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ナルシスト夫婦の適材適所  作者: あさままさA
【6】ナルシスト夫婦の夏季休暇
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優「未亡人になりたくない」

 どうやら勇が慌てて帰宅したのは夕方から出勤だった夕映と真奈の会話の中に「俺と会った事実」が含まれていたらしく、真奈との会話でボロを出したのではないかと慌てて店を出た。その時の慌てた気持ちのやり場もなく、走り連ねて家へと帰ってきたらしい。


 とはいえ、部屋に入るんだったらノックくらいしろ、と言えば勇は「それを言われる側になるとは思いませんでした」と不服を漏らしたので、流石の俺もちょっと反省。愛衣ちゃんと俺のプライバシー度外視な二重苦になっているわけで、そこは気をつけていくべき点だろう。


 まぁ、勇の懸念していた真奈と俺達を取り巻く状況の変化も特にはなかったと言えるだろう。といっても、愛衣ちゃんがあの場にいなかったらそれなりに面倒な事になっていたかも知れないけれど。


 間一髪だったと報告すると「真奈と愛衣の発言がそれぞれ流石過ぎて何も言えないですね」などと苦笑しつつ、俺は慣れてきたマニキュア塗りを両手に施し終えて、それを眺めていた所だった。


 別段、めずらしいマニキュアという事ではない。薄ピンク色をベースとしてラメの入ったキラキラとしたマニキュア――そんな可愛らしい彩りを伴った爪は光沢を帯び、そして微細なな輝きを上品に放っている。


 そんな指先を見つめ――俺はとにかくテンションが高かった。


 口を開けば饒舌になり、爪に対する想いを語る俺。勇の背中をばんばんと叩いたりと、妙にリアクションが多かったり。そんな、ちょっと異常な挙動を勇も最初は微笑ましそうに見ていたものの、段々と爪くらいでテンションが上がり過ぎている俺に面倒くささを感じ始めたのか、唐突にして強引に話題を変更してきたのだった。


「そ、そういえば、どんな水着を買ったのですか?」


 勇はわざとらしい想起を踏まえて俺に問いかける。


 女の子らしい行いに伴うテンション上昇と、そこから発展した饒舌さが遮られた事で俺の胸中は少ししゅんとしてしまうものの、水着という点でも俺は語りたい欲求を感じていた。それをぶつけるのもいいかも知れない。


 そう思うと俺は「ちょっと待ってろ」と言って自室から購入した袋のままの水着を持ってダイニングに戻り、勇の隣に再び座るとその封を開けてテーブル上に公開する。


 色とりどりの水着。タイプは統一してビキニタイプになってしまったものの、そういった形の縛りがあって、見た目に鮮やかな差別をここにあるものも踏まえ、陳列されていた数多の数を作り出すのだからデザインする人間というのは凄いものだ。


 と、そんな妙な感心を胸に見せびらかした水着を一通り眺め、勇はほっとしたように息を吐き出す。


 疑問符でも浮かんでいそうな表情を俺が浮かべていたのか、勇はこちらの感情の動向に気付くと「あぁ、実はですね」と言って続ける。


「密かに愛衣へと依頼していたのですよ。優がウェットスーツなんて訳の分からないものを買わないように何とか説得して欲しいと」

「あの愛衣ちゃんの言葉、予定調和だったのかよ……」


 俺は勇の言葉を受けて、愛衣ちゃんに言われるがままノリノリで気持ちを切り替えて水着を選んでいた自分の単純さが恥ずかしくなってくる。


 ……まぁ、殻を破れたという意味では結果として問題は何もないのだけれど。


 そう思っていると勇は「しかし」と言って、懐疑的な表情と共に手を顎に触れさせる。


「随分と水着を買いこんだものですね。いくら海などへ行った経験が少ないからとはいえ、一度しか行かない海にて複数の水着を着用する必要がないのは分かりますよね?」


 勇の疑問は至極、当然なものだった。


 とはいえ、真奈との遭遇によって早くその場を去りたい気持ちに突き動かされて、その場で候補として手に持っていた水着を全て購入してしまったのだ。ちなみにその時、手に持っていた候補は全部で七着、余さずお買い上げ。


 そんな旨を伝えると納得した勇だったが、その思案顔は消えないようでまだ何かを考えているようである。


「流石に買ってしまったのに着ないというのは勿体ないですね。七着って、一年に一回ずつ海に行ったとしたら、七年間ですか。その頃には優の年齢も」

「うるせぇ」


 俺は勇の言葉を遮るようにそう言い、隣に座る心底デリカシーを欠いた男の側頭部を引っ叩く。素っ頓狂な叫び声を挙げる勇だったが、「女性から受ける痛み」を痛みとして解釈していない彼にとっては最早、攻撃としての意味を成していないのかすぐにケロっとした表情で「しかし」と語り始めようとする。


 そんな勇をジト目で見つめつつ、その言葉に耳を傾ける。


「着られるように配慮すればいいのですよ。例えば、夏季の暑さに対してクーラーをガンガン使用するのは私個人のエコ精神に反します。それに今回はリモコンの一件で電気代がゴキゲンな事になってますし」


 勇はそう言って俺と、リビングのソファー前の机上に置かれた代替品となるリモコンを交互に見つめて揶揄するように言った。


 正直、返す言葉がない。

 とはいえ――。


「じゃあ、どうすればいいんだよ――って言うとでも思ったか! どうせ、クールビズ的に家で過ごす時の私服にすればいいとか言い出すんだろ!」


 俺はそう語ってビキニの上部を適当に一つ掴むと、死なないけれど苦痛は免れない程度の力で勇の首を締め上げる。流石にこういったアプローチに対してはまだ苦しさを感じるのか、勇は少しの間を置くと酸素が足りなくなってきたのかギブアップの意思として首を絞める俺の手を何度も叩いた。


 とりあえず、未亡人になりたくないので解放するとぜいぜいと数秒ぶりの呼吸を貪るように行う勇。


「ま、まぁ、確かに私はあなたにそういった要求をしようかとは思ってましたけどね」

「認めるのかよ」


 俺は自分の旦那を蔑視せざるを得ない。


「しかし、裸で過ごせと言っているわけではありませんし、折角の水着を無駄にしたくはないでしょう?」

「なら、お前さんが室内着にするか?」

「……勇はそれが無駄だとは思わないのですか」

「うーん、確かに得はしないかなぁ」


 俺はそう言いつつ、勇がこうして並べられているような水玉模様に描かれたビキニであるとか、紐タイプの水着を着用している姿を想像してちょっとげんなりする。


 俺は確かに勇の事が好きだし、買ってきた水着も可愛いと思う。

 しかし、この両方は随分と悪相性である。

 当然だけれど。


 ――とはいえ、面白いとは思う。


「お前さんにそういう格好をさせる事によって俺の腹筋が崩壊するのは存外に悪い事ではないと思うぞ」

「私の中の何か大切なものも崩壊しそうなのですけれど」


 俺がどこまで本気なのかが計り知れず、少し慎重な風に言った勇。

 そんな弱気な姿勢を見せた勇に俺は不敵な笑みを浮かべて、ある提案をする。


「どうだろう、今回の旅行用に購入したトランプがあるんだ。それでポーカーでもして、負けた方がこの水着を私服として着用するというのは?」


 俺が意地悪そうに笑んでそう語ると、勇は唾をごくりと飲む。


「そ、そんなハイリスクな私と、ローリターンな優という奇異な対戦カードを容認していいのですか?」

「でも、お前さんとしてはハイリターンで、俺は女性用水着を着るだけだからローリスク。これは案外と釣り合った賭けだと思うぜ?」


 俺がもっともらしく語ると「確かに」と思案し始める勇。


 正直、自分が女性用水着を着る羽目になってまで、俺が海に行けば晒す水着姿を見たいのかという話だが――何となく分かる。


 勇は、乗ってくると。


「いいでしょう。乗ってやろうじゃないですか!」

「よし、そうこなくちゃな!」


 そんな合意を皮切りに俺は私室から買ってきたトランプを持ち出してポーカーを始める。


 とはいえ結果として――正直、特筆する必要もないくらいの凡庸な試合となってしまった。理由として、ポーカーフェイスという言葉を生むくらいに表情から露出する感情の隠匿が重要なゲームであるのに、勇が強い手札を握った時には煩悩まみれの笑みを浮かべるからだ。十円玉十枚をベットするルールで、俺は勇の表情を確認してにやけていればドロップするという端的な判断で容易く勝利を収めた。


 なので、約束通り女性用水着を着てもらおうと思ったのだが――しかし、「もう一勝負」と懇願してくる勇。


 少々の思案を踏まえ、そんな要求を俺は寛大に受けてやる事にし、「ただし、これで負けたらお前さんの下半身はパレオのみだぞ?」と言うと、苦悶の表情を浮かべて「分かりました」とまさかの了承。


 勇には絶対、ギャンブルをさせてはいけないと思いつつ――移動手段から、水着に、同行者と準備の整った俺達はただ、海行きの日を待つだけとなった。


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