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四壁の王  作者: 真籠俐百
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 夜になっても、ウィルヘルミナの気持ちが晴れることはなかった。

 まんじりともせず、寝返りばかりをうつ。

 同じ天幕内には、他の男子生徒たちもいたが皆熟睡している様子だ。

 天幕とはいっても、夜露をしのぐために布を屋根代わりに張っただけの簡素なもの。隣の天幕で眠る生徒たちの顔まで見えてしまうような代物だ。

 一人目が冴えわたってしまったウィルヘルミナは、そっと起き上がり、周囲に気を配りながら外に出た。

 そして、少し離れた場所で一人岩に腰掛け、澄み切った夜空を見上げる。

 するとイルマリネンが声をかけてきた。

「眠れないのか」

 ウィルヘルミナは答えない。

 だが、イルマリネンは気にする様子はなかった。ウィルヘルミナの隣に腰掛ける。

「今日はずっと渋い顔をしていたな」

 ウィルヘルミナは、そこでようやくため息を吐いた。

「お前、昼間までオレのこと見張ってたのかよ」

「警護だ。お前に頼まれていたからな」

 得意げにイルマリネンが返す。

 確かに、イルマリネンにはベルンハートの警護を頼んであった。

 しかし、あくまでもベルンハートの警護であってウィルヘルミナの警護ではない。

(頼んだのはオレの警護じゃねーだろうが)

 そんなことを思っていたが、口には出さなかった。

「で? どうだった? 不審な動きをしている人間はいるか?」

 今回の後方支援に生徒を派遣する任務には、違和感しか覚えられない。

 誰かが、意図的にベルンハートを危険な場所へ向かわせようとしているように感じられてならないのだ。

「怪しい動きをしている人間はいなかった。ただ――――」

 そこまで言って、イルマリネンは森の奥に視線を向ける。

「なんだよ、変なところで止めんなよ。気になるじゃんか」

 イルマリネンは、再びウィルヘルミナに視線を戻した。

「向こうで、例の二人が小僧を狙う刺客を相手にしている」

 ウィルヘルミナは、慌てて立ち上がる。

「お前、それを早く言えよ! イル、ベルのことは頼んだからな!」

 言いおいて、風のように走り出した。

「全く忙しい奴だな」

 イルマリネンは、不服そうにこぼしつつも、言われた通りにその場に残ってベルンハートを見守った。



 イルマリネンと別れたウィルヘルミナは、風のように森の中を走り抜ける。

 先ほどイルマリネンが『小僧』と言ったのはベルンハートのことで、『例の二人』と称したのはザクリスとカスパルのことだった。

 ザクリスとカスパルは、ウィルヘルミナたちと一緒にラハティを出て、一行とつかず離れずの位置で二人を見守っていたのだ。

 ウィルヘルミナは、イルマリネンが見ていた方向に迷いなく突き進み、やがて複数の男たちと戦うザクリス、カスパルの姿を発見した。

 敵の一人が、ザクリスとカスパルに向けて魔法を放ったのを見て、ウィルヘルミナは地界九位魔法を唱える。

「アフ・プチ」

 その刹那――――。

 二人を守るように、突如土壁が出現した。

 それで二人はウィルヘルミナの存在に気付く。

「レイフ君」

 ウィルヘルミナは軽くうなずいて答えると、続けて闇界十位魔法を唱えた。

「コアトリクエ」

 その呪文を聞いて、ザクリスとカスパルは意外そうな表情でウィルヘルミナをみやる。

 刺客たちにいたっては、あざけるように笑いながらウィルヘルミナを見た。やれるものならやってみろと言わんばかりの表情だ。

 しかし――――。

 パリンと何かが壊れる甲高い音が次々に鳴り響いたかと思うと、嘲笑を浮かべていたはずの男たちが、突如糸の切れた操り人形のように次々と意識を失って倒れていく。

 ウィルヘルミナが唱えた魔法『コアトリクエ』は、対象を眠らせる魔法だったのだ。

 そこにいた十人程度の男たちすべてを、魔法で眠らせ終えると、ザクリスとカスパルに視線を移す。

「二人とも大丈夫? 怪我はしてない?」

「大丈夫ですよ。それにしても、相変わらず規格外のことをしますねレイフ君は」

 ザクリスは、呆れ気味の表情でため息を吐き出した。

 今の行動の、いったいどこが『規格外』だったのかというと、それはウィルヘルミナの魔法の威力にある。

 通常こういった暗殺行為を生業とする人間は、たいてい状態異常を引き起こす魔法には対策を講じてある。

 毒や睡眠など、下位の闇界魔法は効かなくて当たり前なのだ。

 だから、睡眠魔法『コアトリクエ』を唱えた時に、ザクリスたちは意外そうな表情に変わり、そして刺客たちは馬鹿にするように笑ったのだ。そんな魔法が自分たちに効くはずがないという意味を込めて。

 だが、結果はといえば、もはやいわずもがな。

 刺客が用意してあった魔法具は、ウィルヘルミナの魔法の威力に負けて破壊され、男たちは強制的に眠りに落とされることとなったのだ。

 カスパルも、信じがたい光景を見せつけられ、呆然とウィルヘルミナを見つめている。

「魔法具を力業で壊して眠らせるなんて行為…私は初めて見ました」

 ウィルヘルミナは肩をすくめた。

「魔法具が、安物だったんじゃねーかな」

 魔法具の強度や耐用年数は、作り手の金界魔術師の腕に大きく左右される。

 安価な粗悪品は、普通に使っているだけでも、数回使ったら何もせずとも効力が消えてしまうのだ。

 しかし、作り手の金界魔術師の腕が良ければ、半永久的に使える。

 ザクリスほどの腕があれば、数百年使うことのできる魔法具を作り出すことが可能なのだ。

 とはいえ、どんなに素晴らしい魔法具であっても、破壊されれば魔法具としての効力は失われてしまう。

 たとえ硬い素材を使っていても、物理的に壊してしまえば魔法具としての機能も破壊されてしまうのだ。

 だから魔法具は石や金属製のものが多いのだ。

 今回のウィルヘルミナの場合は、物理的に破壊するのではなく、魔法の負荷をかけることで魔法具を破壊するという規格外の手法を用いていた。魔法具の防御能力以上の魔力を注ぎ込むことで、魔法具としての機能を破壊してみせたのだ。

 こういう荒業をできる人間はまずいない。

 例えるなら、小指で石壁に穴をあけるようなものだ。

「オレだって、ザクリスさんが作った魔法具だったらたぶん壊せねーよ」

 ザクリスは、胡乱な表情で首を横に振る。

「どうでしょうね。たとえ私が作った魔法具であっても、レイフ君が本気で壊そうと負荷をかけたら壊れるかもしれません。先ほどのレイフ君を見たら、自信がありませんよ」

 ため息交じりにそう言った。

「それにしても、あれだけの魔力を使っても、魔力切れを起こさないんですね…。いったいどうなっているんですか、レイフ君は」

 ザクリスは呆れ顔で言いながら腕を組んだ。

「だから、魔法具が大したことなかったんだってば。そんなことより、こいつらのことどうする? 尋問する? それともここの領主に突き出す?」

 ザクリスとカスパルは顔を見合わせる。

「尋問したところで、口を割るかどうか…」

 カスパルの話に、ザクリスもうなずいた。

「そうですね。依頼主の名を白状させることは難しいでしょう。聞いたところで、果たしてこの程度の輩が依頼主の名前を知っているかどうか。それも怪しいでしょう。ですが、念のため話を聞いた後で、我々が警備所にでも引き渡しておきますよ」

 処分を決めてから、ウィルヘルミナに視線を戻す。

「ところでレイフ君、ベルンハート殿下の傍にいなくて大丈夫なのですか?」

「うん、警護は頼んであるから大丈夫だよ」

 そう請け負ってから、ウィルヘルミナは表情を曇らせた。

「あのさ、ザクリスさん。やっぱり今回の後方支援部隊の件てさ、ベルを狙った罠なのかな」

 ザクリスは考え込むように顎をつまむ。

「はっきりとは言えませんが、その可能性は高いと思います。後方支援と銘打っているとはいえ、過去に教会が生徒を壁蝕の討伐に派遣したなどという前例はありません。ベルンハート殿下の参加が強制的であったということも不可解です。何か作為的なものを感じます」

 ザクリスの意見を受けて、カスパルは視線を伏せた。

「今回の件、亡き王弟殿下の壁蝕討伐参加の経緯に似ています」

「王弟殿下というと、ヘルゲ殿下のことですか?」

 ザクリスの問いかけに、カスパルはうなずく。

「私が王宮勤めをしていた時には、すでに殿下がお亡くなりになってからかなりの時間が経っていたので、真相まではわかりませんが…。人づてに聞いた噂話では、陛下がヘルゲ殿下をお厭いになり、無理やり理由を作って壁蝕の討伐に参加させ、殿下のお命を奪ったのだとか…」

 ウィルヘルミナはふむと考え込んだ。

(確かに、似てなくもねーな)

「なるほど、興味深い話ですね。今回の派遣が、アードルフ国王の差し金であるかどうか、現時点ではわかりませんが、とにかく警戒しておいて間違いはありません」

「うん、オレもそう思う。ただこいつらは王様が送り込んだ刺客で間違いねーと思うんだよな」

「そうですね。盗賊には見えませんし、生徒たちを襲う道理もありませんからね」

 そこでウィルヘルミナはふと考え込む。

「なあザクリスさん、オレは、この前学校の訓練場で発動した魔法具は、ベルを狙って仕掛けられたものだと思ってるんだ。あの魔法具でベルを殺し損ねたから、今回の手を考えてきたのかな?」

 ザクリスは、しばし考え込んだ。

「そうですね…そうかもしれません。はっきりとは言い切れませんが、たぶん訓練場の件は小手調べだったのではないかと思います」

「小手調べ?」

 ウィルヘルミナは首をかしげる。

「敵は、周到に用意したはずのロズベルグ邸の罠で謀殺に失敗し、その原因を探っていたはずです。新たに罠を仕掛けようにも、ロズベルグ邸の警護は鉄壁ですから、今度は場所を移して次の罠を仕掛けようとした。ですが、敵側には、レイフ君という未確認の懸念材料があるわけです。その懸念材料が誰であるのかを見極めるために、あの罠を仕掛けたのではないかと思うのです」

(つまり、オレはまんまと罠にはまったってことか?)

 ウィルヘルミナは呆然とザクリスを見つめる。

「敵は、レイフ君の力量を測るためにあの罠を仕掛けた。今度は、あの訓練場で経た情報をもとに、レイフ君への対策を練ってくる可能性があります」

 ウィルヘルミナは、固く口を引き結んだままザクリスを見上げていた。

 心配そうに見つめてくるウィルヘルミナを安心させるように、ザクリスはその頭を撫でる。

「大丈夫ですよ。あの件では、まだこちらの手の内を明かしきってはいませんから。ただレイフ君の存在は相手に知られてしまったはずです。今後は、できるかぎり魔法を使うことを避けたほうがいいかもしれません。これ以上レイフ君の情報を集められるのは得策ではありませんから」

「そっか…わかった、気を付ける。あとさ、ザクリスさん、もうひとつ聞きたいことがあんだけど」

「何ですか?」

「ザクリスさんは、もうイヴァール先生と何か話した? オレ、先生と全然話ができなくてさ。たぶん何か事情があるんだろうけど、その理由さえも聞けてない状態なんだよ」

 イヴァールとの再会できてはいても、一度も話をできていない現状をザクリスに訴える。

 ザクリスは『ああ』と小さくうなずいた。

「実は今、イヴァールには監視が付いているんですよ」

「監視!? なんで!?」

 ザクリスは吐息をつく。

「私もまだ話をできていないので、手紙でさわりを聞いただけなのですが、イヴァールは、今回ラハティに来るために、かなり強引な手を使ったようなんです。何しろレイフ君のラハティ行きが決まったのは急でしたからね、前もって準備ができなかったんです。そのため、イヴァールの動きが、余計な輩に興味を持たれてしまった。おかげで監視がつき、彼も身動きが取れない状況なんですよ」

(そうか、修道士の先生が教会学校の教師として赴任するなんて、誰か教会内で権力を持っている人の口利きがなきゃ無理だもんな。そのせいで藪をつつくことになったってわけか)

「下手にレイフ君に接触して、今、レイフ君に興味を持たれるわけには行きませんからね。イヴァールもその辺りの配慮をしているんですよ」

 この時、ウィルヘルミナは自身がラウリともども北壁から手配されるお尋ね者になっていることをまだ知らない。

 ザクリスは、ウィルヘルミナが現在置かれている状況を知っていたのだが、この場にはカスパルもいるため、その事実に触れることができなかった。

「とにかく、レイフ君はできる限り魔法を使わず目立たないようにしてください。イヴァールとの接触も控えてくださいね」

 居場所を覚られないようにと注意を促すことしかできない。

 果たしてそれがどこまで通じたものか、ウィルヘルミナは神妙な顔でうなずいた。

「わかった」

 そして、ほんのりと白みはじめた空を見上げて慌てる。

「やべ、オレもう戻らねーと。じゃあ、オレはもう帰るから。後はザクリスさんたちに任せた」

「わかりました。気を付けて」

「うん、ザクリスさんたちも気を付けて」

 そう言い残すと、ウィルヘルミナは再びベルンハートたちの元へと戻った。


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