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四壁の王  作者: 真籠俐百
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「待たせたな」

 エルヴィーラがそういうと同時に、フェリクスは小走りにエルヴィーラに近寄った。

 そして、前置きもなくすぐに本題を切り出そうとする。

「母上、先ほどレイフの召喚した神獣が言っていたネズミについてですが――――」

「フェリクス」

 しかしエルヴィーラは、皆まで言わせずフェリクスの言葉を遮り、首を横に振った。

 フェリクスは訝しげにエルヴィーラを見上げつつも口を閉じる。

 エルヴィーラはフェリクスから視線を外し、ウィルヘルミナとベルンハートを見た。

「実は聞いてほしいことがある」

 ウィルヘルミナとベルンハートは、一度顔を見合わせてからすぐに視線をエルヴィーラに戻す。緊張した面持ちで続きを待った。

「レイフの召喚した神獣の言っていた件についてだが、今しばらく敵を泳がせておくことになった。だから、先ほど神獣が言っていた犯人捜しについては、全て我々に任せてもらえないだろうか」

 ウィルヘルミナは驚きに目を見張った。

(なんでだよ! 今ならヨルマを捕まえるのは簡単なのに)

 ベルンハートは視線を尖らせてエルヴィーラを見返す。

「理由を聞かせていただこう。そうでなければ我々には納得できない」

 エルヴィーラはベルンハートをじっと見据えた。

 口調を変えて、諭すようにして口を開く。

「ここでその者を捕まえても終わらないからです、殿下。捕らえたところで、トカゲのしっぽ切りにしかならないでしょう。私はその背後に潜む人間もろとも一網打尽にしたいと考えているのです」

 話を聞いて、ベルンハートはしばし考え込んだ。

 やがて息を吐き出し、小さくうなずいた。

「なるほど、そういう事ですか…ならば承知した。レイフもそれでいいな」

 話を振られて、ウィルヘルミナは戸惑ったが、渋々ながらもうなずく。

(確かに、ヨルマやコルホネンを捕まえても終わらないのかもしれねえ。その裏で糸を引いている奴の方が重要で、泳がせるのは、たぶんそいつを引っ張り出したいってことなんだろうな)

「かしこまりました」

 ウィルヘルミナの返事を聞くと、エルヴィーラは改めて皆にくぎを刺した。

「くれぐれも、敵にこちらの意図を覚られぬようにしてほしい。時が来れば私が必ず身柄をおさえるゆえ、それまでは今まで通り知らぬふりを通してくれ」

 エルヴィーラの言葉に、ベルンハートがちらりとウィルヘルミナを見やる。

「お前は演技が下手だからな。できる限りヨルマには関わるな。いいな」

 小声で言われて、ウィルヘルミナは不満そうにベルンハートを睨んだ。

「失礼だな。オレだってやればできるわい」

 小声で返しているその横で、エルヴィーラがイヴァールを振り返る。

「さてクーセラ卿、実のところ我々は今急ぎキッティラに向かっている途中にある。ここには偶然立ち寄ることになったに過ぎない。だが、このような状況で生徒たちをここに残してゆくわけにはいかぬゆえ、一緒に同行させたいと思う。異存はないだろうか」

「はい、かまいません。荷物を捨ててゆけば全員を馬に同乗させることも可能でしょう」

 ラハティ教会学校の今回の任務は荷物の移送である。

 そのため荷運びの馬を連れていた。

 荷物を捨ててその馬を使い、それでも乗り切れない者は、小柄な生徒たちを優先的に東壁の教会魔術師の馬に同乗させれば、全員が馬で移動することは可能だ。

「では急ごう」

 エルヴィーラはウィルヘルミナを見やった。

「レイフご苦労だった。地界魔法を解いてくれ」

「かしこまりました」

 ウィルヘルミナは、慇懃に首をたれてから魔法を解く。

 土壁の中から解放された生徒たちは、身を寄せ合いながら恐る恐る周囲を見回していた。

 だが、魔物がたおされていることを確認すると安堵の息を吐き出す。

 ペテルとヨルマも、あからさまにホッとした様子であった。むろんヨルマのそれは演技であるのだが…。

 エルヴィーラは、そんな一行に向けて声をかけた。

「名乗るのが遅くなった。私は東壁当主エルヴィーラ・ベイルマンだ。突然の魔物の襲撃にさぞ驚いたことだろう。だが安心してくれ。付近の魔物は我々が殲滅した」

 その言葉に、生徒たちは安堵のあまり泣き出すものもいる。

「もう大丈夫だ。我々がついている。だが、ここは危険ゆえ、君たちを保護したい。我々は急ぎキッティラを目指している最中なので、急な話ですまぬが、荷物を捨て馬に分乗してほしい」

 話を聞き、ペテルがエルヴィーラの前に進み出る。

「ベイルマン辺境伯爵、私はラハティ教会学校の教師をしておりますペテルと申します。この度は我々をお救いくださり誠にありがとうございます。大変ありがたい申し出ですが…しかし、よろしいのでしょうか。我々は今キッティラへ届ける物資の運搬をしている所です。その物資を捨てていくとなると――――」

 エルヴィーラは皆まで言わせず手で言葉を遮った。

「ご懸念は承知している。が、今は人命が優先と考える。物資はここで捨てていっていただきたい。それに、先ほども申した通り、我々は今急ぎキッティラを目指している。ここでその話題を問答している猶予はないのだ。ここは私の指示に従ってほしい」

 有無を言わさず話を切り上げる。

 ペテルはしかたなく言葉をおさめた。

 それを見届けたエルヴィーラは、生徒たちに馬に乗るよう指示をとばしはじめる。

 生徒たちが準備を整える中、ヨルマはこっそりと周囲に視線を滑らせていた。

 土壁の中にいたため外の状況が全く把握できていない。

 エルヴィーラから詳しい状況の説明もなかったため、しかたなく見てわかる程度の情報収集をしようとしていたのだが、東壁魔術師たちの馬の上に、意識を失い、縄で厳重に捕縛されたうえ猿轡を噛まされているニルス=アクラスの姿を見つけると、苛立った様子で歯ぎしりをした。

(おのれニルス=アクラスめ、襲撃に失敗したのか。なんという体たらく。だからパウルスに見切りをつけられるのだ。まさかエルヴィーラ・ベイルマンに捕まるとはな)

 ヨルマは人知れず侮蔑の視線をニルス=アクラスに向けた。

(だが、これでは今後の壁際での計画に狂いが生じてしまう。ベルンハートの殺害に失敗した挙句、エルヴィーラ・ベイルマンは無傷。そのうえ、ニルス=アクラスまでまんまと捕らえられてしまっているのだ。これがラーファエルの耳に届いたらどんな叱責を受けることになるか…)

 ヨルマはぶるりと体を震わせる。

(まずいな…せめてベルンハートだけでも殺さなければ)

 ヨルマは、焦燥を宿した目でベルンハートを一瞥した。

 一番実行できる可能性の高いものに着手しようと考える。

 どうやって実行するかと考えを巡らせながら、再び意識のないニルス=アクラスに視線を戻した。

(あいつを使うか。もはや用済みの人間とはいえ、あいつをあのままにしておくわけにもいかぬ。まさか奴がこちらの内情をやつらに漏らすとは思えぬが、あの様子では自力で逃げるにも時間がかかるだろう。本来なら私が危険を冒すことは避けたいところだが時間もない。折を見てあいつを逃がし、あれにベルンハートを始末させよう)

 ヨルマはその目を冷たく細め、何食わぬ顔で馬にまたがった。

「準備はできたか? では急ぎ出発するぞ」

 エルヴィーラの号令の元、一行はキッティラ目指して出発した。


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