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四壁の王  作者: 真籠俐百
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 エルヴィーラは、タルウィを見送ると呆れ交じりのため息を吐き出す。

 だが、すぐに気持ちを切り替えて顔を上げると、首をめぐらした。

 魔術師たちに、タルウィに代わってニルス=アクラスへの攻撃を引き継ぐようにと指示を出す。

 そして、ニルス=アクラスには近づかぬようにとくぎを刺してからもう一度小さく息をついた。

「全く、神獣というのは厄介な生き物だな…」

 誰にも聞こえぬように小声で愚痴をこぼしてからウィルヘルミナに視線を移す。

 ウィルヘルミナはというと、エルヴィーラと視線が合うなり反射的に背筋を伸ばした。

 全身には冷や汗をかいている。

(えっと…この状況ってオレが悪いのか? 悪くねえよな…。けど、なんか不安になってきた。だいたいなんなんだよあの神獣。とんでもねー爆弾を落とすだけ落として、自分だけは勝手にさっさと帰りやがって。別に、オレは神獣契約なんかしたくねーよ!! イルだけで手いっぱいだっつーの!!)

 エルヴィーラは、ひとり百面相をするウィルヘルミナを無言のまま見つめており、その視線に耐え兼ねたウィルヘルミナは、意味もなくへらりと笑ってみせた。

 この場を少しでも和ませようとしたのだが、見事に失敗する。

 絞り出した笑顔はすぐにひきつり凍り付いた。

「ええと…さきほどの話は冗談のようですから…」

 滝のような冷や汗をにじませつつ、言い訳じみた言葉を漏らすが、エルヴィーラは相変わらずの無言だ。

 ウィルヘルミナの口元はピクピクとひきつる。気分はもう絶体絶命のピンチだ。

(これ以上オレにどうしろっつーんだよ!? オレにはもう無理!! ベル!! 助けてくれ!)

 ウィルヘルミナは、気まずい空気に耐え兼ね、縋りつくような表情でベルンハートを振り返った。

 目が合うなり、ベルンハートが呆れ交じりの盛大なため息をつく。

(なんだよそのため息! オレが悪いとでも言うのかよ!? どう考えたって、悪いのはあの神獣だろ!?)

 ベルンハートはウィルヘルミナの不満そうな表情を黙殺し、仕方ないといった様子でエルヴィーラに向き直った。

「一つ伺いたいことがあるのですが、今の話から推測するに、神獣契約というのは、神獣側からすると一つしか交わせぬようですが、人間側はどうなのでしょう? 精霊召喚のように、同時にいくつも契約を交わせるものなのでしょうか?」

 エルヴィーラはベルンハートに視線を移したが、その言葉の意図が掴めず、怪訝な表情を浮かべた。

 ベルンハートは、エルヴィーラの問うような視線を受けてさらに続ける。

「実は、レイフはすでに神獣契約を済ませているのです。もし、人間側も一つしか契約できないのであれば、先ほどの神獣との契約はできないので、心配は無用です」

 その言葉が聞こえた東壁魔術師たちやフェリクス、イッカは激しく動揺した。

 まさか信じられないという視線をウィルヘルミナに向けるが、その驚きの視線を向けられている当のウィルヘルミナはといえば、まったくもって場違いな思いに囚われている。

(そうなんだよ! オレはもう自己中でサイコパスなわがまま神獣と契約が済んでんだよ! もうあいつだけでだけで十分すぎるほど迷惑してっから! これ以上契約なんてしたくねーから!! つか、神獣ってなんでこうも自分勝手なんだよ。みんなこっちの意思は無視すんのか? マジでふざけんな)

 エルヴィーラは顎をつまみ、ふむとうなずきながら口を開いた。

「結論から言えば、人間側は複数の神獣と契約できます。ただし、神獣がそれを納得すればの話ですが。あれらは難しい気性をしているゆえ、おそらく同時に複数の契約を結ぶのは難しいはず。それにしても、そうか――――。君はもう神獣契約を済ませているのか…」

 最後の部分はウィルヘルミナに向かって小さく告げる。

 そしてつぶやいたと同時に、エルヴィーラは一人考え込みはじめた。

 エルヴィーラは、レイフ・ギルデンがウィルヘルミナ・ノルドグレンであることに気づいている。

 そのため、ウィルヘルミナが神獣契約を済ませているという事実が、とある事象についての証明になると一人考え込んでいたのだ。

 いったい何の証明であるかというと、それは北壁当主であるという証明だ。

 四壁は、各家に伝わる神獣契約を行うことで、ようやく当主を名乗ることが許される。

 東壁の神獣タルウィ、西壁の神獣ドゥルジ、南壁の神獣アカ・マナフ、北壁の神獣ノーンハスヤ。

 四家の当主は、それら神獣の承認があってはじめて当主と認められるのである。

 今のエルヴィーラは、ウィルヘルミナがすでに済ませているという神獣契約を、ノーンハスヤと勘違いしていた。

 そのため、北壁の真の後継はやはりウィルヘルミナ・ノルドグレンに決まっていたのだという認識に至っているのだ。

 それまでも、四壁の間では、エイナルではなくウィルヘルミナが北壁の後継という暗黙の了解があった。

 だが、エイナルが勝手に北壁当主を名乗り、また、ラウリ自身の考えもはっきりと他の三壁に伝えられていたわけではなかったため、それは不確実な認識でしかなかった。しかも、両目が神獣眼であるというカレヴィが誕生したため、なおさら後継問題は不確かになっていた。

 しかし、これでようやく後継がはっきりしたと、エルヴィーラは内心で一人納得していたのである。

「ようやく腹を決めたということか」

 ぽつりとつぶやいたエルヴィーラを、ウィルヘルミナは見当違いの認識から不安そうに見上げた。

(え? 何が? 腹を決めたって、どういう意味!? 誰か説明してくれ!)

 ウィルヘルミナが、不安そうに狼狽えながら見つめていると、エルヴィーラは思考を切り上げて顔を上げる。

「レイフ、頼みがある。そなたの神獣の力を貸してはもらえぬか」

 その言葉に、ウィルヘルミナはひきつった表情を浮かべたまま凍り付いた。

「……………え…?」

 とっさに不敬な言葉を小さく漏らし、エルヴィーラを見上げて固まる。

(…えっと…イルの力を…??? どうしよう…オレ、全く気が進まねーんだけど…)

 ウィルヘルミナは、すぐに返事をしかねて真一文字に口を引き結んだ。

(だってイルだぞ? あいつがさっきの神獣みたいに役に立つとは全く思えねーよ。神獣がみんなあんなふうに役に立つと思ったら大間違いなんだけど)

「それはちょっと…」

 無理だと言外にほのめかした。

 だが、その意味をとり違えたエルヴィーラは、ウィルヘルミナを安心させるように声をかける。

「大丈夫だ。この場で神獣の力を使っても、決してそのことは他言させぬ。私の名にかけて誓おう」

 エルヴィーラは、ウィルヘルミナが、今の立場上自分の正体が知れることを恐れていると勘違いしたのだ。

「それに、召喚魔法を使用するために今維持している地界魔法を解除したとしても、教会学校の人間には見えぬよう我々が地界魔法を使って視界を遮る。必ず君の秘密は守る」

 重ねられた言葉に、ウィルヘルミナは首を横に振る。

「いえ、その点では大丈夫です。地界魔法を維持したままでも呼ぶのは問題ありませんから…ただ…」

 言葉を濁して黙り込んだ。

(他言しないとかそういう問題じゃなくて、役に立つかどうかがわからないんだよな。過剰な期待をされても困るんだけど。なんせイルだし)

 ウィルヘルミナはそんな考えに囚われていたが、エルヴィーラをはじめとした会話の聞こえていた周囲の魔術師たちは、一瞬攻撃する手を止めて驚愕に目を見開いた。

 同時に二つの魔法を駆使することはかなり難しい。できる魔術師は、ほんの一握りだ。

 精霊魔法であってもそれが普通であるというのに、ウィルヘルミナは魔力消費が激しい召喚魔法と同時に、あれだけの地界魔法も維持できると事も無げに言っているのだ。驚くのは当たり前だった。

 エルヴィーラも驚愕から冷めやらぬまま、額に脂汗を浮かべつつ首を捻る。

「では、いったい何が問題なのか」

 ウィルヘルミナは内心で頭を抱えた。

(問題はあり過ぎるんだよな。呼んだところでたぶんあいつは役に立たねーし、こっちのいうことも聞かねーだろうし。呼んだが最後、帰れっつっても素直には帰らねえだろうし。呼び出すのは問題だらけなんだよ。でも一番の問題は、それをどうやってこの人に説明するかなんだよな…)

 ウィルヘルミナは、気まずそうに視線を彷徨わせる。

「それはですね…呼ぶには色々と問題がありまして…」

(特に性格とか)

 最後は小さく言葉を濁し、苦心して言葉を捜していると、またしてもエルヴィーラは一人勝手にその真意を取り違えた。

「なるほど、確かに神獣を呼べば少なくとも私には身元が割れてしまうことを心配しているのだな。だが私は、すでに君の事を承知している。君の御爺様とも先日お話をしたばかりだ。決して悪いようにはしない。何も案ずることはない」

 ウィルヘルミナははじかれた様に顔を上げる。

(え!? 御爺様と会った!? ってことは、御爺様無事なんだな!! よかった!! あれ? でもまてよ。じゃあマジでオレの正体わかってんのかこの人!?)

 ウィルヘルミナがまじまじと見返すと、その眼差しをしっかりと受け止め、エルヴィーラは頷いた。

(なるほど、身バレしてんのか…。そうだよな、この人四壁の当主だもんな。四壁の情報力はすげえからな。そっか、オレが誰なのかわかった上で力を貸せって話なら答えねーわけにはいかねえよな。仕方ねーな…全く気は進まねえけど、こうなったら腹をくくってイルを呼ぶしかねーな)

 ウィルヘルミナは、諦め半分のため息を吐き出し、エルヴィーラに気の進まない態度でうなずき返す。

「わかりました、そこまでおっしゃるのなら従いましょう。ですがベイルマン辺境伯爵の神獣とはだいぶ毛色が違いますので、その辺りはどうかご承知ください」

 その言葉に、エルヴィーラは不審そう表情を浮かべた。

「毛色が違う?」

 だが、ウィルヘルミナは首を捻るエルヴィーラを気に留めることなくその名前を呼んだ。

「イル」


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[良い点] 新規読者です。 とても面白いのです。 [気になる点] イルの実力
[一言] ついに!イルの実力が!? 展開でてきてワクワクしてきました!
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