表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
四壁の王  作者: 真籠俐百
91/112

90

 突如姿を現した獣を見て、ウィルヘルミナは驚愕に目を見開く。

(聞いたことがない魔法だと思ったら召喚魔法だったのか!)

 エルヴィーラの目の前に降り立った白馬に似た神獣には、翼が生えていた。ウィルヘルミナの過去の記憶でいうのならば、物語に出てくるペガサスに似た容姿だ。

 だが、目の前の神獣は単なる白いペガサスではない。四本の脚には、シマウマに似た黒い縞模様がある。

 神獣――――タルウィは、大地に降り立つと前足を上げて嘶いた。

「タルウィ、呼んで早々すまないが、周囲の敵を一掃してくれ。そして、森の中に潜む敵を炙りだしてほしい」

≪承知した≫

 タルウィは直接脳裏に響く不思議な声で短くこたえると、前足を強く大地に打ち付け、風を巻き起こす。

 鋭利な風の刃がタルウィを中心にして放射状に広がり、驚くことに、魔物だけを的確に分断していった。

(すっげ!! なんだこの魔法!? 人間と木には全然ダメージねえぞ。魔物だけを狙って攻撃できてる!! いったいどういう仕組みなんだ?)

 驚くウィルヘルミナの前で、魔物たちは悲鳴を上げる間すらなくあっという間に切り刻まれ、鮮血を噴き上げて地面に転がる。

 一瞬のうちにして、周囲には魔物の死体の山が築かれた。

 タルウィは、背中に生える翼をバサリと羽ばたかせてから、もう一度足で地面を打ち付ける。

 すると、今度は木だけが風の刃によって次々と切り倒され、瞬時にして森がその姿を変えた。

 轟音をとどろかせながら大木が次々と倒れ、繁茂した梢によって阻まれていたはずの視界が瞬く間に良好になる。

 先ほどウィルヘルミナも風界魔法を使って周辺の木々を倒してあったのだが、タルウィの魔法はその比ではない。

 広範囲の木々が一斉に切り倒され、後には星の瞬く美しい夜空が鮮明に広がっていた。

 エルヴィーラは、馬を降りてタルウィの横に立ち、労うようにその背を撫でた。

「それで、敵はどこにいる?」

≪向こうだ≫

 タルウィは、鼻先をある方角に向ける。

 エルヴィーラは、その方向に視線をめぐらし目を凝らすと、遠くに人影を見つけた。

 すぐにその人影を指さし、声を張り上げる。

「総員突撃、絶対に敵を逃がすな!!」

 タルウィは、先陣を切って走り出した。

 大地を蹴って飛び上がると数度翼をはためかせ、滑空するように宙を舞う。向かう先にある人影めがけて、再び風の刃を放った。

 だが――――。

「オルフィドン」

 人影が地界四位魔法を唱え、タルウィの攻撃を防いだ。

 ベルンハートは、倒れた木々の隙間にたっていたその人影を見つめて驚きに目を見開く。

 そして、かすれた声で呆然とつぶやいた。

「あれは…まさかニルス=アクラス…?」

 ウィルヘルミナは、はじかれた様にベルンハートの視線の先をたどった。

 しかし、そこにあるはずの人影は、地界魔法によって遮られすぐには見えない。

 だが、一拍遅れて土壁が消えた。

 地界魔法の土壁が消えた後に現れたのは、フードを目深にかぶった小柄な男だ。

 腰が曲がって湾曲し、その姿は小さくみすぼらしい。

 だが、繰り出される魔法の腕だけは、恐ろしいほど確かだった。

(あれがニルス=アクラス!? カスパルさんは、あいつがスオミの人間だって言ってたな。ここであいつが出張ってくるってことは、やっぱりあいつが緋の竜に関わってるってことで間違いねえのか…。くそっ、最悪なかたちで緋の竜と王国の関係が東壁に知られることになっちまった。これは、ベルにとってよくねえ状況だぞ)

 そんなウィルヘルミナの内心をよそに、ニルス=アクラスは、タルウィが放つ風魔法を地界魔法で次々に防いでいく。

 タルウィの攻撃のみならず、魔術師たちの攻撃をもいとも簡単に防いでいった。

 その姿に、怯えや動揺といった類の感情は微塵も見えず、ただ不気味に淡々と魔法を繰り出している。

 埒が明かず、しびれを切らした魔術師の一人が抜刀し、ニルス=アクラスに向かって襲い掛かった。

 しかし――――。

 ニルス=アクラスから一定の距離まで迫ったその時、何の前触れもなく、突如魔術師の体が燃え出した。

「な!?」

 周囲の魔術師たちは驚愕し、とっさに一番近くにいた魔術師が聖界魔法を唱える。

 だが、男にまとわりつく炎は、魔法の回復効果を上回る速度で燃え広がった。

 燃えた魔術師はというと、絶叫しながらのたうち回る。

(どういうことだ? 平均的な魔法の効果時間が経っても火が消えねえぞ!?)

 魔法の効力が失われるはずの時間が経過しても、火が消える様子は一向になかった。

(まずいな、火が消えない状態で聖界魔法を使ったらだめだ。余計に苦しませることになる)

 消えない炎を目の当たりにして、周囲の魔術師もウィルヘルミナと同じことをすぐさま悟り、今度は自分の服を脱いで燃える男に叩きつけ、物理的に火を消そうと試みた。

 しかし、炎が消えることはない。

 それを見ていたエルヴィーラが声を張り上げた。

「タルウィ! あの火を消せるか!?」

 タルウィは、ちらりと燃える魔術師を一瞥する。

≪これは、人間が編み出した技――――呪術といわれているものだ≫

(呪術!? そうか、そういえばザクリスさんが呪術は罠のようにあらかじめ仕掛けておいて使う物だって言ってたな。つまり、ニルス=アクラスの周りには、発火する呪術の罠が仕掛けられてるってことか。くそ、これじゃあ迂闊に近づけねえ)

 立ち尽くすウィルヘルミナをよそに、タルウィは続けた。

≪消すことは不可能ではないが、我が干渉する事は容易ではない。お前への負担を考えると、現状ではできないというのが答えだな≫

 エルヴィーラは、厳しい表情で黙り込んだ。

 しかし、タルウィは冷静に言葉を続ける。

≪そう慌てるな。今この場で解呪することはできないが、他に手がないわけではない。術の使用者を屈服させ、術者自身に解呪させるか、もしくは術者本人を殺せば解呪は可能だ≫

 そう言って、タルウィはニルス=アクラスへと視線を戻した。

 その話を聞いたウィルヘルミナは、驚きに目を見開く。

(呪術は術者を殺せば解呪できるのか!? だったら、緋の竜の人間に彫られてるあの刺青も、ニルス=アクラスを殺せば解呪できるってことになるのか?)

 驚き考え込むウィルヘルミナを尻目に、エルヴィーラは一瞬だけ決断を逡巡していた。

 エルヴィーラは、ニルス=アクラスを殺すのではなく生け捕りにしたいと考えていたのだ。

 それは、ニルス=アクラスの持っている情報を手に入れるためだ。

 しかし、この状況ではそんな悠長なことは言っていられない。

 ニルス=アクラスの実力は、エルヴィーラの上を行くことは間違いなかった。

 生け捕りにこだわれば部下を失い、さらにはこの場にいる全員を命の危険にさらすことにもなる。

 覚悟を決めると、エルヴィーラはニルス=アクラスを睨みつけたままタルウィに向かって指示を出した。

「では殺せ」

≪承知。だが、お前には相応の負担をかけることになるぞ。覚悟しておけ≫

「わかっている」

 エルヴィーラの返事を聞くと、タルウィが前足を高く持ち上げて激しく大地を打ち付ける。

 その刹那――――。

 辺りの空気がゆがみ、鋭利な鎌鼬がいくつも生まれてニルス=アクラスに向かって襲い掛かった。

 ニルス=アクラスは、地界魔法を使って淡々とその攻撃を防ぐ。

「オルフィドン」

 瞬時にニルス=アクラスを守るように強固な土壁が出現した。

 しかし、タルウィの苛烈な攻撃がぶつかって爆ぜ、その土壁をどんどん削っていく。

 ニルス=アクラスも負けてはいなかった。

 次々と地界魔法を使って新たな土壁を生み出し、タルウィの攻撃をしのいでいく。

 タルウィは一度羽ばたき、宙を舞ってから再び激しく大地を打ち付けた。

 そして、鋭利な鎌鼬をいくつも生み出したその時のこと――――。

 エルヴィーラが突如苦しげに息を漏らし、馬上で体をかしがせた。

「母上!?」

 気づいたフェリクスが走り寄る。

 エルヴィーラはその声によって現実に引き戻され、薄れかけた意識を必死に保って耐えると、再び馬上で手綱を握りしめ、なんとか落馬をこらえた。

「大丈夫だ、問題ない」

 両肩を激しく上下させ、荒い息を吐き出しながらエルヴィーラは気丈に振る舞う。

 だが、召喚による魔力消費が激しいのは、はた目から見ても明らかだった。

 タルウィは、そんなエルヴィーラを振り返ると体の力を解き、風を生み出すのをやめた。

≪口惜しいが時間だな。ここまでだ≫

「まだ大丈夫だ」

≪やせ我慢はやめておけ。そのままでは無様に意識を失うことになるぞ≫

「もう一息だ、私なら大丈夫だ」

 しかしタルウィは、エルヴィーラをたしなめるように首を振る。

≪だめだ。このまま続ければ、意識を失うだけでは済まない可能性がある。最悪の場合、お前の命を脅かすことになる。だからこれ以上私にはできぬ。諦めろ≫

 エルヴィーラは口惜しそうに唇を噛んだ。

 タルウィは、一度ニルス=アクラスを見てから続ける。

≪戻る前に一つだけ忠告しておく。あいつには近寄るな。周りに何重にも罠を仕掛けてある。お前たちには解呪できぬ罠だ≫

 そう言ったタルウィの体は、淡く輝きはじめていた。

 ウィルヘルミナは、タルウィの言葉を受けて再び考え込んでいる。

(何重にも仕掛けられた解呪できない罠? ってことは、さっき魔術師を燃やしたみたいな呪術を使った罠が他にも張ってあるってことか…)

 ウィルヘルミナは、いまだ苦しみにのたうち回る魔術師に視線を移した。

 魔術師はまだかろうじて生きている。

 それは、周囲の魔術師が聖界魔法を使って、命をつなぎ留めているからだ。

 だがそれは、生かされている本人にしてみれば拷問に等しい行為のはずだ。

 目を覆うばかりの惨たらしい光景に、ウィルヘルミナはきつく眉根を寄せた。

(いつまでもあんな状態にしておくわけにはいかねえ)

 ウィルヘルミナは、気の進まない思いでニルス=アクラスに視線を戻す。

(できれば人殺しなんてしたくねえ。けど、もうあいつを殺すしか選択肢はねえってことなんだろうな)

 あの炎は普通には消せないのだ。そして、金界魔法で中和することもできない。今のウィルヘルミナには打つ手はないのだ。もう腹をくくるしかない状況だった。

 だが一縷の望みを託し、ウィルヘルミナは姿が薄れかけているタルウィに向かって問いかける。

「やはり、殺さなければ解呪はできませんか? 他に手立てはありませんか?」

 先ほどタルウィは、たとえ難しくとも術を解呪できる可能性を示唆していた。

 念のためその方法をたずねてみたのだが、しかしタルウィの答えは無常だった。

≪おそらく人間に解呪することは無理だろう。強制解除にはかなりの魔力を必要とする。それに、もはや教えている時間もない。ゆえに、あれは呪術者を殺さねば解決できぬ≫

 タルウィは、そう言ってちらりと燃える魔術師に目を向ける。

(やっぱりそうなのか…。もうそれしか方法はねえのか…)

 タルウィは、眉根を寄せてきつく唇をかみしめるウィルヘルミナに視線を戻すと、不意に悪戯そうにきらりと目を光らせた。

≪それにしても、お前、随分と美味そうな魔力をしているな。ベイルマンと血の契約をしていなければ、契約してやってもよいくらいに極上の香しい匂いがするぞ≫

 その言葉に、ウィルヘルミナは我に返ってぎょっと目をむく。

(は!? 何言ってんだよこの神獣!!)

 エルヴィーラは、ウィルヘルミナとは対照的にすっと目を細めた。

「タルウィ、本気か? それは、私との契約を解除したいということか?」

 エルヴィーラが冷静に問い質すと、タルウィの表情が幾分和らいだ。どうやら笑ったらしい。

≪冗談だ。そう怒るな。確かにこの魔力は惜しいが…しかし、次代もお前の子孫と契約してやる。血の契約とはそういう物だ。我々は約定を違えぬ。安心しろ≫

 タルウィは、それだけを言い残すとすぐに姿を消した。

 ウィルヘルミナは驚きの表情のまま固まり、タルウィの消えた場所を呆然と見つめている。

 後には気まずい沈黙ばかりが残されていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ