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ナルシスト夫婦の適材適所  作者: あさままさA
【6】ナルシスト夫婦の夏季休暇
52/71

勇「まるで私を突き出すみたいな」

 紛失した場合に備えて複数の企業に通用する「汎用エアコン用リモコン」というものが売っているという事実をキャッチした私は、電気屋さんへと足を運んでそれを購入してきました。


 週末を目前にした休日――以前に比べれば体力が増強された男性の肉体でもこの時期のサービス業というのは疲労をかなり伴うものであり、休みという嬉しさよりも明日から週末が始まるという鬱屈した気持ちが先行してしまいます。


 そんな淀んだ胸中を抱えながらも、自分の妻がぶっ壊してしまったリモコンの代替を買った私。商店街内の電気屋さんを後にして、少々歩き連ねると普段は通らない道へ進んでいきます。


 端的に言って、この進行方向の先にはレンタカーのお店があるらしいのです。


 本来ならば車を借りるのは海に行く当日でいいのですが、何を隠そう私は免許を持っていながら運転の方法を全く知らないのです。そんな状態で海へと向かえば、街を出る前に同乗者全員を天国へとお連れしかねません。


 ですので、練習のために車を借りるのです。


 当然ながらレンタカーの業者さんにはそんな旨など伝えられません。操作もろくに理解していない人間の運転練習のために車を借すなど、どんな状態で返却されるか分かったものではないですからね。


 それに、免許を持っておいて運転出来ないというのも偽造等の疑いを掛けられる理由となるかも知れません。ここはあくまで、普通を装って。


 今日は昨日までと打って変わって分厚い雲が空を覆ってます。湿った空気と雨の匂いが漂っており遠くない降水が予測されるのですが、雨が降っていない現状で言えばそんな高まった湿度に夏季の強い熱気が絡みついて不快な事この上ない熱気を孕んだ大気に抱かれるのを余儀なくされる外界。


 そういえば朝はまだ太陽が顔を出してましたので、優は傘を持っていってないかも知れませんね。


 そんな事を考えつつやがて辿り着いたレンタカーの営業所に入り、私は予め行っておいた予約の件を持ち出して受付の人に確認を取ります。束の間の確認作業を経て、無事に受理されているとの事ですので、必要な書類等を記入して免許を提示。レンタルまでの流れは淡々とこなされていき、いよいよ車を借りるのですが――。


「え? ここから乗っていくのですか?」


 受付があった施設から出て、貸し出される車へと導かれた私の呆気に取られて漏らした言葉。担当して下さった従業員の女性は少し懐疑的な表情を浮かべつつもあっけらかんと「はい」などと肯定するではないですか。


 あぁ、そうなるんですねぇ。


 私、ちょっと想像力が足りてなかったです。レンタルビデオ店のノリで考えていたのでしょうか……まさか乗って借り受ける事になるとは。


 どうぞと言われても運転出来ない私は顎に手を触れさせ、突如として従業員さんの目の前で考え込みます。自宅に納車という事に出来ないのかと聞きましたが「当店ではそのようなサービスは行っておりません」と言われてしまいました。


 という事はそういうサービスを行っている業者もあるのでしょうけれど――普通に考えてそれは、店舗まで赴くのが困難な人間のための配慮。こうして赴いている私が自宅納車を依頼する事自体がおかしいのです。


 困りましたねぇ……。

 私は考えた挙句――助っ人を呼ぶ事としました。


 ポケットから携帯を取り出すと、厚みのないアドレス帳からある人物に対して電話を掛けます。


 呼び出し音数回を経て、その人物は応答。


「あ、只野君ですか?」


 私の問いかけに「携帯だからそうに決まってるじゃないか」と冗談めかして応答した人物――そう、只野君です。そもそも教習所に行っていた優は今、仕事中ですので車の運転に関して救助を求められるのは彼くらいかと思いまして。


「唐突ですけれど只野君、今からちょっと会えないでしょうか? ちょっと困った事になってまして……お力を借りられないかと思いまして」

『力を貸す? うーん、別に構わないよ。仕事も一段落した所だからね』


 只野君は私の求めている事に対して懐疑的なイントネーションで語りながらも、了承してくれました。


 ちなみに只野君の職業は小説家なのです。厳密に言えばライトノベル作家。そのため、私の休みに難なく予定を重ねられたというわけなのですが――しかし、自分の好きなものを好きなように作りたくなった。そんな行動原理で夢を掴んだ彼。


 凄いですよねぇ……自分に正直な所にはやはり憧れてしまいます。


 まぁ、それはさておき――。


「えーっとですねぇ。今、レンタカーのお店で車を借りようとしたのですが、免許を持っていながら私ってば運転の仕方が分からないのですよね」


 電話の向こうの只野君に対して常軌を逸した現状説明を行ったのですが、傍で聞いていた従業員の方が目を丸くするものですから、瞬時に「しまった、失言だった」と身を縮めて驚愕を体現してしまいます。


 とはいえ、もう聞かれてしまっては仕方ないのでゴリ押す事に。


『何で運転の仕方が分からないのに車を借りようとするのか、とか色々とツッコミたいけど、とりあえずレンタカーのお店に行けばいいんだね? ……そこで何をさせられるのかよく分からないけど』

「そうですね、来てもらって私の借りようとしている車を動かして欲しいのです」

『……ごめん、やっぱり我慢できないや。何で、運転できないのに車借りるの?』

「逆ですよ。運転出来ないから練習するために借りるんですよ」


 あっけらかんと語った言葉に顔がどんどんと青ざめていく従業員の女性は「本当にこの人に貸していいのだろうか?」と思っているのか、こちらを訝しんだ視線で見つめてきます。


『じゃあ、何で運転できないのに免許持ってるのって話になるけど……まぁ、いいや。とりあえずそっちに行くよ』

「お願いします」


 私はこの場所が商店街から見てどの方角にあるか、などを伝えて電話を切りました。そこは車を持っている人間として当然なのか、レンタカーのお店がどこに存在するのか只野君は知らなかったようですので。


 無論、電話を切ったとなったら従業員の方が暑さだけが理由とは思えない汗を顔中から流して「あの」と私に話掛けてくるものですから、「大丈夫です」とあちらからの言葉を打ち切ります。その後、只野君が来るまでに何度か「もしかして……」などと従業員の方から言葉を投げかけられても、「問題ないです」などと突っぱねる私。


 そして、只野君が到着すると彼は運転席に、私は助手席に乗り込んで従業員の方にお礼を述べます。見送って下さった従業員の女性の引き攣る表情をサイドミラーで見つめつつ、私のマンションまで走ってもらう事にしました。


 そして、到着すると――。


「さてさて、只野君。これからが本題ですよ」


 私の言葉に呆れた表情を浮かべつつ「……本題?」と語る只野君。


 流石に夏だからなのか、六月頃の彼とは打って変わって髪を短く切ってしまっている只野君。皺だらけの服や、曇った眼鏡などあまりに身だしなみがきちんとしているとは言えない彼ですが、比較的涼しげな好印象を受ける人物に変貌したと言えるでしょう。


 駐車場を契約しているわけではないので、誰かのものであろう区画に駐車する事無くアイドリング状態の車。これから行うべき事は一つでしょう。


 そう――。


「車の運転方法を教えて下さい」


 私がそう語ると、瞬間的に目を見開いて口を半開きにする只野君。しかし、すぐに我へと返ったのか首を横にぶんぶんと振ります。


「いやいや、教習所に行ったから免許を持っているはずだろう?」

「教習所に行ってないのに免許を持っているという事もあるんですよ」


 私の言葉におそらく「そんな状況などあり得ない」と思っている只野君は、それでもとりあえずは形としてなのか、腕を組んで「うーん」と首を傾げつつ「教習所以外で免許を手にする方法」を思案し、


「警察まで行けばいいのかな?」


 と、神妙な面持ちで言いました。


「まるで私を突き出すみたいな言い方ですね」

「いや、突き出すんだけど……」

「ですが、免許はこうして持っているんです。運転の方法さえ分かれば別に何も言われないはずでしょう」


 私がそう、財布から取り出した免許を突きつけて提示すると、只野君はまだどこか腑に落ちないのか「まぁ、そうだけどさ」と言って嘆息します。


 そもそも、どうして免許を私が教習所にも行かずに持っているのか――それを改めて考えると、私の中である面白い考えが浮かびました。


 曇った空を一瞥して、私はしたり顔で只野君に言います。


「いいでしょう。もし、私に運転の方法を教えてくれたら、どうして教習所にも行かずに免許を持っているのか。それを――教えて差し上げましょう」


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