たまには適度に運動を
「この後、少しいいか?」
「え?」
今日の仕事も無事終了し、ティアラの部屋から出た直後、いきなりアレクが俺にそう聞いてきた。
「何々? もしかしてデート?」
嬉しそうに囃し立てるタニヤを即座に冷たい視線で一蹴するアレク。タニヤは「冗談に決まってるじゃないのよぅ」と言いながらもその身体はプルプルと震えている。怖かったらしい。
「ここに来てからあまり実戦での鍛錬を行っていなくてな。お前に付き合ってほしい」
「あー。言われてみれば俺もだわ。別に構わねーけど、どこか戦れるような場所とかあったっけ?」
「城門の西側が少し広めだから、そこでいいだろう。事前に門番に言っておけば騒ぎにもならないだろうし」
「だな。んじゃ早速行くか」
「あ、私も面白そうだから見に行くー」
そんなこんなで、俺達三人は城門の西側へと向かうのだった。
門番達に一通り事情を説明した後、早速俺はアレクと向かい合わせで立つ。
「お前、確か体術の方が得意とか言ってたけど、どっちでやるんだ?」
「槍だ。そうでないとお前もやり難いだろう」
「まぁ、確かに」
素手の相手と剣で戦うのは、確かにヤリ辛い。これは決闘ではなく、あくまでなまった身体を慣らす訓練だ。アレクに血を流させるわけにはいかない。
アレクは俺の背丈よりも若干長い槍を両手で持ち直し、構えた。
「では、オレから行くぞ」
「いつでもいいぞー」
姿勢を低くした状態から地を蹴り、一気に俺との間合いを詰めるアレク。まずはどうやって槍を繰り出してくるのか? あの持ち方からしてストレートな突きか。そう判断した俺はアレクが槍を俺に突き出すタイミングを見計らって真上に跳躍する。しかしアレクの方も俺の動きを読んでいたのか、槍の柄をグルンと縦に回し、柄の先の部分で俺の鳩尾を狙ってきた。空中でそれを避ける術はない。俺は左腕の手っ甲で何とか槍の柄を受け止める。
ギン!
手っ甲と柄が重なり合った瞬間、鈍い金属音が辺りに響く。俺の左腕にビリビリとした衝撃が瞬時に走り抜けた。槍の柄の部分を通しているとはいえ、やはりアレクは馬鹿力だ。これは一撃でもまともにくらったら俺の負けだろう。
俺はアレクの左肩を蹴り、今度は後ろへと跳躍して間合いを取る。着地と同時に剣を持ち直すが、まだ左腕には痺れが残っていて上手く握れない。その隙を見逃さず、アレクは再度こちらへ向かって駆け出してくる。走りながら今度は槍を横に薙ぐアレク。咄嗟にしゃがんだ俺の頭上を、ヒュッという乾いた音が通り抜ける。俺は剣の腹の部分を利用して、アレクの槍を下から振り上げるようにして払った。
一瞬だがアレクの両脇が上に持ち上がる。俺は剣の柄の部分をアレクの腹に向けて突き出し――かけたのだが、その攻撃は諦めて横に転がる。刹那、槍の柄が勢い良く地に突き刺さり、俺が居た場所の地面が抉れた。
うわ……。手加減してこれかよ。これが実戦だったらと思うとゾッとする。もっとも、アレクと戦うような関係にはならないだろうが。こいつが味方で良かった……。
てなことを考えている場合ではない。すぐさま起き上がった俺は、アレクに対して伸び上がるような一撃を繰り出す。アレクは身体を捻り、剣の軌道ギリギリでそれをかわした。
「お前、地面が抉れるような攻撃を俺に仕掛けてきやがって。あれでも手加減していたんだろうが、もう少し力を弱めてくれ。もし当たっていたら俺の体に穴があいてたぞ」
「いや、あれはオレの全力だ。お前が避けるだろうと読んだ上で攻撃したからな」
「…………」
俺の額につうっ、と一筋の汗が流れるのがわかった。今さらながら肝が冷えたのだ。全力攻撃していたのかよ……。俺の実力を認めてくれているってことなんだろうが、一歩間違えてたら俺死んでたんじゃね?
「どうするんだ? もう終わりにするか?」
俺が攻撃の手をやめたのでアレクがそう聞いてきたが、当然まだ終わらせるつもりはない。
「まさか。始めたばっかりじゃん」
「……いくぞ」
そして、再び俺達は地を蹴った。
「いやー。昨晩のマティウス君とアレク、凄かったわねー」
次の日の朝。ティアラの部屋に入って早々、タニヤが興奮冷めやらぬ調子で声を出す。
「え? 何かしたの?」
すぐさまそれに食いつくティアラ。
……なんだろう。胸に突如発生したこの嫌な予感は……。
「ええ、姫様聞いてください。夜だというのに、二人ともすっごく激しかったんですよ。もう、見ているこっちがドキドキしちゃったんですー」
「え、そ、それってどういう……」
「誤解を招くような言い方をするなーッ!? ティアラ、違うから! 単にこいつと実戦式の訓練をしただけだから!」
ティアラは俺のセリフに「そうなんだ……」と頷いたものの、その顔は赤く染まってしまっている。くそっ、何て言い方しやがるんだタニヤの奴!? このままではイメージダウンまっしぐら! ここはアレクに助けてもらうしか!
「アレク! お前も何か言え! 誤解されてるぞ!?」
「確かに、オレが想像していた以上にお前の(動き)は凄かった。(背が)大きいのにキレがあった。実に戦りがいがあった」
「だから何でそこで悪ノリするかなああぁぁっ!?」
さらに赤みを増した頬を両手で押さえつつ、ティアラは後退りしながら寝室へと逃げて行ってしまった。
違う……。違うんだティアラ。俺はアレクといやらしいことは何もしていない……。
がっくりと絨毯に両手を付く俺。背の上に負のオーラが溜まっていくのがわかる。
「俺、信用されてねーのかな……」
「日頃の態度じゃない?」
タニヤの容赦無い一言がトドメとなり、俺はパタリと絨毯の上に倒れ伏してしまったのだった。




