没ネタ3
□ラブレターを書いてみよう□
「マティウス君は、そろそろ姫様に告白した方がいいと思うの」
一日が終わり自分の部屋へ向かって歩いていると、隣を歩いていたタニヤがいきなりとんでもないことを口に出した。
「なななななな何で!?」
動揺して無駄に「な」を連発してしまった俺。だっていきなりそんなこと言われて冷静でいられるかっての!?
「だって、そろそろ一年よ? しかも毎日顔を合わせているっていう条件で。むしろよく今まで何も言わなかったものだと、こっちが呆れちゃうくらいなんだけど」
「いや、だってあいつは王女様なわけじゃん……」
「告白に身分は関係ないでしょ?」
「あるだろ。そもそも拒絶されるのをわかったうえで告白するとか、俺Mじゃねぇし。むしろガラスのハートだし」
「ダメならダメでいっそのこと吐いちゃってしまった方が、今後すっきり過ごせるんじゃない? ハートがバラバラになってこそ、見えてくるものもあるかもよ」
「痛いのは嫌だ。それにすっきり過ごせるのは俺じゃなくてお前な気がする」
「てへ☆」
おい。何が「てへ☆」だ。そこは否定しろ。
「……でも確かに、今みたいに変に意識するよりかは、吹っ切れるかもな……」
「お。もしかして乗り気になった?」
「……煽ったのはお前だろ」
うーん、でもやっぱやめようかな。こいつの言うことを真に受けて行動するとか、よく考えたら危険すぎるような――。
「てなわけで、私はラブレターが良いと思うのよ」
俺が少し悩んでいる間に、タニヤは既にノリノリになってしまっていた。目に見えてさっきより表情が活き活きとしている。
……まずい。対応を失敗したかもしれん。
「マティウス君て私達には『ティアラ好き好き大好き愛してる!』って割と饒舌だけど、いざ姫様を目の前にすると、かなり口下手になるじゃない?」
「そんなこと言った覚えはねぇんだけど……」
「似たようなこと言ってるじゃない」
俺のささやかな抗議は即座に斬って捨てられた。そうか……。似たようなことを言っていたのか……。
「それで話は戻るけど、そんな照れ屋さんにはやはりラブレターが良いと思うのですよ、お姉さんは」
「でも手紙とか書いたことねーし」
「君の場合、緊張して姫様の前でトンデモ発言しちゃう可能性があるじゃない。やはり事前に温めていた言葉を使って、文字で訴える方が絶対に良いわよ!」
タニヤは拳を握りながら俺に力説する。こいつのこういう話の誘導の仕方は、ある種の勧誘業に向いている気がする。転職した方がいいんじゃね?
「そういうわけで、明日の朝までに書いてきてね。朝イチで私が添削してあげるから」
「いや、でも――」
タニヤは言いたいことだけを言い切った後、俺の言葉を聞かず廊下を足早に駆けて行ってしまった。
……くそ。この展開、書かないとダメなのか……。
タニヤの望み通りに、一晩をかけてティアラに向けたラブレターを書いた俺。何で俺、素直にタニヤの言うことに従ってんだろ……。俺はあいつの尻に敷かれている旦那じゃねーっつーの。
大きな溜め息を一つ吐いて、俺は自分の部屋から出る。
そこで俺は悲鳴を上げそうになってしまった。部屋の前の廊下に、タニヤとアレクが待ってました! と言わんばかりに佇んでいたからだ。
「何でアレクもいるわけ!?」
「そりゃあ、こんなに面白そうなことを私一人で堪能するわけにはいかないでしょー」
「……というわけだ」
何がというわけなんだ。俺はお前らのおもちゃじゃねえ!
「とまぁ今のは半分冗談で」
「半分は冗談じゃねぇのかよ」
「私もアレクも今までずっと見守ってきたのよ。ようやく行動を移すとなれば、そりゃ応援したいに決まってるじゃない」
「……というわけだ」
「お前ら……」
不覚にもタニヤの言葉に、少しジーンときてしまった。……そうだよな。こいつら、ずっと俺の気持ちを知っていたんだよな……。
「そういうわけで、早速書いた物を見せてもらえる? どうせなら最上の物を姫様に渡したいじゃない」
「あぁ……」
俺は一晩かけて書いた渾身のブツをタニヤに渡す。タニヤは俺から紙を受け取ると、アレクと二人頭を寄せ合って仲良くそれを見る。
「マティウス君……。字、汚いわねぇ」
「確かに汚いな」
「うっせ! そもそも文字を書く機会がないんだから、仕方ねーだろ!」
「まぁ字は体を表すって言うし、いいんじゃない? 君が可愛い文字を書いたら何か嫌だし」
「それもそうだな」
くそ。こいつら好き勝手に言いやがって。
「読めない字ではないし、そこはクリアね。では早速内容の添削をするわね。『ティアラ様。初めて会った次の日に、俺はもうあなたに心を奪われてしまいました。あなたの神秘的な瞳は俺の心を――』」
「ぎゃあああああああ!? やっぱやめてくれ! っつーか朗読しないで!」
俺は慌ててタニヤの手から手紙を奪い取る。ついでに人類が折ることのできる極限まで手紙を小さく折り畳み、そそくさと懐へ仕舞った。
「えー、なによ。それじゃあ添削できないじゃない」
「しなくていい! やっぱこの話無し!」
深夜テンション超怖ええぇぇぇぇ! 何だ今の恥ずかしいやつ!? 俺が書いたの!? 自分でも信じられねーよ! ていうかなかったことにしたい! むしろ深夜の俺を殴って止めに行きたい!
心の中で悶絶していると、俺の懐からヒラリと何かが落ちてきた。
「……ん?」
し、しまった。あれは――!
しかし俺が拾うより先に、タニヤがそれを拾ってしまった。
「それは違う! 見ないでくれ!」
「何よ。もう一枚書いていたんじゃない。どれどれ」
『ティアラ好きすき好き好き好きすき好き好き好き好き好きすき好き好き好きすき好き好き好き好き好きすき好き好き好きすき好き好き好き好き好きすき好き好き好きすき好き好き好き好き好きすき好き好き付き合ってください』
「怖っ!? いやいや怖すぎるわよコレ!? 病み過ぎでしょ! 鳥肌立っちゃったじゃない!」
「呪いの手紙みたいだな……」
違うんだ! これはラブレターを書いている内に恥ずかしくなってきたから、わざと『好き』という言葉を並べて慣れようとしていただけなんだ! 決して俺の心が病んでいたからではない!
……と言い訳をしようとしたのだが、既に二人は俺から距離を取るように廊下の向こうへと後ずさっていた。
やめて! 遠くからそんな目で俺を見ないで! 俺のライフはもうゼロよ!
※使いどころがなくなってしまったので没




