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四壁の王  作者: 真籠俐百
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 ウィルヘルミナは、庭に寝転がり、ぼんやりと空を眺めていた。

 ザクリスは、今回の件に関してくぎを刺すために、フレーデリクに会いに出かけている。

 一人家に取り残されたウィルヘルミナは、魔法陣の続きを書く気にもなれず、こうして不貞腐れるようにして庭に寝転がっていた。

(ザクリスさんの言うことには一理ある。それはわかってんだ…。けど、どうしても納得できねーんだよな)

 自分ならば助けられる。

 それを、保身のために見なかったふりをすることが、本当に正しいことなのだろうか。

 ウィルヘルミナは何度もそう自問する。

(確かに、ベイルマンみたいな名家が、わざわざ南壁にまで足を延ばして人材や魔法具を探しているとなると、相当厄介な問題を抱えているのかもしれねえ。現状では、どこからオレの居場所が北壁に漏れる事になるかもわからねーわけだし、冷静に考えたら、確かに首を突っ込むべきじゃねえのかもしれねえ。だけど、やっぱり見過ごせねえんだよな…)

 ベルを狙っていた闇界魔法の使い手の件だって、まだ解決できていないのだ。こんな状況で、新たな問題に関わるべきではない。

 それに、うかつに関われば、自分のみならず、周囲にいるザクリスやトーヴェまでもを危険にさらす懸念だってある。慎重になるべきなのは、ウィルヘルミナ自身もいやというほどわかっていた。

(けどなあ、自分の安全が約束できねえからって、助けられる人間の窮状を知っていながら、それを見ない振りすることが、自分の立場を理解するってことなのか? 安パイ選ぶのが人の上に立つってことなのか? なんかそれはちがくねーか?)

 釈然とせず、ぐるぐると出口のない考えを彷徨う。

「あー! くそっ! これ以上じっとしてらんねー」

 ウィルヘルミナは、イライラした様子で頭を掻きむしった。

「先生に稽古でもつけてもらいに行くかな」

 ハーッと深いため息をつき、ウィルヘルミナはとぼとぼと歩き出す。

 今は無性にトーヴェの顔が見たかった。

(オレ一人の責任で済む事なら、こんなにも悩まねえんだけどな…)

 沈んだ表情のまま思考の迷路をさまよい、歩き続けていると、いつの間にかロズベルグ邸に着いていた。

 トーヴェへの面会を求めると、すぐに取り次いでもらえ、間をおかずしてトーヴェが現れた。

「どうしたんですか? そんな情けない顔をして…珍しいですね」

 トーヴェは、ウィルヘルミナを見るなり軽口を言う。

 ウィルヘルミナは、不満そうに口をとがらせた。

「別に…情けない顔なんてしてねーよ。ただちょっと人生の迷路で迷っちまっただけだ」

 するとトーヴェが声をあげて笑う。

「人生の迷路とは、また大きく出ましたね」

 笑いながらトーヴェは片膝をついてウィルヘルミナと視線の高さを合わせた。

「で、その迷路とはどういうものですか?」

 軽口で揶揄いつつも、真摯に耳を傾けてくれるトーヴェの顔を見ると、ウィルヘルミナは安心する。

 トーヴェの視線に促され、ウィルヘルミナはぽつりぽつりと胸の内を語りはじめた。

「なるほど、つまり貴女は救ってあげたいとお考えなのですね? でも、周囲への迷惑を考えると行動できない。だからどうすべきなのかわからないと」

 ウィルヘルミナはうなずく。

 本音では、今すぐ行動に移してしまいたいと思っていた。

 けれども、自分の行動の結果が予測できなくて、怖くて踏み出せないでいる。

 しかし――――。

 改めてトーヴェに相談したことで、気づいたことがあった。

(なんか言葉に出してみると、頭が冷えてきたな。結局、オレの中の答えは、もう決まってたんだ。なのに、わざわざ先生に聞いてもらいにくるなんて…。こんなのただ甘えてるだけじゃん。うっわ、はっず)

 口に出して誰かに聞いてもらったことで、改めて自分の気持ちを再認識させられた。

 トーヴェに相談するまでもなく、自分の中で答えはもう出ていたのだ。

 ここへ来たのは、ただ自分の意見を肯定し、背中を押してもらいたかっただけ。

(つまり、こうやって先生に相談したのは、一人で考えた事じゃねえぞ。ちゃんと相談したぞって、先生の事巻き込んでアリバイつくりに来たようなもんじゃねーか、ダサすぎ)

 トーヴェを、自分が行動に移すための保険がわりにしてしまった事に気づいてウィルヘルミナは羞恥を覚えた。

「先生…ごめん、オレ甘えてたわ。ズルかった。やっぱりオレ、一人で考えて決め――――」

 その言葉を遮るようにして、微笑みを浮かべたトーヴェが口を開く。

「いいんですよ、貴女は私を好きに利用してくださって。私の忠誠は、貴女とお爺様に捧げているのですから」

「でも、オレは大事な判断を先生任せにしようとした。本当は、心の中ではほとんど答えが決まってるのに。ただ自信がなくて、迷ってたから先生を都合よく利用しようとしたんだ。先生ならオレの考え尊重してくれるのわかってたから」

 トーヴェは、ほほ笑んだまま首を横に振ってみせた。

「言ったでしょう。それでいいのだと。私は、貴女の決定には無条件で従います。貴女は、ただご自分が思うままになさればいい。お爺様も常々仰っていましたよ。貴女に自由にふるまわせてやってほしいと。私は、ただ貴女の下した決断に従うようにと仰せつかっているだけです。もし結果的に、貴女が下した判断が間違いであったとしても、私はその間違いによる傷が浅くなるように動くだけの事です。貴女は、ご自身の判断を信じて進んでいけばいい。そうして、何度も失敗しながら最善を見つけられるように成長していけばいいのです。失敗を恐れて縮こまっているなんて貴女らしくありませんよ」

「先生…」

「それに、最初から全てを完璧にこなせる人間なんていないんです。私だっていまだに間違いますからね」

「先生が? ほんとかよ」

 トーヴェは眉根を寄せて頼りなさげに笑った。

「そうですね、たぶんここにイヴァールが居たら、私は叱り飛ばされますよ。お前は甘いってね」

(あーそうだな。イヴァール先生の考えは、たぶんザクリスさん寄りだよな)

「ですが、甘いのは性分ですからしかたありませんよね。今更直しようがありません」

(先生のこういうとこ、まじでいいよな。ホッとする)

 ウィルヘルミナは微笑みを浮かべる。

「先生ありがと、オレ覚悟きまったよ」

 そう告げてから、ウィルヘルミナはトーヴェの背後へと視線を向けた。

 そこには、二人に向かって歩み寄ってくるザクリスの姿が見える。

 ザクリスは、フレーデリクにウィルヘルミナの事を口外しないようにとくぎを刺し終え、家に戻ろうとした途中で二人の姿を見つけていた。

 ザクリスは、ウィルヘルミナの顔を見て厳しい顔に変わる。

「レイフ君、君のその顔を見れば、何を言おうとしているのか言われなくてもわかる。でも私は言ったはずだよ。この件に関わってはいけないと。危険すぎるんだ」

「わかってるよ」

「いいや、わかってないよ」

 厳しく言い切って、ザクリスはちらりとトーヴェを見た。

「どうして貴方は止めないんですか。これは、私の勘でしかありませんが、今回の件、もしかしたらベル君の魔法具の事件とかかわりがあるかもしれませんよ」

 ウィルヘルミナは驚いた顔に変わる。

(え!? そうなのか? でも、そうか…だからザクリスさんはあんな厳しいこと言ったのか…)

「ねえザクリスさん、なんでそんなことがわかるんだ?」

 ザクリスはウィルヘルミナに視線を移した。

「昨日も言ったけど、彼が必要なのは聖界三位の魔術師か魔法具と言っていたんだ。でも、たとえそれが見つかったとしても、それで解決できるかどうかわからないと自信がなさそうな言い方だった。レイフ君は例外として、通常『三位』は、人間が到達できるとされている最高位の魔法。それで解決できないとなると、例のベッド型魔法具と同じくらい難しい問題と考えていいんじゃないかな。そんな高位の闇界魔法を使うことが出来る人間は、この世にそう何人もいないと思うんだ」

 そこでザクリスはトーヴェに視線を移す。

「私の考えすぎかもしれませんが、もし仮に、今回の件が、ベル君を救った聖界魔術師をおびき出し殺すために、敵が仕組んだ罠だったとしたらどうするつもりなのですか?」

 トーヴェは静かに立ち上がった。

「もしそうだとしても、すでに関わってしまった以上、いずれ戦わねばならぬ相手です。それに…」

 そこまで言って、トーヴェは一度ウィルヘルミナを振り返る。

「我が主は、絶対に負けませんよ。そんな腰抜けに育ててはいません。たとえどんな敵が相手であっても、必ず勝ちます」

 そう言い切ってザクリスを見た。

「ただ、今、私が見守れる範囲は限られています。今の私には別の務めがありますので。もし、私の目の届かないような場所で活動するような事態に陥った場合、その時は貴方にこの方を託したいのです」

 トーヴェの言葉に、ザクリスは苛立ったように睨みつける。

「随分と勝手な言い分ですね。私は反対しているのです。レイフ君の無謀を肯定しているのは貴方でしょう。なのに、私にレイフ君を守れと言うのですか? 身勝手過ぎませんか? 私はただの金界魔術師ですよ?」

 トーヴェは、ザクリスの怒りを受けても全く動じなかった。

「大丈夫です。貴方はイヴァールが選んだ人間だ」

 すると、ザクリスの方がぐっと息を詰める。

 トーヴェは静かに続けた。

「私は、イヴァールの人選を疑わない」

 ザクリスは、首を横に振りながらため息を吐き出す。

「全く根拠がない自信ですね。話になりません」

 トーヴェは、不思議そうに首を傾げた。

「そうですか? 私にとっては、これ以上ない根拠なんですけどね」

 ウィルヘルミナは、表情を引き締めて一歩前に出る。

 トーヴェとザクリスの視線が、ウィルヘルミナに集まった。

「あの…さ、もしザクリスさんの言う通り、ベルの件を阻止した魔術師――――つまり、オレの存在が邪魔で、始末するためにおびき寄せようと仕掛けられた罠だったと仮定して、それでもやっぱりオレに救える人がいるなら助けたい。だってザクリスさんの仮定が本当の事だとしたら、その被害者は全く無関係なのに、俺をおびき寄せるために呪い受けたかもしれない可能性だってあるだろ? だったらやっぱり、オレは助けたいよ」

「レイフ君は、わかっていて、自分から罠に飛び込むつもりなの? 何度も言うけど無謀すぎるよ。そもそも、君が何故北壁を離れて南壁にいるのか、そこをよく考えてみて?」

 ウィルヘルミナは、一度視線を伏せる。

「もちろん考えたよ。御爺様やイヴァール先生には申し訳ないって思ってる。でも、オレなりに色々と考えてはみたけど、やっぱりオレは助けたいよ。オレには、ザクリスさんが言う、人の上に立つってことが未だによくわからねえ。危険かもしれねえっていうだけのただの予測で人を切り捨てて、救えるかもしれない人間を見殺しにする。そうすりゃ確かにオレは無事でいられるのかもしれない。けどさ、それってちがくね? 人の上に立つってことは、自分の保身に回るってことなのか?」

「そうじゃないよ。慎重に行動するべきだと言っているんだ。今のレイフ君のように、罠とわかっていながら飛び込むことは、死地に自ら飛び込むことと同義だよ。厳しいことを言ったら、君の判断が、他の罪のない人間を殺す可能性だってある。だから慎重に行動しろと言っているんだ」

 その言葉に、ウィルヘルミナの心は少しだけぐらついた。

 でも、さっき聞いたトーヴェの言葉を思い出す。

「わかった、ザクリスさんの言う通り、ちゃんと慎重に行動する。だからやらせてくれ」

 ザクリスが目を見開いた。

「今の話の流れを聞いて、どうしてそういう返事になるの」

「オレ、欲張りなんだ。みんなの事を救いたい。オレが慎重に行動してうまく立ち回れば、全員助けることが可能かもしれない。その可能性に賭けたい。だからやらせてくれ」

 その言葉に、トーヴェは静かに微笑みを浮かべる。腹は決まった。そんな顔をしていた。

 ザクリスは呆れたような顔に変わる。

「本当に君たちは…。知りませんよどうなっても…」

 ザクリスは諦め顔につぶやいてから、トーヴェを睨みつけた。

「貴方は私をあてにしているようですが、私はもうかなりの間実戦から遠ざかっていています。正直言って、そういう意味で役には立ちませんよ。レイフ君を守るなんてとてもではないができません。そこは理解してください」

「それは大丈夫です。助言をしてくださればそれでいいのです。後は本人が何とかできます。とても聡い方なので」

 ザクリスは、今日何度目かになる溜息を吐き出す。

「では、その前に、少しでも多くの情報を集めておきたい。協力してくださいますよね」

「もちろんです」

「ザクリスさん! ありがとう!」

 ウィルヘルミナは笑顔を浮かべてザクリスに飛びついた。

 ザクリスは、よろめきながらその体を受け止め苦笑する。

「本当に困った子だね、レイフ君は」

 ザクリスに抱きつくウィルヘルミナを見て、トーヴェは頭痛を覚えたよう額を押さえた。未婚の女性がしていい行動ではない。言葉にはしなかったが、苦々しい表情で二人を見ていた。

 そして、なかなか放れない事に業を煮やし、トーヴェがウィルヘルミナを無理やり引き剥がす。

「こんなことイヴァールに知られたら、滅茶苦茶叱られそうだ。その時は、レイフ君もトーヴェさんも、一緒に怒られてくださいよ?」

 ザクリスの言葉に、ウィルヘルミナはニカッと笑った。

「了解! オレ、イヴァール先生には怒鳴られ慣れてるからへーき!」

「全く…君には敵いませんね…」

 ザクリスは、諦めたように微笑んだ。


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[気になる点] 主人公が善良すぎて人間味がなく、感情移入できない。 見た目通りの年齢なら理解できるけど、中身成人しているとは思えない。
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