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四壁の王  作者: 真籠俐百
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 逃げ場をなくすように周囲をぐるりとウァプラに囲まれたことに気づくと、多くの生徒たちが腰を抜かす。

 教師たちをのぞき、魔物に臆することなく対峙しているのは、フェリクスたち一年生組だけだった。

 フェリクス、ベルンハートはもとより、フローラ、ヘリン、ヤニカ、リンネア、カステヘルミ、ヤコブまでも全員が、誰一人かけることなくウァプラに冷静に対処している。

 上級生たちが狼狽え、怯えて身を寄せ合う中、一年生組が守るようにその周りを囲んでいた。

 イヴァールは、ウァプラを睨みつけたまま口を開く。

「何も恐れることはありません。我々でも十分対処できる相手です。ですから落ち着いて行動してください。ウァプラの弱点は火界魔法です。火界魔法契約者が主になって攻撃を担当してください。火界魔法未契約で地界魔法契約者は、攻撃ではなく援護に。そして、聖界魔法契約者は待機。負傷者が出た時に回復。分担は、この状況では細かく決められませんので、戦況に応じて各自の判断に任せます」

 一気にまくしたてると、イヴァールは一度言葉を切った。

 そして続ける。

「敵の動きをよく見て、行動なさい。貴方たちならできます。来ますよ」

 イヴァールの注意を受け、真っ先に攻撃を開始したのはベルンハートだった。

「ロヴィアタル」

 ベルンハートは火界六位魔法を唱える。

 炎が轟音を上げてウァプラに襲い掛かった。

 それに触発され、イッカも火界五位魔法を唱える。

「リュビ」

 二人が放った魔法がウァプラを焼く中、別のウァプラが高々と跳躍し、上から襲い掛かってきた。

 ウィルヘルミナがとっさに魔法を唱えようとしたが、ベルンハートが手を伸ばしてウィルヘルミナの腕をつかみ、その体を自分の後ろに押しやる。

(なんだよベル、急になにすんだよ)

 ウィルヘルミナは不満そうにベルンハートを睨んだが、ベルンハートは答える代わりに火界魔法を唱えて応戦した。

「ロヴィアタル」

 炎が命中し、苦悶の声を上げながらウァプラが地に落ちる。

 ウィルヘルミナは、苛立った様子でベルンハートを見た。

「ベルンハート様、ここは私が対処いたします。貴方は援護に――――」

 ウィルヘルミナはまくしたてるように言いかけたが、しかしベルンハートの低い声がそれを遮る。

「レイフ」

 ベルンハートは、名前を呼びながらきっぱりと首を横に振ってみせた。言外に魔法を使うなと言っているのだ。

 ウィルヘルミナは、そこではっとその意味を理解する。

 ウィルヘルミナが、ラハティ教会学校で使った魔法は地界魔法と金界魔法だけ。

 二職の金界魔術師の存在は貴重。この上三職以上の金界魔術師であることを周囲に知らせるべきではないとベルンハートは言っているのだ。

 その意図はウィルヘルミナにも理解、納得できたが、しかしこの状況ではそうもいっていられなかった。現状周りには、たくさんの魔物がいるのだ。

 いくらイヴァールがいるとはいえ、これだけの人数を一人で庇いきれるものではない。

「しかし――――」

 ウィルヘルミナは抗弁しかけたが、ベルンハートはその言葉を最後まで言わせず、今度は自分の剣をウィルヘルミナに押し付けた。

 ウィルヘルミナは驚きに眼を瞬いた。

 その剣は魔法具で、火界四位、風界五位、雷界四位が付与をされた名品であることをウィルヘルミナは知っている。

 そして、ベルンハートがどれだけこの剣を大事にしているのかも知っていた。

「これを使え」

 短く言ってそのまま剣を無理やりウィルヘルミナに押し付けると、ベルンハートは再び淡々と攻撃をはじめる。

 一方ウィルヘルミナはというと、渡された剣を呆然と見下ろしていた。

(これ…ベルが王家からもらった、たった一つきりの財産じゃねーか)

 ベルンハートが教会に入学した時、教会学校への寄付や学費の手配をしたのはロズベルグ侯爵家だった。

 エルヴァスティ王家からは何の援助もなかったのだ。

 文字通り身一つでラハティ教会学校に追いやられたベルンハートが持っている王家ゆかりの品物といえば、数年前のベルンハートの誕生日に贈られたこの剣だけ。

 王家から唯一与えられた財産を突然託され、ウィルヘルミナは戦うベルンハートの背中を呆然と見つめた。

 ベルンハートは、必死の形相で火界魔法を駆使してウァプラと戦っている。

 いや、ベルンハートだけではなかった。一年生たちは皆必死に戦っている。

 イッカ、フローラ、ヤニカは火界魔法を使って攻撃。ヘリンとカステヘルミ、フェリクスは地界魔法で援護。リンネアとヤコブはヨルマと一緒に聖界魔法で負傷者の治療をしていた。

 各々が、自然と分担して役割を担い、一丸となってウァプラとの攻防を繰り広げている。

 ウィルヘルミナは、預けられた剣に再び視線を落とした。

(はっきりと教えられたわけじゃねーけどこの剣、たぶん母親からもらったものなんだよな…。大事に手入れしてるのは見たことあるけど、カヤーニを出て以来、ベルがこの剣を使ってるところ見た事ねーんだよな…。たぶんこの剣には色々な記憶が詰まっていて、思い出すのがつらいんだろうな…。なのにその大事なものをオレによこしたりしやがって…)

 ウィルヘルミナは、眉根を寄せつつ剣の柄を強く握りしめる。

(サンキューな、ベル…)

 やがて腹を決め、胸にわだかまる様々な思いを振り切るようにして、ウィルヘルミナは力強く剣を鞘から抜き放った。

(借りるぞ)

「ククト」

 火界第四位魔法を唱えると剣が輝く。

 一本の剣――――魔法具――――に対して複数の属性付与がある場合、使いたい魔法を唱えることで、魔法を発動させることができるようになっているのだ。

 ウィルヘルミナは、剣を片手にウァプラの群れに向かって突進してゆく。

 上段から振り下ろすと、炎の渦が生まれた。

 炎がウァプラの体を燃やし、苦しげにのたうち回る。やがてウァプラは動かなくなった。

(うーん、事前情報通り、やっぱ四位魔法にしてはいまいちの威力だな…。下手するとオレの九位魔法と同等ってところだな…)

 事前にベルンハートから聞かされていた話では、この剣は三人の金界魔術師の手からなる魔法具のため威力にばらつきがあり、中でも火界魔法の威力は一番弱いという話だった。

 だが、雷界魔法の威力はかなり高いはずだった。

(他も試しておくか)

 ウィルヘルミナは、ウァプラの攻撃をかわしながら雷界四位魔法を唱える。

「サビナ」

 そのまま剣を振ると、轟音とともに雷が閃き、一瞬にしてウァプラを黒焦げにした。

(うん、これは悪くないな)

「フェネ」

 続けて風界魔法五位を唱え、剣を横に振りぬく。

 すると、ウァプラは見事に両断された。

(こっちもわりといい感じだ)

 気づけば、ウィルヘルミナは一人だけ隊列を離れ、ウァプラの群れの中で孤軍奮闘している状況だ。

 だが、おかげで周囲を気にすることなく戦うことができていた。

 やがて、ウァプラの動きに変化が表れはじめる。

 危険な敵から排除するべきだとでも考えたのか、生徒たちを襲うのをやめ、しだいにウィルヘルミナの周囲にウァプラが集まりはじめたのだ。

「レイフ!」

 気づいたベルンハートが、心配そうに名を呼ぶ。

 ウィルヘルミナは、剣でウァプラを両断してからベルンハートを一度振り返った。

「こちらは大丈夫ですベルンハート様、どうぞご心配なく」

 すぐに剣を構えて、再び雷界魔法を唱えなおす。

「サビナ」

 そして、雷界魔法を纏った剣を一閃させる。

 刹那雷が閃き、一瞬にしてウァプラを黒焦げに変えた。

 すると残ったウァプラが突然大地を蹴り、ウィルヘルミナめがけて一斉に襲い掛かる。

 その光景を見たベルンハートは顔色をなくし、すぐに走り出そうとした。

 だが、いつの間にか隣に移動していたイヴァールが、ベルンハートの肩を掴んで止める。

 ベルンハートは、振り払うようにしてその手を肩から外し、なおも走り出そうとした。

「落ち着きなさい」

 強く冷たく響くイヴァールの声に、ベルンハートは思わず足を止めて鋭く振り返った。

「お前はレイフを見捨てるのか!?」

 怒りをあらわに叫んだベルンハートを見て、イヴァールはやや呆れた表情にかわりため息をつく。

「貴方が行って何になるというのです。足手まといになるだけでしょう」

 ベルンハートは、瞬時にして怒りに顔を赤く染めた。

 反論しようと口を開いたベルンハートの言葉を、イヴァールの冷たい声が遮る。

「冷静になれと言っているのです」

 覆いかぶせるように言ってイヴァールはもう一度ベルンハートの肩を掴みなおし、今度は自分の後ろへとその体を押しやった。

 すれ違いざま、ベルンハートだけに聞こえるように小声で続ける。

「あの人に引きずられるのはやめなさい。冷静を欠いてはいけません。悪い見本は反面教師になさい」

 ベルンハートは、驚いた顔でイヴァールを振り仰いだ。

 だが、イヴァールの目はすでにウァプラに向けられており、その位置から揺らぐことはない。

「バイザク」

 イヴァールの放った炎が、ウァプラの大群目掛けて襲い掛かった。

 そんなイヴァールとベルンハートのやり取りを、ヨルマがこっそりと覗き見ている。

 だが、ベルンハートがそれに気づくことはなかった。

 生徒たちが強張った表情で見守る中、ウィルヘルミナは次々と襲い掛かるウァプラを素早い身のこなしでかわす。

 そして雷界魔法でどんどん仕留めていった。

 ウィルヘルミナが対処しきれない際どい攻撃の時には、イヴァールが地界魔法で援護する。

 生徒たちに向かって来ようとする敵には、イヴァールが容赦なく火界魔法を駆使して撃退した。

 息の合った二人の働きのおかげで、周囲の敵はあっという間に数を減らさせる。

 しかし、それで終わりではなかった。

 ウィルヘルミナが最後のウァプラを仕留めようとしたときのことだ。

 ここからそう遠くない場所で、突如魔法による爆発音が鳴り響いた。

 ウィルヘルミナは、目の前に見える最後の敵を雷界魔法で倒すと、すぐに音のした方向を振り返る。

(誰かが魔法を使ったみたいだな。まさか、この近くで他にも誰かが魔物に襲われているのか?)

 ウィルヘルミナたちの周囲の敵は一掃されたが、爆発音はなおも続いている。

 再び全員の顔に緊張が走り、ペテル、ヨルマ、イヴァールの教師たち三人がすぐさま集まって話し込みはじめた。

 救出に向かうべきか否かを相談しはじめたのだ。

(生徒たちが一緒じゃなきゃすぐにでも助けに向かうところだけど、この状態じゃそれもできねえ…)

 焦燥感を露に、爆音の続く方向を見つめる。

 気持ちは焦るが、今の状況では身動きが取れなかった。

(さっきあれだけのウァプラが出現したんだ。他の場所に魔物が出現してもおかしくはねえ。でも、いったい何が起こってるんだ? ここはキッティラよりも内地なのに、どうしてこんな場所にこんな沢山の魔物が出現するんだ?)

 考え込んでいると、不意にベルンハートが声をかけてくる。

「レイフ、怪我はないか?」

 ウィルヘルミナは、思考を中断してベルンハートに視線を向けた。

「はい、大丈夫です」

 フェリクスも、二人の側に歩み寄ってくる。

「レイフ、お前の強さは並ではないな。東壁魔術師団の精鋭ですら敵わないぞ」

 感心しきった様子で声をかけた。

「ありがとうございます。ですが、私などイヴァール先生の足元にも及びません」

 その言葉には、フェリクスやイッカだけでなく、ベルンハートも頷く。

「確かに凄かったな。九位魔法でウァプラを倒すとはな…。しかも一撃だった」

 畏怖を込めた目でイヴァールを見た。

 イヴァールは、相変わらずの無表情のまま教師たちと話し込んでいる。

 なかなか話がまとまらない様子だ。

 そうしている内にもどんどんと爆音が鳴り響き、よく聞けば音が近づいてきているようにも感じられる。

(まずいな、話し合ってるような状況じゃねえかも…)

 ウィルヘルミナは、ベルンハートたちに断りをいれてから小走りに教師たちの傍へと移動した。

「お話し中のところ申し訳ありません。出すぎた事とは承知しておりますが、申し上げさせていただきます。魔法の爆発音が近づいているようです。交戦中の方々が、どうやらこちら側に逃げているのではないかと…」

 その言葉に、教師たちは顔を上げて耳を澄ませる。

 ペテルが眉根を寄せ、厳しい表情で口を開いた。

「確かに近づいているようです。仕方がない、このまま交戦準備をはじめましょう」

 ペテルは教師たちに向けてそう言ってから、今度は生徒たちに向けて声を張り上げる。

「皆、集まりなさい」

 集まった生徒たちに、ペテルが状況を説明しはじめた。

 怯えた表情の生徒たちに、落ち着いて行動するように言い含め、分担を割り振ってゆく。

 先ほどの戦闘を見た限り、戦えるのは一年生ばかりだ。

 そのため、一年生たちに攻撃を担当させ、二、三年生が援護と回復に回るように手配した。

 その間にも、魔法の炸裂音はどんどんと近づいてくる。

 布陣を済ませ、緊張した面持ちで一同は待機した。


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