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四壁の王  作者: 真籠俐百
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 エルヴィーラは、しばし考え込んだのちにウィルヘルミナを見る。

「先ほど君の契約している神獣が言っていた『ネズミ』についてだが、私に少々心当たりがある」

 ウィルヘルミナは、驚いた表情でエルヴィーラを見上げた。

 イヴァールはというと違った反応をしていた。スッと目を細め、一度エルヴィーラを見やる。

 しばし逡巡したのち、歩き出してエルヴィーラの側に移動した。

 イヴァールは、エルヴィーラの前で膝を折る。

「ご無沙汰しております、ベイルマン辺境伯爵」

 エルヴィーラは首をめぐらし、イヴァールの姿を捉えると鷹揚にうなずいた。

 意味深に光るイヴァールの視線と、エルヴィーラの眼差しが一瞬絡み合う。

 その短い間に、二人は言外に何かを示し合わせた。

「これはクーセラ卿、珍しい場所でお会いいたしましたね」

「ご尊顔を拝しまして、望外の喜びにございます」

 一通りの儀礼的な挨拶を済ませると、エルヴィーラは一度イヴァールから視線を外してウィルヘルミナに移す。

「レイフ、すまぬがその地界魔法をまだ解かず、そのまま維持しておいてはくれないか。クーセラ卿と少々話があるのだ」

「それはかまいませんが…」

 ウィルヘルミナは、戸惑った表情でエルヴィーラとイヴァールを交互に見た。

(先生は、東壁当主と顔見知りだったのか。ま、おかしくはねーけど。でも、いったい何の話があんだ? それにイルが言ってた『ネズミ』って誰の事なんだ?)

 ウィルヘルミナは首をかしげる。

 だが、エルヴィーラは戸惑うウィルヘルミナに説明もなくただ『頼む』と言って任せると、イヴァールに視線を戻した。

「クーセラ卿」

 場所を移動しようと合図をされて、イヴァールは頷き、エルヴィーラの後に従う。

 ウィルヘルミナは、怪訝な表情で二人の背中を見送った。

 そこに、ベルンハート、フェリクス、イッカが近寄ってきた。

「怪我はないか、レイフ」

 ウィルヘルミナは、周囲の目を気にして従僕の仮面を被ったままうなずく。

「大丈夫です。ベルンハート様こそお怪我はありませんか」

「ああ、問題ない」

 お互いを気遣っていると、フェリクスが感心した様子で口を開いた。

「レイフ、お前は本当に凄いな。その年齢で召喚士だったとは驚きだぞ。しかも契約している神獣が人型とはな…。そこにもかなり驚いたぞ」

 フェリクスの称賛に、イッカも頷く。

「私も感服いたしました。レイフ様ほどのお方に、私はお会いしたことがございません。今までの数々のご無礼、なにとぞお許しを」

 イッカはひざを折り、深々と礼をとった。

「ちょ! なにしてんだよ、やめてくれよ!」

 ウィルヘルミナは、慌てるあまりすぐに従僕の仮面が剥がれ落ちて再び素に戻った。

 イッカの腕をとって、立ち上がらせようと引っ張り上げる。

 するとイッカが苦笑した。

「やはり、レイフ様は自然体が一番でございますね。私相手に取り繕う必要はございません。どうぞお気を楽になさってください」

 無理に改まった余所行きの態度をとる必要はないとイッカは微笑む。

 ウィルヘルミナは毒気を抜かれた様子でため息を吐き出した。

「だったらイッカも堅苦しいのはやめてくれよ。イッカがそんなんだとオレだって堅苦しくなっちまうよ」

 そう言って、ガシガシと自分の後頭部を掻きまわす。

「そう申されましても、私はずっとこうでしたので…」

 イッカが困惑気味に見返すと、ウィルヘルミナは不貞腐れたような表情になった。

「だったら、オレもお前に対しては一線引いた丁寧な態度で返すかんな」

 と、変な脅迫を始める。

 イッカは困った様子で考え込んだ。

 すると、フェリクスが助けるように口を開く。

「イッカは生真面目なのだ。少々堅苦しいのは許してやってほしい。たぶん徐々に慣れていくはずだ。な、そうだろうイッカ」

 フェリクスの助け舟に、イッカはまたしても生真面目にうなずいた。

「はい努力いたします」

「だから、そういうところが固いんだって」

 ウィルヘルミナがつっこむと、横でベルンハートが大きなため息をつく。

「お前のその砕け過ぎた態度には問題があると思うぞ。イッカ、あまりこいつを甘やかしてくれるな」

 ウィルヘルミナは片眉を跳ね上げた。

「はあ!? 本人がいいって言ってんのに、なんでお前がそんな口きいてくんだよ。余計なお世話だろ」

 ベルンハートはまたしてもため息をつく。

「お前は本当に学習しないな。普段から口調を改めておかないから、東壁当主の前でボロを出すようなまねをしてしまったのだろう。これ以上恥をかきたくなかったら、きちんとわきまえておけ。それがお前のためだ」

 痛いところを突かれて、ウィルヘルミナはぐっと言葉を詰まらせた。

 そんなウィルヘルミナを可哀そうに思ったのか、フェリクスが口をはさんできた。

「まあそう言うなベルンハート。レイフは素の方が生き生きしている。私はくだけた態度のレイフにも好感を持っているぞ」

 ウィルヘルミナは、フェリクスの言葉にじーんとした表情にかわる。

「フェリクス、お前マジいい奴だよな。オレもお前のそういうところ好きだぞ」

 ウィルヘルミナは、言いながらフェリクスの首にがしりと腕をひっかけて笑った。

 イッカも微笑みを浮かべ、じゃれあう二人を穏やかな目で見守る。

 ベルンハートだけは、呆れを含んだ疲労をにじませ、ため息を吐き出していた。

「まったく、レイフを甘やかすのはほどほどにしておいてほしいものだ」

 愚痴めいてこぼすと、ウィルヘルミナが開き直って返す。

「オレは人望があんの」

 悪びれもせず、ニシシと笑って言い切るウィルヘルミナに、ベルンハートはやれやれとばかりに首を振った。

「全くお前は得な性格をしているな」

 呆れまじりではあったが、ベルンハートもつられて笑う。

 言葉では色々と不平を言いつつも、結局ベルンハート自身も自然体のウィルヘルミナを肯定的に捉えているのだ。

 そうして子供たちは笑い合い、つかの間の安寧に浸る。

 だが、不意にその表情が曇った。

「それにしても、先ほどの『ネズミ』というのが気になるな。この中に不審人物がまぎれているという意味で間違いないのだろうが…」

 そう言って、ベルンハートはウィルヘルミナが維持するドーム型の地界魔法に視線を向ける。

 一同はまじめな表情に戻り、同じく土壁を見つめつつうなずいた。

「たぶんそうだろうな。さっきベイルマン辺境伯爵も心当たりがあるって言ってたし、きっと、今はその件について二人で話し合ってるんじゃねえのかな」

 ウィルヘルミナの言葉に頷きつつ、一同の視線はエルヴィーラたちが消えた方向へと向けられる。

 見えなくなった二人の姿を視線で追いつつ、一同は胸の内に得体のしれない不安が沸き上がるのを感じていた。


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