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男たち全員の死亡が確認された後、イッカが人を呼びに行った。
駆け付けた警備所の人間に男たちの遺体を預けると、ウィルヘルミナたちはそのまま現場で話を聞かれることになった。
警備所の人間にこれまでの経緯を話し、聞き取りが終わるとウィルヘルミナたちはすぐに解放されたが、しかし、フェリクスとイッカは別だった。
二人は警備所までついていき、さらに詳細な報告をすることになっている。
そのため、ウィルヘルミナたちは、フェリクスとイッカを残して一足先に帰途についた。
そして詰め所に戻るなり、今度は教師たちに事の顛末を報告するはめになる。
詰め所の一室を借り、ペテル、ヨルマ、イヴァールたち三人から、ウィルヘルミナ、ベルンハート、フローラ、ヤニカ、ヘリンの五人は詳しく話を聞かれていた。
あらかじめ警備所の人間に報告した内容と同じ話を、教師たちにも再度報告する。
内容は、ベルンハートとフェリクスの内輪もめによって市場で二手に分かれた事からはじまり、フローラが道案内のために別行動をしたことがきっかけで誘拐にあったこと。
コルホネンが緋の竜という賊の一味であったため、騙されてヘリンとヤニカも捕まったこと。
フェリクスとイッカは、フローラ、ヘリン、ヤニカを人質に取られていたためにやむなく捕らえられ、そして、ウィルヘルミナとベルンハートも罠にはめられそうになったが、倉庫内に仕掛けられていた魔法具を、ウィルヘルミナが金界魔法で中和したおかげで敵の隙をつくことができ、逆に敵を捕まえることに成功したこと。
しかし、コルホネンには逃げられ、さらには拘束した男たち全員が死亡したことを報告する。
ただし、男たちが正体不明の呪いによって死亡したことは伏せていた。
いたずらに不安をあおり、動揺を避けるためにも、この件はできるだけ外部に漏らしたくないというベイルマンの意向を反映しての事だった。
おかげで、とらえた男たちは自害したことになっている。
そして、ウィルヘルミナが皆の前で使った金界二位の魔法についても全員が胸に秘め、漏らすことはなかった。
ウィルヘルミナが、倉庫で最初に使った金界魔法は五位、そして、後で発動した闇界魔法を中和するために使った魔法は四位ということで口裏を合わせてあるのだ。
ペテルは、皆からの報告を聞いた後に難しい顔で考え込んでいた。
やがて顔を上げると、生徒たちには退出を促す。
生徒たちには休むようにと言い含め、ペテルは残った教師たち三人で話し合いをはじめた。
「事前にカルマサキの教会管区長からパルタモ周辺で不穏な動きがあることを聞いてはいましたが…まさか到着して早々に生徒たちが誘拐騒動に巻き込まれることになるとは…」
ペテルは、頭痛を覚えた様子でこめかみを押さえ、困り果てた顔で言葉を濁す。
沈黙が広がると、イヴァールが口を開いた。
「やはり、生徒を派遣する話には無理があったのでは?」
すると、ペテルが片眉を跳ね上げる。
「イヴァール先生、貴方は学長室での話し合いの時に何も意見を述べなかった。にもかかわらず、今、この場になってからそれを言うのですか!?」
声を荒げた。
イヴァールは、表情を微塵も変えず、ちらりとペテルの顔を見やる。
「あの時は、すでに派遣ありきのお話でした。私一人があの場で反対したところで、結果を変えることはできなかったでしょう。ですが、今は違う。今ならば、パルタモまで来たという実績を教会本部に報告することができます。生徒たちに被害が出てしまった現状を考えるなら、ここで派遣を断念するべきではありませんか。生徒たちは、一歩間違えば取り返しのつかない事態に陥るところだったのです。この事実を突きつければ、本部への言い訳もたつはずです」
ペテルはイヴァールの正論にぐっと言葉を詰め、再び考え込んだ。
「確かに…そうですね…」
イヴァールは両腕を組んだ状態で、無表情のまままっすぐただ目の前の宙を睨んでいる。
ヨルマもまた無言だったが、その表情からは、いつもの気さくな雰囲気は見事に消え去っていた。どこか忌々しそうに歪んでいるようにも見える。
不意に、考え込んでいたペテルが顔を上げた。
その瞬間、ヨルマの表情はいつもの人好きのする顔にがらりと変わる。
ペテルは、イヴァールとヨルマの顔を交互に見た。
「少し詰め所の責任者と話をしてきます。私としては、イヴァール先生のご意見を参考に話をつけてくるつもりです。結果は後程ご報告いたしますので、今は一度解散ということにいたしましょう」
そう言って、ペテルは先に部屋から出て行く。
続いてイヴァールが立ち去り、後にはヨルマだけが残された。
ヨルマは、底冷えのするような目で二人が出て行った扉を睨みつけている。
やがて、自らもその扉をくぐって外に出た。
先に部屋を出ていたイヴァールは、物陰に潜んでヨルマが部屋を出てくる様子を、廊下の奥で見張っている。
足早にどこかへと向かうヨルマの姿を、気配を殺してじっと見つめていた。
イヴァールはそのまま一旦ヨルマを見送ると、今度は窓際に潜み、背中を壁に向けた状態で視線を窓の外に向ける。
ほどなくして、眼下に再びヨルマの姿が現れた。
ヨルマは、人目を忍ぶようにして詰め所を抜け出していく。
その姿を、イヴァールは冷たい表情で見送った。
教師たちに退出を促されたあと、ウィルヘルミナとベルンハートはフローラたちと別れ、二人で相談をしていた。
本来なら事件に巻き込まれていたことを配慮され、教師たちには部屋で休んでいるようにと言われていたのだが、しかし、二人には気になることがいくつもあったため、詰め所の庭先に隠れるようにして話し込んでいたのだ。
大部屋では込み入った話はできないため、この時二人はたまたま屋敷の外で話をしていたのだが、その時、こそこそと周囲を伺いながら速足に詰め所を抜け出すヨルマの姿を偶然見つけた。
「なあベル、あれヨルマ先生じゃねえ?」
ウィルヘルミナの指さす方向を見て、ベルンハートは怪訝な表情に変わる。
「そうだな…もう日が暮れるというのに、どこに行くつもりだ? しかも、こそこそと…まるで隠れるようではないか?」
「ほんと、変な感じだな」
二人は不思議そうな表情でヨルマを見送る。
それと入れ替わるようにして、今度はフェリクスとイッカが現れた。
フェリクスたちは、ウィルヘルミナとベルンハートを探していたようで、二人の姿を見つけるなり走り寄ってくる。
「ベルンハート、レイフ探したぞ」
ウィルヘルミナはすぐに背筋を伸ばし、慇懃に頭を下げてみせた。
フェリクスやイッカには、すでに色々とばれてしまっているのだが、ここは人目のある詰め所であるため、いつものように従僕の仮面を被る。
「戻っておられたのですね、フェリクス様。ちょうどようございました。実は、折り入ってフェリクス様にお願いがあるのです」
改まった口調でそう申し出ると、フェリクスは首を傾げた。
「願い?」
「はい、実はベルンハート様の知己に、博識の魔術師がおります。その人物に、例の緋の竜の刺青を検分させていただきたいのです。どうか、お口添えをお願いできませんでしょうか」
この『博識の魔術師』というのはザクリスのことだ。
ウィルヘルミナは、ザクリスに例の刺青を見せたいと考えており、今も、その件をベルンハートと二人で話し込んでいたのである。
念のため、ザクリスはベルンハートの知人ということでフェリクスには説明した。
それは、ウィルヘルミナの正体を隠すために、ベルンハートが配慮したためだ。
そもそも、何故ウィルヘルミナとベルンハートがザクリスに刺青を見せようという話になったのかというと、二人は『呪い』という存在を全く知らなかったからだ。
だが、博識のザクリスならば、もしかしたら知っている可能性があるのではないかと二人は考えたのである。
仮に、もし知らなかったとしても、ザクリスならばウィルヘルミナたちが気づくことのできなかった何かを発見できるかもしれない。
東壁の魔術師たちでさえ、『呪い』の解明は全くできていないのだ。
何か少しでも手掛かりを手に入れたかった。
だが、ベルンハートの力ではザクリスを警備所内に招き入れることができない。そのためフェリクスの力を借りようとしたのだ。
「それはかまわないが…」
フェリクスは、何か含みを持たせるような返事をしてから、あからさまに不満そうな表情にかわる。
(なんだ? なんで急に不貞腐れてんだ?)
ウィルヘルミナは、急に機嫌が悪くなったフェリクスを見て不思議そうに首をかしげた。
突然何を怒り出したのかわからず、助けを求めるようにベルンハートを見た。
だが、ベルンハートの方でも原因がわからないようだ。
首を横に振りながら肩をすくめ、お手上げといった様子を返してくる。
ウィルヘルミナは困った表情でフェリクスに視線を戻した。
「フェリクス様、もしや何か不都合がございますか?」
すると、フェリクスが怒った様子でふいと顔をそむける。
「レイフ、それはあまりにも他人行儀ではないか? 私は、せっかくお前の友人になれたと思っていたのに…」
その言葉で、ウィルヘルミナは瞬時にしてフェリクスの気持ちを覚った。
(なんだ、もしかしてこの従僕仕様を怒ってんのか? 相変わらず変な奴だな…)
ウィルヘルミナは、困ったように後頭部を掻く。
(貴族なら、普通は丁寧に接してもらえたほうが自尊心くすぐられて喜ぶだろうに。ま、フェリクスらしいけどな。でも、ここでは誰の目があるかわからねーから一応用心してただけなんだけど…。フェリクスお坊ちゃんには、それが伝わらなかったか)
きょろきょろと周囲を見回してから、フェリクスの耳元にささやいた。
「しょーがねーだろ、ここではどこに他人の目があるかわかんねーから、わざとこうしてんの。そんな拗ねんなよ」
フェリクスは、相変わらずそっぽを向いたまま、視線だけを動かしてウィルヘルミナに向ける。
「本当だな? 他人行儀はもうやめてくれるのだな」
念を押してくるフェリクスに、ウィルヘルミナは思わず苦笑した。
(こういうとこ可愛いよな。なんか犬みてー)
「そうだよオレもベルも、もうお前の友達だ。困ったことがあったら、お前もオレたちに相談すんだぞ」
ウィルヘルミナは、ついいつもベルにしているように手を伸ばし、フェリクスの頭にのせて撫でる。
イッカは、一度驚いた後で難しい顔に変わりその行為を見ていた。
それは、貴族――――しかもベイルマン家の人間に対してするには、あまりにも無礼なふるまいだったからだ。
だが、された当人であるフェリクスは、パッと顔を輝かせている。
「よし、そういうことなら許してやろう。私は友人だからな」
得意げに笑うフェリクスを見て、イッカは仕方なさそうに何とも言えない表情に変わった。
ベルンハートはというと、呆れたようなため息を吐き出す。
「今はそんなつまらないことに気をとられている場合じゃないだろう。刺青の解明の方が先だ。例の刺青の彫られている人間を検分できるよう、早急に手配してくれ」
ベルンハートに言われて、フェリクスはすぐに真面目な表情に戻った。
「そうだな、もしベルンハートの知り合いが、例の呪いを解明できるというのならこちらとしても助かる。すぐに手配しよう」
フェリクスはイッカに手配を頼む。
イッカはうなずき、すぐに話を通しに向かった。
ウィルヘルミナは、そこでふとあることを思い出してその疑問を口にする。
「そういえば、そっちの用事は何だったんだ? オレたちのこと探してたみてーだったけど」
「ああ、それはな…」
フェリクスは一度言葉を切ってから、真摯なまなざしをウィルヘルミナへと向ける。
「実は、レイフとベルンハートに私の母上と会ってもらいたいのだ。今母上がこの近くまで来ているのでな」
(フェリクスの母親って…まさかベイルマン家当主か!?)
ウィルヘルミナは、驚愕の表情で固まった。




