考えれば嫉妬し、しかし恋していた夕映の瞳からすれば失恋のようにも捉えられ、そして勝手に同一視していた自分へ向ける、自己嫌悪。
もう、彼女の内面はぐちゃぐちゃだ。
そんな全てを吐き出すには、嫉妬心と失恋の辛さをぶつけるに値する勇が捌け口となる――だなんて、あまりに正当だ。
でも、
でも――、
「それじゃあ、勇の事……嫌いになったのか? それで……解決、したのか?」
俺は問いかけながら、酷な質問だと思った。
そう感じたのは、やはり――夕映も同じだったようで。
「それを、あなたに語ってもいいんですか?」
涙に濡れ、歪んだ声に乗せて語った悲痛な言葉。
そう――夕映はもう、勇に怒りに還元した感情をぶつけるしかないのだ。
思いを告げようとすれば、俺が障害となるから――。
「あたし、こんなにも勇が好きなんですよ。始まりと、終わりはあんなでしたけど、でも共感とかそういうの抜きにしても好きだって自覚しちゃって……でも、当初の勇に向けていた恋心は偽っている人種へのシンパシー。ですから、好意の正当性とか、あと――優さんがいるですから。どうしようもねーって思ったら、殺す気になれねー恋心を、生かしてはおけねーです。ごめんなさい、優さん……あたし、他人の旦那なのに。間違った好意を抱き続けてるってだけで、まだ恋してんです。あたし馬鹿ですから、勘違いした恋心を手放せねーんですよ。ごめんなさい……本当に――」
ぐっと下唇を噛んで震え、すすり泣きつつも気丈に振舞う夕映。
もう、どうしようもない状況のまま、恋心だけが変わらずに夕映の中に残留している状況。好きな人に寄せた共感は空を切り、胸に抱えた思いを遮るは想いを寄せる男の伴侶――捨てられない想いを、捨てるしかないなんて。
俺に。
俺に――何が言える?
よりにもよって、彼女の障害である、俺に。
でも。いや――それでも。
投げかけられる言葉は、一つだ。
「殺す必要なんかねーだろ」
「え?」
夕映は俺の言葉に衝撃を受け、そう言葉をぽつりと漏らすとこちらを向く。
光の少ない闇の中、それでも月明かりを湛えた涙がきらりと夕映の目元で輝く。
夕映の内面で抱かれる葛藤は理解したつもりだ。恋心が俺という存在に阻まれ、そして当初抱いていた恋心と向ける相手がすれ違い「好きの正当性」が危うくなっている。
でも――二階からリビングを見下ろしている時に「自分は彼女と語るべきではない存在だ」と感じた事実に反して、俺にしか語れない事がある。
それをたった今、自覚したのだ。
「あいつの妻として、夕映の恋敵として俺はここまでしか言えないけどさ、
夕映が好きだって気持ちを抱いているなら――それは好きにしたらいいと思う。
阻む事なんてしないさ。その好意を尊重すべきだと俺は思う。生かさず、殺さず、解き放たないと駄目だろ。飼い殺さず放してやらないでいたら、その心……バリバリ食われちまうぞ。それに――解き放たないと感情に始まりもおわりもねーよ」
「でも、あたしの感情の正当性は――」
夕映の言いかけた言葉を俺は「ふふ」と笑って遮る。
「心配すんなよ、俺と勇の好意だって最初は偽物みたいなもんだった。相手の見た目が気に入っただけで付き合って、夫婦だって言い張ったけれど――そこから相手の気に入らない部分を見つめて、知った。本当に好きだったら、好きな奴の気に入らない部分なんてどーでもよくなる。文字通り好きだって言ってんだからってな。だから、もう勇がどんな奴だろーと、共感出来なかろーと――いいじゃねーか」
俺はそう語って、快活に笑んで見せる。
「あなたは……あなたという人はとんでもねー人です」
そう語って夕映は「勇が好きになるのも分かるです」と呟くも、瞬間俯いた顔を上げると強い視線で俺を見つめる。
「優さんが許してくれるなら、あたしは思いを伝えてーですよ」
「そっか。それがきっと、夕映のためかもな」
俺がそう言うと、夕映はゆっくりと表情を微笑みへと変えた。
しかし、そんな笑みに続いて思案顔を浮かべる夕映。
俺が「どうした?」と聞くと、「ちょっとした事なのですけれど」と言って夕映は続ける。
「こういう時『ありがとう』と『ごめんなさい』どちらを言えばいいんでしょうかね。優しさに甘える事に関しての感謝か、我がままをぶつけた事への謝罪か……」
「なるほどな。なら、両方――受け取っておくよ」
「面白い人です」
そんな会話を経て妙に心の距離を縮めた俺達。夕映はウォッカ瓶を片手に俺にも飲むかと誘い、俺は「頂くよ」と言った。




