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四壁の王  作者: 真籠俐百
19/112

18

 ウィルヘルミナとザクリスが朝食をとっていると、そこに来客があった。

 それは、ベルだった。

 ベルは四人の供を連れており、その四人は、昨日フレーデリクに連れられて訪れた屋敷で会った面子と、ほぼ一緒だったのだが、しかし、一人だけ昨日いなかった人物がそこに紛れていた。

 その人物を見た瞬間、ウィルヘルミナは思わず食べていた物を吹き出しそうになるほど驚いた。

 ベルが連れていたのは、フレーデリク、カスパル、ラガスと、そしてもう一人――――。



「ザクリスさん、随分とすっきりしましたね。久しぶりにその姿を見ましたよ。見違えました。その方が、断然いいですよ」

 一日にして小奇麗な姿に生まれ変わったザクリスを見て、フレーデリクが感心した様子で褒めている。

 カスパルもその意見に同調し、隣で大きくうなずいていた。

「今までは、かなり酷い有様でしたからね。これからもきちんと身だしなみを整えてくださいね」

 フレーデリクが、まるで母親のようにちくりと釘を刺す。

 ザクリスは、面目ないと言いながら素直に頭を下げていた。

「ザクリスさんのこの良い変化も、きっとレイフ君のおかげなのでしょうね。レイフ君、昨日はありがとうございます。とても助かりましたよ」

 フレーデリクが、ウィルヘルミナを振り返って笑顔でそう切り出す。

「い、いや、ベ、べ、別に…。ど、どーってことねーよ」

 しかし、その時のウィルヘルミナはというと、大いに動揺していて言葉はどもり、不自然な引きつった笑いをフレーデリクに返すばかりだった。

 動揺を誤魔化そうと平静を装い、わざとらしく口笛を吹く真似をしながら、フレーデリクたちから視線を逸らしてそっぽを向く。

 フレーデリクは、眉をひそめながら首を捻ってみせた。

「どうしたんですか? 昨日となんか違いますね。具合でも悪いのですか?」

 フレーデリクが、のぞき込むようにしてウィルヘルミナと視線を合わせ指摘すると、ウィルヘルミナは大いに慌てる。

「そ、そんなことねーよ! めっちゃ元気だぜ!」

 勢いよく椅子から立ち上がり、とっさに力こぶを見せるようなポーズをとって見せた。

 しかし、明らかに挙動不審で、奇妙な沈黙が訪れる。

「やっぱり変ですね」

 フレーデリクの言葉に、ザクリスもうなずいた。

「そうですね、何か変ですね。ついさっきまでは普通だったのに」

 ザクリスが不思議そうにぱちぱちと目をまたたいていると、フレーデリクが思い当たったという風に手を叩く。

「そうか、もしかしてベル様まで一緒にいらっしゃるとは思わなくて、驚いたのですか?」

「そう! それ! まさしくそれ!」

 ウィルヘルミナは、天の助けとばかりに速攻で頷き、びしりとフレーデリクを指さした。

 だが、あまりの不自然さに再び奇妙な空気が流れてしまう。

 ウィルヘルミナは、一人だらだらと冷や汗をかいていた。

 先ほどからウィルヘルミナは、その人物と必死に視線を合わせないようにしてはいるのだが、微妙に外した視線の外側から、きっつい視線がビシビシと自分に向けられているのを感じている。

(無理だ、こんな不意打ちくらわされて、オレにはこれ以上この場を切り抜ける方法なんて思い浮かばねー)

 その場にいる全員から不審そうな視線を浴びせられながら、ウィルヘルミナは静かにフレーデリクを指していた指をおろし、冷や汗を大量に流しつつも平静を装って着席し、無言で朝食を再開しはじめた。

 全員が、さらに怪訝な表情に変わり、ウィルヘルミナを怪しむように見つめる。

 ウィルヘルミナはもぐもぐと噛んでゆっくりと嚥下し、内心で叫んだ。

(なんで…なんでこんなとこにいんだよ!? トーヴェ先生!!)

 ウィルヘルミナが絶体絶命の気分でいると、その時、呆れたようなため息を吐く者がいた。ベルだった。

「お前は本当におかしなやつだな。なんで急に食事を再開したりしたのだ。今の流れのどこにそういう要素があったのだ?」

「うっせ、オレにも色々と事情があんだよ。ほっとけ!」

 言い返すために顔を上げたところ、偶然トーヴェの顔が視界に入ってしまい、ウィルヘルミナはぎくりと強張り、再び顔をひきつらせてそれ以上の言葉を飲み込む。

 一方トーヴェはといえば、珍しく怒りの表情を浮かべていた。

(何? どういうこと? トーヴェ先生はいったい何に怒ってんだ? オレ何も悪くねーぞ、何にもしてねえし)

 そう思いはしたが、疑心暗鬼に囚われて、己の行動を必死に顧みるもやはり何も思い当ることはなく、ひたすら大量の冷や汗をかく。

 ベルが不思議そうにウィルヘルミナの視線をたどり、その先にいる者に気づいて、ああと声を漏らした。

「そういえば、昨日はいなかったな。彼はトーヴェといって私の護衛だ」

(しってるし。これ以上ないってほどによく知ってるよ! つか、おっさん宮廷魔術師になったんじゃねえのかよ!? いつ転職したんだよ!? 聞いてねーし!!)

 トーヴェは、額にビキビキと青筋を浮かべたひきつった笑顔で一歩前に足を踏み出す。

「お初にお目にかかります。トーヴェ・ヴァルスタと申します。以後お見知りおきを」

「レ、レイフ・ギルデンです。こ、こちらこそよろしくオネガイシマス」

 乾いた笑いを浮かべて返してはみたが、怒ったトーヴェの視線が、真正面からざっくりと突き刺さってきた。

(何で? オレの何が悪いってんだよ!?)

 ウィルヘルミナは耐え切れなくなり、そっとトーヴェから視線を外す。

 その一連のやり取りを見ていたベルが、一人何かを察した様子だった。

 さもあろう。

 ウィルヘルミナもトーヴェも、白い肌に金色の髪、青い目をした紛れもない北方人――――つまり同郷なのだ。

 そして、今までの一連のやり取り、態度から、面識があるであろうことは容易に察することができる。

 だが、ウィルヘルミナの願い――――自分のことを詮索するのはやめてくれという意思を尊重し、ベルはあえて見ない振りを決め込んだ。

「お前、わかりやすすぎるな。そんな風ではこの世の中を渡ってはいけまい」

「んだよ、突然ケンカ売りやがって。いーぜ、オレならいつでも買ってやるぜ」

 ウィルヘルミナは、すぐにファイティングポーズをとり、ベルに向かって構える。

 だが、ベルはそれを無視して澄ました顔で椅子を引き、ウィルヘルミナとザクリスの食卓にちゃっかりと同席した。

「私にも朝食を用意してくれ」

 ウィルヘルミナは、驚いた表情に変わる。

「なんだよ、お前家で飯食ってこなかったのか!? 馬鹿じゃねーの、育ちざかりのくせに朝飯抜くんじゃねーよ」

 ウィルヘルミナは急におかん属性に変わり、かいがいしく朝食の準備をはじめた。

「フレーデリクさんたちも食べる?」

 今までの不自然さは何処へやら。

 意識がそれたため、いつもの調子に戻って、けろりと聞いてくるウィルヘルミナに、フレーデリクもカスパルもラガスも思わず笑ってしまった。

「そうですね、せっかくですからいただきましょうか」

 フレーデリクが代表してそう答え、フレーデリク、カスパル、ラガスが次々に着席すると、むっつりと怒った顔のトーヴェが一番最後に椅子を引いて座る。

 トーヴェは、何か言いたげな視線を始終ウィルヘルミナに向けてはいたが、口を開くことは一度もなく、ただ沈黙を守っていた。

 ウィルヘルミナはというと、あからさまにトーヴェからの視線を避けている。

 二人のその様子で、周囲の人間も色々と察したのだが、ベルと同じ理由で、あえてその話題には触れずにおいた。

 一同は、もくもくと食事をはじめる。

 その空気を断ち切るように、フレーデリクが口を開いた。

「そういえばザクリスさん、例の魔法具を鑑定していただきたいのですが、いつ見ていただけますか?」

 例の魔法具というのは、昨日の事件で問題になっていた例のベッドのことだ。

 話題ができたことに、ウィルヘルミナは安堵する。

 沈黙とトーヴェの視線とに耐えきれなくなっていたのだ。

「私ならいつでもいいですよ。もしよければ今日見に行きましょうか? そうだ、レイフ君も一緒に行こうよ」

 急に話題を振られて、ウィルヘルミナは驚く。

「え? オレも?」

「うん、金界魔法の勉強になるだろうから」

 のほほんと言ってくるザクリスに、ウィルヘルミナは返事をするのに躊躇した。

 何故なら――――。

(トーヴェ先生、すっげーこっち見てくんだけど、どっちなのコレ。行っていいのか? それとも悪いのか? どっちなのか誰か教えてくれ!)

 判断が付かずに黙り込んだ。

 すると、ザクリスがくすくすと笑い出す。

「大丈夫だよレイフ君、一緒に行こう? 一人で留守番させておく方が心配だからね」

 その言葉を受け、ウィルヘルミナはちらりとトーヴェを見た。

 トーヴェは、一緒に行く事を特に反対はしてはいないようだ。ウィルヘルミナは、内心で安堵の息を漏らした。

 だが、トーヴェは相変わらず何かを言いたげに睨み続けている。

(じゃあなんなんだよ。いったい何に怒ってんのこれ?)

 半眼になったトーヴェに睨まれたまま、ウィルヘルミナは黙って食事を続けた。



 その後、一同はベルの屋敷に移動することになるのだが、ウィルヘルミナだけはトーヴェにつかまり、皆がいない場所で叱責を受けた。

 トーヴェは両腕を組み、ウィルヘルミナの前で仁王立ちをする。

「そう、この際、貴女が自らすすんで揉め事に首を突っ込んでいったことには目を瞑って差し上げましょう」

(ちょっと待て、オレはすすんで揉め事に首を突っ込んだ覚えはねえ!)

 そう思ってはいたが、今まで見た事のないトーヴェの怒りの形相を前に、ウィルヘルミナは反射的に縮こまっていた。

(とてもじゃねえけど、そんなこと言える空気じゃねえよな。おっさんがこんなに怒るなんて、みたことねえもん。オレ他になんかやらかしたっけ?)

 トーヴェの怒りに思い当たる節が全くなく、疑問符ばかりが頭に思い浮かぶ。

「ですが、どうしても目を瞑れないことがあります」

 トーヴェの声は、今まで聞いたことがないほど低く、お腹にずずーんとくるような声だった。

「目を瞑れないこと? 何? オレ他になんかしたっけ?」

 その答えを聞いたトーヴェの怒りは爆発する。

「それです! その言葉づかいです!! なんですかその酷い言葉遣いは!? 今すぐ直しなさい!!」

 ウィルヘルミナは拍子抜けし、呆気にとられた。

「え? そこ?」

「そこ? ではありません。そんな言葉づかい絶対に許しませんよ。直しなさい」

「いや、でも急に変えたらおかしいだろ。だって俺は今修道士見習いのレイフ・ギルデンなんだぜ? これはその設定になりきるために必要な事――――」

「そんなものになりきる必要はありません。とにかく今すぐ直しなさい」

 トーヴェが憤怒の形相をしてウィルヘルミナに近づく。

 ウィルヘルミナは、じりじりと後ずさった。

「えーと、わかった、善処する」

 言い捨てて踵を返し逃げ出そうとしたが、トーヴェは逃がさず、ウィルヘルミナの首根っこを引っ掴んだ。

「善処ではなく、直しなさい」

(そうは言っても、今更直したら絶対にみんな変に思うじゃん)

 どうせトーヴェはウィルヘルミナの側に居るわけではない。

 適当にごまかそうと決めて、調子のいい返事を返した。

 しかし、トーヴェはウィルヘルミナのそんな心情を正確に見抜いており、言葉遣いを直せと何度も迫る。

 一方、懲りるという事を知らないウィルヘルミナは、トーヴェの怒りをその場限りの事として受け取り、首をすくめてのらりくらりとやり過ごした。


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