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四壁の王  作者: 真籠俐百
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 家に着いたウィルヘルミナは、さっそく荷物をまとめはじめる。

 すると、何故かザクリスまで荷造りをはじめたことに気がついて、ウィルヘルミナは怪訝な表情になった。

「ザクリスさん、なんで荷物まとめてんの?」

 ザクリスは、きょとんと目をまたたく。

「え? だって三日後に出発するでしょう?」

「そうだけど…え?」

(もしかして、ザクリスさんラハティまで送ってくれるつもりなのかな)

 お互いに意味が分からないといった怪訝な表情で見つめあったが、確認するべくウィルヘルミナは口を開いた。

「ザクリスさん、もしかしてオレの事ラハティまで送ってくれるつもりだったりする?」

「え? 送る? 送るだけではなく、一緒にラハティに行くつもりだけど?」

「は!? 何で?」

「え? レイフ君こそ何を言っているの? 私が言い出したことなのに、ベル君の事をレイフ君だけに押し付けるわけがないでしょう」

「そうなのか!?」

 純粋に驚くウィルヘルミナを見て、ザクリスは呆れたようなため息を吐き出す。

「私の方こそその考え方に驚きだよ。イヴァールから君の事を頼まれているのに、途中でその約束を放棄するはずがないでしょう。それに言い出したのは私だ。もちろん私もラハティに行くよ。教会を破門された私が、関係者として教会学校に潜入することは難しいけど、できるだけ近いところで関われるようにする。その辺りはフレーデリクさんとも打ち合わせしておくから」

(そっか、ザクリスさんの性格からしたらそうだよな。途中でオレの事放り出すわけがないか)

 結局ザクリスの事まで巻き込んでいたことを反省するように視線を伏せたその時、来客があった。

 ザクリスが応対のために玄関に向かう。

 来客はトーヴェだった。

 ウィルヘルミナは驚いた表情で立ち上がる。

「トーヴェ先生! どうしたんだよ」

 トーヴェは、やれやれとばかりにため息を吐き出した。

「どうしたじゃありませんよ。ラハティ行きの件について、打ち合わせをしに来たに決まっているでしょう。まったく。確かに私は好きに行動していいとは言ったんですけどね。あの場で勝手に結論を出すのは早計でしたよ」

「もしかして、駄目だった?」

 トーヴェはもう一度溜息を吐き出してから首を横に振る。

「いいえ、そういうわけではありませんけど。少しは相談してくださってもよかったのでは? その後に結論を出しても遅くはなかったはずです」

 恨み言のように言ってから、気持ちを切り替えるようにしてザクリスを見た。

「貴方も同行してくださるわけですね」

 トーヴェが確認すると、ザクリスはうなずく。

「もちろんです」

「そうですか。では宜しくお願い致します。教会学校の方には、イヴァールを向かわせます。早めに手配をしますが、何分色々と厳しい時期ですので、この場でいつまでにとは確約できません。イヴァールが合流するまで、どうかこの方の事をよろしくお願いいたします」

「わかりました。ただし私にも事情がありまして、教会学校内に潜入することは無理ですので、支援方法はフレーデリクさんとも相談してみます」

 トーヴェは、了承の意味でうなずいてからさらに続けた。

「ところで、ザクリスさんはこの方の事についてイヴァールからどのように伝えられていますか?」

「イヴァールからは何も聞かされていません。しかし、あなた方の態度から、一応どなたであるのかは推測できています」

「つまり、それは…?」

 言葉少なに先を促し問いかけるトーヴェから視線を外し、ザクリスはウィルヘルミナを見やる。

「そうですね、レイフ君が女性であることはとうに気づいていましたが、他にも眼帯の奥には神獣眼が隠されているであろうことも推測できています」

「まあ、そうだろうとは思いました」

 トーヴェは納得したが、ウィルヘルミナはというと、ぎょっと慌てた様子で眼帯の上から左目を押さえた。

(げ!? ばれてんの!? なんで!? いつ!? 女だってことがバレてた時もそうだけど、そんな素振り全然なかったじゃん!?)

 その姿を見て、トーヴェはげんなりした様子でウィルヘルミナを見やる。

 一緒に暮らしていながら、ザクリスに素性を知られていることに全く気づけていなかったウィルヘルミナの危機感のなさに、改めて疲労と不安を覚えたのだ。

 沸々と怒りが湧き上がってきたトーヴェは、ウィルヘルミナの前で腕を組み、仁王立ちする。

「その態度から察するに、全く気付いていなかったというわけですね? 貴女のその愚かで無謀で無頓着で考えなしのところは大いに問題ですよ。何故もっと周囲に気配りできないのですか」

 ウィルヘルミナは小さくなって嫌な汗を掻く。

「すみません…」

「謝って済む問題ではありません。もともとザクリスさんには知られても問題ないと思っていたので、私もあえて隠すような真似はしてきませんでしたが、まさか当の貴女自身が素性を知られていることに気付けていないとは思ってもみませんでしたよ。ベル様たちに対してもそうですが、あれだけのことをしておきながら、素性が隠し通せているなどと、どうして思えるのですか。どこまでおめでたいのですか貴女は!?」

(だってわからなかったんだからしょーがねーじゃん)

 唇を尖らせつつそんなことを思っていると、トーヴェの目がすっと細まった。

「その態度、全く反省できていないようですね」

 ウィルヘルミナは青くなり、弾かれたように顔を上げる。

「いえ! 反省しています! ちゃんと反省してます!!」

(やべー、今のがばれたらまた一晩かけての説教コースだ! トーヴェ先生が本気で怒ると、怖いしめんどくせーんだよな。眼鏡以上にねちねち怒ってくんだもん)

「おかしいですね、先程はそのような態度には全く見えなかったのですが」

「これ以上ないってくらいに猛反省してます!! ごめんなさい!」

 必死に謝るウィルヘルミナを見て、ザクリスがくすりと笑った。

「反省しているかどうかについては別として、トーヴェさんの事は本気で怖がっているみたいですね。いつもは軽んじているのに」

 ウィルヘルミナはぎょっとした表情でザクリスを振り返る。

(反省しているかどうかは別!? 軽んじてる!? なんつーこと言ってくれるんだこの人!? 天然で燃料投入してくれやがったよ!!)

 トーヴェは頭痛を覚えたような表情で、しみじみとうなずいた。

「そうなんです。この方は私やイヴァールの事を侮っておられるんです。それに、この方を反省させるのは至難の業でして…。反省させることができるのは、唯一この方の御爺様くらいなのですよ。それ以外の人間の言葉は馬耳東風。我々の話なんて半分くらいしか覚えていないんですよ」

「先生! それはいくらなんでも言い過ぎ。心外だ。オレだってちゃんと先生たちの話聞いてるし、覚えてもいるよ!」

 トーヴェは、ほうと目を細める。

「我々の話を聞いておきながら、あの態度と記憶力なのですか」

(え? え? どの態度? 記憶力?? オレ、なんか忘れてたっけ?)

 ウィルヘルミナは内心で焦った。

 こうして改めて考えてみると、色々と心当たりが多すぎる。

 トーヴェは、いったいどの時のことを言っているのだろうと、一人疑心暗鬼になった。

「えーと、先生たちの事を侮ったりなどしていませんし、話もちゃんと聞いていマス。それに八割くらいは覚えていマス」

 微妙に視線をそらし、冷や汗をかきながらとりあえず否定してみる。

 するとザクリスはまた笑った。

「まあ、今はこれくらいにしてあげましょう。今回のことが少しは教訓になるのでは?」

『そうなればいいのですが』と、諦めと期待とを込めて呟きながら、トーヴェは不承不承言葉を収める。

「カヤーニでならば危険はかなり少ないと判断していたので、あまり厳しくは言いませんでしたが、ラハティでは同じようにはいきません。身元については、今度こそ必ず隠し通してください。いいですね」

「はい!」

 背筋を伸ばしてよい返事をするウィルヘルミナを、トーヴェはうろんな顔で見つめた。

 疑わしそうなトーヴェの視線にさらされながら、ふとウィルヘルミナはあることに思い当る。

「あ、でもベルにはどうすんだ? オレの事話すのか?」

 トーヴェは考え込んだ。

「ベル様の御気性からして、詮索してくるようなことはしないでしょう。あの方は、懐に入れた人間には寛大な人ですから。あえてこちらから教える必要はないと思います。修道士見習いのレイフ・ギルデンのまま通しましょう。ですが、ベル様は教会学校で宣誓することになりますので、あの方の素性はじきに明らかになります」

 トーヴェはそこで一度言葉を切ってからウィルヘルミナを見る。

「今私の口からあの方の素性をはっきりと申し上げることはできませんが、心しておいてください」

「まあ、なんとなーく想像はできてるよ。どうせ王家絡みの人間だろ?」

 トーヴェは答えず、曖昧な表情を返した。

「あの方も、貴女と同じくらいに危険で過酷な立場にある方です。ですが、この危機を乗り越えることができたなら…。貴女たちが作り上げる未来は、きっと今より素晴らしいものになるでしょう。私はそう確信しています」

 そう言って、トーヴェは力強くうなずいてみせた。

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