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四壁の王  作者: 真籠俐百
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 トゥルク王国に君臨する、エルヴァスティ王家の第二王子ベルンハートこそが、ベルの素性であることはウィルヘルミナにもわかった。

(ベルのやつ、諦めが早すぎんだよ。父親に嫌われてるくらい、なんだっつーんだよ)

 ウィルヘルミナは、両手を頭の後ろに組んだ格好でベッドに寝転がり、怒ったような顔で天井を睨みつける。

 トーヴェの話を聞く限り、ベルンハートに落ち度はない。

 幼いベルンハートが、不仲である国王に意見する事は勇気が必要で、むしろ、称賛されるべき勇敢な行動であったはずだ。

(素直に殺されてやる必要なんて全然ねーじゃん。意味わかんねえ。ったくあのバカが)

「ふざけんな」

 つぶやいて、横向きになって目を瞑る。

 眠ろうとするが、イライラのおかげでなかなか寝付けない。

 諦めたようなため息をついて、再び目を開け、今度はゴロンと大の字になった。

 意味もなく天井を見上げていると、やるせない気持ちになる。

「ベルの奴、子供のくせに物分かりが良すぎんだよな。なんでわがまま言わねーんだか」

 何もかもを諦め、光の消えた死んだような目で、ただ静かに全てを受け入れようとしていたベルンハートの姿を思い出すと、苛立ちと痛みばかりが湧きあがった。

 諦めをにじませたあの時のベルンハートの表情が、ふと前世の弟の姿に重なり、ウィルヘルミナは苦しげに眉根を寄せる。不意打ちのように思い出してしまった弟を思うと胸が痛んでしかたなった。

 もう名前を思い出すことができなくなってしまった可愛い弟。

 弟は、小さいころから家に両親がほとんど不在だったせいで、自然とウィルヘルミナにべったり懐いていた。

 弟がたまに言ってくるささやかな我が儘は、言われたウィルヘルミナの方がほほ笑んでしまうような可愛い我が儘ばかりだった。

 ホットケーキが食べたい。公園に行きたい。犬が見たい。猫に触りたい。ハンバーグが食べたい。抱っこしてほしい。雨の日に、長靴を履いて傘をさして外を歩きたい。

 本当なら、両親が側に居て叶えてやるはずだったささやかなそれらの願い。

 その機会を、ウィルヘルミナが弟から奪っていた。

 弟は、働き詰めで両親が不在の環境に疑問や不満を感じることもなく、ただウィルヘルミナに甘えていたが、元をただせば、両親はウィルヘルミナの治療費を稼ぐために働き続けていたのだ。

 弟から両親を奪っていたのは、ウィルヘルミナ自身だった。

 だからといって、ウィルヘルミナはその負い目から弟を可愛がっていたわけではない。

 小さくて、柔らかくて、いい匂いがして、陽だまりのように温かくて、泣いたり笑ったりといつも忙しかった弟。そんな弟がただ可愛くて、純粋に愛しくてならなかったのだ。

 綿菓子のようにふわふわとした愛くるしい弟は、しかし時折、大人びた表情を見せた。

 たまに父親が、急な仕事で出掛ける約束を破ったりすると、弟はただ黙り込み部屋の隅で膝を抱えて丸くなっていた。

 小さいくせに、両親や兄であるウィルヘルミナの大変さを理解していて、決して悪しざまに罵ったり、怒りをぶつけたりはしなかった。ただ諦めたような表情で、いつも全てを飲み込み、負の感情を押し殺し、じっと悲しみを耐えるのだ。

 そうすれば、誰も傷つくことなく全てが順調に回るのだと、小さいながらに理解しているようだった。

 教会学校に行くのだと淡々と語っていたベルンハートの姿は、そんな時の弟の姿に重なった。

 あの時のベルンハートは、父親から向けられるいわれなき悪意を、仕方ないのだと割り切った様子でただ受け入れていた。

 子供の癖に酷く大人びていて、完璧に自分を押し殺して我が儘一つ言わず、自分が父の悪意を甘んじて受け入れさえすれば、それで全てがうまくいくのだと達観した様子だった。

(それはちがうだろ)

 ウィルヘルミナは、ベルンハートのそんな諦めに、純粋な怒りを覚えていた。

 自分が死ねば丸く収まるのだと命を投げだすことは、絶対に間違っていた。

 だが、きっとベルンハートは、そうやって自分を騙して納得させるしかない環境で育ってきたのだ。

 ウィルヘルミナの弟がそうだったように――――。

 それでもウィルヘルミナの弟は、嬉しい時には体いっぱいに表現していた。

 喜びはしゃぐ弟の姿は、いつだって眩しく、ただ愛しかった。

 だがベルンハートは違う。

 ベルンハートは、喜びの感情すらをも押さえつけてしまうのだ。

 先日、教会学校に通うことになった経緯を問いただしていたとき、ウィルヘルミナが『友達じゃねーの? そう思ってんのはオレだけか!?』と問いかけた時、ベルンハートは慌てて否定していた。

 あの時、確かにベルンハートからは喜びの気配が感じ取れていた。

 だがベルンハートは、怒りや悲しみだけではなく、喜びさえも素直に表現することができない。好意的な感情すらも抑え込んでしまうのだ。

(あいつマジで手のかかるバカだな。死にたくねーなら、フレーデリクさんたち相手にもはっきりそういやいいんだ。助けてくれって)

 そうすれば、フレーデリクたちは絶対に諦めたりはしない。最後まで全力でベルンハートを守りぬくはずだ。

(でもベルは、そういうの全部ひっくるめて迷惑かけたくねーとか考えてんだろうな。マジで馬鹿。みずくせーやつ)

 ウィルヘルミナ自身は気付いていないが、ベルンハートの思考回路は、ウィルヘルミナ自身にも通じるものがある。だからこそベルンハートの心情を、ここまで理解することができるのだ。

「別に、迷惑なんかじゃねーのにな」

(オレが助けてやらねーと)

 絶対に助けるのだと、ウィルヘルミナは気持ちを新たにする。

 弟にはもう二度と会うことはできない。

 身代りにするつもりはないが、ベルンハートを弟の分まで大切にして、絶対に守りきるのだと心に決めた。

 そうやってウィルヘルミナは決意を新たにしていたが、不意に横向きになって膝を抱え込むようにして丸くなる。

 思いがけず前世を思い出してしまった事で、急に虚しさと寂しさと喪失感とがこみあげてきたのだ。

 この世界にも、家族に等しい人々は存在する。

 ラウリ、トーヴェ、イヴァール。

 厳しくもあるが、揺るがぬ無条件の愛情とともに接してくれる、ウィルヘルミナにとってかけがえのない大切な人たち――――。

 しかし、彼らは過去のウィルヘルミナの家族の在り方とは、少しだけ違う存在だった。

 ラウリたちは、家族であると同時に同志とも呼べるような存在だ。

 今のウィルヘルミナには、前世と同じかたちの家族と呼べるような存在は、もういないのだ。

 そう自覚すると、途方もない孤独感に襲われた。

 ウィルヘルミナは硬く目を閉じ、自分で自分の体を抱きしめる。

 その時の事――――。

 突然室内に人の気配を感じた。

 ウィルヘルミナは、ハッと目を見開き、弾かれたように起き上がる。

 するとそこには、暗い室内に静かにたたずむイルマリネンの姿があった。

 イルマリネンの姿を見咎めると、ウィルヘルミナは疲れた表情で盛大なため息を吐き出す。いつも通りの予告なしの来訪に、怒りを通り越して呆れを感じていた。

「またお前かよ…。つか、何でこんなとこにいんだよ。ここカヤーニだぞ? 壁の畔からはかなり離れてるだろ。この前は壁の畔にいたのに…まさかついてきたのか? てめーサイコパスなだけじゃなく、ストーカーでもあんのかよ」

 イルマリネンは、首を傾げる。

「すとーかー? それはなんだ?」

 きょとんと目をまたたくイルマリネンを見て、ウィルヘルミナは毒気を抜かれ、それ以上問い質す気力が失せた。

(まあ悪意とか敵意はないんだよなこいつ。ただ、全く話の通じねーロリコンのサイコパスではあるけど)

 ウィルヘルミナは、ベッドの上で胡坐をかいてイルマリネンを見上げる。

「で、お前は何しに来たんだよ。どうやってこの部屋に侵入した」

 イルマリネンは、じっとウィルヘルミナを見下ろした。

「ウィルヘルミナ、お前が泣いている気配がした。だから来た」

 ウィルヘルミナは怪訝な表情で見上げる。

「は? 泣いてなんかねーよ。見たらわかるだろ」

 しかしイルマリネンは静かに首を横に振った。

「いや、そなたの心は確かに悲しんでいた。契約した者の感情は、離れていても手に取るようにわかる。怒りも悲しみも喜びも全部。お前の感情は、とても真っ直ぐで豊かだ。屈折していない素直な心根が、いつも心地よく伝わってくる。だが、その中でお前の悲しみは、とりわけいつも深い。今日もそうだ、お前は孤独に溺れそうになっていた。だから心配で様子を見に来た」

 ウィルヘルミナは目を見開いて一度固まってから、やがて我に返り額に青筋を浮かべる。

「オレの感情が全部わかる? それマジな話か?」

 怒りを抑えるようにたずねると、イルマリネンは無言でうなずいた。

 その返事にウィルヘルミナは怒りに肩を震わせる。

「てめー、人の気持ちを何、勝手に覗き見してんだよ! この変態! ふざけんじゃねえ!」

 枕を掴んでイルマリネンにぶつけた。

 イルマリネンは、投げつけられた枕を手で受け止める。怒っている理由がわからず、不思議そうに首を傾げていた。

 ウィルヘルミナはベッドから降り、怒りの表情のままイルマリネンの目の前に立つ。

「だいたいオレはその契約ってやつを承諾した覚えはねー。今すぐ解消しろ」

「いやだ」

「いやだじゃねーよ。オレが了解してねーのに、何で勝手に契約なんて結ぶんだよ。それこそ契約に違反してるんじゃねーのか!?」

「私はそなたの――――」

 イルマリネンは一度反射的に口を開きかけたがそれを閉じ、しばしの間黙り込み、やがて言葉を選ぶようにして口を開いた。

「私は…そなたが……気に入っている。だから契約の解消はしない」

「オレはお前を気に入ってねーんだよ。解消できるなら、今すぐしろ!」

「それだけは絶対に嫌だ」

 ウィルヘルミナはガシガシと頭を掻きむしる。

「くそっ、話になんねーなお前。オレは、勝手に心の中をのぞかれるのは嫌なんだよ!」

 イルマリネンは静かに首を傾げた。

「では、お前の心を勝手に覗き見なければ契約を続けてもいいのか?」

「契約を解消する気がねーんだったら、絶対にそうしろ。勝手に俺の心の中を盗み見るんじゃねーよ、変態」

 イルマリネンはふむと考え込む。

「では、一つだけ約束が欲しい。窮地に陥った時には必ず私を呼ぶと約束してほしいのだ。今のままでは、お前は絶対に私を呼ばないだろう? それではお前が危機に陥った時に気付けない。お前の身に危険が迫った時に、ちゃんと私を呼んでくれると約束してくれ。それならば勝手に心を読まないと約束してもよい」

「は? なんだよそれ…」

 ウィルヘルミナは困惑を露にした。

「私は…二度と契約者を失いたくはない。お前を守りたいのだ。お前の役に立ちたい。必要とされたい。そして、お前に名を呼ばれたいのだ。なあ、私の真名を呼んでくれないかウィルヘルミナ」

 イルマリネンが手を伸ばしてきた。

 そこでウィルヘルミナは、大きくのけぞってその手をかわす。

「気安く触んなこの変態!」

 すると、イルマリネンが悲しげに眉尻を下げた。

「どうして名を呼んでくれないのだ。私の真名は教えただろう」

 まるで捨て犬のようにしょんぼりとしたイルマリネンを見て、ウィルヘルミナはため息を吐き出す。

 面倒そうに髪を掻き毟ってから、しかたないと言った表情で口を開いた。

「確かイルマリネン…だったよな。イルって呼んだ方がよかったんだっけ?」

 投げやりに言うと、イルマリネンが嬉しそうに笑う。

「そうだ、イルマリネンだ。周囲に人がいない時にはそう呼んでいい」

(前にも同じこと言ってたな。つまり、他人に名前を知られたくないってことか)

 そんなことを考えながらも、屈託のない笑顔を見せるイルマリネンにウィルヘルミナは毒気を抜かれた。

「名前呼ばれたくらいでそんなに喜ぶなんて変なヤツ」

「お前に初めて名を呼ばれたのだ。嬉しいに決まっている」

 そんなイルマリネンを見て、ウィルヘルミナは考え込む。

(名前を呼ばれて喜ぶって…なんなんだろうな? 他の人間には名前を知られたくないみたいなのに。でも、名前にこだわるってことは、やっぱりこいつは、精霊なのか? もしかしたら、人が契約できなくなった精霊か?)

 かつて人は、失われた叡智に付与されている魔法を使える精霊たちとも契約できていた。だが、現在は契約できず、時間と共にその名も忘れ去られている。

 それらの精霊と契約できなくなった事情には諸説あり、今となっては理由は定かではない。

 ただ一説では、精霊が人間に愛想を尽かして召喚に応じなくなったと伝えられている。そして、そのまま名前も忘れ去られてしまったという話だ。

(でも、前に壁の畔で聞いた時には精霊じゃないって言ってたよな。精霊は嘘をつかないし…じゃあこいつはなんなんだ?)

 出会った当初から感じている疑問がふと脳裏をよぎる。

(あれ? でもまてよ。もしかしてこいつは――――)

 イルマリネンからは害意が感じられなかったこともあり、特に警戒もしていなかったため、今までイルマリネンの素性について深く考えることもなかったが、しかし、こうして改めて考え直してみると、不意にある可能性に突き当たった。

 ふと思い当たったその可能性に、ウィルヘルミナは小さく息をのむ。

「なあ、お前さ…精霊じゃないんだよな?」

 確認すると、イルマリネンはうなずいた。

「じゃあさ、まさか神獣だとか?」

 イルマリネンは、しばし考え込んだ。

「『神獣』か…。そうだな、かつて人間に、そのように呼ばれていたこともあったな」

 ウィルヘルミナは目を見開いた。

(まじか!? よく考えたら、こいつの目、神獣眼だもんな。最初は、もしかしたらとか、ちょっとだけ思ってたんだけど、でも、こいつが神獣のイメージから、あまりにもかけ離れすぎてたから可能性を消したんだよな。でも、あれ? なんかおかしくね? 確か神獣はプライドが高くて気難しい奴が多いんだよな? だから契約が難しくて、気に入らない相手だと殺されるって聞いてたんだけど…。なのに、なんで神獣の方から無理やり契約を迫ってくるんだよ? 契約を取り消せって言っても取り消さねーし。こいつ全然神獣っぽくねーじゃん)

「なあ、神獣ってかなり気位が高くて、人間に力を貸す奴は少ないって聞いてるんだけど。お前の場合それに当てはまらないのはなんでだ?」

 イルマリネンは、少しだけ表情を硬いものに変える。

「私は人間が嫌いだ。自分勝手で傲慢で欲が深い。だから私が人間に力を貸すことはない。もし私を召喚して契約を結ぼうとする人間がいても必ず殺す。私は絶対に契約などしない」

 その発言に、ウィルヘルミナは頭痛を覚えつつイルマリネンを見た。

「あのさ、オレもその人間の一人なんだけど?」

 するとイルマリネンが、遠くに思いをはせるように目を細める。

「…そうだな……。だが…お前だけは特別なのだウィルヘルミナ。私は人間が嫌いだが、お前だけは違う。むしろ、とても好ましく思っている。お前の魔力も、血の味も、心根も、全てが好ましいのだ」

(神獣は好き嫌いが激しいって聞いてたけど、それは本当みてーだな。でも、オレ特別枠なんて必要ねえんだけど)

 ウィルヘルミナは、指で頬をかく。

「あのさ、人間嫌いならわざわざ契約してくれなくてもいいんだけど。解消してくれて、一向に構わねーぞ」

「断る」

「だ、か、ら、何でだよ!? 人間嫌いの癖に、どうしてオレには拘んだよ? だいたいオレは、勝手に心を読まれるのはいやなんだよ。契約解消しろよ!」

「解消はしない。だが、お前が心を読むなというなら、読まないように配慮してもいい」

 そう言ってイルマリネンは考え込んだ。

「しかし、やはり心配だな。今ここで、窮地に陥った時に必ず私を呼ぶと約束したところで、ウィルヘルミナは実行するのを忘れる可能性が高いからな。やはり約束など当てにならない」

「おい、失礼なこと言うなよ」

 ウィルヘルミナが突っ込むが、イルマリネンは相変わらず考え込んでいる。やがてひらめいたという様子で顔を上げた。

「そうだ、ずっと側にいることにしよう。そうすれば考えを読まずとも安心できる。それでよいか?」

「は!?」

「お前は約束を破るかもしれない。そんな状態では心配だろう? だから、いつでもお前の危機に気付けるように、ずっと側にいればよいのだ」

 ウィルヘルミナは、思わず絶句してイルマリネンを見返した。

 どうやらイルマリネンは本気のようだ。

 ウィルヘルミナは頭を抱えた。

(マジかー。神獣眼の奴を、大っぴらに連れて歩けるわけねえだろうが。どうすんだよ。これってオレが折れるしかねーのか?)

 だが、常に他人に心の中をのぞかれている状態というのは、どうも気分が悪い。納得できるはずもなかった。

 ウィルヘルミナは大きなため息を吐き出す。

「ちょっと考えさせてくれ。それまでは今の状態で我慢してやる。だから側にいるのは勘弁な」

 しぶしぶながらも譲歩すると、イルマリネンは満足そうにほほ笑んだ。

(トーヴェ先生に相談してみよう。もしかしたら人間側から契約切る方法もあるかもしんねーし)

 ウィルヘルミナが疲れた表情でベッドに座ると、不意にイルマリネンが顔をあげ、冷たい表情でドアの方向を無言で見やる。

 急に表情を変えたイルマリネンを、ウィルヘルミナが怪訝な顔で見ていると、やがてイルマリネンの姿が突如消えた。

「!?」

 ウィルヘルミナがベッドから立ち上がり、驚いた表情のままイルマリネンの消えた場所を見つめて固まっていると、部屋のドアがノックされる。

「レイフ君起きていますか?」

 声の主はザクリスだった。

「話声が聞こえたみたいだけど、どうかしましたか?」

 ドアの向こうから聞こえた声に、ウィルヘルミナは我に返ってドアに向かって声を返す。

「ごめんザクリスさん、なんでもない。ちょっと寝ぼけただけ」

 以前ラウリたちにも使った手でごまかすと、ザクリスは『開けるね』と声をかけてから扉を開けた。

 扉の中をのぞき込み、誰もいないことを確認すると『盛大な寝言だったね』と笑いかけてくる。

(くっ! またこのパターンか。あんなでけー寝言いうわけねーだろ)

 内心でそう思いつつも、仕方なく不名誉を受け入れた。

(それにしてもイルマリネンの奴、マジで人間嫌いなんだな)

 姿が消える間際の、憎しみすら感じられそうだったイルマリネンの横顔を思い出し、そんな思いを抱いた。


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