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四壁の王  作者: 真籠俐百
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 コルホネンを保護したその後の行程は、順調だった。

 ウィルヘルミナが出発直前に感じていた――――イッカのものではない――――不快な視線を特に感じることもなく、問題なくパルタモに向かっている。

 ウィルヘルミナたち一行には、コルホネンも同行することになっていた。

 行きがかり上、途中でコルホネンを放り出すわけにもいかず、行き先が同じパルタモであることもあって、同行することになったのである。

 コルホネンは、商人であるせいか人当たりが良く、話術も巧みな男で、生徒や教師たちの中にすぐに溶け込んでいった。

 ウィルヘルミナたちが調理をするときには、率先して手伝いをしてくれ、生徒たちにせがまれると、自分の旅の話を披露するなどして、もはや長い間一緒に旅をしていたかのような錯覚を起こすほどに馴染んでいる。

 とにかく、人の懐に入るのがうまいのだ。なるべくして商人になったような男である。

 ウィルヘルミナが食事の片づけをしていると、コルホネンがさりげなく手伝いをはじめた。

 せっかくの手伝いなのだが、ウィルヘルミナは少々困っていた。

 立場上あまり周囲の人間と接点を持たないように心がけていたのだが、コルホネンの方がそれを許してくれず、世話を焼きたがるので困っていたのだ。

 コルホネンは、ウィルヘルミナの迷惑そうな態度に気づかないのか、なにかにつけて積極的に話しかけてくる。

 対してウィルヘルミナはといえば、返事は必要最小限にとどめ、あれこれと詮索される前にさりげなくかわしてその場を離れるのが常だ。

 いつもならば、うまく頃合いを見計らって詮索が始まる前に逃げていた。

 しかし、今日のウィルヘルミナはめずらしく失敗することになる。

 なぜなら、コルホネンの持ちかけた話題が、北壁に絡む内容だったからだ。

「そういえばレイフさん、あなたは北壁の方ですよね」

 普段なら、出自に関わるような話はさける。

 しかし、外見が外見なのだ。この質問の言い逃れはできない。ウィルヘルミナは観念して答えた。

「はい、そうです」

「では、最近、北壁の前当主ラウリ公が行方知らずだというお話はご存知ですか?」

 ウィルヘルミナはびくりと肩を震わせる。

 この問いかけには動揺を隠すことができず、目を見開いてコルホネンを振り返った。

 いつものように一線を引き、取り繕った態度をすることができず、素で問い返す。

「それは本当ですか?」

「おや、ご存じなかったのですか?」

 コルホネンは、意外だったと言わんばかりに片眉を上げた。

「巷はこの話でもちきりですよ。なんでもラウリ公が、現ご当主のご嫡男を毒殺しようとしたとか…。現ご当主のエイナル様は、自らラウリ公の討伐に向かったそうですが、到着したその時にはすでに屋敷はもぬけの殻。ラウリ公はいまだに行方が知れないそうです。そのため、エイナル様はトゥオネラ中にラウリ公を逆賊として手配をしたそうです。おかげで、ラウリ公は今ではお尋ね者。前ノルドグレン当主ともあろうお方が、孫を殺そうとするなんてひどい話です」

(そんなはずはない!! 御爺様は、子供を毒殺するような卑怯な真似絶対にしない!!)

 ウィルヘルミナは、悔しさのあまり唇をかみしめる。

 コルホネンは、そんなウィルヘルミナの変化に気づかないのか話をつづけた。

「ラウリ公は、亡きご長男のご息女を当主にしたいとお考えだったようですね。そのため、両目が神獣目であるカレヴィ様が邪魔になり、亡きものにしようとした。高潔な方として知られていたラウリ公がそんな真似をなさるなんて…。やはりあの方も人の子だったのですね」

 コルホネンは、残念だとしみじみとつぶやく。

 ウィルヘルミナは、ぎゅっとこぶしを握り締めた。

(勝手なことを!! 御爺様はそんな人間じゃない! いつだって公正で常に自分に厳しい人だ! あの人がそんな馬鹿な真似するわけない!! どうしてそんな悪質なデマを流されなきゃならないんだ!?)

 ウィルヘルミナは、怒りに体を震わせる。

 しかし、すぐに怒り狂うその思いに蓋をして、無表情の仮面をかぶった。

 無言のまま立ち上がり、なおも話を続けようとするコルホネンの言葉を遮る。

「申し訳ありませんが、用事を思い出したので失礼いたします」

 無意識のうちに怒りが言葉に滲み出し、ウィルヘルミナはひどく冷たい声に変わっていた。

 コルホネンは、驚いた様子で立ち上がったウィルヘルミナを振り仰ぐ。

 その表情を見て、さらに目を見開いた。

「何かお気に障ることでもありましたか?」

「いいえ」

 ウィルヘルミナは、かたい声と表情でこたえる。

 そこから何かを覚ったコルホネンは、気まずそうに首の後ろを撫でた。

「どうやらご気分を害してしまったようですね…。世間話が過ぎました。申し訳ございません」

 ウィルヘルミナは首を横に振り、つとめて平静な声を出す。

「いいえ、では失礼いたします」

 声をかける間もなく素早く踵を返して、その場を後にした。

 ウィルヘルミナの心には、やり場のない怒りがこみあげてくる。

 その怒りが、普段ならばとらないはずの行動を、ウィルヘルミナにとらせてしまっていた。

(なんなんだよ、あのでたらめな噂は!? それに御爺様が行方不明? 先生はそれを知ってんのか? 知っててオレに黙ってるのか!?)

 ウィルヘルミナは、イヴァールの姿を探しはじめる。

 そして、生徒たちと話をしているイヴァールを見つけ出し、射抜くように見つめた。

 その強い視線に気づき、イヴァールはすぐに顔を上げる。

 ウィルヘルミナと目が合うと怪訝な表情に変わった。

(先生、あとで話があるから!!)

 ウィルヘルミナは目だけで合図を送る。

 しかし、イヴァールは周囲を気にしながら、それとなく不自然にならないように首を横に振って返した。

(なんでだよ。どうしていつもオレには何も教えてくれねーんだよ!?)

 ウィルヘルミナは、白くなるほどこぶしを強く握りしめる。

 結局、それ以降イヴァールと視線が合うことはない。

 ウィルヘルミナは、怒りに任せて荒々しい動作で踵を返した。

 その姿を、こっそりと見ている者がいることにも気づかず、荒っぽい足取りでその場を離れていった。



「どうしたレイフ、ずいぶんと機嫌が悪いようだな」

 不貞腐れた様子で座り込むウィルヘルミナを見て、ベルンハートが声をかけてきた。

「別に…機嫌悪くなんかねえよ」

 ウィルヘルミナは、地面に胡坐をかいて座り込み、膝に肘をついてその上に顎を突き出すように乗せている。

 とてもではないが、大丈夫なようには見えない。

 むっつりと答えたウィルヘルミナの隣に、ベルンハートもまた座り込んだ。

「何があった。話してみろ」

「だから、なんもねーって」

「私では、相談するには不足か?」

 ウィルヘルミナは、ちらりとベルンハートを一瞥する。

 真摯な表情で答えを待つベルンハートを見て、ウィルヘルミナはため息をついた。

 ぐしゃぐしゃと自分の髪をかき回す。

 そうやって怒りを逃がすと、自分を落ち着かせるようにもう一度息を吐き出した。

「わりい。心配してくれてんのはわかるんだけど、でも言えねーんだわ」

「そうか…」

 ベルンハートは、それ以上何も言わず、ただ側にいる。

 言葉はなかったが、温かい何かを感じた。それは、励ましにも似た何かだ。

(くそ、だせーなオレ。子供に気を遣わせるなんて何やってんだよ。情けねえ)

 おかげで、ウィルヘルミナは一気に頭が冷える。

(よく考えると、さっきの行動はまずかったな。せっかく今まで先生との関係をうまく隠してきてたのに、危うく全部だめにするところだった)

 自分の行動の迂闊さに、今更ながらウィルヘルミナは気づかされた。

 イヴァールがこうまで徹底して駄目だというからには、やはり監視の目が厳しいとみて間違いない。

 それに、イヴァールの態度からして、ラウリが危機的な状況にあることも考えにくかった。

 巷で噂になるような話を、イヴァールが知らないはずもない。

 それに、もしラウリが窮地に陥っているのなら、イヴァールは何を差し置いても救出に向かうはずだ。だから、ラウリに差し迫った危険があるとは考えにくい。

 ラウリにしてみても、ウィルヘルミナが助けるなどと言っては鼻で笑うに違いなかった。

 ラウリは、ウィルヘルミナにとって目標のような存在。

 誰よりも強い魔術師なのだ。

(御爺様なら、きっと大丈夫だ。殺したって簡単には死なねえくらいしぶとそうだもんな)

 ウィルヘルミナは自分自身にそう言い聞かせ、気持ちを切り替えて立ち上がる。

 尻についた砂を叩き落しながら、ベルンハートを振り返った。

「ベル、ありがとな。もう大丈夫だから」

 ニカッと笑って見せる。

 ベルンハートも、微笑みを浮かべながら立ちあがった。

 しかし、素直じゃないのがベルンハートの性分。

 ウィルヘルミナに向けて、わざとらしく肩をすくめて見せた。

「私は何もしていないぞ。礼を言われるような筋合いはない」

「お前、マジで可愛くねーよな。オレがせっかく礼を言ってんだから、素直に受け取っとけよ」

 ウィルヘルミナがベルンハートを小突く。

 ベルンハートは、それを軽くかわしながらすました顔でウィルヘルミナを見た。

「可愛くなくて結構だ。私は男だからな」

 いつぞやのやり取りを持ち出して、ベルンハートはやり返す。

 顔を見合わせた二人は、どちらからともなくふっと笑った。

 そこには、しっかりとした信頼関係が横たわっていることがうかがえる。

 ベルンハートは、微笑みを浮かべたまま口を開いた。

「そろそろ出発の時間だ。行こう」

「だな。もし遅刻したりしたら、フェリクスの時とは違って、オレたちの場合絶対にいやみ言われっからな」

「違いない」

 そうやって笑って軽口を言い合いながら、集合場所へと向かった。


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