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四壁の王  作者: 真籠俐百
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 倉庫の中は人けがなく、静まり返っていた。

 周囲には、ただ雑然とうずたかい荷物の山が積み上げられている。

 ウィルヘルミナとベルンハートは、周囲を警戒しつつ奥へと進んでいった。

(静かすぎるな。誰の気配も感じられねー。本当にここにフローラが捕まってるのか?)

 半信半疑といった表情で歩みを進める。

 ウィルヘルミナはキョロキョロと周囲を見回し、フローラの姿を捜した。

(それにこの場所、やっぱ魔法具の制限がかかってるな。かなりの数の魔法具が設置してある。これだけの対策をしてあるからには、やっぱりここには何かあるんだろうけど…でも、ちょっとこれは静かすぎる。なんで誰もいねえんだ?)

 人っ子一人いないその場所は、ざらついた嫌な気配ばかりを感じさせる。

 ウィルヘルミナは、居心地の悪い思いを抱えながら辺りを見回した。

 その気配は、ベルンハートも感じているようだ。

「やはり、何かおかしいな…どこにも人の気配がしない。気をつけろレイフ」

 小声でささやいてくる。

 ウィルヘルミナはうなずいた。

「わかってる、お前の方こそ気をつけろよ」

 二人は注意深く奥に進んでいく。

 その途中で、ウィルヘルミナがふとあるものに気付いた。

「ベル、ちょっと待て」

「なんだ? どうした」

 ウィルヘルミナは足を止め、荷物の陰に隠れるように置かれた魔法具に目を止める。

 それは、銀製の小箱だった。

 ウィルヘルミナは、片膝をついてその小箱を手に取り、持ち上げて鑑定する。

「ベル…これやばいかもしれねえ…」

 こわばった顔でつぶやくウィルヘルミナの手元を、ベルンハートは怪訝な表情でのぞき込んだ。

「どういうことだ」

 ウィルヘルミナは問いかけてきたベルンハートを見上げる。

「この魔法具には風界四位魔法が付与されてる。けど、その発動条件が火界十位魔法なんだ」

 その言葉が意味することをすぐに悟り、ベルンハートは目を見開いた。

 発動条件として火界十位魔法が付与されている場合、その上位魔法――――九位以上の火界魔法を使ってもその魔法具は発動することになる。

 つまりこの魔法具は、倉庫内で火界魔法を使えばたちまち風界四位魔法が発動するという魔法具なのだ。

 言い換えれば、この魔法具の側では、火界魔法の全てを封じられることになる。

 なぜなら、この建物の中で風界魔法が発動すれば、建物自体が破壊されかねない。

 魔法が発動すれば、すなわちそれはウィルヘルミナたちが建物の下敷きになるということに他ならないのだ。

「この倉庫、かなりの数の魔法具が設置されてるのは間違いねえ。その魔法具が、全部この手の魔法具だとすると、ここで魔法は絶対に使えねえぞ」

 ベルンハートは鋭い眼光でウィルヘルミナを見た。

「レイフ戻ろう。これは罠だ」

 ベルンハートは、すぐさまウィルヘルミナの腕をとり、立ち上がらせようと腕を引く。

 ウィルヘルミナは、うなずいて魔法具を床に戻して立ち上がった。

 そして、ベルンハートとともに来た道を走り出す。

 荷物の山をすり抜け、二人は出口を目指した。

「ベル、今更だけど悪かった。お前を守るって大見え切ってたのに、まんまと罠にはまっちまった。この倉庫に侵入しようとしたあの時に気づいておくべきだったのに」

 見張りが三人ともいなくなり、倉庫侵入の絶好の機会に恵まれたあの時、二人とも違和感を覚えていた。

 あの時に気が付くべきだったのだ。

 ベルンハートは、前を向いて走ったまま口を開く。

「それは、私も同じだ。お前が謝る必要はない。それよりも、これが罠だとすると、フェリクスたちが危ない」

 ウィルヘルミナは息をのんだ。

(そうか、これが罠ってことは、囮になったフェリクスとイッカも危ないんだ)

 ウィルヘルミナはきつく唇を噛む。

 焦燥感が押し寄せるなか、二人は入り口を目指した。

(けど、これが罠だとするなら、いったい誰がオレたちを嵌めようとしたんだ? オレたちがここに侵入することを前もって知ってねえと罠なんか張れねえだろ)

 それを考えはじめて、ハッと気づく。

「なあベル、オレたちの事を罠にはめようとしたのってもしかして…」

 濁した言葉の先を察したベルンハートが引き継いだ。

「コルホネンだろうな。あの男がこの場所を私たちに教えたのだから」

「でもなんでだ? あの人がオレたちを嵌めていったい何の得があるんだよ?」

 ベルンハートは、わずかに目を細める。

「あくまでもこれは推測だが、コルホネンが誘拐した一味の仲間だと仮定する」

「えーと、コルホネンが緋の竜とかいう集団の一味ってことか?」

「そうだ。そう仮定すれば、この状況にも説明がつく。緋の竜は、教会学校の生徒を誘拐の対象として狙っていたのかもしれない。市場でフローラを首尾よく捕らえることはできたが、しかし、ヤニカとヘリンの誘拐には失敗して逃げ出され、二人は我々と合流してしまった。さらに、二人がもたらした情報をもとに、私たちはフローラの捜索をはじめた。それがコルホネンたちにとって都合が悪かったのだろう。だから、それを阻止するために、ここに誘き寄せたとすればつじつまはあう」

「確かにそういう可能性もあるかもしれねえけど…。でも、それにしては仕掛けてある魔法具が物騒すぎるぞ。あの魔法具には殺意が感じられる。どう考えても、オレたちのことを殺そうとしているようにしか思えねえ」

「そうなると、もう少し事情が変わってくるかもしれない。もしかしたら敵は、なんらかのかたちで父上と関係しているのかもしれない」

「それって、つまりベルの親父がコルホネンと結託してベルのことを殺そうとしてるってことか?」

「今の段階では推測の域を出ず、あくまでも可能性にすぎないが、考えられなくもない話だろう」

 ウィルヘルミナは考え込んだ。

「確かにそうだけど、でも、もしコルホネンが緋の竜の一員で、ベルの親父と通じてるとしたら、かなり大変なことになるぞ。だって緋の竜はベイルマン領で悪事を働いている。その悪事に国王が加担しているとなったら大問題だ。トゥルク王国が東壁の治安を故意に乱し、組織的な悪事を働いているってことになるんだからな」

 ベルンハートも、厳しい表情でうなずく。

「あくまでも仮定の話だが、もしお前の言う通り、父上と緋の竜の関係が証明されたらかなりの大問題だ。二十年前に王国と四壁とで交わされた内政不干渉の掟にも抵触する。もし証拠が見つかった場合、等族会議に諮れば、国王の弾劾にも値するであろうほどの問題だ。仮に弾劾された場合、父上が大人しく引き下がるとは思えないから、きっと戦争になる」

「戦争…」

 不安を煽るその響きに、ウィルヘルミナは目を見開き絶句する。

 前を走っているベルンハートは、ちらりとウィルヘルミナを振り返った。

「大丈夫だ。今はまだそれほど差し迫った状況ではない。あくまでも可能性というだけだ。そんなにも心配するな」

「けど、もしベルの親父が今回の件に関わっていることが確定したら、戦争になる可能性があるんだろう? もし戦争なんかになったりしたら、たくさんの人が死ぬことになる」

 ウィルヘルミナは、不安げに眉根を寄せる。

 ベルンハートは言葉を選びながら口を開いた。

「それは、父上が緋の竜と結託していた事実が確定し、さらには現状止まっている等族会議が開催され、なおかつ父上が弾劾された場合に限れば戦争になるかもしれない。だが、それはあくまでも最悪の事態を想定した場合だ。現状、等族会議は中断されているし、父上とて、本心では四壁と正面から事を構えることは望んでいない。軍事力では四壁の方が勝っている。戦に持ち込めば、王国側が不利になることは理解できているはずだ。それに、四壁とて戦争は望まないだろう。おそらくカルヴァイネン、ラムステッド、ベイルマンの三家は戦争を回避しようとするはずだ」

「なんでそう言い切れるんだ? その根拠は?」

「まず、カルヴァイネン、ラムステッドの現当主たちは、老練な為政者だ。戦争などと言う安易な解決方法を選ぶはずがない。あくまでも戦争は最終手段だ。そうなる前に、もっと高度な駆け引きで決着をつけようとするはずだ。そしてベイルマンだが、現当主は直情型だが愚かではない。カルヴァイネンとラムステッドが動かぬのに、ベイルマン単独で動くはずがない。それに、恐らくベイルマンは今、緋の竜という賊のせいで内政が疲弊している可能性がある。ベイルマンだけで王国と一戦交える可能性はほぼないはずだ」

「なるほど、じゃあさ、なんでそこにノルドグレンが含まれないんだ?」

 ベルンハートは、再びウィルヘルミナを一瞥し、躊躇いながら口を開く。

「北壁人のお前に言うのは酷かもしれないが、ノルドグレンの現当主は他の三壁に比べて格段に能力が劣る。そもそも当主の器ではないのだ。腹が立てば勝手に戦争をはじめるだろうし、逆に何か得と判断するような条件を提示されれば、簡単に四壁を裏切って王国側に与することだろう。つまりノルドグレンだけは、どっちに転ぶのかその時になるまで読めないのだ」

 ベルンハートの言に、ウィルヘルミナは思わず口を閉じた。

 内心では、かなりの恥ずかしさを覚えている。

(確かエイナルっつったよな、叔父さんの名前。オレ、小さいころに会ったきりなんだけど…。ベルにここまで駄目出しされるほどしょーもない人だったっけ? あんまり覚えてねーんだよな)

 ベルンハートは、ぽそりと続けた。

「身の丈に合わぬ衣をまとった主を頂く事は、不幸以外の何物でもない。もし、前当主であったなら、戦争は確実に回避できただろうにな」

 ウィルヘルミナは、ぴくりと反応する。

「なあベル、お前から見たノルドグレンの前当主ってどんな感じ?」

 ベルンハートは、走りながら考え込んだ。

「ラウリ公は『氷刃の賢者』の二つ名を頂く大魔術師。公ならば必ず戦争を回避してくださっただろう。それに、私はトーヴェを知っているからな。獅子将軍の篤い忠誠を得るほどの人物だ。英傑に間違いない」

(そうかそうか、なるほど。英傑ね、うんうん。ベルも見る目あるな。やっぱ御爺様は御爺様だよな)

 何やら誇らしい気持ちになるが、一拍遅れて気になるフレーズを聞いたことに気が付いた。

「――――って、え? まてよ、獅子将軍? それってまさかトーヴェ先生の事なのか!?」

 ベルンハートは、呆れ顔で振り返る。

「お前、そんなことも知らなかったのか?」

「知らねーよ!! だって先生そんなこと一言もいってなかったし!!」

 ちなみに、ラウリの二つ名も初めて聞いたのだが、ウィルヘルミナは『けっこう似合っている』という感想を抱いていたため、特段の引っかかりは覚えてはいなかった。そのため聞き流している。

 ベルンハートはため息を吐き出し、憐れむような視線を向けた。

「なるほど、前にフェリクスに質問されていた時に、随分とうまくかわすものだと感心していたものだが、本気で知らなかっただけなのだな」

「だって知らねーもんそんなこと! だいたいなんだよその御大層な二つ名は!? あの人は獅子っつーよりも、どう考えたって犬だろ? ワンコだよ、ワンコ将軍!」

『犬』『ワンコ』という表現を、ベルンハートもとっさには否定できずにいる。

『ワンコ』はともかくとして、『犬』には一理あると思ってしまったのだ。

 生真面目に主を思う様は、確かに忠犬なのだった。

「名前負けしすぎてんだろ先生」

 ぶつぶつとウィルヘルミナがつぶやいているうちに、二人は出口付近までたどり着いていた。

「レイフ、出口だ」

 ベルンハートがそう声をかけた時――――。

 二人が目指していたその出口から、人が入ってきた。

 それは、コルホネンだった。


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