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四壁の王  作者: 真籠俐百
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 改めて、皆で周囲を捜索してみたが、結局コルホネンの姿は見つからなかった。

 フェリクスは歯噛みする。

「くそ、敵を目の前にして取り逃がすとはしくじったな」

 ベルンハートは視線をめぐらし、縄で拘束して捕らえてある男たちを見据えた。

「こいつらに尋問して、コルホネンの居場所や拠点のありかなど、洗いざらいを白状させよう」

 しかし、フェリクスとイッカは表情を曇らせる。

「聞いたところで、白状できるかどうか…」

(ん? 白状できるかどうか? なんか変な言い回しだな…)

「それ、どういう意味だ?」

 取り繕う必要のなくなったウィルヘルミナは、ぱちりと眼を瞬きながらいつもの気軽な調子でフェリクスに問いかける。

 すると、フェリクスは捕らえた男たちの側に跪き、拘束している腕を上げるようにと促した。

 怪訝な顔で、言われるまま腕を上げた男の袖をフェリクスがたくし上げる。

 むき出しにされた男の腕の付け根には、羽のある赤い竜の刺青が彫られていた。

「やはりあるか…」

 フェリクスのつぶやきに、イッカも同意する。

「これで、尋問が無理であることが確定しましたね」

 ウィルヘルミナとベルンハートは、ますます怪訝な表情にかわった。

 しかし、ウィルヘルミナはふとあることを思い出しフェリクスを見やる。

「これってもしかして…。前にオレの腕を確かめて探してたあの刺青か?」

 フェリクスとイッカはうなずいた。

「そうだ、これが緋の竜の一味である証。そしてこの刺青こそが厄介なのだ」

 ウィルヘルミナは、意味が分からず首をかしげる。

 それは、ベルンハートやフローラたちも同様で、さらには刺青を彫られている男たち自身さえもが同じ反応をしていた。

 皆一様に、意味が分からないと言った表情を浮かべている。

 フェリクスは、それら無言の問いかけにこたえることはなく、男たちに向かって慎重に言葉を選んで語り掛けた。

「落ち着いて話を聞いてほしい。まず、今は何も話す必要はない。今後は私の指示に従ってほしいのだ」

 男たちは怪訝な表情に変わる。

 フェリクスは、そんな男たちを見下ろして、真摯な表情で言葉を続けた。

「その刺青には、呪いのようなものがかかっている。下手に話をすると、その呪いが発動して命を落とすことになるのだ。だから今は何も話さなくていい。この後、お前たちの身柄を警備所に預けるので、そこで聞かれたことにだけ答えてくれればよい」

 男たちは戸惑いの声を上げる。

「おい、呪いってなんだよ? 命を落とすってのは脅しか?」

「いいや、脅しではない。とにかく今は会話を最小限にしてくれ。お前たちの身の安全は保障する。だから安心してほしいのだ」

 フェリクスは、男たちを落ち着かせようと冷静に言葉をかけた。

 がしかし、男たちの方は激しく動揺する。

「なんだよ、何も話さなくても安全を保障するって…。そんなうまい話があってたまるかよ。だいたい呪いってなんだ? そんな話、オレは聞いたことねえぞ。しかもオレたちが呪われてるって? そんなわけのわからねえ話、信じられるかよ!」

「そなたたちが疑う気持ちはよくわかる。確かにすぐには信じられない話だろう。こんな話を聞いたら動揺するのも当たり前だ。だが、本当に危険なのだ。今は、とにかく冷静になって私の指示に従ってほしい――――」

 フェリクスは落ち着かせようと試みるが、しかし、男の方は余計に激高した。

「うるせえよ!! こっちに黙れとかいう前に、お前が先にちゃんと説明しやがれ!!」

 男の一人が怒鳴りだす。

「わかっている。今からもっと詳しく説明する。だから落ち着け――――」

 フェリクスが言いかけたその時のことだ――――。

 動揺し口々に叫ぶ男たちの中で、一人だけ無言のまま俯いていた男が、がたがたと震えながら小さく何かをつぶやきはじめる。

 それを見た男の一人が、自由になる足を使って震える男の背中を乱暴に蹴った。

「ぶつぶつうるせえな! こっちは話とやらを聞かせてもらうんだ。黙れバカ!!」

 両手を縛られ座らされているため、それほど威力はなかったが、しかし、何かをつぶやいている男は蹴られたことで転がり、真っ青な顔を上に向けたまま目を見開き、追い詰められたように声を大きくする。

「やっぱりあの話は本当だったんだ。オレたちは殺される…。殺される。殺される!」

 その不穏な響きが男たちの心にさざ波を立て、再び男たちの間に動揺が走った。

「…殺される…? なんだよそれ…。じゃあ、やっぱり身の安全は保障するっていうさっきの話は嘘なのか?」

「違う! ウソではない」

 フェリクスは、即座に否定する。

 だが、男たちは疑うような眼差しで見ていた。

「道理でうまい話だと思ったんだ。何もしゃべらなくていいなんて」

 すると、今度は別の男が取り乱しはじめ、懇願するようにフェリクスを見上げる。

「オレたちは、ただ金で雇われただけの人間だ。義理立てするようなことは何もねえんだ。話せって言われたら、なんでも話してやる。だから、殺さないでくれよ」

 フェリクスは、落ち着かせるようにうなずいてみせた。

「わかっている。大丈夫だ。我々はお前たちを殺したりはしない。とにかく今は何もしゃべるな」

 しかし、またしても別な男が怒ったように口を開く。

「だからその意味が分からねえって言ってんだよ! 呪いなんて話で、オレたちを担ぐ必要はねえんだ。オレだって聞かれりゃ洗いざらいなんでもしゃべる。だから殺さないでくれ!」

 男たちの様子はどんどんヒステリックになっていった。

 フェリクスは、焦りを覚えた表情で男たちを宥める。

「わかっている、お前たちを殺したりしない。大丈夫だ。とにかく、今は落ち着いてくれ」

 そこで突然、それまで黙って話を聞いていたベルンハートが、男たちを冷静に見下ろして口を開いた。

「勝手な推測だが、刺青を彫ってある人間が自供しようとすると、呪いというものが発動して死に至るということか?」

 ウィルヘルミナは、驚いた表情に変わる。

(そうなのか?)

 フェリクスは、話が通じたことに安堵した様子でうなずいた。

「そうなのだ、だから何もしゃべらなくていいと言っているのだ。私の言葉が足らず、不安を与えたかもしれないが、何も話さなければお前たちの命は無事だ。だから安心してほしい」

 男たちは、いまだ半信半疑の様子だったがようやく黙り込む。

 ベルンハートのおかげで、やっとフェリクスの言葉の意味を飲み込んだのだ。

「とにかく、この後、お前たちの身柄を警備所に渡す。そこで、ベイルマン家の者から質問を受けるだろうから、その時にされた質問にだけ答えてくれればいい。余計な話をする必要はない。とにかく今は黙っていてくれ」

 男たちはようやく納得した様子で、神妙な顔になってうなずく。

 だが――――。

 先ほどから怯えた様子だった男が、激しく首を横に振りだした。

「いやだ! いやだ! オレは死にたくない! 殺されたくない。助けてくれ!!」

 目があてどなく小刻みに揺れ、縋るように周囲を見回す。

 フェリクスが、男の横に跪いた。

「大丈夫だ。お前のこともきちんと守る。だから、今は落ち着いてくれ。頼むから静かにするんだ」

 優しく男にそう声をかけながらも、フェリクスは視線だけを動かし、切迫した表情でイッカに合図を送る。

 イッカはすぐに意味を了解して無言でうなずき、拘束されている他の男たちに、立ち上がるように指示を出した。

 男たちは怪訝な表情ながらもイッカの指示に従う。

「急いで倉庫を出てください」

 イッカに急き立てられ、男たちが歩き出そうとしたその時――――。

 男が、なおも続けた。

「オレは悪くないんだ。全部あいつの指示でやったこと!」

「おい! やめろ、それ以上は何も言うな!!」

 フェリクスは焦った様子で男の口を押えようとするが、しかし男は身をよじり、フェリクスの手から逃れる。

「全部あいつの指示だ!! あの男――――ラーファ…っぐぅぅ!!」

 そこまで言うと、男は手を拘束された状態のまま不自然に体を前にかがめ、苦しみだした。

 それを見たイッカが、急いで男たちを急き立てる。

「早く離れて!!」

 だが――――。

 男たちは、突然苦しみだして膝を折った。

 ウィルヘルミナは、動揺した様子で男たちに走り寄る。

 男たちは苦しげにのたうち回り、そのうち泡を吹き出しはじめた。

(なんだよこれ!? これがさっき言っていた呪いってやつなのか? だいたい呪いってなんなんだ? そんなもの今まで聞いたことがなかったぞ? 魔法の気配はしねえな。これ、金界魔法で効果を消せるのか?)

 ウィルヘルミナは考え込んだが、すぐに首を横に振る。

(いや、駄目だな。さっき一度金界二位魔法を使っている。あの時に無効化できてないんだから、金界魔法でこの呪いってやつの効果を消すのは無理だ)

「フェリクス、イッカ、どうしたらいいんだ? どうしたらこの呪いの効果を消せるんだ?」

 焦った様子で問いかけるが、しかし、二人は眉根を寄せたまま首を横に振る。

「わからないのだ…。この呪いの仕組みは、ベイルマン家の名だたる魔術師たちがどれだけ調べてみても、まるで解明できていない。それに聖界魔法も受け付けないのだ」

 ウィルヘルミナは絶句した。

 そうして成す術もないまま男たちの傍らに膝をついていると、目の前で男たちが痙攣し、そして事切れる。


 男たちが苦しみだしてから数分後――――。

 辺りには、捕らえた男たち全員の亡骸が無残に横たわっていた。


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