優「酒で各々、豹変するものだなぁ」
海をそれなりに満喫した辺りで得た空腹感に、昼食がまだだった事に気付いた俺。愛衣ちゃんにお腹の具合を聞くとそろそろ昼ご飯でもいいとの回答を得たので、同様に夕映と真奈に問いかけて彼女らも同意。
なので、三浦と勇を含めた全員で砂浜からすぐ近くに店舗を構える海の家にて昼食という事にした。履いていたサンダルを脱ぎ、座敷タイプの店内にてテーブルを挟んで三人ずつ横並びで座ると、各々メニューから食べたい物を選んで注文した。
そして、食べ物と飲み物が届けられると俺は率先して乾杯の音頭を取り、ちょっとした宴会気分。空腹を満たすべく届けられた昼食を海の香が香る空気の中、食べ始めるのだった。
俺と三浦、真奈はビールを注文しており、乾杯と共にジョッキに注がれた量の半分ほどを一気に飲み干し、三者三様――それなりに喉を通り過ぎた爽快感に「たまらない!」と言った表情を浮かべる俺達。
勇はジト目で「お酒が飲めるのは楽しそうですねぇ」と言いつつ、ビンからグラスに注いだコーラを飲みつつ、見た目に彩り鮮やかな冷やし中華を啜っていた。
そういえば酒に強かった女性の体を有していた時からビールを苦手としていた勇がそういった羨望の姿勢に出るのも奇妙な話だが……やっぱり、憧れているのだろうか?
ちなみに、夕映も注文した飲み物はアルコールである。大学生ではあるが成人しているので飲んでも構わないという事で夕映が吟味していると、気まずさが促した気遣いなのか勇が「これ好きだったでしょう」とメニューから「カシスオレンジ」を指して語る。
夕映は「よ、余計な気遣いしてんじゃねーですよ」と言いつつも、勇に促されるままカシスオレンジを注文した。
まだ両者の間には厚く、高い壁があるみたいだなぁ。
ちなみに俺と愛衣ちゃんがひと泳ぎして戻ってきた時、何故か勇は夕映からエビぞり固めを受けていて、俺は「和解したのかな?」と思った。しかし、聞けば勇の奴、夕映の胸の大きさにまたも揶揄したとか。
なのであの後、女性陣の総意によって一対四のビーチバレー、という名の公開処刑が開催された。
明らかに夕映はドッジボールの気分だったけれど。
ちなみに、助っ人として三浦が勇の側に参戦した瞬間にゲームは一転――俺達、女性チームは惨敗した。
服装とのギャップもあるのかも知れないけれど、三浦の運動神経は異常と言ってまだ言葉が足りないくらいのものだった。
俺はそんな三浦に対して、「あんなに運動が出来るんなら泳げるんじゃないのか」と今更ながらに言おうとして彼の方を向く。
――しかし、その瞬間に硬直する。
「ん? どうしたんだい? 僕の顔をそんなに見つめて。惚れちゃったかい? 旦那の前だというのに大胆だね」
「んなわけねーだろ」
三浦の言葉に見とれていたわけではないと訂正しつつ、首を横に振って我に帰る俺。
「何かお前さんがフランクフルトって嫌だなぁ……」
三浦は食事らしいものは一切、注文しておらずフランクフルトとビールジョッキを両手に物悲しそうな表情で俺を見つめる。
「いきなり下ネタを振られた上に嫌だと言われるのは流石に堪えるね」
「あ、やばい。つい昔みたいなノリになっちまった」
「やっぱり下ネタのつもりで言ってたんだね……」
俺はうっかりと自分の口から花も恥じらう乙女にあるまじき発言をナチュラルに繰り出していた事に萎縮する思いとなる。
「そういえばそういう下ネタ満載な会話をしなくなったのは女性になったからなのかな。昔は結構交えてきた気がするのだけれどね」
「学生時代からずっと友人が男ばっかりだったから癖になってただけだよ」
「今でも本当は結構、好きなんじゃないのかい?」
「んなわけないだろ。酒を免罪符にさせてといてくれよ」
取り繕うように言った俺だが、お酒が入って言葉選びの検閲が緩くなっているのは事実だと思う。……といっても、お酒が入ると下ネタを繰り出すという自分にちょっと自己嫌悪は感じるのだけれど。
まるで中年男性じゃねーかよ。
そのような恥じらいも感じつつ、三浦のような体格がフランクフルト一本でお腹が満たせるのだろうか……と思っていると、三浦の隣にいた愛衣ちゃんも何だか控えめな昼食だった。
「あれ? 愛衣ちゃん……それ、鳥の軟骨の唐揚げか? 何か、随分と渋いなぁ」
「そ、そうですかね?」
俺の言葉にどこかバツが悪そうに答える愛衣ちゃん。
「でも、そんなお冷じゃ寂しいだろ。本当はそういうメニューにはビールが良いんだろうけど、流石に未成年だし――何かジュースでも頼んだらいいんじゃないか?」
愛衣ちゃんの手元には透明な液体が注がれたグラスが置かれていたのだ。
俺は味気ないと思い、気を遣ったつもりなのだが――、
「いえ、これでいいんです」
妙に控えめな愛衣ちゃん。
お金がないとかではないだろうし、もしそうだとしても勇におねだりくらいは平気で出来る子だと思うのだけれど……。
と、そんな時――三浦が愛衣ちゃんの方を注視して「あれ」と口にする。
「愛衣ちゃん、そのグラス……随分と背が低いね。それに、氷に注がれた水に限りなく似たそれを、何だかローペースで飲んでいるようだけど」
「そ、そうですかね? あんまり喉、乾いてないのかなぁ……」
三浦の指摘に目線を必死に逸らし、どこかおぼつかない口調で愛衣ちゃんは言った。
「うーん。差し詰め麦といった所かな。芋は癖があるからね。どちらにせよ、水で割らずに飲めばローペースになるさ」
「――ちょっ、ちょっと真奈! それはどういう意味ですか!」
真奈の意味深な発言に割って入る勇。
そりゃそうか、だって妹が……。
「だ、大丈夫だよ、おねーちゃん。だって私、高校生だよ?」
「いやいや、ちょっと貸してください! 確認しますから」
「確認したらおねーちゃん、倒れちゃうよ」
「何で高校生なのに私が飲んだら倒れるようなものを飲んでるんですか!」
そう語って勇が確認すべく、愛衣ちゃんのグラスに手を伸ばそうとした時――。
「別にいいじゃねーですか、ケチな兄貴ですね。それくらい、高校生なんだから許しやがれってんですよ」
カレーを口に運ぶ手を止め、面倒くさそうな表情とイントネーションで言う夕映。
「いや、高校生だから言ってるんですよ!」
「そうだよ、おねーちゃん。私、もう高校生だよ?」
「さっきから何故、そのセリフで強行突破しようとしてるんですか」
「愛衣ちゃん、気にしなくていーですよ。あたしなんか高校の頃にはプカプカふかしてたですよ?」
「夕映、それは聞きたくなかったな……」
引き攣った表情で語る真奈に対して、「しまった」と言わんばかりの面持ちな夕映。
夕映にそんな過去が……これまた、意外だなぁ。
全然似合わないけど。
一方、夕映に免罪符を貰った愛衣ちゃんはゴキゲンに透明な限りなく水に似た液体を口に運び、勇は「お父さんに言いつけてやりますからね」と呟いていた。
あの親父さん、漫画みたいにわんわんと泣き出すんじゃないかな……。
そんな会話の中、三浦は「あれ?」と何かに気付いたように言葉を漏らす。俺は釣られたようにその視線の先を追ってみると真奈の手に握られている、それ。
確かに、妙ではある。
「えーっと確か、真奈さんと言ったかな?」
三浦の問いかけにドキッとしたように体を反応させ、そんな体裁を繕うように少しの間を置いて咳払いをする真奈。
「そ、そうだけれど?」
どこか三浦の得体の知れなさを知っているからか、壁を感じる物言いの真奈。
しかし、そんな応対を気にしないのが三浦クオリティー。
「何故、海に来てまでカップラーメンなんだい?」
「海に来てまでスーツで読書のやつが言う事かよ」
呆れ交じりに三浦をジト目で見つめつつ――しかし、俺も同じ疑問を有していた。
そう、真奈は何故かメニューに記載されていたカップラーメンを注文していたのだった。
三浦の疑問提起によって一同が真奈の手に握られているカップラーメンに視線を向ける。どこのスーパーにでも売っているようなカップ麺で間違いはないし、無論――ほとんどの人間の感覚が合致するとは思うが、こんな所で食べるようなものではない。
しかし――。
「普段からこの『カップラーメン』という食べ物、気になってはいたのだけれど作り方がよく分からなくてね。ここは調理して提供してくれるみたいだから注文したのだけれど――いやぁ、実においしい。シーフードと書いてあるから、この辺で採れたものを使っているのかも知れないね」
至極、真面目そうなトーンで語る真奈。
動じる事の少ない三浦を含めた一同が硬直し、そんな様子を懐疑的に見つめつつカップ麺を啜る真奈。
しかし、そんな瞬間的な静寂を打ち破って、愛衣ちゃんが噴き出して笑う。
「ちょ、ちょっと真奈さんのさっきの発言、可愛くないですかぁ? この辺で採れたものが入ってるって!」
急にスイッチが入ったように真奈を指差して興奮を俺に伝える愛衣ちゃん。少し普段よりも高めのテンションで俺の肩をバンバンと叩きながら、愛衣ちゃんは真奈の言動に身悶えして笑い声を上げ続けている。
やっぱり片手に持ってるその透明な飲み物って……。
「真奈、その発言はいてーですよ」
「そうかい?」
「そーですよ」
「うーん。とはいえ、どうして食べた事がないのかも気になるね」
三浦の問いかけに真奈は「あぁ、それはね」と言って続ける。
「家がこういったものを禁止していてね……食べさせてもらえなかったんだよ。だから、ずっと食べたいと思っていたんだ。こういう美味しいものを子供に隠す親の心、大人になってみると分かる気がするね」
あっけらかんと語った真奈。
要するに、別荘を持つくらいの金持ちの家はカップラーメンなんて庶民的なものを食べさせはしないという事なのだろうけれど――その割には、上等なものを食べて過ごしてきたはずの真奈から絶賛のカップラーメン。
海の家だと美味しく感じるという効果なのか、それとも味なんて所詮、金のかかり具合ではないという事なのか……。
「分かりますよ! 大人はすぐに美味なるものを子供に隠すんですからぁ!」
グラスを掲げ、若干回っていない呂律で語った愛衣ちゃん。
……あれ、何か出来上がってないか?
「愛衣、やっぱりその飲み物って……」
「あ、おねーちゃん、かき氷食べたーい。買ってぇー」
「会話が成立してませんねぇ」
そう呆れたように嘆息して語りつつもメニューを手に取り、かき氷の欄を見つめて「何味にするのですか?」と甘えた口調でねだる愛衣ちゃんに問いかける勇。
そんな会話を聞いていた真奈が突如として語る。
「そういえば、勇は男性なのに『おねーちゃん』か。これは言ってみれば『オネエちゃん』といった所かな?」
いつも通りの至極、淡々とした表情で放った真奈の渾身のボケ。
しかし、あまりにキャラクター性からかけ離れた現象だったため、俺達は全員笑ったり「なるほどなぁ」などと頷く事も出来ずに硬直し、真奈を見つめてしまう。
真奈が、ボケた?
一同、奇跡的な光景と邂逅しているのだが、あまりに反応が芳しくなかった現状に気付いていないのか真奈は酒に染められて頬を赤らめながらも、ただ俺達の反応を待っている。
どうする……これを、どう処理する?
そんな風に思っていた時――。
「真奈、面白くねーってんですよ」
段々と酒がまわってきた夕映が臆面もなく、他人に絡む酔った中年男性のような口調でそう言いつつ真奈の頭を平手で殴打した。
ボケる事でさえ稀と思われる彼女が更にツッコまれるという奇異な光景に最早、言葉も出ない俺達を他所に「そうかなぁ?」と腑抜けた声で漏らす真奈の頭をゲラゲラと笑いながら何度も叩き続ける夕映。
うーん、全く酔った気配を見せない三浦も含めて――酒で各々、豹変するものだなぁ。




