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ラスト・没バージョン

伏線放り投げな『逆シンデレラ』。

少女漫画です。コメディー成分がないです。侍女さんが名前しか出てきません。恥ずかしいです。

「挨拶無しで黙って城から去った」という前提です。

どんな内容でもどんと来い! という鋼の心を持つお方は、どうぞ↓


 栗色の毛をした一頭の馬が、こちらに向かって駆けてくる。その馬の手綱を握っているのは、黒髪の俺の元同僚。そして彼女の左腕に抱えられるようにして横向きに座っていたのは――。

 胸の位置まで伸びた桃色の髪を持つ、小柄な少女。

 ……どうして。どうして、彼女らが、ここに?

 いや、そんなこと、俺には一つしか思い浮かばない。今だけは自惚(うぬぼ)れていいだろうか。彼女達は――いや、ティアラは俺に会いに来たのだと。

 馬から下りた二人は、宿舎に向かって真っ直ぐと歩いてくる。俺はいても立ってもいられず、宿舎を飛び出していた。




「タニヤから伝言を預かっている」


 宿舎を飛び出した俺の姿を一瞥した後、アレクがいつもの無表情のまま口を開いた。


「『君がそこまでヘタレだとは思っていなかったわよ。そもそも私達に一言も言わず行くとかありえなくない? 次に会ったら(・・・・・・)徹底的に指導してやるんだから覚悟しときなさい』だそうだ」


 思わず口をポカンと開けたまま、目を点にしてしまった俺。タニヤが直接俺に言っているような感覚に陥ってしまったからだ。ていうか、アレクがこんなに高い声を出せたことに、驚きを禁じえない。


「お前……。意外と声真似上手いな……」

「任せろ」


 アレクは俺の誉め言葉に若干ふんぞり返るが、その顔はやはり無のままなので本当に喜んでいるのかはわからない。そしてアレクはさっきから無言のままのティアラの後ろに回り、軽くその背を押した。ティアラは一度アレクの顔を見ると小さく頷き、そして一歩前に出る。

 何も言わず、ただ向かい合う俺達。

 いや、何か言わなきゃ。でも俺の頭の中は真っ白で、言うべき言葉が何も見つからない。


「……久しぶり」


 結局俺の口から出てきたのは、ありきたりで無難な言葉。だが彼女は、それに小さく笑って応えてくれた。


「うん、久しぶりだね」


 その彼女の一言で、俺の中で封印していた気持ちが、また一気に呼び戻されてしまった。


「髪、少し伸びたな」

「うん。変……かな?」


 毛先を軽く指で摘みながら、おずおずと聞いてくるティアラ。もちろん、俺の返答は一つしかない。


「いや、長いのも似合う。可愛い」

「あ、ありがとう……」


 そう言うとティアラは顔を真っ赤にして俯いた。

 あぁ、変わっていない――。俺の知っている彼女のままの反応が、妙に嬉しかった。

 そして、再び訪れる沈黙――。

 風が俺と彼女の頬を等しく撫で、少し伸びたティアラの髪が戯れるように横に流れる。


「今日は次期女王として、あなたにお願いがあってここまで参りました」


 ティアラはそこで突然他人行儀な口調になると、俺の右手を取り、その場に片膝を付いた。

 ――え? な、何だよこの状況? 王女のティアラが俺に頭を下げるっておかしいだろ。普通俺とティアラの位置が逆だろ。それにお願いって?


「どうかお城に戻ってきてください。そして、私を守ってください」


 ティアラはそこで言葉を区切り、小さく深呼吸をした後、俺の目を真っ直ぐと見据えながら続けた。


「これから、ずっと。いえ、一生」


 …………。

 …………何だよ、それ……。

 突然やって来たかと思ったら、いきなりこれかよ。俺は王子様の迎えを待っていたお姫様じゃねーんだぞ!? っつーかお姫様はお前だろうが!


「あ、あの……。や、やっぱり嫌、かな……」


 呆然としたまま反応を示さない俺に、ティアラが今にも泣き出しそうな顔を向けていた。


「――っ! 嫌なわけないだろ!」


 俺は気付いたらティアラの小さな身体を思いっきり抱き締めていた。久しぶりに抱き締めた彼女は、以前と全く変わらぬ柔らかさと温かさで。何だかそれが無性に嬉しくて、少し鼻の奥がツンとした。


「でも、本当に俺でいいのか? 婚約話は?」

「断っちゃった」

「は?」


 あっさりとそう言い切った彼女に、さすがに俺も声を押さえることができなかった。


「こ、断ったって、大丈夫なのか? 相手は王子なんだろ? 今後の国のむぐっ!?」


 ティアラの小さくて白い手が、俺の口を強制的に塞ぐ。彼女はそこでにっこりと微笑みながら告げた。


「自分の伴侶となる人は自分で決めたいです、ってお父様にお願いしたら、大丈夫だったの」


 ええええぇぇっ!? 普通そういうのって、自分の気持ちより国の利益を優先しろとか言われるもんじゃねーの? 陛下は娘の気持ちを何より大事にしているということ!? いや、それでもやっぱりちょっと軽すぎな気もするんですけど!?


「それで、あの……。その……」


 顔を真っ赤にしながら、ティアラは何か言いたげにもじもじとし始めた。久々に見た彼女の態度に、安心と共に苦笑する。

 恥ずかしがり屋のティアラが、ここまで言ってくれたんだ。ちゃんと彼女に返事をしないと男が廃る。

 俺は彼女から身体を離し、琥珀色の瞳を真っ直ぐと見つめながら小さく深呼吸をする。


「ずっとあなたを、守らせてください」


 そして初めて彼女に会ったあの日より、幾分かはマシであろう敬語で、俺はティアラに告げた。


「……はい!」


 それにティアラは笑顔で答える。太陽よりも眩しく、愛らしい笑顔で。

 ずっと、一生、何があっても絶対に彼女を守り抜く。俺を選んでくれた彼女の心に応えてみせる。

 心の中で誓いを立てた俺は、彼女の桃色の唇に自分の唇を優しく重ねる。その瞬間、宿舎の方から割れんばかりの拍手と歓声が上がった。



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