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ナルシスト夫婦の適材適所  作者: あさままさA
【6】ナルシスト夫婦の夏季休暇
61/71

優「土下座するべきか」

 見慣れない道を走り連ね、両端を木々が覆い尽くす山道を抜けた瞬間――俺は目を見開き、ただ口を開けて眼前の光景に見とれるしかなかった。


 強い日差しを受けて表面にキラキラと宝石のような光沢を散りばめた、広い海原が姿を現し、部分によって濃度の違う美しいサファイアともエメラルドとも表現できそうな鮮やかな自然の色彩、その圧倒的光景に俺を含めて愛衣ちゃん、三浦も「ほー」と感嘆の声を上げる。


 海へ来たのだ、という実感が俺の中で沸き上がり気分が高揚するのを感じた。


 幼い頃から水着という意味で海を忌避してきた俺にとって家族とのアウトドアはいつだって山だった。そのため、テレビでは見た事があるし、話には聞いていた地球の大半を覆う海が実在したのだという確認に伴う感動が、ようやく現実味を裏付けたという現状。


 そんな感動を引き連れたまま、真奈の別荘へと勇の車に続いて到着した俺はまたしても驚愕する事になる。


 今度は嘆息する事なく、張り上げんばかりの驚嘆である。


「え、えーっ! これが真奈の別荘なのか!」

「こんなの本当に持ってる家庭があるんですね……」


 真奈の別荘、その手前にて勇の車に並んで駐車した俺達。


 その眼前――木材の持ち味を存分に生かした様相の別荘は、普通の家屋とは一線を画した素朴さと、しかしそこに伴う言い知れない上品さが特徴的な建物。


 ログハウスというのだっただろうか……現代的とは言えない外観が妙にお洒落で、典型的な別荘と形容すればそうなのだろうけれど――こういう建物って実在するんだなぁ。


 車から降り、その圧巻と言える外観をまたしても「ほー」と言いながら見つめる俺と愛衣ちゃん。


「見とれているのいいけれど、優、愛衣ちゃん。荷物をさっさと屋内に運び込もう」


 三浦は今回の一泊に必要な荷物を車のトランクから取り出し、抱えて俺達に言った。


 それに対して愛衣ちゃんは「そうですねー」と言って、同じようにトランクへと向かうのだが――そんな最中、俺は先に到着していた夕映が別荘から出てきた瞬間に目が合った。


 目線が結ばれるなど、本来ならば取るに足らない偶然。

 ……しかし、何だろう?

 少し引っかかったのだ。 


 ――妙に夕映の表情が不機嫌そうだな、と。


 しかし、そんな俺の直感は間違っていなかったらしく、三浦と愛衣ちゃんが荷物を抱えて別荘へと向かうのに擦れ違って、ずんずんと傾いた機嫌を湛えた表情で夕映はこちらへと距離を詰めてくる。


 え、何――どういう事なの、コレ?


 三浦と愛衣ちゃんを玄関口で出迎えた真奈と勇が、こちらへ懸念の表情を送っていた。


 そして、そんな俺の不安に満ちた胸中を他所に夕映は目の前で立ち止まり、こちらをじろじろと吟味するように見つめて嘆息した。


「あ、えーっと、その……夕映、どうしたのでしょうか?」


 俺は咄嗟に勇の口調を真似して語る――も、夕映は首を横に振った。


「敬語なんて使わなくて結構です。もう全部聞いてんですよ。優さんと、勇の事は」


 吐き捨てるように言い、視線は俺から逸らしている夕映。


 全部、聞いている――?

 瞬間、俺の思考が巡る。


 夕映が不機嫌そうにしていて、そんな様子を真奈と勇が心配そうに見つめている。この三人は同じ車に乗っていて、出発と到着で夕映の態度が違う。そして、夕映が怒りかねない理由を俺は知っていて、関係あるかは知らないけれど途中――勇の車は手元が狂ったように蛇行運転を繰り返していた。


 あ――勇の奴、ひょっとして!


 俺は夕映ではなく、その視界の向こう――勇と真奈を見つめる。すると、勇は両手を合わせて申し訳なさそうな表情を浮かべる。


 ……やっぱりかよ。


「つまり、夕映は俺達の入れ替わりを?」

「そう。もう全部聞いてんですよ。ですから、あの勇って男にブチ切れて首絞めてやったです。あの蛇行運転はつまり、そういう事ですよ」


 振り返る事なく、突きたてた親指で勇を指す夕映。


「あの、えーっと、夕映。質問していいか?」

「何ですか? 早くしやがれってんですよ」


 口をへの字に曲げて、俺の問いかけを待つ夕映。


 そう。夕映ってこんな子だったっけ、という俺の疑問。それは間違いなく、真奈と勇にも共有されていて……だからこそ思う。


「何か……唐突にキャラ変わってない?」


 俺が苦言を呈して語ると、夕映は「あぁ、その事ですか」と言った。


「あたし、普段は猫被ってんですよ。だから、被ってない時は随分と性格が悪いのでしょーけど、もう猫被る必要もなくなっちまったですから」

「猫被る必要がないってのは?」

「おたくの旦那が、女性の体なのをいー事にあたしに散々セクハラしてやがったですけど? そんな奴を前にして素の自分なんて隠す必要はねーでしょうよ」


 夕映の咎めるような視線と、それに伴う強い口調に何も言い返せない俺。


 夫婦だって事もバレてるし、それに――夕映は何だかんだで勇が入れ替わる以前にそういう事をしてたってのを許せなかったのか。


 大丈夫だと思ったんだけどなぁ……。

 とはいえ、何故バレる結果になったのか?


 まぁ、とりあえず今は置いておくとして――。


 俺は返す言葉なく後ろ頭を掻いて沈黙してしまっていた。「ウチの旦那がすいませんでした」と土下座するべきかという選択肢も本気で浮かんでいたのだが――しかし、返答に困っている俺を察し、夕映は外国人風に肩を竦めて嘆息する。


「まぁ、優さんは悪くねーですから、気にしなくていーですよ。そんな悪態つくべきじゃねー人に気を遣わせて今日という日を台無しにしたくはねーですから」

「そ、そう言ってくれるか」


 俺が少し垣間見えた希望に安堵したかのようにそう言葉を漏らすと瞬間――夕映の表情は厳しいものに代わり、俺を指差して「たーだーし」と言い、続ける。


「おたくの旦那に関しては楽しい海での一時だからって関係なく、許さねーです。空気ぶち壊しになったって許せねーことがあるですよ」

「そ、そこまでのもんなのか?」

「今日だって、あたしの胸を小さいって揶揄しながら語ってきやがったですよ」

「あぁ、それは駄目だな。存分に痛めつけてやってくれ」


 俺が夕映の言葉に女性の尊厳を守りたい意思で同調すると、彼女は「優さんを未亡人にしない程度に復讐してやるですよ」と言って別荘の方へと引き返していった。そして行き着いた別荘の玄関にして勇に「ぼさっとしてんじゃねーですよ。どきやがれってんですよ」と吐き捨てて、中に入っていった。


 硬直する俺に対し、気まずそうな表情をそれぞれに浮かべた勇と真奈が今度はゆっくりと歩み寄ってくる。


「おい、勇……何でバレてるんだよ」


 俺は呆れた表情と、頼りなさげなトーンで問いかける。


 勇は「いやぁ、えーっと」と言い、頬を人差し指でポリポリと掻きながら言葉を詰まらせるので、そんな彼を一瞥した真奈が「私が頼んだんだよ」と代弁を買って出た。


「真奈……いや、真奈さんが?」


 俺は呼び捨てに仕掛けて、それを撤回した。


 もう、俺は真奈の知る「優」ではないので馴れ馴れしさもどうかと思ったのだ。ちなみに夕映は年下だから、そのまま呼び捨てにしたけれど。


 とはいえ、俺の懸念に真奈は「いや、呼び捨てでいいよ」と言ってくれた。

 ちょっと嬉しい。


 まぁ、それはさておき――事の経緯を話してくれた真奈。


 集合場所の駅にて俺達が関係していた事を知り、真奈が勇から俺――というか友人である「優」の事情を聞き出せないかと考えた。そして、友人のために起こした行動に罪悪感を抱いた勇が告白した所――夕映が急に取り乱し、被っていた猫も放り出して大激怒、か。


 大体は把握した――とはいえ、脱線してしまうがちょっとした興味本位の質問。


「ちなみにだけど、真奈――やっぱり、ちょっと『こいつら入れ替わってるんじゃね?』みたいな事は思ってたか?」


 すると真面目な表情のまま、素早く首を横に振る真奈。


「いや、微塵も考えた事はなかったね。正直、驚きで腰が抜けそうだよ」


 あっけらかんとした口調で語った真奈。


 うーん、まぁ。流石にあの勘の鋭さとはいえ非科学的な入れ替わりは看破出来ないにしても、腰が抜けそうだと言うくらいに意外だったのかよ。やっぱり、今日までの鋭い勘繰りはあくまで無自覚だったって事か。


 ちょっと真奈から人間味を感じた瞬間だった。

 さて、本題である。


 夕映が激怒した理由はやはり、男性だったという事実と勇が執拗に体を触っていた過去がもたらす抵抗だろうか?


 とはいえ、夫婦の露呈もそれなりに夕映としては良くない開示なのでは?


 夕映の気持ちを知っている俺としては、淡い恋心が叶わないと突きつけられた衝撃もそれなりにあるんじゃないかと思うが……しかし、勇はそんな夕映の気持ちには全く気付いてないんだろうなぁ。


 鈍感そうだし。

 でも、本人は鈍感だって自覚してなさそう。


「まぁ、考えたって仕方ない事かもね。あくまで人と人の心が擦れ違った故の問題だから。時間が解決、というのはちょっと都合のよすぎる言葉だけれど――旅の高揚感に委ねてみるのも悪くはないと思うけれどね。だって、この――壮観たる海だよ?」


 そう語り、少々土地が高いため見下ろす事となる、水平線まで連なる巨大な水たまり――水面をゆらゆらと陽光が泳ぐ海を手で指す。


 ちょっと腑に落ちない感じはあるけれど――せっかくの休み。

 せっかくの海、である。


「……真奈の言う通りかもな」

「懸念は抱えてますけれど――でも」


 俺と勇は顔を見合わせ、笑みを浮かべて、頷く。


 懸念は抱えているけれど、それは旅の高揚感に一抹の望みを掛けてみるしかない。人の心が時間によって、環境によって解けてくるのも確かだと思うから――とりあえずは気まずさを胸にしてでも、楽しむべき時にはそれに勤しまなければならない。


 盆休み――潮の香る風に包まれ、熱気に抱かれた夏に身を投じ一泊二日、ナルシスト夫婦の夏季休暇――スタートだ!

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