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四壁の王  作者: 真籠俐百
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 いよいよ模擬戦がはじまる。

 両陣営が向かい合うように並び立ち、教師の合図を待っていた。

 いざ模擬戦の行われる場所に立ってみると、やはり魔法制限の気配が感じられ、ウィルヘルミナは焦燥感を覚える。

(どうする? やっぱりやめさせるかこの模擬戦。でも、どうやって中止させる?)

 心の中でそんな思いを抱くが、現実は無情にもどんどんと進んでいった。

 周囲に生徒が多くいるため、ベルンハートに話しかけることもできない。

 ウィルヘルミナは、迷うように周囲に視線を配り、最後に陣営の大将を一瞥した。

 ウィルヘルミナとベルンハートが所属する陣営の大将フローラは、理知的で凛とした顔立ちの美少女である。豊かな茶色い巻き毛に、青い目をした生粋の東壁人だった。

 フローラは、緊張した面持ちで合図を待っている。

(やっぱり、今止めるのは無理だよな…)

 ウィルヘルミナは、人知れずそっと息を吐きだし、正面に構える敵陣営に視線を戻した。

 模擬戦での各組の戦略は、基本的に生徒たちが意見を出し合う合議制なのだが、最終的な判断は大将に任されている。

 フローラは、皆の意見を取り入れてすり合わせ、各自が納得のいく形で布陣を決めた。

 大将であるフローラの周りには、地界魔法の契約階位が高い生徒を置きつつ、その外側に攻撃魔法に特化した生徒を配置、その布陣を基本にしながら全員で敵陣へ攻め込む形に決めた。

 守備に回るのではなく、攻めに重きを置いた作戦だ。

 五職のベルンハートは、敵の陣形を切り崩すために先陣を切る役目を負っている。必然的に、ウィルヘルミナも先発の布陣に加わっていた。

 一方フェリクスたちは、ウィルヘルミナたちの作戦を考慮しているのか、防御の布陣を固めている。大将であるフェリクスの周囲に、強固な防衛線を張っていた。

 両者が睨みあう中、教師の合図とともに模擬戦が開始される。

 ベルンハートは、合図とともに真っ先に走り出した。

 ウィルヘルミナもその後に従う。

(あー、悩んでるうちにはじまっちまった…。止める口実も思い浮かばねえし、このまま様子を見るしかねえよな。こうなっちまったからには、もし発動条件がそろった場合に、どうやって生徒たちを守るか、そっちの方を考えておかねーと)

 ウィルヘルミナは、頭の中でもしもの事態に備え、怪我人を出さない方法を必死に考えはじめた。

 幸い模擬戦自体は、ベルンハートの相手になるような生徒はいない。

 敵陣営は果敢に魔法を唱えてベルンハートを攻撃し、足を止めようとするが、ベルンハートは見事な魔法と剣術で、生徒たちを次々に戦線離脱させていく。

 ウィルヘルミナの出番は皆無の状態だ。

 そのため、周囲に気を配りつつも考えに没頭することができた。

(今この場に制限をかけている魔法具が、もし今まで発動条件がそろうことがなかったせいで忘れ去られていた魔法具なら、たいした問題にはならないはずだ)

 その場合、訓練場の周囲の建物に被害が出ないように設置されている魔法具の可能性が高くなる。

 だから、発動条件を揃えても、おそらく地界魔法が発動する程度の魔法具に違いなかった。

 しかし、もしベルンハートを狙って仕掛けられた魔法具であった場合、最悪の事態を想定しておかなければならない。

(この前ベルを狙って仕掛けられていた魔法具には、高位の闇界魔法が付与されていた。もしまたベルを狙った魔法具なら、前回と同じように、高位の攻撃魔法が仕掛けられてる可能性を否定できねえ。その場合、これだけの人数を一度にどうやって守ったらいいのか、そこを考えねえと…)

 ウィルヘルミナは、頭では思考をめぐらせつつも、模擬戦には体が自然と反応していた。

 フローラめがけて切り込んできた生徒を、フローラの傍にいた生徒が防ぎきれず、味方の陣形が崩れる。

 それを、ウィルヘルミナは見逃さなかった。

 とっさに崩れた陣形の援護に回り、軽く剣でいなして、フローラに襲い掛かろうとした生徒を転ばせる。

 魔法を使わなかったので、生徒のつけている首飾りの魔法具が発動することはなく、そのため、倒された男子生徒は悔しそうな表情で再び起き上がり、今度はウィルヘルミナめがけて木剣で切りかかってきた。

 それまで退屈そうに模擬戦を見学していたパトリクの目が、そこで楽しげにきらりと輝く。

 それは敵陣営の大将であるフェリクスも一緒だった。わくわくしたような表情で、ウィルヘルミナの動きを注視する。

 だが、当のウィルヘルミナはというと、頭の中は今後起こりうる様々な事態を想定することでいっぱいで、心ここに在らずといった様子だった。

 しかし、体はちゃんと反応し、少年が繰り出す剣を軽々と受け止めている。

 それが、生徒の自尊心を大きく傷つけた。

 生徒は、よりむきになって攻撃を仕掛けはじめる。

 ウィルヘルミナは、思考の海を彷徨いつつその攻撃を淡々と捌いた。

(発動した魔法から生徒全員を守りきるには、地界魔法じゃ無理だよな。それに発動する魔法が闇界魔法だった場合、聖界魔法で防がなきゃならねえ。もし発動した闇界魔法の階位が低かったとしても、一度に広範囲に回復効果を与えるためには、高位の聖界魔法を使わなきゃならなくなる。でも、オレが高位の魔法が使えることを、周囲に教えることになるのはまずいし、どうすっかな…)

 どこかぼんやりとした無表情だが、それでもウィルヘルミナの体は的確に反応している。

 むきになって襲い掛かる生徒を、何度も軽々と転ばせた。

 それを見ていた敵陣営の生徒たちの目の色が徐々に変わっていった。

 やがて、標的をベルンハートからウィルヘルミナに変える。

 敵陣営の生徒たちは、視線で何かを示し合わせ、急遽四人がかりで魔法や木剣、棒などでウィルヘルミナに襲い掛かった。

 ウィルヘルミナは、流れるような動作でその攻撃を受け流す。

 おかげで、ウィルヘルミナに向けられる攻撃は、さらに過熱していった。

 新たな生徒が加わり、物理攻撃と同時に、魔法攻撃も一斉に放たれる。

 だがウィルヘルミナは、あいかわらず無表情のまま手に持つ木剣で軽々と生徒をあしらい、襲い掛かってくる魔法にいたっては、軽やかに背面に飛んで難なくかわし、着地するなり間髪入れずに距離をつめ、またしても片手間のように物理攻撃で捌いていった。

 ウィルヘルミナが魔法を使うことなく、物理攻撃だけで生徒たちをあしらっていると、生徒たちは、ますます悔しそうに歯噛みした。

(そういえば、確かザクリスさんの書いた論文に、金界魔法による攻撃魔法の無力化についての考察とかいうタイトルの論文があったよな…)

 その論文は、ザクリスが考えた金界魔法の応用で、金界魔法で攻撃魔法を中和する方法について検証した論文だった。

 ただしザクリスの検証では、理論的には可能だが、まだ方法が未確立の論文だ。

 攻撃魔法を金界魔法で中和できることまでは実証できていたのだが、物質への付与とは違い、空間に向けて金界魔法を放出する場合、魔力が空中に拡散されてしまう。

 そのため、金界魔法の効果範囲を設定することができず、魔力切れを起こすまで魔力が放出されてしまうことが難点だった。

 だから、特定の範囲で金界魔法の拡散が止まるような仕組みを確立しないことには、実用できない方法だった。

(確かに難しいよな。オレはザクリスさんちに『エアコン』作る時に、物質の一部を空間認識して魔法付与をした。あれは壁があったから成功できたけど、でも、今みたいに外にいる状態で、魔法を空間認識させるなんてオレにはできる気がしねえもん)

 ウィルヘルミナは、地面に対して効果範囲を決める手法も考えてはみたが、上方向に拡散するだろう魔力を防ぐ対策が見つからず諦める。

(困ったことに、術者の使用限界を超えて起こる魔力切れは、重度のものになると死に至るんだよな。だから効果範囲の設定方法は絶対に必用になってくる)

 制御不能の魔力の拡散、放出による魔力切れは死亡率が高くなるのだ。

 そのため、ウィルヘルミナといえどやみくもに試すことはできない。

 ちなみに、精霊契約を結ぶときに起こす魔力切れで死ぬことはない。

 精霊が加減してくれるため、死ぬまで魔力を奪われるようなことは絶対にないのだ。

 だが、自分の限界を知らず、むやみやたらと魔法を使って起こすタイプの魔力切れは、最悪の場合命を脅かす。魔力の熟練度の低い魔術師ほど、こういった魔力切れを起こすことが多かった。

 実際、ウィルヘルミナも、一年前までは魔力操作の熟練度が低く、しょっちゅう魔力切れを起こしていた。

 だが、真面目にイヴァールのもとで学ぶようになってからは、魔力操作の練度が上がり、おかげで魔力切れを起こすようなことはなくなっていた。

(魔力の拡散を承知の上で魔法を使うのは、さすがにリスクが高い。高位の魔法でそれをやったら、たぶんオレでも死ぬよな。こんな状況で、しかも一か八かの賭けで試すべきじゃねえ。でも、金界魔法の効果範囲をうまく絞ることができれば、たぶん全員を助けることができるのは間違いねえ。ようは、エアコン作った時みたいに、どうにかして範囲を設定することができればいいんだよな。効果範囲を限定する方法、なんかねえかな…)

 ウィルヘルミナは、もう少しで答えに届きそうな気がしていたのだが、しかし、あと少しというところでなかなか考えがまとまらない。

 思考に没頭しながら、男子生徒の木剣を受け止めたその時――――。

 ふとあることが閃いた。

(そうか!! うまくいけば金界魔法で無効化できるかもしれねえ!)

 だが――――。

 金界魔法の効果範囲を設定できる可能性がひらめいたのと同時に、別なことにも気が付いた。

(――――って、あれ?)

 ウィルヘルミナは、周囲を見回して我に返る。

 急に、予想もしていなかった現実をつきつけられ、すぐには状況が呑み込めない。

 何故か敵陣営の攻撃対象が、いつの間にかベルンハートでも大将のフローラでもなく、ウィルヘルミナにかわっていたのだ。

(あれ…? なんでだ?)

 ウィルヘルミナは内心で首をかしげたが、どういうわけか、男子生徒も女生徒も、皆ウィルヘルミナめがけて魔法や木剣を繰り出してくる。

 それも、かなりむきになった表情で。

 気付いたウィルヘルミナは、あからさまに怪訝な顔に変わった。

 状況が呑み込めないなりにも分析しようと、敵の攻撃をいなしつつ辺りを見渡す。

 すると、敵の陣地には大将のフェリクスとイッカだけが残っており、その二人を相手に、ベルンハートが孤軍奮闘していた。

 それ以外の敵陣営の生徒たちは、何故か総員でウィルヘルミナを攻撃している。

 ウィルヘルミナたちの所属する陣営の大将フローラや、仲間の生徒たちはというと、はやる気持ちを抑えるような表情で、ウィルヘルミナと敵陣営の戦いを食い入るように見つめていた。

 フローラたちは、ともすれば自分たちも参加したいといったような、そわそわした表情だ。

 一方、ウィルヘルミナを囲む生徒たちは、何としても倒してやるといった負けん気むきだしの表情で、がむしゃらに攻撃を仕掛けてきている。

(なんだ? ちょっと考え事しているうちに、いつの間にか趣旨が変わってね? 何でオレが集中攻撃されてんの?)

 わけがわからないといった表情で、ウィルヘルミナは生徒たちの攻撃をいなし続ける。

(大将はあっちなんだけど)

 軽くいなして男子生徒を転がしても、またすぐに立ち上がり、むきになってウィルヘルミナに突進してくる。その繰り返しだ。

(オレ、なんかしたっけ?)

 困惑した表情で、生徒たちの攻撃をやり過ごしていた。

(でも、まあ大将守る心配ねえなら、とりあえずベルに合流すっか)

 ウィルヘルミナは生徒たちの攻撃を続け様にかわし、敵を振り切ってベルンハートの側に移動する。

 ウィルヘルミナが近づいたことに気が付いたベルンハートは、何故だかげんなりしたような表情でウィルヘルミナを一瞥したが、しかし、すぐに気持ちを切り替えイッカと対峙した。

(んだよその顔。オレ、何もしてねーし。なんでそんな呆れ顔されなきゃなんねーんだよ)

 ウィルヘルミナは、むっと唇を尖らせる。

 一方ベルンハートと対峙するイッカは、フェリクスがほめていただけあって、かなり錬度の高い魔法を使っている。

 イッカは火界と地界の魔法を見事に操り、ベルンハートの魔法に対抗していた。

 剣術も、ベルンハート相手に引けを取らない腕前だ。

 しかし二人の腕前は、若干ベルンハートが上といった具合で、徐々にベルンハートが押しはじめていた。

 そこに、再び敵陣営の生徒たちが追いかけてきて、またしてもウィルヘルミナに挑んでくる。

(だから、なんでだよ!?)

 ウィルヘルミナは、戸惑いを露わに生徒たちの攻撃を次々とかわした。

 そして――――。

 その横で戦っていたイッカとベルンハートの形勢が、ベルンハート有利になったその時のことである――――。

 イッカが奥の手にとっておいたのであろう火界五位魔法を唱えた。

「リュビ」

 すると、周囲の空気が一気に変わった。

 ウィルヘルミナは弾かれたように宙を見上げ、魔法具発動の気配を瞬時にして感じ取る。

(まずい、くる!!)

 イッカが放った炎が、ベルンハートに襲い掛かろうかというその瞬間、周囲に闇界魔法の気配が満ち溢れた。

 即死魔法の効果が発動したのだ。

 ベルンハートだけは、身に着けている魔法具のおかげで魔法の影響を受けなかったが、イッカもフェリクスも、その場に存在する全員が一斉に心臓に痛みを覚え、顔を歪めて胸を押さえる。

 パトリクもまた、胸を押さえて椅子から崩れ落ちた。

 それを見たウィルヘルミナは、考えるよりも早く魔法を唱えていた。

「カレワンポヤト!」

 地界五位魔法を唱え、周囲一帯――――見学の生徒たちまでもを包み込むようにして、ドーム状の巨大な土壁を作りあげる。

 土壁は空までもを覆い隠し、一瞬にして辺りは暗闇に包まれた。

 教師も生徒も痛みにうめきつつ、しかし、驚いた表情で土壁に覆われた空を見上げる。

 イッカが唱えた炎が、うっすらと辺りを照らしだしていた。

 続け様に、ウィルヘルミナは金界五位魔法を唱える。

「スルマ!」

 すると、金界魔法の中和能力が、土壁の内側全てにあっという間に満たされた。

 ウィルヘルミナの魔法のおかげで、イッカが放った炎も、発動した呪殺魔法も、全てが一瞬のうちに無力化される。

 一拍おいて、ウィルヘルミナが作った土壁が消えうせた。

 即死魔法の痛みが去った生徒や教師たちは、何が起こったのか、理解の追いつかないといった様子で、きょろきょろと周囲を見回す。

 フェリクスも、イッカも、パトリクも、他の教師や生徒たちも、全員が狐につままれたような表情でただただ呆然と立ち尽くしていた。


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