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四壁の王  作者: 真籠俐百
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 ベルンハートが風界魔法を放つと同時に、ウィルヘルミナたちはコルホネンたちに向かって突進していった。

 幸いにも、魔法具が発動する気配はない。

 もし発動の気配があった場合は、続けて金界三位魔法を使うつもりだったが、その必要はなかった。

(とりあえず、風界魔法は使っても問題ねえみてえだ。よかった)

 内心でホッと胸をなでおろしつつ、コルホネンたちに切りかかる。

 コルホネンたちは突然の出来事に動揺していたが、なんとか二人の奇襲をしのぎ、すぐに体勢を立て直す。

 それを見たウィルヘルミナが、とっさに風界魔法を放った。

「タウィスカラ」

 先ほどベルンハートが唱えた魔法と同じ風界九位魔法を唱えたのだが、その威力は驚くほど違っている。

 放たれた風界魔法は、周囲に積まれていた箱を木っ端みじんに破壊しながら渦を巻き、コルホネンたちに襲い掛かった。

(やべ! 十位魔法にしておくべきだった! まさか建物まで壊れねーよな?)

 屋内で使うには、少々威力が強すぎた。内心でひやひやする。

 日々の鍛錬により、ウィルヘルミナの魔法練度はどんどん上がっているのだ。

 コルホネンたちはというと、またしても驚きに目を見開き、一瞬だけ対応が遅れる。

 おかげで、ウィルヘルミナの放った風魔法をかわすこともできずにまともに食らい、体ごと吹き飛ばされた。

 その隙に、ベルンハートがフェリクスたちの救助に向かう。

「今縄をほどく」

 イッカの縄を解いるうちに、コルホネンの仲間たちが、魔法によって吹き飛ばされた衝撃から回復しはじめた。

 ウィルヘルミナは、起き上がろうとする男たちに渾身の蹴りを放つ。

 その蹴りをかわすこともできず、男たちは顔面にまともに食らって再び昏倒した。

 その一方で、ベルンハートが他の生徒の縄を解き、どんどん開放していく。

 拘束から解放されると、イッカとフェリクスは、すぐにウィルヘルミナの援護に回った。

 起き上がろうとする男たちを、そばに落ちていた木箱の残骸で殴りつけ、気絶させていく。

 だが、肝心かなめのコルホネンがいない。

 その事実に、この時のウィルヘルミナたちはまだ気づけていなかった。

 その時のコルホネンはというと、ウィルヘルミナの風界魔法で壁際まで吹き飛ばされていた。

 壁にたたきつけられて一瞬だけ意識を失っており、コルホネンは頭を振りながら起き上がる。

 ぶつかった拍子に額を切り、そこから鮮血が流れ出していた。

「くそっ! 金界魔術師だと? そんな話は聞いていなかったぞ。いったい何者なんだあの小僧は!?」

 小さくつぶやき、忌々しげに舌打ちをする。

 コルホネンは、吹き飛ばされた拍子にちょうど荷物と壁の隙間に落ちており、ウィルヘルミナたちからは死角になっていた。

 その状況を利用して、みつからないように物陰からこっそりと周囲を見回す。

 そして、苦虫を噛み潰したような表情に変わった。

 コルホネンの仲間たちは、次々と無力化させられている。

 勝負がつくのは、もはや時間の問題だった。

「なんとだらしないことだ。これだから日傭取りを使うのは反対だったのだ。いくら足が付きにくいとはいっても、まともに仕事をこなせなければ意味がないではないか。これも、全てはあの忌々しいエルヴィーラ・ベイルマンのせいだ。あの女が、闇界魔法を打ち消す魔法具など手に入れたりしたから仲間の数が減り、私まで動かなければならない事態に陥ってしまったのだからな。こんな仕事、本来なら私の仕事ではない」

 エルヴィーラは、ウィルヘルミナの作った魔法具を使って、コルホネンの仲間たちの捕縛を着々と進めていた。

 そのため、今までは指揮する立場であったコルホネンまでもが自ら動き、こうして現場の仕事をこなす羽目になっているのだ。

 コルホネンは、悪態をつきながら素早く周囲に視線を配る。

「設置しておいた魔法具は、あの小僧が使った金界魔法でほとんど中和されてしまったか…。だが――――」

 そこまで言ってにやりと笑った。

 コルホネンは、見つからないようにひっそりと出口に移動していく。

 そして、倉庫の扉に手をかけ押し開いて倉庫内を振り返った。

 そこは、すでにウィルヘルミナたちが居る場所からはかなり離れており、コルホネンが脱出しようとしていることには誰も気づいていない。

「先ほど小僧が使ったのは金界四位魔法。ならば、あの魔法具は中和されてはいまい」

 コルホネンは邪悪に笑った。

 コルホネンは、体を倉庫の外に出し、手だけを倉庫内に差し入れて聖界十位魔法を唱える。

「マサライ」

 すると、倉庫で何かが振動しはじめた。魔法具発動の兆候だ。

「追加で依頼されたレイフ・ギルデンの生け捕りには失敗したが、これで当初の目的ベルンハート殺害依頼は遂行できる」

 コルホネンは、踵を返してゆっくりと歩き出す。

「これならば、パウルス枢機卿にも申し開きができよう」

 そう言い残して、コルホネンは最後を見届けることなく倉庫を後にした。



 王国領西部にあるリスティヤルヴィは、建設都市ながら人口二十万人の規模を誇る巨大都市である。

 リスティヤルヴィには、ヴァン教の神ペルケレが眠りについていると言い伝えられており、そのため、一年を通してトゥオネラ各地からたくさんの教徒が訪れ、祈りをささげるヴァン教の聖地でもあった。

 そのリスティヤルヴィには、ヴァン教の教会本部が置かれている。

 本来ならばソルム教皇主導のもと、日々様々な祭礼が行われるのだが、現在ソルム教皇は体調不良で療養しているため、枢機卿たちが交代でその任を務めていた。

 リスティヤルヴィの中央に位置する、小高い丘の頂上に聳え立つ巨大なナルバ聖堂では、教会魔術師たちが慌ただしく祭礼の準備に追われていた。

「パウルス枢機卿」

 黒い教会服に身を包んだ一人の男が、白い祭服を羽織った男の側に歩み寄り声をかける。

 黒い教会服の男は、教会魔術師たちに指示を出していた枢機卿――――パウルスの側で片膝を床につくと慇懃に首を垂れた。

 パウルスの年齢は三十八歳。枢機卿の中では年若い部類に入る。金色の髪と青い目を持つ北壁人だ。

 目が細く、目じりがやや垂れ気味であるため、柔和な印象を与える人好きのする男だった。

 パウルスは静かな動作で振り返り、側に片膝をついて控える教会服の男を見やる。

「何ですかヴァロ、私は今この後に行われる祭礼の最終確認をしている所なのですが…」

 困ったように言って首をかしげた。

 ヴァロと呼ばれた黒い教会服の男が、さらに首を深く垂れる。

「お忙しいところ、誠に申し訳ございません。しかし、パウルス枢機卿宛の書簡が届きましたゆえ、急ぎお持ちいたしました」

 ヴァロは手に持つ封書を、顔を伏せたまま頭上に恭しくささげた。

 パウルスは、柔和な印象を与えるその表情を変えることなく書簡を手に取る。

「わざわざありがとう、ヴァロ」

 他者が見れば、『慈愛をたたえた』と表現するに違いない微笑みを浮かべて、パウルスがヴァロを労うと、それまでパウルスの指示で動いていた教会魔術師の一人が気を利かせて声をかけた。

「パウルス枢機卿、ここはもう大丈夫ですよ。せっかくヴァロ殿がお手紙をお持ちしたのですから、どうぞ休憩がてらお目を通してきてください」

 にこにこと屈託のない笑顔を浮かべながら言った。

 ヴァロはパウルスの身の回りを世話する係でもある。

 周囲の人間たちには、無口で実直な世話係が、穏やかで慈愛に満ち溢れた主のために手紙を届けたほほえましい光景として映っていた。


 しかし真実は――――。


 パウルスは、笑顔を絶やすことなく声をかけてくれた男を振り返る。

「それではお言葉に甘えるといたしましょう。少し休んだらすぐに戻ってきますので、後のことはよろしく頼みますね。部屋で休んでおりますので何かあったら声をかけてください」

「はい、どうぞごゆっくりなさってきてください」

 次々とかけられる言葉にパウルスは笑顔で答え、ヴァロを伴ってその場を後にした。


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