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四壁の王  作者: 真籠俐百
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 急ぎキッティラを目指していたエルヴィーラたちの行く手を阻むかのように、突如魔物が出現していた。

 エルヴィーラは硬い表情で目の前を睨みつける。

(何故だ? まだ壁蝕ははじまっていない。にもかかわらず、どうしてここに魔物が存在するのだ!?)

 壁蝕が始まる時刻までは、まだもう少し時間がある。

 にもかかわらず魔物が出現したという事実に、その場に居合わせた全員が激しく動揺していた。

 それは、エルヴィーラも例外ではない。

 エルヴィーラの心情は穏やかではなかったが、しかし、その動揺を表に出すことはなく、すぐさま声を張り上げた。

「風界魔法用意!」

 エルヴィーラの鋭い号令で、魔術師たちは動揺を抑え込み反応する。

「放て!」

 合図で、一斉に魔法が放たれた。

 一行の目の前に現れた魔物はサレオス。ワニと四つ足の獣が混じった巨大な魔物だ。

 分類としては中位の魔物だが、限りなく上位に近い強敵である。

 風界魔法が弱点で、火界魔法や雷界魔法は効きづらい。俊敏で、口から炎を吐き出す魔物だ。

 魔術師たちが放った風界魔法を、サレオスは軽やかにかわすと口を大きく開く。その巨大な口から炎が吐き出された。

 炎は大地を舐め、轟音を立ててエルヴィーラたちに襲い掛かる。

「カルン」

 エルヴィーラが、とっさに地界六位魔法を唱えて攻撃を防いだ。

 その隙に、魔術師たちは一糸乱れぬ動きで移動し、すばやくサレオスを取り囲む。

「シールト」

「ヴィトゥンダ」

 風界魔法が一斉に放たれた。

 逃げ場を失ったサレオスは、まともに魔法を食らい痛みに咆哮を上げる。

 魔術師たちの攻撃は押しているかに見えた。

 しかし――――。

「フェネ」

 風界五位魔法が唱えられたその時――――。

 突如、あたりに闇界魔法の気配が満ちはじめる。

(しまった、今度は魔法具か!)

「散開! 急ぎ聖界魔法で解呪せよ!」

 エルヴィーラの指示が飛ぶ。

 魔術師たちは反射的に馬に鞭を入れ、散り散りになって走り出した。

 魔術師たちは、皆痛みに胸を抑えていたが、しかし、馬に乗っていたことが功を奏していた。

 闇界魔法は動物には効きにくいため、魔術師たちはからくも効果範囲の外に逃れることができていたのだ。

 エルヴィーラはというと、ユピターが手に入れた魔法具のおかげで被害を被ってはいない。

 一人真正面に残りサレオスに対峙していた。

「シールト」

 風界六位魔法を唱え、サレオスの体を切り刻む。

 だが、魔法を放った当のエルヴィーラの表情がにわかに曇った。

(なんだ? 魔法の効果が今一つだな…)

 いつもならば一撃で倒せているはずだというのに、何故か今日はサレオスをたおせていない。

 エルヴィーラは眉をひそめた。

 エルヴィーラがサレオス相手に風界六位魔法を選んだのは、先ほど風界五位魔法――――フェネの使用で魔法具の発動が確認されたことを考慮した結果ではあるのだが、しかし、普段のエルヴィーラならば、サレオスを倒すのは七位でも十分だった。それだけエルヴィーラの魔法練度は高いのだ。

 にもかかわらず六位魔法を使ったのは、確実にサレオスを仕留めるため。

 だが、目の前では―――――。

 サレオスは痛みにうめき声をあげながらもまだ生き残っている。

(私の腕が落ちたのか?)

 エルヴィーラは舞をひそめつつ、もう一度同じ魔法を唱えた。

 すると、ようやくサレオスが断末魔の声を上げる。

 エルヴィーラは、呆然とサレオスの亡骸を見つめ考えこんでいた。

 周囲では、聖界魔法契約者が先ほどの魔法具で被害を被った魔術師の側に駆け付けている。

 幸いにも、魔法具が完全に発動する前に効果範囲からすばやく離脱できたため、重症者はいなかった。

 これは、今まで数多くの犠牲を出して学んだ教訓のおかげだ。

 これまで何度も緋の竜と対峙している魔術師たちは、魔法具の発動気配を察知したと同時に、効果範囲に逃げる訓練を積んでいる。

 そのため、誰一人脱落することなく魔法具の罠をやり過ごすことができたのだ。

 単身でサレオスを倒したエルヴィーラは、脳裏をよぎる疑念を一度振り払い、周囲に向けて声を張り上げる。

「警戒を解くな! まだ敵が潜んでいる可能性がある! 魔法具を見つけた場合は、即破壊せよ! もし罠を仕掛けた者が潜んで居れば殺しても構わぬ。生け捕りにこだわるな!」

 一行は、エルヴィーラの鋭い号令の元、一定の距離を置いたまま慎重に移動しはじめた。

 それは、第二の罠を警戒しての行動だった。

 もし他の魔法具が仕掛けられていた場合、先ほどのように集まって行動していては魔法具の餌食になりやすい。その懸念を考慮した上の行動なのだ。

 だが、あまり離れていては、今度は敵襲があった場合に不利に働く。

 さじ加減が難しい状況だった。

 緊張感の漂う黄昏時の森は、風すらもが止み、不気味な静寂に包まれている。

 しかし――――。

 その静寂を破るようにして、突如近くで怒号が起こった。

 一部の魔術師が敵と遭遇したのだ。

 エルヴィーラが、いち早く馬を駆ってかけつける。

 木々の隙間に見えたのは人ではなく、またしても魔物だった。

 鴉に似た魔物ハルファスが群れで出現し、魔術師たちを襲っているのだ。

(何故だ? いったい何が起こっている!?)

 壁蝕の前に魔物に遭遇するというその異常さに、エルヴィーラの肌が粟立った。

 だが、エルヴィーラは無理やり恐怖を抑え込み、怯むことなく抜刀して突進する。

 魔術師たちもそれに続いた。

 先ほど魔法具が仕掛けられていたことが念頭にあるため、用心して魔法を使わずに応戦したのだ。

 ハルファスは下位の魔物。

 物理攻撃でも十分倒せる相手だった。

 群れで現れたハルファスを、エルヴィーラたちは剣で次々と切り殺す。

 どんどんとハルファスの数を減らし、圧倒的な強さで見事駆逐し終えるかに見えたその時の事――――。

 不意に、エルヴィーラの首筋がゾワリと寒気を覚えた。

 直感的に、何かを覚えたエルヴィーラは、瞬時に顔を上げ周囲に視線を配る。

 その時、薄暗い森の中から、風を切る鋭い音が響いた。

(弓矢か!)

 考えるよりも早く、エルヴィーラは土界魔法を使っていた。

「アフ・プチ」

 タタタタンッ

 魔術師たちを狙って放たれた何本もの矢が、エルヴィーラの作り出した土壁に突き刺さる。

 驚いた魔術師たちを目で制し、エルヴィーラはハルファスの退治を任せると、すぐさま一人馬首をめぐらし、矢が射られた方向に走り出した。

 刹那――――。

 敵が慌てた様子で弓矢を放り投げる。

 取り乱した様子で剣を構えた刺客に向けて、エルヴィーラは躊躇うことなく馬上から剣を振り下ろした。

 刺客の剣は、エルヴィーラの剣によって次々と弾き飛ばされていく。

 ある者は絶命し、また、ある者は失った得物を拾いに無様に駆け出した。

 その敵の中には、コルホネンの姿も見える。

 エルヴィーラは、その姿を見つけると真っ直ぐコルホネンに向かっていった。

 コルホネンは、顔を青ざめさせ追い詰められた表情で魔法を繰り出す。

「リュビ!」

 火界五位魔法をエルヴィーラに向けて放った。

 それを見たエルヴィーラもまた同じ魔法を唱えて迎え撃つ。

「リュビ」

 二つの魔法が激突し、爆風が生まれた。

 それは、周囲の木々を凪ぎ倒すほどの衝撃だ。

 エルヴィーラは、地界魔法を使って衝撃波から自らを守り、さらにコルホネンへと接近する。

 気づいたコルホネンは、すぐに身をひるがえした。這う這うの体で逃げ出しはじめたのだ。

(逃がすか)

 エルヴィーラは馬の腹をけり、一人コルホネンの背中を追いはじめた。


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