赤のピアス
※本編に上手く組み込めなかったやつ
いつものように本を読んでいたティアラが不意に顔を上げ、俺へと視線を投げかけてきた。
「どうした?」
「あの、マティウスはどうしてその赤いピアスをしているのかな、と思って」
「ん? これか? これはその――」
今までスルーされてきたのに、まさかいきなりこれについて聞かれるとは。俺は左耳を触りながら、どう説明したものかと思考を巡らせる。
「うーん、何て言やいいかな。若気のイタリってやつ?」
「まだ若いのに何を言ってるのよ」
「いや、だってこれを付けたのって十の頃だし」
俺のその説明を聞いたタニヤは、納得したようにあぁ……と小さく呟く。
「俺、自分の髪色が好きでなくてさ。あまり注視されたくねーっつーか。髪の色と対になる色が耳にあったら目立ちそうだし、そっちに目が行くかなって。……そんな単純な理由だよ」
あの男と同じ色のその髪を見るだけで吐き気がする――。
子供の頃に何度も何度も母親に言われた、その言葉。それが原因で、俺は自分の髪色が嫌いになった。
染めようとしたこともあるが、金がかかるし面倒臭そうなのでやめた。苦肉の策でピアスを空けるというところに行き着いただけの話だ。
「私は、マティウスの髪の色、好きだよ」
「え?」
ティアラの口から出た「好き」という言葉に、俺の心臓の速度が一気に二倍速になる。いや、わかっている。別に俺のことが好きという意味ではないことくらいわかっている。
「まるで町の外に広がる草原みたいだもの」
鮮やかだけど穏やかな色で、見ていると落ち着くよ、といとも簡単に言ってのけるティアラ。
……くそ。ダメだ。今は彼女の顔を見ることができそうにない。
瞬時に赤く染まったであろう顔を隠すため、俺はふいっと首を横に回す。しかしそこでニヤニヤした顔のタニヤと目が合ってしまった。イラッとしつつ首を180度回す。今度は壁際に佇むアレクと目が合ってしまった。相変わらずの無表情のまま、彼女は両の指を合わせたハートマークを作って俺へと見せてくる。
何だよこの二人の連携プレーは……。口元が引き攣りそうになるのを堪えながら、俺は仕方なくティアラへと視線を戻す。
「……ありがとう」
そして蚊の鳴くような声で彼女に礼を言った。ティアラはそれに小さく微笑んで応えると、また本を読む作業へと戻った。
彼女が好きだと言ってくれたから、これからはこのライトグリーンの髪色も、好きになれる――かもしれない。
くすぐったくなった心を誤魔化すように、俺はしばらくの間首を無意味にかき続けるのだった。




