13
ザクリスの家を訪れた二人の内、商人風の男の名はフレーデリク。カヤーニの武器・防具販売ギルドに所属する商人である。
もう一方の男の名はカスパル。こちらはウィルヘルミナの想像通り、フレーデリク専属の護衛であった。
ウィルヘルミナは、二人に連れられてとある屋敷に案内されていた。
そこはカヤーニの中央地区にある、貴族の屋敷と思しき豪華な邸宅だ。
その屋敷に入る直前、人目を避けた場所で一行は足を止めると、フレーデリクがウィルヘルミナに向けて言った。
「申し訳ないのですが、この屋敷がどなたのものなのかなどの詳細は伏せさせてもらいますね。君は私の遠縁で、今は私の店ルメス商会へ行儀見習いに来ているという事で話を合わせてほしいのです。今日は、ある方の遊び相手として招待されたという設定でいきましょう。いいですね」
「いいですねって言われても、何も良くねーし。だいたい遊び相手ってなんだよ」
一方的にまくしたてるように言われて、ウィルヘルミナは不満げに口をとがらせる。
「会えばわかりますよ。これから訪問するお相手は、君と年が近いんです。本当はザクリスさんを家庭教師という設定で呼ぶつもりだったんですけど、急きょ君に来てもらうことに変更になったので、そういう設定に変更しました。もし探している途中で屋敷の人間に何か声をかけられても、君は何もしゃべらなくて大丈夫ですから。詮索されても私たちが対応しますから」
そう言われて、ウィルヘルミナは屋敷をちらりと一瞥した。
(おいおい、こんなにでけー屋敷の中を探すのか? そんなの聞いてねえよ。かなりの無茶ぶりだな。普通に考えて無理だろ)
裕福な家の屋敷はたいていそうなのだが、防犯のために大量の魔法具が設置されている。
必然的に、敷地内のいたる所に魔法具が置かれることになっており、つまりウィルヘルミナは、それらの大量の魔法具の中から、目的の物を探し出さねばならないことになる。それはあまりにも無謀で、雲をつかむような話だった。
「あのさ、言うのは簡単だけど、こんなでかい屋敷の中を一人で探すのは、絶対に無理だから。あと、オレ失われた叡智の事はさっぱりわからねえから、もしそういう種類のが仕掛けられてるんだったら見つけるのは無理」
しかしフレーデリクは、ウィルヘルミナの心配をよそに、大丈夫だとうなずいて見せる。
「捜索範囲はしぼってあるのでそんなに広くはありません。狙われている対象者がわかっているので、その方の私室や行動先を重点的に調べてもらいたいのです。あと目的の魔法具についても、闇界魔法が付与されたものを見つけてくれたら大丈夫ですから。今まで仕掛けられていた魔法具は、全部闇界魔法を付与された魔法具ばかりだったので、おそらく今回もそうでしょう」
「は? ちょっと待ってくれ。狙われてる対象者がわかってて、怪しい場所にも目星がついてるなら、魔法具を見つけるよりも、そいつの方を別の安全な屋敷に避難させた方が簡単なんじゃねえの?」
「今は滞在場所を変えるのは難しい状況なんです」
「なんだよそれ、変なの」
ウィルヘルミナは不服そうに口をとがらせる。
(ややこしいな。そもそも身分を偽って中に入ったり、秘密裏に魔法具探したり、やってる事がいちいちまどろっこしいんだよ。他の場所に避難できないってのも変な話だし…。つーか、まさかとは思うけど、この屋敷の中に敵がいるのか?)
そこまで考えて、ウィルヘルミナはフレーデリクを見た。
「なあ、もしかして今回のやばい魔法具を設置したのって、外部の人間じゃなくて内部の人間の犯行なのか?」
問いかけてフレーデリクとカスパルを見やると、二人は暗い表情になった。カスパルが深刻な表情で口を開く。
「まだ確定ではありませんが、困ったことに、その可能性を排除できないのです。だから極秘に魔法具を探しだそうとしているのです。色々と無理を言って申し訳ないが、どうか頼みます」
カスパルの言葉にフレーデリクもうなずいた。
「無理なお願いを言っている自覚はあるんですけど、他にも色々と込み入った事情があるのです。すまないがこれ以上は何も聞かずに手を貸してほしい。この通りです」
フレーデリクが両手を合わせて拝むような恰好をする。
(まいったな、安請け合いしちゃったけど、なんか面倒な予感がびしばしすんだけど。これ、眼鏡に知られたら怒られるパターンじゃね?)
ウィルヘルミナは口を引き結んで考え込んだ。
(怒られんのは嫌だけど、かといってこのまま放っておくのもな…。人の命にかかわる問題だしな。あーあ、しゃーねーなー)
ウィルヘルミナは盛大なため息を吐いた。
「わかったよ、これも乗りかかった船だ。やってやるよ」
二人の表情が明るく変わる。
「ありがとう。とても助かるよ」
「フレーデリク様、そちらの方はどなたでございますか?」
屋敷の使用人が、見知らぬ子ども――――ウィルヘルミナの姿を見咎めて、不審そうに声をかけてくる。
フレーデリクは愛想笑い浮かべ、使用人に挨拶をはじめた。
「やあこんにちは、今日もいい天気ですね。この子は私の遠縁にあたる者で、行儀見習いとしてうちで預かっている子なんですよ。実は今日お連れする予定だった家庭教師の先生が体調不良でこられなくなりまして、かわりにベル様のお話し相手にどうかと思いまして連れてきた次第です」
「まあそうなのですか。ですが今日のベル様はあまり体調がよろしくないようで伏せっておられます。せっかくお連れ下さいましたが今日は――――」
「なんと!? ベル様の体調がすぐれないのですか!? それは大変だ! さっそく様子を見てこなくては!!」
面会を断られそうな気配を察すると、フレーデリクはわざとらしく大声で使用人の言葉を遮り、みなまで言わせなかった。そのまま足早に目的地に向かおうとしはじめる。
使用人は、慌てた様子でフレーデリクを止めようとした。
しかし、フレーデリクは無理やりウィルヘルミナの背中を押して、ぐいぐいと廊下の奥へと促しはじめる。
「さあ急ごう。ベル様にご挨拶をしないと」
「お待ちくださいフレーデリク様、ベル様はご体調が――――」
「わかっていますよ、長居は致しませんから。ちょっとご挨拶してくるだけです。では失礼しますね」
「ですが――――」
「大変だなあ、少しは体調がよくなるといいんだがなあ。心配だなあ」
(おいおい、いくらなんでも強引過ぎるだろ。大丈夫なのかこれ)
だが、体調不良と聞けば心配になる。
もしかしたら魔法具のせいで起こっている体調不良かもしれないのだ。
ウィルヘルミナも促されるまま廊下を進んでいく。
困った表情で追いかけてくる使用人を振り切るようにして、フレーデリク、ウィルヘルミナ、カスパルの三人は足早にその場を立ち去った。
そのまま屋敷の廊下を進み、奥まった部屋の前で立ち止まる。
フレーデリクは、慌ただしい様子で部屋のドアをノックした。
中から返事が聞こえると、フレーデリクはドアを開けて中に入る。
部屋はかなり広く、高級な調度が整然と並べられていた。
天井はそれほど高くないアーチ状で、シャンデリアがぶら下がっている。
窓は小さめで柱が太く、壁には数点の絵画がかざられていた。豪華に飾り付けるというよりは、品のある洗練された感じにまとめられている部屋だ。
部屋の中には、うなじを短く刈りあげた大柄な男がいた。男は、茶色の髪に茶色の目をしており、明らかに中央人の特徴をしている。見るからに王国騎士といった風体のその男は、軍人らしいたたずまいで部屋の中央に直立していたが、フレーデリクとカスパルの顔を見ると安堵の息を吐いた。
だが、それも一瞬の事で、すぐにウィルヘルミナの姿を見つけると、怪訝な表情に変わった。
「フレーデリク殿、そちらは? いや、それよりもお知り合いの金界魔術師の方はどちらにおいでなのですか?」
騎士と思われる厳つい男が、きょろきょろと周囲を見回す。
フレーデリクは、頭を下げながらその男に近づいた。
「申し訳ありませんラガス様、少々問題がおきまして、お約束していた者をつれてくることはできませんでした。ですが問題ありません。さっそく取り掛からせていただきます」
ラガスと呼ばれた騎士の風体をした大男は、眉をひそめる。
「どういうことですか? まさかとは思いますが、その子供に探させるつもりですか?」
「はい」
ラガスはまじまじとフレーデリクを見返した。そしてカスパルに視線を移す。
「冗談というわけではなさそうですね。本気なのですか?」
カスパルはうなずいた。
「彼は、箱に入った状態の魔法具を鑑定することができたんです」
ラガスは、驚いた表情になって、はじかれた様にウィルヘルミナを振り返る。
「まさか…。それは本当ですか?」
ウィルヘルミナはきょとんとした表情でラガスを見返した。
(へ? あの箱、何か変だとは思ってたけど…やっぱ、何か仕掛けがあったのか?)
あの後、実際に箱を手に取って見せてもらっていた。
おかげで、魔法具らしきの箱の中に、さらに闇界魔法の付与された魔法具が入っている状態であることがわかった。そのせいで二重構造のように感じられていたのだ。
ただ、あの外箱がどんな魔法を付与をされた魔法具なのかまではわからなかった。
おそらくあの箱型の魔法具のおかげで、呪殺用魔法具を安全に持ち歩くことができていたのだろうと勝手に推測していた。
(それにしても、あの箱どんな仕掛けになってるんだろうな? 闇界魔法の効果を相殺するってことは、普通に考えたら聖界魔法の付与された魔法具ってことになるはずだけど、そんな効果ついてなかったよな?)
ウィルヘルミナは一人考え込んでいた。
その横で、ラガスは何かを納得した様子でうなずいた。
「なるほど、わかりました。そういうことならお願いしましょう。この辺りの人払いは済んでおります。まずは奥の部屋からはじめましょう」
ラガスは、奥の部屋へと続くドアの前に立ちノックをする。
「ベル様、フレーデリク殿たちがおいでになりました。お休みのところ申し訳ありません。失礼いたします」
ドアを押し開くと、そこは寝室になっていた。




