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四壁の王  作者: 真籠俐百
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「ザクリスさんて、ほんとは男前だったんだね」

 ウィルヘルミナは感心した様子でザクリスを見る。

 今のザクリスはというと、以前の薄汚れた姿とは打って変わり、すっきりとした清潔感のある姿に変わっていた。

 フレーデリクたちと夕食を摂った翌日、ザクリスは朝起きるなりウィルヘルミナに身なりを整えるようにと強く促された。全く身なりを気にしないザクリスに、若干潔癖症気味のウィルヘルミナが、とうとう痺れを切らしたのだ。

 半ば強制的に風呂に入るようにいわれて、仕方なくザクリスは入浴し、伸び放題だった髪を切り、髭をそり、用意された清潔な服に着替えて身支度を整えると、まるで別人のようになっていた。

 ウィルヘルミナは、研究に熱中するザクリスの事を、穴倉に籠る汚れたクマだと思っていたのだが、身ぎれいにすると二十代半ばくらいの適度に鍛えられた肉体を持つ好男子だった。

 真っ直ぐな黒髪は日の光を浴びると艶のある輝きを増し、若干たれ眼がちの茶色の目は和いだ湖のように静かで知的な光が宿っている。背が高いこともあり、見目の良さは数段増して見えた。しかも、穏やかな性格がそのまま顔に現れていて、絶えず優しげな笑顔を浮かべているので、とっつきやすく、素直にモテそうに見えた。

「そんなことないよ。きっとレイフ君の方がもっと格好よくなるよ。君はとても綺麗な顔立ちをしているからね」

 ザクリスは、邪気のない顔でにこにことほほ笑む。

(この人、裏表がない人なんだな。嫌味とかじゃなく、本気でそう思ってるのがよく伝わってくる)

 ウィルヘルミナは、つられて微笑み返した。がしかしそれも一瞬の事で、すぐにおどけたような表情にかわる。

「ま、オレが将来有望なのは自分でもわかってるよ。けど、実際のところザクリスさんはイヴァール先生よりいい男だと思うよ」

「そうかな? 私はイヴァールの方が格好いいと思うけど」

 ザクリスはきょとんとした顔で首を傾げた。

「いやいやいや、だってイヴァール先生はいっつも怒った顔してるじゃん。あんな怖い顔してたら男前度下がるって。あれじゃ女の子だって近寄りがたいよ」

 ウィルヘルミナはイヴァールの顔を真似て、腕を組んで眉間にしわを寄せてみる。

 それを見たザクリスがぷっと噴き出した。

「ふふふ、そうだね。イヴァールはいつも怒った顔ばかりしてるよね。でも、本当はすごくいい奴なんだよ。わざと自分ばかりが悪者になろうとする傾向があるから誤解されがちだけど、本当は正義感が強くて、情に厚くて、損得なんて関係なく他人のために自分の身を投げだせるようなそういう人間なんだ」

 穏やかに笑うザクリスを見て、ウィルヘルミナは毒気を抜かれ、気まずそうに視線をふせる。

「うん…それは…オレも知ってる。さっきは先生の事悪く言ったけど、あの人、いつもオレやお爺様の事を優先させて物事を考えてくれるんだ」

 するとザクリスは、笑みを深くしてウィルヘルミナに手を伸ばした。

 そのまま頭を優しく撫でる。

「レイフ君もいい子だね。優しくて素直でとてもいい子だ。昨日は私がしっかりしていなかったばかりに大変なことになってしまったみたいでごめんね。イヴァールから君の事をくれぐれも頼むと言われていたのに。同じ失敗は二度と繰り返さないから許してほしい」

「別に昨日のことはそんなに大変な事じゃなかったよ。大丈夫だから気にしないで。でもさ、ザクリスさんはもう少し自分の体を大事にした方がいいとおもうぜ」

 ザクリスは反省した様子でしゅんと項垂れた。

「そうだよね、ごめんね心配をかけて。自分でも直さなきゃいけないなとは思ってるんだけど、自覚していないところでああなってしまうから、私自身も困ってるんだ」

 心の底から困り果てたというような顔をしているザクリスを見て、ウィルヘルミナは完全に毒気を抜かれて思わず噴き出す。

「ザクリスさんも大概素直だよな。いいよ、わかった。また今度ああなったら、オレの手料理食べさせて正気に戻してやるよ」

「それは本当かい? 助かるな。ありがとう。それに楽しみだな。レイフ君の作ったご飯は美味しいから」

 ザクリスの側に居るとウィルヘルミナまで自然と笑顔に変わる。

 ザクリスは、陽だまりのような男だとウィルヘルミナは思った。

 そんな純粋なザクリスの様子を見ていて、ウィルヘルミナはふと気になっていたことを口にする。

「ねえザクリスさん、オレの事、イヴァール先生からどれくらい聞いている?」

 昨日も感じていた事なのだが、ザクリスがウィルヘルミナを預かっていることで、今後危険な目にあったり、不利益を被ることになるかもしれない。ザクリスはその辺りの事をどれくらい把握しているのか、これを機会に是非聞いておきたかった。

 何故なら、イヴァールがウィルヘルミナの事をザクリスに紹介している時に、ウィルヘルミナの本名や身分、状況など何も触れた様子はなかったのだ。

 すると、ザクリスが不思議そうに首を傾げる。

「イヴァールのお弟子さんで、とても大切な人だから何があっても守ってほしいと頼まれているよ」

 そこで一度言葉を切ってから、思い出したようにポンと手を叩いた。

「ああ、そうだ! そういえば金界魔法についても教えてあげてくれと言われているね。優秀な生徒だから、きっと教え甲斐があるはずだってイヴァールが褒めていたよ」

 ザクリスは、にこにことそう答える。

「それだけ?」

「うん、それだけだよ」

 ウィルヘルミナは内心で冷や汗をかいた。

(それって、何も聞いてねえのと一緒じゃん!? どーなってんだよ先生!! いいのかよ!? 大丈夫なのかよ!? オレ、こんないい人巻き込みたくねーんだけど!?)

 ウィルヘルミナはガクリとうなだれた。

「ねえザクリスさん、自分で言うのもなんだけど…実はオレってそれなりの立場にある人間でさ、しかも色々な問題抱えてる訳アリで…。ぶっちゃけ、かなり頻繁に危ない目にもあったりしてんだよね。だからさ、このままここにいるとザクリスさんに迷惑かけるかもしれない」

 すぐに身分がばれるようなことはないとは思うが、危険が全くないわけではない。

 もし、敵陣営に見つかり、刺客を放たれるようなことになったりしたら、ザクリスもただでは済まないだろう。

 ウィルヘルミナは、そう思い当たり硬い表情で顔をあげた。

「違うな、やっぱり確実に危険な目にあわせることになると思う。だからザクリスさん、オレ――――」

『北壁に帰るよ』と続けようとしたのだが、しかしその言葉を最後まで言わせずザクリスが遮った。

「いいんだよ、迷惑ならどんどんかけて?」

 相変わらず笑顔のまま言い切る。

「でもオレは――――」

「あのねレイフ君、君はそんな事心配しなくていいんだ。私はイヴァールから君の事を頼まれているんだよ。これはイヴァールと私の約束だ。だから君が気にする必要なんてない。全部私に任せて」

「でも、先生からオレの事情何も聞いていないんだろ? そんなのだまし討ちみてーじゃん。オレ、ザクリスさんみたいな人巻き込みたくねーよ」

 するとザクリスがふっと笑った。

「君は本当にいい子なんだね。大丈夫、迷惑なことなんて一つもないから心配しないで。好きなだけここにいて? それにね、ここだけの話、実はイヴァールから頼まれごとされたのって初めてなんだ。あの通りの男だからね、絶対に他人を頼らず、全部自分で抱え込んでしまうんだ。だから私は、イヴァールに頼られてすごく嬉しいんだよ。それに、私も君の事を大好きになったから、遠慮なんて止めてほしいな」

「そういうけど、命の危険だってあるかもしれねーんだぜ。そういうことちゃんとわかってんのか?」

「うん、わかってる。いいよ。大丈夫だから。私が全力で君の事守ってあげるから、任せて」

 それくらい何ともないよと気負いもなく言ってのけ、穏やかでまっさらなただ優しい笑顔を浮かべている。

 打算も駆け引きも何もないザクリスの様子に、ウィルヘルミナは思わず胸を打たれ、不覚にも目の奥がつんと痛んでくるのを感じた。

(オレ、人に恵まれてるよな。爺さんも先生たちもザクリスさんも、みんな信頼できる人たちばかりだ。てか、このところやけに涙もろくなったよな…あーかっこわり)

 涙をやり過ごそうと、ぱちぱちと目をしばたたかせる。

 ザクリスは、ウィルヘルミナの頭をそっと引き寄せて撫でた。

「いいんだよ、何も心配しないで。君は気兼ねなくここで暮らしていいんだ」

「へへ、ありがとうザクリスさん」

「うん、これからもよろしくね、レイフ君」

「こちらこそよろしく」

 ウィルヘルミナは、すんと鼻をすすってから照れ隠しにニカッと笑う。

「じゃあ朝ごはんにすっか。オレ、今日の飯も自信あんだぜー」

「それは楽しみだね。早く食べよう」

 二人は、笑顔で歩き出した。

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