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四壁の王  作者: 真籠俐百
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69

 コルホネンは、微笑みをたたえながら倉庫に入ってきた。

 ウィルヘルミナとベルンハートはすぐさま足を止め、警戒した表情をコルホネンへと向ける。

「殿下、ご無事でございましたか。フローラさんは見つかりましたか?」

 コルホネンはニコニコと声をかけてくるが、二人は警戒を解かなかった。

 すると、コルホネンはわざとらしく片眉を跳ね上げる。あくまでも演技をやめる気はないようだ。

「どうしたのですか? 何かあったのですか殿下」

 大仰な態度で心配して見せる。

 ベルンハートは、硬い表情のまま口を開いた。

「しらじらしいぞコルホネン、お前が我々をはめようとしたことはわかっている」

 その言葉で、コルホネンはがらりと表情を変えた。

「おやおや、さすがはベルンハート第二王子、噂にたがわぬ聡明さをお持ちだ。ですが、その賢さは時に身を亡ぼすことになるということをご存知ですかな?」

 人を食ったような視線でベルンハートを射抜く。

 ウィルヘルミナは、ベルンハートの前に出てその背中にかばった。

 腰の剣に手を伸ばしてすらりと引き抜く。

 それを見たコルホネンが、小ばかにしたような表情で口を開いた。

「手荒な真似はしたくないのですがね。何しろ依頼主から生け捕りにするようにと仰せつかっておりますので」

「生け捕り? 依頼主? ベルを捕まえようっていうのか。いったい誰に頼まれた? ベルのことは絶対に渡さねえぞ!」

 ウィルヘルミナは、ベルンハートを背中にかばいつつ、きつい口調で問いただす。

 だが、コルホネンは動じない。わざとらしく肩をすくめて見せた。

「おやおや、ずいぶんと乱暴な口調ですねえ。今までは正体を隠していたと言ったところですか? こんな下品な子供を捕まえろとは、全く持って解せません。いったいどんな利用価値があるというのでしょうね」

 そこまで聞いて、ウィルヘルミナとベルンハートは怪訝な顔をする。

(なんだ? 今の口ぶり、なんか変だな。まるでオレのことを捕まえようとしてるみてえに聞こえたけど…。ベルを捕まえようとしているわけじゃねーのか?)

 その考えが顔に出ていた。

 コルホネンはクツクツと笑う。

「貴方は少々思い違いをしているようですから付け加えさせていただきますが、私が生け捕りにせよと頼まれているのは貴方ですよレイフさん」

「な!? オレ!?」

 ベルンハートも、驚きに目を見開いた。

(ベルじゃなくてオレを捕まえる? ってことは、まさか北壁の連中にオレの居場所がばれてるってことか!?)

 驚く二人を尻目にコルホネンは続ける。

「そうです。レイフ・ギルデンは生け捕り、そしてベルンハート・エルヴァスティは息の根を止める。それが、依頼主のご希望です」

 ウィルヘルミナは目を見開いてコルホネンを凝視した。

(ベルを殺して、オレは生け捕り…? あれ? でもベルが関係してるってことは、やっぱ北壁からの依頼ってわけじゃねーのか? それとも、二件の依頼を一回に済ませようとしてるとか?)

 ウィルヘルミナは、考えがまとまらず内心で首をかしげる。

(でも、ベルを殺すってことは、ベルの父親がらみでまちがいねーよな。なのに、なんで俺を生け捕りにすんだ? 意味わかんねー)

「私としても、手荒な真似をしたくはないのです。大人しく捕まっていただけませんか?」

(全然意味が分かんねーけど、今はそんなこと考えてる場合じゃねー)

 ウィルヘルミナは無理やり気持ちを切り替えた。

「断る! 絶対にベルを殺させたりしねえ。オレの事だって捕まえられるなんて思うなよ」

 ウィルヘルミナは剣を構えて足を踏み出す。

 しかし、コルホネンがその行動を遮った。

「まあ、待ちなさい。そう答えを急ぐものではありませんよ。こちらの手の内を見てから返事をしても遅くはないのでは?」

 そう言って、コルホネンは合図をする。

 ウィルヘルミナとベルンハートが怪訝な表情をしていると、コルホネンの仲間が、捕縛したフェリクス、イッカ、フローラ、ヤニカ、ヘリンを引きずってきた。

 五人は後ろ手に縛られ、猿轡を噛まされている。

 それを見たウィルヘルミナたちの顔がこわばった。

 五人とも見える場所に怪我こそしてはいないが、フローラ、ヤニカ、ヘリンの三人は目が赤く、泣いていたことが一目でわかる。

 コルホネンは剣を引き抜き、フェリクスの首筋に刃を当てた。

 ウィルヘルミナは息をのむ。

「お友達五人の命と、貴方の主一人の命。さて、貴方はどちらの命を選びますかな?」

 フェリクスは、怯えるそぶりもなく、強いまなざしでコルホネンを睨みつけていた。その目は卑怯だと責めている。

 フェリクスは、ウィルヘルミナにも視線を向けた。猿轡を噛まされているので言葉こそないが、どちらを選んでも恨むことはない。一番良い選択をしろと、眼差しがそう告げていた。

(どちらかを選べ? そんなもん選べるわけがねえじゃねえか。どちらか一方だけを選ぶなんて、オレにはできねえ!)

 コルホネンに迫られた選択を、ウィルヘルミナの心はすぐさま拒絶する。

 奥歯を強く噛んだ。

(どうする? どうやったらみんなを助けられる!?)

 そう考えている時、ふと脳裏に、以前ザクリスに言われた言葉が蘇ってきた。


『人の上に立つと、いやでも非情な決断を迫られる時がくるのです。貴方にはその二本の腕しかない。救えるものには限界がある。全てを救うことなどできないのです。優先順位を間違えてはいけません』


 その言葉は、東壁の魔術師ユピター・ルメスが、フレーデリクを頼ってカヤーニをとずれた時に、ザクリスの意見と衝突し、たしなめるように言われた言葉だ。

 あの時のウィルヘルミナは、その言葉に納得することができなかった。

 結局はザクリスの反対を押し切り、ウィルヘルミナは自分の意思を貫いた。トーヴェの助けに背中を押されながら。

 だが、今この場にトーヴェはいない。ザクリスだっていないのだ。

 全ての命運は、ウィルヘルミナ一人の手に委ねられていると言って過言ではない。

(あの時のオレは、ザクリスさんの意見を聞かねーで、自分の意見を無理やり押し通した。自分は欲張りなんだ、みんなを救いたいんだって大見え切って。おまけに、ザクリスさんの事を無責任に責めてた。なのに、先生が側にいなくなった途端にこれかよ。こんなにも弱気になって、ダサすぎだろオレ。しっかりしろよ)

 ウィルヘルミナは、自らを叱咤した。

 あの時の言葉が、ただの大言壮語でないことを、今こそ自分自身の力で証明しなければならない。

 トーヴェの力や言葉を頼ることなく、自分自身の力でこの場を乗り切らなければならないのだ。

(絶対にみんなを助けて見せる。動揺なんてしてる場合じゃねえんだ)

 ウィルヘルミナは必死に思考をめぐらせる。

(とりあえず、人質になってる五人は怪我はしていない。だから縄さえ解いてやれば問題はないはずだ。それから、コルホネンの仲間は見える位置にいるのは全部で十人。全員が魔法具の効果範囲である倉庫の中にいるから、魔法を使う心配もねえはずだ)

 魔法制限がかかっていることは、コルホネンの仲間も承知のはずである。

 ということは、魔法を使えば自分たちも死ぬことになることを理解できているはずだ。

(となると、どうやってコルホネンを含めて十一人いる敵を一斉に無力化するかだよな…。不意を突いたところで、一度に相手にできるのは、せいぜい三人が限度だ。物理攻撃で一度に全員を無力化させるのは難しいな。この状況を考えると、魔法を使えねえことが、かなり不利に働いてんな)

 だからこそコルホネンは落ち着いているのだ。自分に理があることを理解しているのだ。

 コルホネンは、動けずに固まるウィルヘルミナを見てニヤリと笑う。

「どうです、少しは自分の立場が理解できましたか? 大人しく私に下れば、命まで取られるようなことはないのです。しかも、たった一人を犠牲にすれば、貴方を含めて六名の命が助かる。もはや考えるまでもない事でしょう」

(勝手なこと言いやがって。オレの中にはベルを犠牲にするって選択肢はねえんだよ)

 反抗的にコルホネンを見返しながら、ウィルヘルミナは深呼吸を繰り返して、頭に血が上るのを必死に抑えた。

 非常事態の時にこそ冷静になるべきである。

 ウィルヘルミナは、ラウリやイヴァールたちにそう叩き込まれていた。

 なんとか心を落ち着かせ、改めて周囲を見回してから状況を冷静に判断する。

(よし、決めた)

 ウィルヘルミナは、視線をコルホネンに固定したままベルンハートにだけ聞こえるように囁いた。

「ベル、今からオレがこの建物ごと中にある魔法具を全部中和する。だからお前は、中和が終わった瞬間に魔法であいつらを攻撃しろ。室内だから威力の低い魔法でいい。そんで、やつらが動揺している隙に二人で突っ込むぞ。まずはイッカの縄を解くんだ。あいつが一番戦力になるだろうからな。オレが敵を引き受けておくから、みんなの縄を解いて随時応戦してくれ」

「金界魔法を使うのか。いったい何位の魔法を使うつもりだ? あまり階位の高い魔法を人前で使うべきじゃないぞ」

(ザクリスさんにも人前では極力魔法使うなってくぎ刺されてるし、そんなこと十分わかってる。けど、今はそんなこと言ってる場合じゃねえ。自分の身可愛さに魔法の出し惜しみして、誰かを犠牲にすることなんて絶対にできねえ)

「わかってる、大丈夫だ」

「本当に大丈夫なのか? お前は、誰かに追われているのだろう? おそらく今回の依頼主は私絡みの相手だろうから、たぶんそちらの心配は大丈夫だとは思うが…。それでも、下手な注目は浴びないに越したことはない。身元が割れるような行動は慎むべきだ。何がきっかけで、お前が逃げている相手に、お前の居場所を知られる事になるのかわからないのだからな」

「だから、そんなの十分わかってるって。けどこの状況じゃしょーがねーだろ。力の出し惜しみしてる場合じゃねえ。とりあえずは、さっき鑑定した魔法具を考慮して金界四位魔法で様子を見てみる。もしだめだったら階位を上げてく。それならいいだろ?」

 ベルンハートはきゅっと眉根を寄せた。

「お前はそれでいいのか? そんなことをするよりも、私を差し出したほうがもっと簡単に解決する――――」

 ウィルヘルミナは、弾かれたようにベルンハートを振り返る。

 ベルンハートは、ウィルヘルミナの怒声を聞く前に、ホッと息を吐き出して続けた。

「――――と言ったら、またお前は怒るのだろうな」

 ウィルヘルミナはギロリとベルンハートを睨みつける。

「あたりめーだろ、わかってんなら最初から言うんじゃねーよ、バーカ」

 怒りをあらわに言い返したその声は、それまでの小声のやり取りとは違って大きく響いた。

 おかげで、少し離れた場所にいたフェリクスやフローラたちの耳にまで届く。

 フェリクスたちは、ウィルヘルミナの口調に驚いた様子だった。

 コルホネンは、クツクツとのどを鳴らす。

「おやおや、何をこそこそと話しているのかと思えば、この期に及んで仲たがいですか? 話がまとまらないようですね。答えは簡単だというのに。ベルンハート殿下お一人の命ですべては解決するのですよ。今更何を言い合う必要があるのです」

 含みを持たせた言い方をしながら目を細めた。

 しかし、ウィルヘルミナはその目を改めて睨み返す。

「確かに答えは単純明快だ」

 そう言って、ウィルヘルミナは片膝を床につき、手のひらを床に伸ばした。

 コルホネンは、怪訝な顔でウィルヘルミナを見ている。

 ウィルヘルミナは、コルホネンを睨みつけたまま口を開いた。

「ギルティネ」

 すると、淡い光が周囲に立ち込め一瞬のうちに建物全体を覆いつくす。

 その光が消えると同時に、ベルンハートが風界九位魔法を唱えた。

「タウィスカラ」

 コルホネンたちが、驚きに目を見張る。

 風界魔法が、周囲に積み上げられていた荷物にぶつかり、箱の山を壊し散乱させた。

 障害物がなくなり、動きやすくなったその隙に、ウィルヘルミナとベルンハートは、一気に距離を詰めた。


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