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四壁の王  作者: 真籠俐百
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 フローラたち女生徒は、フェリクスとベルンハートを困りきった様子で見比べていたが、フェリクスに名前を呼ばれ、慌ててその後を追おうとする。

 立ち去り際に、ベルンハートに向けて深々と頭を下げた。

「殿下、誠に申し訳ございませんでした」

 フローラたちは、心の底から申し訳なさそうな表情をしている。

 だが、フェリクスに名を呼ばれたためについて行かざるをえず、後ろ髪を引かれながらその場を立ち去った。

 後には、ウィルヘルミナとベルンハートだけが残される。

 ウィルヘルミナは、立ち去るフェリクスたちの見送りながら、その視界にはイッカの背中を捕らえていた。

 その背中を見つめつつ、腕を組んで神妙な顔つきに変わる。

「なあベル、やっぱりオレ、イッカに疑われてると思うんだ…」

 ウィルヘルミナはぽつりともらした。

 ベルンハートも頷く。

「そうだな、今の態度には私も気が付いた。妙な態度だったのは事実だな」

「だろ? でも困ったことに何を疑われてんのかわかんねーんだよ。だってさ、イッカはたぶんオレがイルと会ってたところを見てるんだよ。だからあんな態度してんだと思う。でも、だったら隠れてコソコソと誰に会っていたのか聞くべきだと思わねえ? それを、何も聞かずにただけん制だけしてくるから意味がわかんねーんだよ」

 困惑したように首を捻ると、ベルンハートは肩をすくめる。

「もう少し相手の出方を待ってみよう。あの態度を見る限り、恐らく何かを勘違いしているだけだろうからな」

「やっぱお前もそう思う? だよな、絶対何か勘違いされてんだよな。オレら何か悪だくみをしてるわけじゃねーもん」

 そう言って、不満そうにかすかに唇を尖らせると、ベルンハートが笑った。

「そうだな。お前には、その手の策略をめぐらせることは絶対に無理だからな」

 思わずといった様子で、くっと声をあげて笑うベルンハートを、ウィルヘルミナは横目でにらむ。

「お前、それバカにしてんだろ。失礼な奴」

 ムッとするウィルヘルミナを見て、ベルンハートはさらに笑いを深めた。

 それは、トーヴェやラガス、カスパル、フレーデリクたちが見れば、心の底から驚くに違いない光景だ。

 先ほどフェリクスに対して見せていたような硬質な態度はもはやどこにもない。

 取り繕うことのない素の感情が垣間見えていた。

 屈託なく笑うベルンハートは、笑い涙のにじんだ目じりをぬぐう。

「まあ誤解であることは、十中八九間違いないのだし、いつか分かってもらえるのではないか? お前に関しては、そういう部分の心配はしていないからな」

(ん?)

 ウィルヘルミナはとっさに意味が分からず、首をかしげた。

「それどういう意味だ?」

「お前と接する機会が増えれば、お前の性分はいずれ理解されるということだ。良くも悪くも、お前は正直だからな。人間関係がこじれるような心配はしていない」

 心からの微笑みを向けられ、ウィルヘルミナは面食らう。

(いつもこうやって素直になればいいのに…。特にさっきのフェリクスへの態度なんか最悪だったからな)

 ウィルヘルミナは、頬を指で掻いた。

「お前さ…マジで損な性分だよな。わざわざつっかかって、自分から敵を作るような言動ばっかりしてんだから…。なんでそうなんだよ。いつも自ら進んで誤解されて敵ばっか増やしてさ。絶対損してるぞ? ちゃんと説明すれば、もうちょい理解されるだろうに。それに、たぶんフェリクスはいい奴だからな? 誤解を解くことができたら絶対にいいダチになれんぞ」

 その言葉に、ベルンハートは突然笑みを消し、不貞腐れたようにふいと横を向く。

「別に今のままで不便はない。友人ならお前がいるだろう。それに、お前は私の言わんとしていたことを理解してくれている。だからいいんだ」

 ふくれっ面で、ぽそりと吐き捨てるような感じで言った。

「っ!!」

 ウィルヘルミナは驚き、思わず息をのむ。

(ぐぁ!! 何、今の? つまりオレが理解してれば、他の奴に誤解されてもいいって言ってんのか? こいつリアルツンデレだな。ちょっと今のはキたわ)

 不覚にもつい可愛いと思ってしまった動揺を隠すように、コホンと咳を一つした。

「あー、ええっとだな。そう言ってもらえるのはうれしいけど、でもオレは、お前が誤解されっぱなしなのはいやなわけ。だから少しは歩み寄る努力をしろよ」

「断る」

 ベルンハートは、またしてもそっぽを向く。

「ベル!!」

 怒ったように名を呼ぶが、しかし、ベルンハートは聞こえないふりを決め込んだ。

 やがて、ウィルヘルミナは諦めたようなため息を吐き出す。

「ベル…マジでお前はもっと言い方を考えたほうがいいからな。さっきのはただ喧嘩売ってるだけにしか聞こえねーかんな」

 諦め半分の説得を試みるが、ベルンハートは小ばかにしたように鼻を鳴らして返した。

「あれ以外にどう言えばいいというのだ。理解力が足りないほうに問題があるのではないか」

 ウィルヘルミナは目をむき、思わず絶句する。

(マジか、こいつ自覚がねえのか!? 絶望的だな)

「お前さ、そんなにも周囲に対して気遣い皆無の鈍感じゃ、友達も出来ねーし女の子にもモテねーぞ」

 すると、ベルンハートが心底怪訝な顔をした。

「なぜ女にもてる必要があるのだ?」

 本気で問い返され、ウィルヘルミナは思わず『はあっ!?』と声を上げた。

(くそ、こいつ自分はモテるから、そんなこと関係ないって意味か? 自慢かコノヤロー)

「普通はモテたいだろ!? 可愛い子と付き合えたら嬉しいだろうが!」

 すると、ベルンハートは顎をつまみ、真顔で考え込んだ。

「つまりお前は、もてたいということか。可愛い女と付き合うために」

「悪いか!?」

「そんな発想、持ったことがなかったな」

「このやろー。それは、自分がモテてるって自慢か!? そうなのか!?」

 ベルンハートは、腕を組んだまま呆れたようなため息をつく。

「なぜそうなる。お前の思考は短絡的で、実に馬鹿馬鹿しいな」

「お前はカッコつけすぎ! 男なんて結局はそこだろ!?」

 ベルンハートは、心底あきれ顔でウィルヘルミナを見た。

「だから先ほども言ったが、そんなことは考えてもいなかった。もてたいなどとは思ってもいない」

 本気で言っているらしいその言葉に、ウィルヘルミナは思わず絶句する。

「お前……それで大丈夫か? それ、男として終わってねーか?」

 ウィルヘルミナは真剣に心配になってきた。

「第一そんな恋愛音痴で結婚はどーすんだよ!?」

 ベルンハートは、さらに怪訝な表情に変わる。

「結婚? 結婚に恋愛は関係ないだろう」

「へ?」

「私の場合、生まれて三か月で婚約者が決まっていた。結婚に、恋愛感情など必要ないだろう」

 当たり前のように言って、ベルンハートは真顔で首をかしげた。

 ウィルヘルミナは驚きに目を見開く。

(そうだった…こいつ正真正銘本物の王子様だった!!)

「レイフ、お前に婚約者はいないのか?」

 ウィルヘルミナは我に返り、鳥肌がたった状態で目をむいた。

「んなもんいねーよ!! 気色わりー!!」

 思わず両手で自分の体を抱きしめる。

 すると、今度はベルンハートが意外そうに眼を瞬いた。

「意外だな。お前は貴族だろう? その年なら、すでに婚約者が決まっていて当たり前だと思っていたが…。それにしても、話が矛盾してるな」

「へ? 矛盾? どこが?」

「先ほどお前は、女にもてたいと言っていた。にもかかわらず、婚約者を気色悪いという。お前は女が好きなのではないのか? それとも嫌いなのか? どっちだなのだ?」

(あ)

 ウィルヘルミナは素で固まった。

 ベルンハートは、呆れ顔の半眼になって鼻をならす。

「やはり、結局はお前も、口では色々と言っていても、本当に女が必要なわけではないのではないか。人のことを『終わっている』などと言って馬鹿にするものではないぞ」

(ちがう、オレの場合『婚約者=男』になっちまうんだよ!! 男なんて欲しかねーよ!!)

 ウィルヘルミナは、ビキリと額に青筋を浮かべた。

「オレにはオレの事情があんの!! それ以上聞くな!!」

 ウィルヘルミナはフンと鼻を鳴らしてそっぽを向く。

「話題を振ってきたのはお前の方ではないか」

 ベルンハートは、不条理さを覚えて眉を顰めた。

 ウィルヘルミナ自身も、八つ当たりをしている自覚はあったので話題をそらす。

「てかさ、お前その婚約者とは今どうなってんだ? 教会魔術師でも在俗聖職者なら結婚できるんだよな。その婚約者と結婚すんのか?」

 ベルンハートは、呆れた様子で顔をしかめた。

「お前、今の私の状況を、きちんと理解できているのか? 私は廃嫡された身だぞ。いったいどこの貴族が、廃嫡された男に娘を嫁がせるというんだ。婚約ならばとっくに解消になっているに決まっているだろう」

「そうなのか!?」

 ウィルヘルミナの驚きように、ベルンハートは心底あきれる。

「あたりまえだ」

「そっか…、その…悪かったな変なこと聞いて。でもお前なら、もっといい子に出会えるからさ。あんまり落ち込むなよ」

 本気で慰めてくるウィルヘルミナに、ベルンハートは小ばかにしたような笑いを返した。

「落ち込むも何も、何年も前に一度会ったきりの相手だ。思うところなど何もない。むしろ解消してホッとしているくらいだ」

「そうか、ならよかった」

 心底安堵した微笑みを浮かべるウィルヘルミナに、ベルンハートは毒気を抜かれる。

 つられて、苦笑交じりのほほ笑みを浮かべた。

「お前は本当に変わったやつだな。お前と結婚する女は幸せだろうな。お前ならきっと、伴侶を大事にできる」

「なんだよそれ、お前だってやればできるだろ? ガキのくせに変な達観してんじゃねーよ。お前はさ、考えようによっちゃ、かえって気楽な立場になれたんだから、今度はちゃんと好きな相手見つけて、幸せな結婚しろよ」

 するとベルンハートは面食らった表情に変わる。

「幸せな結婚? 私がか?」

「そーだよ、何驚いた顔してんだよ」

「そんな先のこと想像もしていなかったからな」

 そこで、ウィルヘルミナはハッとした表情に変わった。

(ああそうか、ベルは命を狙われてるんだった。きっと今の目の前ことだけで手いっぱいなんだ。未来を思い描くゆとりもないほどに)

 理不尽なベルンハートの立場を認識すると、遅ればせながらやるせなさと憤りを覚える。

(殺伐とした状況に身を置いてるせいで、将来を想像することもできねえのか。ひでえ話だな。ベルには幸せになる権利があるのに…。オレがそれをわからせてやらねーとな。幸せな未来を手に入れること、絶対に諦めさせたくなんかねえ。オレがベルを守って未来を思い描けるようにしてやるんだ)

 ウィルヘルミナは強くこぶしを握り締めた。

「じゃあ今想像してみろよ! お前には、楽しくて幸せな将来が待ってんの!! オレがついてるんだから大丈夫だ。絶対に幸せになれる!! わかったな!!」

 怒ったようにまくしたてるウィルヘルミナに、ベルンハートは一瞬驚いた後、一拍遅れて噴き出す。

 声を上げ、肩を上下させて笑った。

「何笑ってんだよ。オレ、変なこと言ったか?」

 真面目に言ったというのに、その覚悟を笑われたことに、ウィルヘルミナはムッとする。

 だが、ベルンハートは、笑い涙をにじませて首を横に振った。

「いいや、そういうつもりではない。ただお前らしい意見だと思っただけだ」

「なんだよそれ、またバカにしてんのか?」

「違う。そうではない」

 ベルンハートは、笑いを収めて穏やかな微笑みを浮かべる。

「そうだな、お前がこの先も友人でいてくれたら、きっと私も楽しい人生を過ごせると思う。ずっと私の友人でいてくれレイフ」

 心からの笑みを浮かべるベルンハートに、ウィルヘルミナは一度目を見開いた。

 そして、少し照れた様子で微笑み返す。

(こういう素直なことも言えるのに…マジで損な奴…)

「おう、まかせろ」

 照れ隠しにそう言って、得意げに胸をたたいて見せる。

(しかし、友達か…。ベルにはいつかオレが女であること話さねーとな。その時ベルはどんな反応するのかな…)

 ふと脳裏をよぎったその思いに、チリリと胸が痛んだ。

 話せばこの関係が崩れるかもしれない。

 だが、それはいつか話さねばならない事実だった。

 男と女の間に友情が成立するのか。

 正直に言って、前世の経験をひっくるめて考えてみても、いまだに答えを見つけることができていない難問だ。

 ましてや、この世界の価値観の特殊性を思えば、さらに難しく思えてならなかった。

 ウィルヘルミナは、自分が女性であることを黙っていることが、今はひどく後ろめたく思えてならない。

 いつか必ず自分の口から打ち明けることを誓いつつ、今はその思いをそっと胸に秘めた。

 その後は、他愛ない話をしながら二人で皆を待っていた。

 そこに、フェリクスがイッカを伴い戻ってくる。

 フェリクスは、気まずそうな顔でベルンハートの前に立った。

 ベルンハートが、怪訝な表情で見返していると、フェリクスは微妙に視線をそらしながら口を開く。

「先ほどは悪かった。冷静になってみると、貴公の言にも一理あることに気が付いた。悪かった」

 少しぶっきらぼうに告げられた言葉に、ベルンハートは軽く目を見開いた。

 やがて、ベルンハートも少しばつが悪そうに口を開く。

「私も言い方が悪かった。すまなかった」

 ウィルヘルミナはフッと笑った。

(よかったなベル。それに、フェリクスもやっぱり素直でいい奴だな)

 ウィルヘルミナは、そんな二人を微笑みを浮かべて見守っている。

 その時イッカはというと――――。

 少し離れた場所からまたしてもウィルヘルミナのことをじっと観察していた。

 だが、ウィルヘルミナたちはフェリクスに気を取られて気づくことはなかった。


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