勇「ぎぃいいああああああああああ!」
「海だーーーーーっ!」
お約束をとりあえず踏襲、という事で男一人と女性四人の声が重なり周囲へ響き渡ると、微笑ましさの混在した呆れ顔を通り行く水着姿の男女、または家族連れの方々がこちらへ差し向けてくる現状。しかし、これくらいオーバーな方が夏らしいと自分に言い聞かせると羞恥心は不思議と湧いてこないものです。
さて。女性陣四人は、砂浜にて打ち寄せる波がくるぶしを濡らす度に心地よいようなくすぐったいような声を漏らしキャッキャと嬉しそうに戯れ、私にとっては眼福以外の何物でもありません。
三浦さんですか?
持参していたパラソルを打ち立てると、作り出した日陰の下にレジャーシートを敷いて横になり本を読んでいます。
スーツ姿のままで。
……あの人、何しにきたんでしょうか?
ま、まぁ、野郎の事情はさておくとして――。
全員がビキニ姿という事でレパートリーの少ない感じではありますが、色彩豊かな水着を身に着けた彼女らは個々に際立った魅力を有しています。
個人的にはセオリーとして夕映には平仮名で苗字の書かれたスクール水着を着用してもらい、「お子様ネタ」で赤面した彼女から湯気が出るくらいに弄繰り回したいのですが――まぁ、そんな事はままならないギクシャク具合ですのでね。彼女の背伸びしてる感が半端ではないビキニ姿に対する揶揄は辞しておくべきでしょうか。
――とはいえ、皮肉にも紐タイプのビキニを四人の中で唯一選んでいる夕映が一番、格好としては大人びているというのは皮肉ですね。色も黒を選んでおり、ちょっと大人っぽい趣向が意外というか……今日は車内で流していたデスメタルの件も含めて随分と夕映、ギャップを押し出しているように思います。
まぁ、そんな夕映への個人的感想はさておくとして――私はとりあえず、という事で女性に興味がある唯一の男性としての面目躍如を。
「みなさん、似合ってますよー」
片手をメガホン代わりに口元へと添え、賑わう砂浜の喧騒を切り裂く私の褒舌。
包括して評価したためか、女性陣は一斉にこちらを向くと表情は一様に不満げ。
「おい、嫁の水着姿初めて見て、感想が一括かよ!」
「そうですよ、おねーちゃん。個々に対する絶対評価を要求するー!」
「君たちはそういう意味で不満げな表情だったんだね」
「じろじろと見てんじゃねーですよ、この変態がっ!」
口々に不服を述べる彼女ら。
私は後ろ頭を掻きつつ、「そう言われても、水着姿なんて誰もそれなりに似合ってて、それ以上でも以下でもないんですよねぇ」と発しかけたセリフを喉の奥へと引っ込めます。
まぁ、何も言わないよりはマシだと思うのですけれど。
しかし、そんな私に対する不服などすぐに放り捨ててしまう女性陣。愛衣に手を引かれてよろけながら海へと身を投じていく優、こちらへあっかんべーとファックユーをかましつつもその幼い体躯のせいであまり様になっていない夕映、加えて巨大なイルカの浮き輪を吐息のみで膨らませ始めた真奈――と、もう眼前の心地よい波音に誘われ、考えるより先に行動を起こしている人達ばかりですね。
さてさて、優と愛衣は漫画で見かけるような水の掛け合いを行っていて入っていける空気ではないですし、夕映とは言うまでもなくギクシャクした状態。そして、真奈はひたすらにゴムで出来た巨大なイルカに空気を送り込んでいる現状……私は、何して遊ぶべきなんでしょうかね?
私はその場で嘆息し、とりあえず三浦さんの方へと歩み寄ってみる事に。
パラソルの下、足を組んで寝ころび読書をする三浦さん。
「三浦さん、海まで来て読書って……泳いだりしないのですか?」
私の問いかけに視線を送っていた本からこちらへと、見つめる対象を変える三浦さん。
「カナヅチなのだよ」
「……まぁ、カナヅチが海に来るなとは言いませんけど、スーツ姿って。水着はどうしたのですか?」
すると、三浦さんはスーツのポケットから話は聞いていた例のブーメランパンツを取り出し「買ってあるけど、もう着替えるのかい?」などと臆面もなく語りました。
どうしたのですか、ってそういう意味じゃないんですけど……。
ちなみに、私はサーフパンツと呼ばれる膝まで隠れる丈の長いものを着用いています。勿論、差し出されたブーメランパンツを着用する気はありません。
「それを三浦さんが身に着けたらどうですか?」
「泳がないし、暑くもない。なのに軽装する必要はあるのかい?」
「まぁ、そう言われたらそうですけど」
そこで会話が途絶えてしまう私と三浦さん。
うーん。夏真っ盛りだというのにどうして、海にスーツで来て読書しているような訳の分からない人物と会話をしているのでしょうか……私はこの際、妹でもいいので女の子と灼ける砂浜の上で遊びたい!
振り返り、地平線まで透き通るような海面が広がる海水浴場を一望する私。沖の方まで泳いでいる愛衣と優。砂場で物理的にどうして形を維持できるのか疑問なクオリティのお城を建造中の夕映に、イルカに覆いかぶさって海面をぷかぷかと脱力して漂う真奈。
う、羨ましい……堪能してますよ、彼女ら!
私がそんな羨望の眼差しで彼女らを見つめていると、三浦さんは苦笑交じりで「あぁ、そういえば」と言って話題を提起してきました。
「君、バッサリと変態呼ばわりされてたね」
何がおかしいのかクスクスと笑いながら話す三浦さん。
「あなたにそれを笑われるのは、大泥棒に万引きを咎められるようなものなんですけれど」
そんな会話もそこそこに打ち切り、私は思考します。
砂浜にいるのは現状――夕映のみ。
これはある意味で私と夕映の復縁を運命づけているようなシチュエーション。会話はままならなくとも、行動でそれなりにぎこちなく心を通わせ元通り――と、定番のシチュエーションへと誘い込んで彼女との関係修復に努める事が出来るかも知れません。
車で怒らせた後、何度謝っても許してくれませんでしたからねぇ……。
という訳で、ヘラ等もなしに驚異的なクオリティのレンガ調な雰囲気を演出した砂のお城を建造している夕映のすぐ近くまで歩み寄る私。訝しげに彼女がこちらを見つめ、それはさながらに警戒と威嚇を繰り出す猫のようですが、そこはぐっと堪えて無視。
砂浜の上、寝転んで夕映の方へと時折、目配せ。
そう。海では定番と言える、寝ている人を砂で埋めるというアレを誘っているのです。嫌悪心を向けてきている夕映ならば、私の自由を奪う事に対して興味を持つかも知れません。最初は嫌がらせのつもりで埋め始めた夕映も、ギャグ的な空気感を帯びた状況に気を許し、今回の一件などどうでもよくなり元通り――というわけです。
最初は私を警戒したようにチラチラと見つめていた夕映でしたが、古典的に手をポンと叩くとこちらへと歩み寄って砂をパラパラと私の体にかけ始めます。
そんな行動に対して私は特に何も言わず、夏の日差しを楽しみつつ仰向けになって寝転んでいる状態を貫きます。
夕映はその間に着々と私の体を埋め、つま先から首元までを覆い尽くした砂をポンポンと手で叩いて固めます。そうすれば、よくあるこんもりと盛り上がった砂から顔だけを出した滑稽なエビフライのような夏の風物詩が出来上がり――のはずなのですが夕映はあろう事か私の頭、その周辺にも砂を集め始め、耳やこめかみは完全に隠れた状態。
寝袋のような状態となり、更には外側からどんどんと顔面へと砂が進行しているのです。
「埋まるんですけど?」
痺れを切らして問いかけた私。
見下す形になっている夕映は意地悪そうな表情を浮かべ、
「埋めてんですよ」
と、吐き捨てるように言いました。
「し、死んじゃうんですけど!」
「死なせてんですよ!」
私は夕映の言葉に生命の危機を感じ、心臓が大きくとドクンと脈打つのを聞きました。
そして、瞬間――人間は本来、力をセーブしていてピンチになると発揮出来るというアレでしょうか。重く圧し掛かる砂を意図も容易く崩し、立ち上がると体に付着した砂粒を手で払いつつ、殺意を示した夕映から距離を取るべく捨て台詞を吐きつつ、よろけながら走り出します。
「やーい。さっき見下された時に見えてた胸、全然谷間が出来てなか、あぐぁ――」
悪ガキが揶揄する時の常套句たる「お前の母ちゃんの出べそ」的なイントネーションで語った、関係悪化は必死の悪口は突如――足元をすくわれて転倒する事で中断させられる結果に。
彼女の方を振り向きつつ前方を不注意で行った揶揄だったため、怒りに任せて夕映が私を転ばせたのではないのは分かっています。
――となると、何に躓いたのか?
私は何やら台座のようなものの上に転んだような感覚を伴いつつ立ち上がると、その眼下には上部からの途方もない衝撃によって蹂躙された夕映の建築していたお城が見るも無残な姿になっている光景が。
油の差されていない機械が軋む音でも伴っていそうな、ぎこちない動きで彼女の方を振り向くと――そこにはもう、鬼と形容して差し付けない存在が顕現していました。
メラメラと燃える炎に身を包み、目は釣り上がった逆三角形に、ギザギザの歯――といったデフォルメチックな表現が似合いそうな夕映が、冗談抜きで「優を未亡人にしてしまいかねない」形相と殺意でこちらを見つめていました。
「あ、え、えーっと、その、ですね……話し合いとかで済んだり……しないですよね? し、しないですよね……知ってます。ははは、こういうセリフを吐いて交渉のテーブルについた人を私は見た事がありませんし」
「分かってる事、聞いてんじゃねーですよぉぉぉぉおおおおおお!」
その言葉を皮切りに私は逃げ、夕映が追う状況へ。
男性の体に、野球少年だった少女時代を持つ私の俊敏な体の躍動を持っても離しきれない夕映の追走から必死に逃げる努力はするも、次第に距離を詰められ瞬間――背後から飛びかかってきた夕映に押し倒され、そのまま前のめりに砂浜と接吻を交わす私。
「うおらぁぁぁ! 二度と貧乳馬鹿に出来ねー体にしてやんよぉぉぉおおお!」
「ぎゃあああああ――とはいえ足の裏に、その貧相な奴が当たってますけどねー」
乱暴な口調で叫んだ夕映は私にエビぞり固めを決め、苦痛に悶える私。
蛇足たる私の一言で更に強く夕映は私の体を締め上げます。
「背骨もらったぁぁぁあああああ!」
「ぎぃいいああああああああああ!」
そんな私達の絡み合い――周囲歩く人々、また沖から戻ってきた愛衣と優が「何だ、仲直りしたのか?」などと呟きながら、微笑ましそうに見つめているのでした。




