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四壁の王  作者: 真籠俐百
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14

 ラガスに案内されて入った部屋は寝室で、天蓋つきのベッドが置かれている。

 そのベッドの上には、少年が大きな枕に背中をもたせ掛けるようにして休んでいた。

 少年の年齢は、ウィルヘルミナと同じくらいか少し上くらいといったところ。通った鼻筋にきりりとした眉をしており、理知的な顔つきをしている。目は琥珀に近い明るい茶色で、切れ長なその目は、豊かな長い睫毛に縁どられていた。唇は薄く上品に整っていて、肌は透き通るように白く、しみ一つない。髪は艶やかな栗色をしており、やや癖のあるゆるやかなカーブを描いていて、その長い髪は右肩で括られ胸の方に垂らしてあった。

 陽光を片頬に受けながらベッドに横たわる少年の姿は、まるで宗教画から抜け出した有翼の神の御使いのように美しい。

 芸術品のように完璧なその美貌のせいだろうか、少年はどことなく近寄りがたく、子供に似つかわしくない冷めた空気を纏っていた。

(男なんだろうけど…かっわ。キリッとタイプの美少女にしか見えねーわ)

 ウィルヘルミナは驚きを持って少年を見やる。

 首や肩の辺りの骨格から、少年であることはわかるのだが、顔つきが少女とも見紛うような容姿をしているのだ。

(睫毛ながっ! ほっぺとか髪とか触り心地良さそーだな。惜しいよなー。女子だったら天使だったのにな)

 少年の琥珀に近い茶色の目と栗色の髪は、西部の一部地域や中央地域に多い特徴であるが、肌が西部人よりも白いため、おそらく中央地域の人間と思われる。

 もともと白い肌は、体調不良のためか一層青白くなっており、少年は眉間にしわを寄せながら物憂げな表情で枕に寄りかかっていた。

 気だるげなその姿は、薄幸の美少女とも見紛うように儚げで、ウィルヘルミナはつい無遠慮にまじまじと見入っていた。

 すると、その視線に気ついた少年の目つきが冷たく尖る。

「なんだその子供は」

 それは、さくっと突き刺さってくるような、冷たい声だった。

(あれ? もしかして性格は天使じゃない?)

 ウィルヘルミナの顔が不自然に凍り付く。

「頭が悪そうな顔をしているな。つまみ出せ」

 笑顔に近い微妙な表情で固まっていたウィルヘルミナの額に、怒りの青筋が浮かんだ。

(前言撤回、こいつ天使なんかじゃねーわ)

 フレーデリクが焦った様子で前に出て、説明をはじめる。

「ベル様、こちらはレイフ君と申しまして、例の物を探していただくためにお連れした方です」

 ベルと呼ばれた少年は、胡乱な目でフレーデリクを見た。

「正気かフレーデリク。こんな子供に探させようと言うのか」

(おーおー、可愛げねーなーこのクソガキ。一瞬でも可愛いとか思った自分を殴りてーわ)

「お前も子供じゃねーか。大人相手に偉そうな態度取ってんじゃねえよクソガキが」

 ウィルヘルミナは腕を組み、仁王立ちになってベルを見下ろす。

 フレーデリクは目を剥いてウィルヘルミナを振り返った。

「レ、レイフ君! この方はね、とても高貴なお方でね。もう少し口のきき方に気を付けてもらいたいのですが」

 ウィルヘルミナはふんと鼻を大きくならす。

「しらねーよそんなの。オレは、こいつが何処の誰なのかなんて知らされてねーんだからよ」

「や、それはそうなんですけど、しかしですね――――」

 フレーデリクは、どうやって言葉を改めさせようかと困り果てた表情で言葉を探した。

「あーもういいよ。さっさと見つけるもの見つけてオレ帰るから」

 ウィルヘルミナは、虫でも追い払うかのようにしっしと手を振ってみせる。

「レ、レイフ君?」

 焦るフレーデリクを尻目に、ウィルヘルミナは考え込みはじめた。

(今までの話の流れから察するに、こいつが狙われてるってことだよな? こんなガキの命を狙うなんて、胸糞わりー話だな。あ、でもオレも何度も殺されかけたことあったっけ。つか現在進行形でもあったな。このところ襲われることなかったから忘れてたわー)

 他人事のように心の中でぼやきながらも、少しだけベルに親近感がわいてくる。

(屋敷の中にまで暗殺用の魔法具仕掛けられた挙句、内部の犯行も否定できねえ状況なんて、結構シビアだよな。もしかしたら、案外こいつも身内に狙われてんのかもしれねーな)

 ウィルヘルミナ自身も、血のつながった身内に命を狙われている。

 だから、こうやって尖がった態度をとり続けるベルの心情が、少しは理解できた。

 きっとベルは、自分を守るために、必要以上に他人を近づかせぬよう振舞っているのだ。けんもほろろなつっけんどんの対応も、刃のような言葉も、全ては自分自身を守る手段に違いない。こうして最初から突き放しておけば、相手に期待することもなく、裏切られる心配もないのだから。

 ウィルヘルミナは、困った表情で言葉を探すフレーデリクを一瞥してから、ため息をつく。苛立ちを紛らわすかのようにガシガシと頭を掻いた。

「こんな性格の悪いクソガキでも、死んだら寝覚めがわりーから、助けてはやるよ。見つけるものはきっちりと見つけてやる。でもそれ以上の事はごめんだね。口のきき方に気をつけるとかそういうのは断る。なんでこんな奴に頭下げて尻尾までふんなきゃなんねーんだよ。そんなんオレには全く関係ねーことだろ。オレは適当に探させてもらうから。話があるなら勝手に続けてれば」

 ベルの態度には腹が立ったが、見捨てるつもりはない。ウィルヘルミナにとっては最大限の譲歩だった。

 驚きに固まる三人の大人たちをそのままに、ウィルヘルミナは部屋の中を自由に歩きはじめる。

 一方『クソガキ』扱いされたベルはというと、怒りに震えていた。

「おまえ、育ちが悪いようだな」

(育ちが悪いねえ、眼鏡が聞いたら角生やして怒り狂いそうだわ)

「そうだな、かなり雑に育てられてるから、育ち悪いかもなー。そういうお前は育ちがいいんだな。自慢かよ、お坊ちゃま」

 ウィルヘルミナが、ベルの皮肉を軽口で受け流すと、ベルの額にはピシリと青筋が浮かぶ。

 そんなベルを置き去りにしたまま、ウィルヘルミナはどんどん部屋の中を探していった。その寝室には、触るのも躊躇われそうな高級な装飾品や調度品の数々が飾られているが、全く躊躇うことなくぞんざいな手つきで触れていく。

 フレーデリクは顔色を青く変えており、ハラハラした様子でウィルヘルミナとベルを交互に見ていた。

 おちょくられたベルの反応はというと、怒り心頭といった様子だ。

「お坊ちゃま? そんな呼ばれ方をしたのははじめてだな」

 そう言ったベルは、笑みを浮かべていたのだが、しかし、それは凄みのある笑顔だった。まるで笑顔には見えない。

 それでもウィルヘルミナは、ベルの怒りなどどこ吹く風だ。

「やだわー、オレってばお前のはじめて奪っちゃったんだー。けど、責任はとらねーぞ」

 軽口でおちょくって返すと、またしてもベルの額に青筋が浮ぶ。ベルは両肩を怒りに震わせ、怒鳴りだす一歩手前といった状況だった。

 しかし、いまにも噴火しそうな怒りを抱えて睨みつけるベルを尻目に、ウィルヘルミナは相変わらずの調子だった。怒るベルを全く気に留める様子もなく、ひたすら部屋の物色を続けている。

 だが、やがてウィルヘルミナの目は、ベルの寝ている辺りに吸い寄せられた。

(いろんな魔法具の効果がありすぎて、見つけにくいんだけど、なーんかあの辺りが気になるんだよな)

「なあベル、お前の寝てる場所も調べさせてもらいたいんだけど。起きられるなら一遍そこどいてくれよ」

 呼び捨てにされたベルは、もはや怒りを通り越して無表情になっていたが、ウィルヘルミナはそんなことにはまるで関心がない。

 むしろ周囲の大人たちの方がうろたえ、凍り付いていた。

「なんだよ、そんなに体調悪いのか? 大丈夫か?」

 ベルが動かないのは体調不良のせいかもしれないと思い、ウィルヘルミナは、首を傾げながらベッドに近寄る。

「ちょ、レイフ君!」

 フレーデリクが我に返って慌てた。険悪な雰囲気の二人を近づかせることに、危機感を覚えたのだ。

 しかし、行く手を遮ろうとするフレーデリクをするりとかわし、間近でベルの顔色を見ると、ウィルヘルミナは真顔になった。

(こいつ…平気な振りしてるけど、もしかしなくてもかなり悪い状態なんじゃね?)

「なあ、フレーデリクさん。この部屋って聖界魔法使っても大丈夫なのか?」

 ウィルヘルミナがベルを見つめたまま問いかけると、フレーデリクはすぐさまラガスを振り返る。

 屋敷の発動条件を部外者に知られることはかなりまずい。

 だからフレーデリクは、ラガスの意見を得ようと視線を向けたのだが、ラガスは言葉のないその問いかけの意味をすぐに察して、フレーデリクの代わりにウィルヘルミナに答えた。

「ええ、大丈夫です」

 よほどこの屋敷の守りに自信があるのだろう。ラガスは迷うことなくそう言い切った。

「そっか。じゃあ、今すぐ聖界魔法使ったほうがいいんじゃね? こいつかなり顔色悪いぜ」

「実はつい先ほど治療したばかりなのだ」

 ラガスは深刻な表情にかわる。

(つまり、聖界魔法で治療してもすぐに症状がぶり返すってことか…。現在進行形で魔法具の影響を受けてる状態ってわけだな。かなりまずいな)

 ウィルヘルミナは視線を周囲に彷徨わせる。

 しかし、魔法具を見つけることはできない。

 再び顔色の悪いベルを見つめた。

(どうすっかな、オレがこいつのことを治療したほうがいいんだろうけど、でも、それもまずいんだよな…。さっきの鑑定のせいで、フレーデリクさんたちにはいらねー情報与えちゃってるし…)

 常識として、相克する属性魔法――――火界と氷界、聖界と闇界の両方の属性と同時に契約するのは不可能と言われている。

 しかし、ウィルヘルミナはその規格に当てはまってはいない。

 だが、カスパルとフレーデリクは、ウィルヘルミナが出した鑑定結果から、闇界魔法を使えることをすでに承知しているのだ。

 それを知られている状況で、聖界魔法を使うわけにはいかない。

(フレーデリクさんたちをいったん部屋から追い出すか?)

 つらつらと考え込みつつ、何気なくベッドに手を置く。

 すると違和感を覚えた。

(あれ? やっぱりこのベッド…なんか魔法具っぽいよな…)

 ウィルヘルミナはしげしげとベッドを見回すが、感じ取れる魔法の気配があまりにもかすかで、金界魔法に慣れていないウィルヘルミナには、うまく鑑定することができない。

(鑑定はできねーけど、たぶんそうだよな…つか、発動してる…のか? いや違うか? よくわかんねーな)

 首を捻りつつ視線をベルに戻した。

(けど、もしこのベッドが魔法具で、その効果でこいつの体調がおかしいならかなりやべーな。今のオレは金界と闇界は三位の契約が済んでる。それで鑑定できないとなると、それより上位魔法が付与されてるって事だろ。やっぱりかなりまずいじゃん!)

 通常魔術師は、三職で第五位魔法が使えると一流と呼ばれている。

 そして、人が契約できる階位は三位が限界と言われていた。

 人類最高位の魔法契約が済んでいるウィルヘルミナが、鑑定できない魔法具となるとやっかいな代物で間違いない。

(あれ? でも、もし高位の闇界魔法が付与されてるなら即死するはずだよな? けど、ベルは生きてる…。いったいどうなってんだよ。わけわかんねーな)

 ウィルヘルミナが混乱し、一人で百面相をしていると、ベルが片方だけ口の端を持ち上げて、強がるような笑みを浮かべて軽く鼻を鳴らした。

「別に大丈夫だ。少し疲れているだけだ。体ならば動く」

 他人に弱みは絶対に見せない。

 そんな強い意思が、ベルの態度から感じ取れた。

 ウィルヘルミナは、面食らった様子で瞬きをくりかえす。そして、呆れたように小さくため息を吐きだした。

(あーあ、体調悪そうなのに無理しちゃって。ま、そういう根性ある奴、嫌いじゃねーけどな)

 ベルは、何でもないと言った様子でベッドから降りる。だが、顔色は酷いものだった。

 動いた拍子に、ウィルヘルミナはベルの胸元に提げられていた魔法具を目敏く見つけてギョッと目を見開いた。

「おまえ! その首飾りの魔法具、聖界第三位魔法の付与がされてるよな!?」

 ベルとラガスが驚きに目を見開き、弾かれたようにウィルヘルミナを振り返る。

 ベルは、とっさにウィルヘルミナの目から首飾りを隠すように体を捻り、その魔法具を手のひらで握り込んだ。

 一方ウィルヘルミナはというと、反射的にベルの肩を掴む。

「やせ我慢してんじゃねえよ! バッカじゃねえの! 第三位魔法で打ち消せない闇界魔法なんて、やべーやつに決まってるだろ!」

 ウィルヘルミナは怒りに顔を赤くしながら、すぐさまベルの前に立って聖界第二位魔法を行使した。

「アミト!」

 その名を聞いて、一同に驚愕が走る。

 まさかという表情で一同が見つめる中、ベルの体が輝き出した。

 暖かい光りがベルを包み込み、一際強く輝く。

 一同が驚愕に目を見開く中、ベルの体を癒すと、光は一瞬にして消え去った。

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