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ひとまずフェリクスたちと別れたウィルヘルミナとベルンハートは、倉庫に近寄り、物陰に潜む。
ウィルヘルミナは、そこでおもむろに首にかけていたネックレスを外すと、ベルンハートに差し出した。
ベルンハートは、怪訝な表情で目を瞬かせる。
「なんだ、いったいどうした」
「ん? これはオレが作った魔法具なんだ。つっても、まあ試作品なんだけどな。オレの御爺様用に魔法具を作ってた時に、試しに作ってみたやつなんだけど、前に作ってやったその指輪より、こっちのほうが性能がいいから交換しようぜ」
ベルンハートは戸惑った表情を浮かべた。
「いいのか?」
「いいから交換しようとしてんだろ。なに変な気使ってんだよ。倉庫内に仕掛けてある魔法具の対策だからさ、お前がこれ持ってろよ」
ウィルヘルミナは返事を待たず、無理やりベルンハートの首にネックレスをつけはじめる。
ベルンハートは、呆れと困惑の混じった表情に変わった。
「全く、お前は強引だな」
「はいはい、オレは強引だし、それに図々しくてすみませんね。これでよしっと」
ウィルヘルミナは、先ほど言われた言葉をあてこすりつつ、ネックレスをつけてやった。
ベルンハートは、代わりに指輪を抜いてウィルヘルミナに渡す。
「これらを使うような場面に遭遇しないことを祈りたいものだな」
「そうだな。ま、使うような場面になったとしても何とかなるから大丈夫だ」
お気楽なウィルヘルミナの言動に苦笑しながら、ベルンハートは頷いて返した。
そのまま二人は物陰に潜んで様子をうかがう。
しばしの後――――。
予定通り、イッカとフェリクスが騒ぎを起こして見張りの注意を引きつけると、倉庫の前にいた三人全員が持ち場を離れてフェリクスたちを追いはじめ、倉庫の前は無人になった。
ウィルヘルミナとベルンハートは、怪訝な表情で顔を見合わせる。
「おいおい、誰も残らないなんて、いくらなんでも不用心すぎんだろ」
ウィルヘルミナが小声でささやくと、ベルンハートも頷いた。
「この動き、少々気になるな」
二人は一瞬だけ考えこんだ。
しかし、この機を逃すわけにもいかず、辺りを警戒しながら二人は倉庫に侵入した。
一方、陽動を請け負っていたフェリクスとイッカは、物陰に潜み機会をうかがっていた。
ウィルヘルミナたちから、準備が整った合図をもらうと、積み上げられていた荷物を倒して盛大な音を立てる。
イッカは、倉庫の前にいた見張りにわざと姿が見つかるように仕向け、大仰な演技をしつつ逃げ出した。
見張りの三人は、見事イッカの後を追いかけはじめる。
逃げるイッカと、その後に続く三人の男の姿を見届けると、フェリクスが一度倉庫を振り返った。
二人は、しばし躊躇ったのち、周囲を警戒しつつも中に入っていく。
倉庫内に無事侵入できた姿を見届けて、フェリクスは小さく安堵の息をついた。
(今、中に入るのを少し躊躇っているような感じだったが…。何かあったのだろうか? しかし、無事中に侵入できたことだし、ひとまずは安心か。あとは引きつけた見張り三人をなんとかしなければな)
フェリクスは、改めてイッカたちが走っていった方向に視線を向けた。
そして、自らもその後を追うように走り出す。
路地を曲がると、すぐに三人の男と対峙するイッカの姿が見えた。
男たちは武器を構え、イッカにめがけて突進してゆく。
数でこそ負けているが、路地という場所を選んだが故、敵の攻撃は数の有利さを活かせてはいなかった。
イッカは、向かってくる男たちに落ち着いて応戦し、敵の剣戟を自らの刃でしのぐ。
隙をついて魔法を放った。
「アラーユダ」
火界七位の魔法が轟音を立てて男たちに襲い掛かる。
男の一人が地界魔法を唱えて魔法を防いだ。
「カイタバ」
だが、男が使った土界魔法は、イッカと同じく七位だというのに、あっという間に破壊される。
土界魔法を唱えた男は、驚きに目を見張った。
その動揺でできた隙を、イッカとフェリクスは見逃さない。
フェリクスは、すかさず物陰から飛び出し、イッカと前後から挟み撃ちにして同時に攻撃を仕掛けた。
突如背後から現れたフェリクスに、男たちはさらに動揺する。
舌打ちとともに剣を繰り出すが、フェリクスが迎え撃つように氷界魔法を放った。
「トゥンダ」
氷の刃が、男たちに襲い掛かる。
畳みかけるようにして、イッカも魔法を放った。
「アラーユダ」
男たちの体は、爆発によって壁にたたきつけられる。
そこで決着はついた。
意識を失った者もいれば、うめき声をあげながら横たわり、戦意を喪失した者もいる。
フェリクスとイッカは、手早い動作で男たちの体を縄で縛りあげた。
「さて、ベルンハートとレイフの後を追うとするか」
男たちの身柄を拘束すると、フェリクスは立ち上がりイッカを振り返る。
しかし、イッカは地面に片膝をついたまま男たちを見て考え込んでいた。
「どうしたイッカ、行かないのか?」
「それが…少し気になることがありまして」
「なんだ、いったい何が気になるのだ?」
イッカは躊躇いがちに口を開く。
「なぜこの三人は、全員で倉庫を離れたのでしょう。普通なら、誰か一人くらいは倉庫に見張りを残していくのではないでしょうか。全員で持ち場を離れたことが、少々気になるのです」
フェリクスは、はっとした表情に変わった。
(そうか、だからさっきベルンハートたちは倉庫に入るのを一瞬躊躇っていたのか)
フェリクスは真顔になる。
「イッカ、すぐに倉庫に戻ろう」
イッカもまた、表情を厳しく変えた。
「はい」
返事を返すと、すぐに立ち上がる。
その時のことだ。
「フェリクス様!!」
名前を呼ばれて、二人は声のした方向を振り返った。
声をかけてきたその人物を視界に収めて、フェリクスとイッカは驚きに目を見開く。
「コルホネン殿!? どうして」
その人物は、先ほど別れたばかりのはずのコルホネンだった。
「どうしてではありませんよ。爆発音を聞いて、慌てて戻ってきたのです。お二人ともご無事ですか? お怪我はありませんか?」
心配そうに見てくるコルホネンに、フェリクスは首を横に振る。
「大丈夫だ。それよりも、ここは危険だと言ったはずだ。ここにいてはいけない、早く戻れ」
「まあフェリクス様、そう慌てずに」
コルホネンはニコニコと声をかけてくるが、イッカの表情は曇った。
イッカは、フェリクスの前に出て背中にかばうように立ち、警戒の色を強める。
「イッカ? どうしたのだ」
「フェリクス様、お気を付けください。何かおかしい」
コルホネンは笑顔を崩さず、困ったように肩をすくめて見せた。
「イッカさん、おかしいとはどういうことですか? 何を警戒なさっているのです。気が動転されているのですね、どうか落ち着いてください」
しかし、イッカはさらに表情を硬くする。
「私は動転してなどいない。貴方の言動は、何かがおかしい。そう…最初からおかしかった。はじめて会った時、貴方は盗賊に襲われて遭難したと言っていましたね。今この周辺は、ベイルマン家の警戒区域となっています。そんな中で盗賊が商隊を襲うとは考えにくいのです」
その言葉に、フェリクスもまた表情を硬くした。
フェリクス自身も、最初にコルホネンに出会ったとき、同じ思いを抱いていたのだ。
そのため二人は、コルホネンと最初に出会った時に怪訝な表情をしていたのだ。
(確かにあの時、私もそこに違和感を覚えたのだよな)
フェリクスは、鋭い視線をコルホネンに向ける。
だが、コルホネンの笑顔は崩れなかった。
「困りましたね、そんなことで私をお疑いなのですか? 私は本当に盗賊に襲われたのですよ。いかにベイルマン家の優秀な魔術師たちが警戒していようとも、取り逃がしてしまう盗賊は存在するはずです。あの手の輩を、完全に駆逐することはできませんからね。私は、たまたま討ち漏らされた盗賊に襲われてしまったのですよ。運がなかったのです」
コルホネンはそう言ったが、イッカの警戒は揺らがない。
「もし盗賊に襲われた商隊があればすぐに報告が上がるはずです。実際、あの日不逞を働いた輩が数名警備所で捕らえられていました」
その『不逞の輩』というのは、ウィルヘルミナ、ザクリス、カスパルが捕まえた刺客たちのことだ。
「ですが、警備所に商隊が襲われたという報告は上がっていなかった。襲われて殺されたはずの商隊の遺体も発見されてはいない。本当にそんな事件があったのなら、警備所では生存者の捜索もします。あなたは、数日間森の中を彷徨って歩いていたと言っていましたが、この近くには、いくつか小さな集落が点在しているのです。日が暮れれば、その集落の明かりをみつけることはさほど難しいことではありません。道も整備されていますし、地理的に、この周辺の森の中で、数日間も迷うはずがないのです」
イッカの指摘に、コルホネンの視線がきらりと光った。
相変わらず笑顔のままなのだが、その笑顔の質が、どことなく変化する。
「やれやれ、疑り深い方々ですね」
コルホネンは、ため息を吐き出しながら髪をかき上げた。
その表情が、がらりと変わる。
「大人しく従っておればよいものを…。下手に賢しいが故、痛い目を見ることになるぞ。後悔するなよ」
そう言ったコルホネンは、口調も態度も豹変していた。
高圧的な口調で、イッカとフェリクスを睨みつける。
イッカは、コルホネンを睨み返したまま剣を引き抜いて構えた。
「フェリクス様、私が隙を作りますので、お逃げください」
「お前を残していけるか。私はお前の主なのだぞ」
フェリクスもまた剣を構える。
「フェリクス様、聞き分けのない事をおっしゃらないでください。この男、かなりの手練れです。私でも足止めができるかどうか…」
イッカは、コルホネンの異様な気配を敏感に感じ取り、表情を硬くしていつでも動けるように腰を低く落とした。
コルホネンは、片方だけ口角を上げ、不敵な笑みを浮かべる。
「逃がすわけがないだろう。ベイルマンの子倅ともなれば、使い道はたくさんある」
コルホネンは、クツクツとのどを鳴らした。
「それに、お前たち抵抗などしてよいのか? 迂闊な真似はしないほうが身のためだぞ」
「どういう意味だ」
フェリクスが問いただす。
すると、コルホネンが邪悪に笑った。
「こちらには、切り札があるのでね」
コルホネンの合図で、仲間の男たちが物陰から現れる。
後ろ手に拘束されたヘリンとヤニカが、男たちの手で引きずり出され、突き飛ばされるようにして地面に転がった。
コルホネンは、腰に差していた短剣を引き抜き、その刃をヤニカの首にピタリとあてる。
二人は猿轡をかまされており、涙をたたえた目でフェリクスとイッカを見つめた。
フェリクスたちは、目を見開いて息をのむ。
「どうです? 大人しく我々に従ったほうが利口でしょう」
フェリクスは、悔しそうにしながら構えを解いた。
そして、口元をきつく噛みしめたまま、武器をコルホネンたちの足元に放る。
イッカも、不承不承それに倣った。
コルホネンはにやりと笑い、男たちにフェリクスとイッカの拘束を命じた。




