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四壁の王  作者: 真籠俐百
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 学長室から教室に戻ると、ウィルヘルミナとベルンハートの姿を見つけたフェリクスが、すぐに近寄ってきた。

「学長室に呼ばれたのだろう? いったい何の話だったのだ?」

 人前で堂々と問いかけてくる。

 パトリクは、面白そうにそのやり取りを眺めていた。

(人前で堂々と聞いてくるとか…。相変わらず気遣いゼロだなこいつ。もうちょっと空気読めよな)

 ウィルヘルミナは頭痛を覚え、内心でため息を吐き出していたが、しかし、それを表には出さない。

 無表情の仮面を張り付け、静かにベルンハートの後ろに控えていた。

 問いかけられた当のベルンハートはというと、あからさまなため息をついて見せる。

「貴公に教える義務も義理もない。そこを通してもらおう」

 そっけなく返し、フェリクスとパトリクの横を通り過ぎた。

 するとフェリクスは、今度はウィルヘルミナに視線を向けてくる。

 ベルンハートの後についていこうとしたウィルヘルミナは、フェリクスの視線によって足を止められた。

「学長室では、何の話だったのだ、レイフ」

 その言葉を耳に拾ったベルンハートは、ピクリとほほを引きつらせながら足を止めて振り返る。怒りを滲ませてフェリクスを見つめた。

 一方声をかけられたウィルヘルミナはというと、興味津々といった表情のフェリクスに内心でげんなりしながらもそれを表には出さず、恭しい動作でひざを折った。

「フェリクス様、私の口からそれをお伝えすることはできません。お察しください、どうかご容赦を」

 すると、フェリクスは困ったように鼻の頭をかく。

「レイフ、私に対してそのような堅苦しい挨拶は必要ないぞ。確かに私はベイルマンに連なる人間だが、今は教会学校で学ぶ一生徒に過ぎない。できればかしこまった態度はやめてほしい。お前たちとは仲良くしたいのだ」

「そうは申されましても、私はただの従僕。フェリクス様に気安い態度をとれるような立場にはございません。これもお察しください」

 身分が違うのだ。

 そう伝えたのだが、それでもフェリクスは引かない。

「お前は頭が固いな。いいさ、すぐに打ち解けてもらえるとは思ってはいない。けれども、私はお前たちと友人になりたいのだ。だから諦めないぞ」

(友達か…できればベルの友達になってやってほしいんだけどな)

 ウィルヘルミナはちらりとベルンハートをみやった。

 ベルンハートは、むすっとした顔のまま、それでも足を止めてウィルヘルミナを待っている。

 ウィルヘルミナは、律義に待ってくれているベルンハートを見て思わず苦笑した。

 そしてすぐに表情を引き締めなおす。

 ウィルヘルミナは、いつまでこの学校にいられるのかわからないのだ。

 いなくなった後のことを考えると、ベルンハートには頼れる存在――――友人が必要に思えた。

(フェリクスはベイルマンの人間だからな…。もしもトゥルク王国と四壁が対立した時に、ベルの力になってくれるかどうかは微妙なんだよな…)

 むろん、そういうしがらみを超えて助けてくれるような友人関係にまで発展させることができれば問題はないのだが、当のベルンハートにその気があるかどうかも微妙だった。

 なぜなら、ベルンハートはフェリクスに対して、始終取り付く島もないけんもほろろな対応をしているからだ。

(ったく手のかかるやつだよな。あとで説教しねーとな)

「行くぞ、レイフ」

 ベルンハートに促され、ウィルヘルミナはフェリクスにもう一度礼をとる。

「フェリクス様、申し訳ございませんが失礼いたします」

「ああ、また後でなレイフ」

 ウィルヘルミナは視線を移し、無言のままやり取りを見つめていたパトリクに対しても礼をとった。

 パトリクが、微笑みとともにうなずくのを見てから、ウィルヘルミナは小走りにベルンハートの後を追いかける。

 フェリクスたちと別れ、ベルンハートが席に着くと、ちょうど教師が入ってきた。

 ウィルヘルミナは、いつも通りベルンハートの準備を整えると、教室の後ろに移動しようとする。

 しかし、教師の後に続くようにして、もう一人講義室に入ってきた人物を見て、ぎょっと目を見開いた。

 気づいたベルンハートが、『どうした』と耳打ちしてくる。

 ウィルヘルミナは、ハッと我に返り、動揺を無理やり抑え込むと小さく首を横に振った。

 ベルンハートにだけわかるようになんでもないと態度で示すと、そのまま後ろに移動して教室の一番後ろに佇む。

 ウィルヘルミナは、無表情のまま腕を組んで前方を見ていた。

 顔には全く出さなかったが、しかし、心の中はひどく動揺している。

(なんで…どうして先生たちはいつもこうなんだよ!? 事前に、オレに対して、少しくらいの説明があってもいいんじゃねえの!?)

 教師の後に続いて講義室に入ってきたのはイヴァールだった。

 イヴァールは、能面のような顔のまま生徒たちに視線を向けている。ウィルヘルミナに視線を向けることは一度もない。

 教師は、教壇につくなりイヴァールの紹介をはじめた。


 こうしてイヴァールは、この日よりラハティ教会学校の臨時講師に着任したのだった。



 ラハティ教会学校で、イヴァールを教師として見かけて以来、すでに三日の時が過ぎていた。

 しかし、その間イヴァールがウィルヘルミナに接触してきたことは一度もない。

 おそらく、周囲に潜んでいるであろう敵の目を意識してのことだった。

 それが理解できたウィルヘルミナもまた、イヴァールとは他人のふりを決め込んでいる。

 ただし、ベルンハートにだけは、面識があるということを教えてあった。

 もっとも、伝えてあるのは面識があるということだけで、イヴァールとの関係をはっきり伝えてあるわけではない。

 ベルンハートのほうでも、深く聞いてくることはなかったので、そのままそれ以上の説明もしていなかった。

「なあレイフ」

「んー?」

 ウィルヘルミナが夕食の準備をしていると、ベルンハートが声をかけてきた。

「あのイヴァールという教師、只者ではないな」

 ウィルヘルミナは手元から顔を上げ、考え込むようにしばし宙を見つめる。

(そうだな、先生、並みの神経してねーし。ただの人じゃねーよな)

 などと、ちょっとずれた感想を抱いた。

 ウィルヘルミナは、こてりと首をかしげてベルンハートを見やる。

「なあ、どうしてそんなこと思ったんだ?」

「あの男は、精霊召喚の魔方陣を完璧に頭の中に記憶している。恐らく、全ての属性をだ」

(あー、そういうことか…。確かに覚えてるな。オレ、わざと魔方陣を間違って書いてた頃、すぐに見つかってめっちゃ怒られたもん)

「うん、たぶん覚えてると思う。けど、それはザクリスさんもだと思うけどな」

「そうなのか!?」

 ベルンハートが驚愕の表情に変わった。

「だって、オレが精霊召喚の魔方陣を書いてるとき、ザクリスさんが見ててくれてたんだけど、本も見てないのに間違えそうな複雑な箇所になると、的確に注意してくれてたからな」

「あの複雑な紋様を、記憶することができる人間がそんなにも大勢いるものなのか?」

「ま、複雑っちゃ複雑だけど、覚えてる人間がいるのは事実だよな。だって、たぶんうちの御爺様も覚えてるぞ?」

 その答えに、ベルンハートは絶句する。

(オレだって下位の魔方陣なら暗記できてるしな)

「だから覚えられる人には覚えられるもんなんじゃねーの?」

 こともなげに言い放つと、ベルンハートが頭痛を覚えたような表情に変わった。

「言っておくが、そんな簡単なことではないぞ。第一、父上の傍に仕えていた宮廷魔術師に、そんな者はいなかった」

 すると、ウィルヘルミナはあごをつまんで考え込む。

「うーん、じゃあさ、きっと中央の魔術師の方が、質が低いんじゃねーの? つか、この学校の教師もなー」

 ウィルヘルミナは、意味ありげに言葉を濁した。

「なんだ、どういう意味だ?」

「いや、壁から遠いと、こんな感じなんだなーって。ハッキリ言って拍子抜けしてる」

 先日経験した模擬戦は、その後も一度行われているのだが、内容といったらほとんど生徒任せだった。教師が、改めて何か教えているわけではなく、生徒たちに自由に作戦を立てさせて行動させるだけ。

 座学に至っては、今更聞くほどのこともない初歩中の初歩の魔術を、わざわざ小難しく説明したり、簡単な算術や古語、教会視点の一方的な歴史観を教えているだけなのだ。

 ハッキリ言って、ウィルヘルミナに言わせると時間の無駄と切って捨てるようなものばかりだった。

「壁から離れたところにいたら、壁蝕中の壁の畔みたいな厳しい状況はなかなか経験できねえし、きっと切迫した魔術の必要性を実感できてねーんだろうな。だから教師たちも、生徒を育てたり、自分の魔術の腕を磨くよりも、自分が上にのし上がるための根回しばかりに気をとられてる感じがする。想像だけど、中央の魔術師もこんな感じなんじゃねーの?」

 教会学校の授業で、生徒たちの成長が期待できるかというとかなり微妙だ。

 座学は前述した通り大したことを教えてはいないし、実践授業においては、魔法が使える生徒たちだけを集めて戦術の訓練をするばかり。

 その戦術にしても、古い書物をただ引用しているだけで目新しいものはない。実際の現場でどれだけ使えるか甚だ疑問だ。

 当たり障りのない授業をして、学校という体裁を守っているだけにしか見えないのだ。

「少なくとも、オレの周りにいた壁にかかわる魔術師たちは、皆下の人間を育てることに熱心な人ばかりだったよ。オレ自身もむちゃくちゃ鍛えられたしな。だから、この学校の教師みたいに、自分の保身ばかり気にしてるような魔術師なんか一人もいねえ。いかにして民を守るか、そして、いかにして自分の後進を育て上げるか、そういうことに腐心してる。オレが言うのもなんだけどさ…志が違うんだよ。そりゃもう根本からね」

 ベルンハートは、真顔になってウィルヘルミナをみやる。

「レイフ、お前は壁蝕の討伐に参加したことはあるのか?」

(参加っつーか、一人で置き去りにされたことならあるけどなー)

 ウィルヘルミナは当時の記憶を思い出し、遥か彼方を見つめてから、ひきつった笑みを浮かべた。

「ま、あるな」

 ベルンハートは、息をのんだ。

「そうか…お前はあるのか…」

 つぶやいて、ベルンハートは目を伏せる。

 そんな姿を見て、ウィルヘルミナはふむと考え込んだ。

(もしかしてベルは、壁蝕の討伐に参加したいのか? でも、このまま教会魔術師になったら、討伐への参加は難しいよな。四壁から教会に応援要請がきて、その編成に滑り込めれば別だけど、普通は無理だよな。ま、中央にいても無理だったろうけど)

「ベル、お前は討伐に参加したいのか?」

 ベルンハートは顔を上げてうなずいた。

「そうか…。でも、今のお前の実力じゃまだ無理だな。もうちょっと腕を上げてからじゃねーと死ぬぞ」

 真顔で言われて、ベルンハートは悔しそうな表情に変わる。

 このところのベルンハートの成長は、確かに目を見張るものがあった。しかし、魔物の討伐に参加させられるかというとそれはまた別の話で、正直なところまだ危なっかしい面がかなり残っている。

 実戦経験が足りなさすぎるのだ。

(壁蝕の討伐か…そういえばそろそろだな)

 壁蝕は、夏と冬の年二回訪れる。

 夏のこの時期に、東西南北の辺境伯爵家は、壁を越えて侵入してくる魔物を、総力を挙げて討伐するのだ。


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