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四壁の王  作者: 真籠俐百
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 慌ただしく昼食を摂り、ウィルヘルミナとベルンハートは午後の授業に向かう。

 午後の授業は模擬戦であるため、場所は屋外だ。

 フェリクスは先に到着しており、貴族と思しき細身の少年と何か話しをしている。

 話し相手の少年は黒髪に茶色の目をしており、西壁の人間であることが一目で知れた。

 フェリクスは、ベルンハートの姿を見つけると、少年との話を切り上げ近寄ってくる。

 一緒に話をしていた少年もまた、フェリクスの後をついてきた。

 それを見たベルンハートは、あからさまに嫌そうな顔をする。

(あーあ。ベルの奴、せっかく友達ができそうな感じなのに、そのチャンス自分でつぶしてんな)

 ベルンハートは、鋭い視線でフェリクスを睨みつけていた。後からついてきている少年の方など見向きもしない。

 だが、フェリクスの方は、その視線の意味するところに気付いていないのか、はたまた気にしていないのか判別は難しいところだが、とにかく全く動じることなくベルンハートの側に歩み寄った。

「食堂では姿が見えなかったが、昼食はちゃんと済ませたのか? 午後の授業には体力が必要だぞ」

 しかしベルンハートは無言だ。

 ウィルヘルミナは内心でため息をつき、ベルンハートの代わりに応えた。

「お気遣いありがとうございます。きちんとすませてございます」

 うやうやしく答えて膝を折る。

「そうか、それならばよかった」

 フェリクスは屈託なく笑った。

(こいつ空気は読めねえけど、悪い奴じゃないんだよな)

 そんな事を考えていると、フェリクスはウィルヘルミナの側に移動する。

「レイフと申したな。お前は剣術を嗜むようだが、魔法も使えるのか?」

(今度は興味の矛先がオレに移ったのか。わかりやすい奴)

「ほんの手習い程度ではございますが、少々の覚えはございます」

 控えめに答えると、フェリクスの目がきらめいた。

「そうか、使えるのか! ではお前も午後の授業に参加するのだな?」

(ん? どういう事だ? なんでオレが参加することになんだよ?)

 素で不思議そうに首を傾げていると、それを見たイッカが言葉をつけ足す。

「今日の午後の授業は、実戦形式の模擬戦なのです。ここラハティ教会学校では、魔法が使えれば、従僕でも模擬戦に参加できるのです」

 ありていに言うと、貴族の子息に怪我がないようにという学校側の配慮のようだ。

 イッカの言葉にうなずきながら、フェリクスは側にいた少年を振り返った。

「そういえば、パトリクはいつも見学組だな。たまにはお前も参加すればよいのに」

 パトリクと呼ばれた貴族の少年は、肩をすくめて返す。

「私は荒事が不得意なのだ。見学の方が性にあっている」

「つまらないやつだ」

「つまらなくて結構だ」

 パトリクは澄ました表情でそう返してからベルンハートに向き直った。

「パトリク・カルヴァイネンと申します。以後お見知りおきを」

 ベルンハートに向けてそう告げてから、パトリクは貴族の礼をとる。

「ああそうだった、私も自己紹介をしていなかったな。フェリクス・ベイルマンだ。よろしく頼む」

 砕けた調子で付け足したフェリクスの言葉は耳に入らず、ウィルヘルミナは平静を装いながらもパトリクを盗み見る。

(こいつ、カルヴァイネンの人間なのか!?)

 顔には出さなかったつもりだったが、しかし、視線を向けたわずかなその瞬間に、何故かパトリクと目が合う。

 ウィルヘルミナは、思わずパトリクに怪訝な表情を返した。

(あれ、この視線…。覚えがあるな。もしかして午前中の時に感じた視線はこいつか?)

 確証はないが、そんな思いを抱く。

 無言のまま視線を交わすウィルヘルミナとパトリクを尻目に、ベルンハートは渋々と言った様子で口を開いた。

「すでに承知の事とは思うが…ベルンハート・エルヴァスティだ」

 かなりぶっきらぼうな口調で名を名乗る。

 だが、ベルンハートもパトリクに倣って申し訳程度に礼を返した。

 フェリクスだけは、皆の間に流れる微妙な空気をまるで感じていない様子で、嬉々とした表情でベルンハートをみやる。

「実はな、このイッカも模擬戦に参加するのだぞ。イッカはまだ十二歳だが、この年で高位の三職なのだ」

 フェリクスは、まるで自分の事のように誇らしげに言った。

 しかし、イッカは控えめに首を横に振る。

「私など、ベルンハート様の足元にも及びません。お噂では、殿下は五職だそうですね」

 ウィルヘルミナはかすかに目を見開いた。極力動揺を隠そうと試みたが、隠し切れたとはいえない。

(おい、そんな情報どっからもれてんだよ)

 ウィルヘルミナは、無言で一瞬だけベルンハートに視線を投げた。

 ベルンハートも、硬い表情で小さく首を横に振る。

 どうやら、ベルンハートも承知していなかったようだ。

「どこからそんな話を聞いた」

 ベルンハートがむっつりと問いただすと、フェリクスとイッカ、パトリクがきょとんと視線を交わらせる。

「どこからって…貴公が入学してくる前から、学校ではその噂でもちきりだったぞ?」

 フェリクスのつぶやきに、ウィルヘルミナとベルンハートは息を詰めた。

(それってつまり、生徒ならほとんど知ってるってことか? 前評判の段階で、すでにベルの情報がもれてたってことかよ。いったい誰だよ、そんな情報漏らしたやつ)

 ベルンハートが表情を消す。

 そのまま無言で歩き出し、フェリクスたち三人の横を通り過ぎた。

「どうした、ベルンハート王子?」

 フェリクスが声をかけたが、ベルンハートは無視して歩き続ける。

 ウィルヘルミナは、フェリクスとパトリクに断りを入れてからその場を辞し、ベルンハートの後ろに追いついた。

(誰かがベルの情報を故意に漏らしたって事だよな。つまり、ベルに対しての対策も練られてるはずだ。ま、対策とられたところで、生徒相手ならそんなに危険はねえと思うが、でも念のためオレも模擬戦に参加したほうがいいよな。そばにいなきゃベルを守れねえ。参加できるのは好都合だ)

「ベル、オレも模擬戦に参加するぞ」

 小声でささやくと、ベルンハートが振り返りかすかに笑う。

「ああ…すまない、手間をかけるな」

「ばーか、水くせーこというんじゃねーよ。大船に乗った気でいろ」

(絶対、ベルには傷一つ負わせねー)

 ベルンハートに向けて、ウィルヘルミナはまかせろと言わんばかりの不敵な笑顔を見せた。



 午後の授業で、模擬戦に参加するのは、従僕二名も入れて全部で三十人。学年は全部で八十名ほどいるので、半分にも満たない数だ。

 生徒によっては、学校に通ってからはじめて魔法契約をする者も少なくなく、学校一年目の初等科ではめずらしくもない光景だった。

 ちなみに、魔法が使えても、防御系魔法の地界や聖界の一職しか契約できていなかったり、攻撃系であっても闇界の下位魔法しか契約できていない生徒たちは、模擬戦の見学組となっている。それゆえなおさら参加人数が少ないのだ。

 パトリクは見学組の中に混じり、貴族だけに用意されている椅子に腰かけている。

 くつろいだ様子で深々と座り、組んだ足先を楽しげに揺らしていた。

 参加者の中で、従僕とともに参加している貴族は、ベルンハートとフェリクスの二人だけ。

 さらに、学年八十人中に九名だけいる女生徒たちは、全員が模擬戦のメンバーだった。

 その事実を取ってみても、女生徒がいかに優秀なのかが知れる。

 模擬戦のルールは簡単で、参加者を二組に分けた対抗戦だった。

 参加する全員が地界魔法を付与された魔法具を身に着け、魔法具が発動した場合――――つまり、相手の攻撃魔法に当たった場合に失格となり見学組にまわる仕組みになっている。

 殺傷能力の低い木剣と長棒、盾の装備も許されており、魔法だけでなく、体術や戦略についても競われる。

 あらかじめ大将を決めておき、大将が生き残った組の勝利。

 個の特筆した能力を競うのではなく、大将を残すという、あくまでも実践に沿った形式の模擬戦だった。

 組分けは、生徒の能力を考慮しながら教師が割り振るが、大将だけはその組分けの中からクジで決める。

 ベルンハートとフェリクスは別の組になり、必然的にウィルヘルミナとイッカも分かれた。

 組分けの最中に、ウィルヘルミナはあることに気づき、ベルンハートに耳打ちする。

「なあベル、何か様子がちょっと変なんだけど…。オレの気のせいって可能性もあんだけど、どうもここには魔法具の制限がかかってるような気配がするんだよな」

 ウィルヘルミナは、周囲を見回し観察する。

 なんとなくではあるが、魔法具による制限が感じられるのだ。

 前ならば見落としていたようなわずかな気配だが、ザクリスの指導のおかげで、ウィルヘルミナの金界魔法の能力はかなり向上している。だからこそ気づけた制限の気配だった。

「それは本当か? 生徒がつけているこの魔法具の気配ではないのか?」

 ベルンハートは、参加する生徒全員が身に着けている首飾り型の魔法具を指さす。

 だが、ウィルヘルミナは首を横に振った。

「ちがう、この魔法具とは別の気配だ。この場所自体に制限がかかっているような感じがするんだ。まあ、オレの気のせいかもしれないけど…」

 制限をかけている魔法具を見つけられていないため、はっきりと断言はできない。

 ただ、違和感だけは感じ取れた。

 ベルンハートは、厳しい表情に変わる。

「お前の直感は侮れないからな…」

「普通に考えて、魔法の訓練場に魔法具で制限をかけるはずがないんだけど、でも、なんかひっかかるんだよ」

「念のため、教師に確認しておくか」

 ベルンハートは一人確認しに行ったが、教師は一笑に付す。

 訓練場に魔法制限があるはずもない。物を知らないにもほどがあると、他の生徒の前でベルンハートを嘲った。

 それを遠くで見ていたウィルヘルミナは憤慨する。

「ベル、わりい。オレのせいで恥かせた」

「気にするな。私はお前の言い分の方を信じているから、特に何とも思わない。むしろ、頭ごなしに否定する教師の愚かさの方が滑稽に見えたぞ」

 かすかに鼻を鳴らしてみせたベルンハートを見て、ウィルヘルミナは微笑みを浮かべながらうなずいた。

「ありがとなベル。けど、マジで何かしらの制限があると思うから魔法を使うのには慎重になってくれ。できるだけ高位魔法の使用は避けたほうがいい。ここは生徒の訓練場だから、もしかしたら今まで高位の魔法を使う機会がなくて、魔法具の存在を見落とされてただけかもしれないから」

「わかった」

 答えてからベルンハートがしばし考え込む。

「考えすぎかもしれないが…あるいは私を狙って魔法具を設置した可能性も考えられる」

 ウィルヘルミナは小さく息をのんだ。

(確かにオレもその可能性を考えてはいたけど…でも、こんな子供たちまで巻き込んだりするか?)

 甘いと思われるかもしれないが、ウィルヘルミナとしてはあまり考えたくない可能性だった。

(だいたい、ここには無関係の人間の存在が多すぎる。こんな大勢を平気で巻き込んでくるとは思いたくねえ。だけど、可能性はゼロじゃねえし…。やっぱり、無理やりにでも適当な理由こじつけて、この訓練を中止させるか?)

 ウィルヘルミナが迷っているうちに大将を決めるくじ引きが行われた。

 ベルンハートが属する一組は女生徒フローラが、二組の方はフェリクスが大将に選出された。


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