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四壁の王  作者: 真籠俐百
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 ドアを開けると、そこには二人の男がいた。

 一人は学長のヨーセフ・パルナ、もう一人は見知らぬ男だ。

 ヨーセフは四十代後半のふくよかな体形の東壁人で、どこか人好きのする笑顔を浮かべている。

 見知らぬ男の方はヨーセフとは対照的な体つきで、かなりの痩身、年齢は五十前後。胡麻塩頭をきっちりと後ろに撫でつけた、猛禽類の様に眼光鋭い男だ。

 浅黒い肌の特徴から、男が南壁の出身であることが推測できる。そして、黒い教会服を着ていることからも、教会関係者であることがうかがい知れた。

 男は無言のまま座っており、ヨーセフだけが椅子から立ち上がって二人を出迎える。

 ベルンハートがヨーセフの前に立つと、ヨーセフはちらりとベルンハートを一瞥した。

「殿下、わざわざ御足労いただきありがとうございます」

 表面的には礼をとり、丁寧な言葉づかいだったが、実際に呼んだのはウィルヘルミナである。

 呼んでいないはずのベルンハートが一緒に来たことを、暗に皮肉っているようにも聞こえた。

「私の従僕に何か用があるとか。その話、主である私がお伺いいたしましょう」

 大人相手にも怯むことなく、凛とした声で問いかけると、ヨーセフと男が意味ありげな視線をかわす。

 男の方は、さも迷惑そうな表情だった。

 ヨーセフは表情を改めて二人に向き直る。椅子に座り続ける男を紹介することもなく、そのまま口を開いた。

「先日は、ギルデン卿に我が校の生徒たちをお救いいただきまして、誠にありがとうございます。学校を代表して御礼申し上げます」

 ウィルヘルミナとベルンハートに向けて礼をとる。

 ベルンハートは、かすかに顎を引いただけだったが、ウィルヘルミナは礼をとって返した。

 模擬戦で発動した魔法具は、誰かの手によって最近設置されたものであることは確かである。

 学校は事件を重く見て早々に犯人調査に乗り出していた。

 しかし、訓練場に即死魔法を付与された魔法具が設置された理由も、そして犯人も、つきとめるまでには至ってはいない。

 ウィルヘルミナたちは、おそらくベルンハートを狙っての犯行だと見当をつけていたが、学校側は、いまだにその理由すら掴めずにいるのだ。

 誰かのいたずらか、はたまた個人的な恨みによるものか、それとも有力貴族の子供を狙っての犯行か、学校側は、それすらもが判断つきかねている様子だ。

 だからこそ、生徒たちの危機を救ったウィルヘルミナに対して、こうして丁重な謝意を示しているのだ。

(証拠はねーけど、あの魔法具はたぶんベルを狙って設置されたものだよな。もしベルのせいで事件が起こったと知られたら、ベルは学校から追い出されんのかな? 別にそれも悪くねえと思うけど…でも、その場合、今後ベルの父親がどう出てくるかがわかんねえよな。そう考えると、やっぱり今すぐ学校にバレるのはまずいか。まあ、今の学長の様子を見る限り、今回の件に学校は噛んでねえみてえだし、そこが分かっただけでもよかったよな。もし学校までぐるになって魔法具仕掛けられてたら、相当気を付けねえといけなくなるからな)

 学校内に敵が潜んでいることは確かだったが、学校全体が組織的に関与している可能性はこれで消えた。ウィルヘルミナはそれに内心で安堵する。

 その隣で、ベルンハートがヨーセフに向けて口を開いた。

「それで、我が臣であるレイフにいかなるご用でしょうか? もし、今の礼が用件でしたら、我々はこれで引き取らせていただくが」

 回りくどい話は抜きにして早く用件を言え。ベルンハートは、暗にそう言っていた。

 猛禽類のような目つきの男が、じろりとベルンハートを睨みつける。口には出さなかったが、子供が横からでしゃばるなと、眼差しがそう言っていた。

 そんな男を諌めるようにヨーセフが小さく手をあげてとりなす。

 改めてヨーセフはウィルヘルミナを見た。

「実は、ギルデン卿に少々お話があります。殿下がお急ぎのご様子ですので、率直に申し上げさせていただきますが、どうでしょう、本校で生徒として学ぶおつもりはございませんか」

(やっぱりな)

 ウィルヘルミナは内心でそう感想を漏らしたが、表情は無表情のままうやうやしく膝を折る。

「私のような若輩者には勿体ないお話でございます。大変ありがたいお話ではございますが、辞退させていただきたく存じます。私の望みはベルンハート様にお仕えすることですので」

「本人もこう申しております。お話がそれだけでしたら、我々は帰らせていただきます」

 けん制するようにヨーセフと男を一睨みしてから、ベルンハートはウィルヘルミナを振り返った。

「行くぞレイフ」

 ベルンハートに従い、ウィルヘルミナも歩き出そうとする。

 しかし、二人を止める者がいた。

「待たれよ」

 声の主は、それまで無言を貫いていた猛禽類のような目つきの男だ。

 男は椅子から立ち上がって二人に向けて一歩踏みだし、ひざを折って貴族の礼をとる。

「紹介が遅れました。私は司教座都市カルサマキにあります東方大司教区の教会管区長をしておりますヤリ・ブレメルと申します。以後お見知りおきを」

 慇懃な態度だったが、目つきは鋭い。

 ベルンハートは、その目を真っ直ぐに見返した。

「教会管区長殿自らがおいで下さるとは、我が臣――――レイフに如何なるご用件ですか?」

「はい、実は学長から、先日のギルデン卿のお働きぶりを拝聴いたしまして、大変感激いたしました。彼ほどの才を持った方を、在野に埋もれさせるのは忍びないと教会はそう考えております。どうか、是非我がヴァン教の教会魔術師になっていただけないかと、こうして直接お願いに上がりました」

「なるほど、勧誘という事ですか」

 ベルンハートは、ウィルヘルミナを見る。

 ウィルヘルミナは視線だけでベルンハートの意図を汲むと、うやうやしい動作でヤリに向けて礼を返した。

「重ね重ね、私のような身には勿体ないお話でございます。しかし、先程お返事させていただきました通り、私はこの身をベルンハート様に捧げております。殿下にお仕えすることこそが私の本懐。そして、殿下の向われる場所が私の向う場所。どうぞご理解賜りたく存じます」

 暗に、ベルンハートが教会にいる限りは、自分もそこにいるのだと伝える。

 ヤリとヨーセフは、ちらり視線を合わせた。

「なるほど、ギルデン卿の尊いお考え、十分理解いたしました。では、お二人のお住まいを移すのは如何でございますか? ちょうど特別寮に空きができまして、今でしたら住み心地の良いお部屋をご用意できます。その寮には下男も下女もおりますゆえ、快適にお過ごしいただけるかと存じます」

 正攻法が通じないので、まずは懐柔からはめようという魂胆のようだ。

(なーにが特別寮だよ。オレたちのあの掘立小屋だって『特別』に用意した部屋なんだろ? 今更ふざけんな)

 そんな内心を押し隠し、ウィルヘルミナは無表情のままもう一度礼をとる。

「私は、殿下のお傍にお仕えできることこそを無上の喜びと感じております。ですので、今の寮に何の不便も感じてはおりません」

 ウィルヘルミナたちの住んでいる寮を知っているヨーセフにとっては、この上ない皮肉であった。

 頑なな態度で突っぱねると、ヤリとヨーセフは思わず黙り込む。

「レイフはこう申しております。私も、あの寮に不便を感じてはおりません。お心遣いだけありがたく受け取っておきましょう。お話が終わりでしたらもうよろしいかな? 私はこの後、授業が控えておるゆえ、早々に戻りたいのだが」

 ベルンハートにまでそう突っぱねられると、ヤリもヨーセフも、それ以上会話の糸口が見つけられなかった。

 まさか、部屋を変えるという申し出まで断られるとは思ってもみなかったのだ。

 いくら『レイフ』の実力を知らなかったとはいえ、自分たちの最初の対応のまずさを改めて実感させられる。

 子供の一人くらい、すぐに丸め込めると思っていた二人は、逆に辛辣な皮肉を浴びせられ、内心ではかなり苛立っていた。

 それに、授業を引き合いに出されたら、二人を解放せざるを得ない。

 ここは学校なのだ。生徒の本分は学ぶことなのである。

「…わかりました。わざわざお時間をいただきありがとうございました。授業に戻って結構ですよ」

 これ以上話を引き延ばす術を見いだせなかったヨーセフが、渋々二人の退室を了解した。

「では失礼する。行くぞレイフ」

 ベルンハートはすぐに踵を返し、ウィルヘルミナを伴って足早に学長室を出た。



 部屋を出るなり、ウィルヘルミナは疲れたようなため気を吐き出す。

 しかし、周囲にどんな目が潜んでいるかわからない。表情を引き締め、ベルンハートに従って歩き出した。

 ベルンハートは、そんなウィルヘルミナをちらりと振り返る。

「今更だが、引き抜きを断ってよかったのか? 話の持っていき方では、かなりの好待遇を引き出せたかもしれないぞ」

 声を潜めて問いかけてくるベルンハートに、ウィルヘルミナは鼻を鳴らして返した。

「興味ねーよそんなの。オレには面倒なだけだ」

 心の底から辟易したように言うと、ベルンハートは苦笑した。

「お前は本当に欲がないな」

 ウィルヘルミナは、小さく吐息をつく。

「別に、欲がねーわけじゃねーよ。ただ欲の方向性が違うだけ。オレは、別に力を他人に誇示してーとは思わねーの。力を使って上にのし上がろうとか、特別待遇してもらおうとか、そういう気がねーだけ。面倒だろそんなの。上に行けば行くほど、いろんなしがらみに雁字搦めにされることになる。外野にいたほうが気楽だよ」

 ベルンハートは、驚いた様子で目を見開いた。

「お前…。意外だな。何にも考えていないだけかと思っていた」

「あのな、お前マジで失礼だぞそれ。オレだってちゃんと考えてるわい」

 そう言って唇を尖らせる。

 ベルンハートは、もう一度苦笑する。

「お前はそのままがいいな。ずっとそのままでいろ」

「なんだよ、どういう意味だよそれ。イヤミか?」

「いいや、言葉通りの意味だ。変に勘繰るな」

 そう言って一度肩をすくめてみせたが、ベルンハートは微笑みを浮かべてウィルヘルミナを見つめた。

「私は、お前にずっと今のままでいてほしいと思っている。これは本心だ」

 ウィルヘルミナは思わず目を瞬く。

 皮肉屋のベルンハートの純粋な笑顔は、なかなかお目にかかることができない。

 だが、目の前のベルンハートは、心の底から嬉しそうにほほ笑んでいた。

 ウィルヘルミナは、思わず毒気を抜かれた。

「お前もさ…今のままがいいと思うよ…。そうやって笑ってたほうがいい。つんつん尖がってばっかりいると、友達出来ねーぞ」

 ぽそりと言い返すと、ベルンハートが瞬時に微笑みをひっこめる。

「余計なお世話だ」

 つんとそっけない態度で言い返すベルンハートに、ウィルヘルミナは肩をすくめてかえした。


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