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四壁の王  作者: 真籠俐百
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 壁際の断崖絶壁――――死の山の麓では、ラウリとノーンハスヤがヤンと対峙していた。

 ヤンが放った風の刃が、ラウリとノーンハスヤ目掛けて襲い掛かる。

 ラウリはすぐさま地界六位魔法を唱えた。

「カルン」

 目の前に、聳え立つような巨大な土壁が現れる。

 風の刃はその土壁にぶつかり、轟音をたてながら爆ぜた。

 ラウリが生み出した土壁の内側では、ノーンハスヤが素早く動き出している。ヤンの視界を遮っている土壁が消える前に、大地を蹴って飛び上がっていた。

 土壁が消えると同時に、ラウリを背中に乗せたままのノーンハスヤが、ヤンの目の前に突如現れる。

 ヤンは虚を突かれ、とっさに対処が遅れた。

 その隙を逃すことなく、すかさずラウリの剣が一閃する。

 ヤンは体勢を崩しながらもラウリの剣戟を辛くもかわし、切っ先の届く範囲を逃れるべく羽ばたいた。

 しかし、それを見越していたかのようにラウリの魔法が襲い掛かる。

「オトソ」

 雷界五位魔法が放たれた。

「っ!!」

 ヤンは、慌てて回避する。

 しかし、雷魔法がヤンの翼をかすめた。ヤンの体が弓なりに反り、顔が痛みにゆがむ。

 痺れを覚えたヤンは、一度大地に着地した。

「かすっただけでこれか。かなり練度の高い魔法だな」

 低く呟くヤンに向けて、ラウリの斬撃が続けざまに襲い掛かる。

 がしかし――――。

 その攻撃は、周囲の魔物によって阻まれた。

 四つ足の獣が飛び上がり、無数の魔物が、ラウリの頭上から押しかぶさるようにして襲い掛かってきた。

 ノーンハスヤはその攻撃に冷静に対処し、断崖の壁を利用して魔物の攻撃をかわしながらさらに高く飛び上がる。

 一瞬のうちに魔物の攻撃範囲外まで移動すると、ノーンハスヤは上空から下を見下ろした。

≪ラウリ・ノルドグレン、数が多すぎる。先に雑魚を一掃する。力を使うぞ≫

 ラウリは硬い表情でうなずく。

「やむを得ない。わかった」

≪短時間で決着をつけたい。少し乱暴に走るぞ。振り落とされるなよ≫

 ラウリは無言のまま毛皮を握る手に力を入れた。

 それを確認するなり、ノーンハスヤは重力を無視した動きで縦横無尽に絶壁を駆け下りはじめる。そして咆哮を上げた。

 その瞬間、周囲の空気が一気に冷える。

 肺が凍りつくような冷気が辺りを満たし、谷底に蠢いていた無数の魔物たちがどんどん凍り付いていった。

 それに比例するように、ラウリ表情が苦悶にゆがんでいく。

 ラウリは、苦しげに荒い息を吐きながら、それでもノーンハスヤの毛をしっかりと掴んで離さなかった。

 ノーンハスヤはちらりとラウリの様子をうかがって咆哮をやめる。

≪すべて取り除くのは無理そうだな。時間もそう残されてはいない。あの上位の魔物を一気に叩くぞ、準備はいいか≫

「ああ、問題ない」

 ラウリは肩を上下させながらうなずいた。

 息はゼイゼイと上がり、あえぐような呼吸を繰り返しているが、それでも眼差しから力は消えていない。

 ラウリの鋭い眼差しが、ヤンを捉えていた。

 一方ヤンは、周囲を見回して悔しそうに歯噛みする。

「くそっ、かなりの数を減らされてしまった。やはり召喚獣は厄介だな」

 ヤンは忌々しそうにラウリとノーンハスヤに視線を移した。すると、その目がきらりと光る。

「だが、ラウリの疲労度は高い。もうそれほど時間は残されていないようだ。時間さえ稼げれば勝機はこちら側にある」

 ニヤリと笑ってから、動きを確かめるように翼を動かす。まだ痺れは残っていたが、飛ぶことは可能だった。

 動きを確認すると、ヤンは翼をはためかせる。

 そして、荒々しく大地を蹴って一直線に向かってくるノーンハスヤから逃れるように、ぐんと飛び上がり、一気にはるか上空を目指した。

≪逃すか≫

 ノーンハスヤが、逃げるヤン目掛けて咆哮を上げる。

 すると、再び凍てつくような冷気が生まれた。

 冷気は氷の刃となり、ヤン目掛けて襲い掛かる。

 ヤンは空を飛びながら風を生み出し、攻撃を相殺しようとした。

 互いの攻撃がぶつかり合い、空中で爆発が起こる。

 風圧を受け、ヤンが体勢を崩した。

 ノーンハスヤは、畳みかけるように攻撃を仕掛けようとする。

 だが――――。

 その時ラウリが、ノーンハスヤの背中で体を傾がせた。

 気づいたノーンハスヤは、すぐさま咆哮するのを止める。

 そして、ラウリの体を落とさないように態勢を直すと、今度は体の向きを変えた。

 体の力が抜けきったラウリを背中に担いだまま、ノーンハスヤが全力疾走しはじめる。

 瞬時にして状況を理解したヤンは、邪悪に笑った。

「逃がすか」

 好機とばかりに、今度はヤンが追いかける側に転じる。

 ヤンが風の刃を生み出しノーンハスヤに向けて放った。

 ノーンハスヤは冷静に刃の向かう先を見極め、ひらりと攻撃をかわす。そして、次々と襲い掛かってくる魔物たちの攻撃をも軽やかにかわした。

 魔物の間を縫って全力疾走するノーンハスヤを、ヤンは空を飛びながら追いかける。

≪ラウリ、しっかりしろ! まだ意識を手放すな! ここで意識を手放せば、お前は一巻の終わりだぞ!!≫

 ノーンハスヤは、走りながら背中のラウリを叱咤した。

 ラウリは、まだかろうじて意識を手放してはいなかったのだ。

 その証拠に、いまだノーンハスヤの姿はまだ消え失せてはいない。

 召喚中に術者が意識を失うと、神獣は強制送還されてしまうのだ。

 ラウリはゼイゼイと荒い息を繰り返し、意識は朦朧としていたが、その曖昧模糊な意識をつなぎ留めようと必死にあがいている。

 ラウリは渾身の力を振り絞って手を伸ばし、ノーンハスヤの背中にしがみついた。

 ノーンハスヤはそれを確認すると低く声をかける。

≪振り落とされるなよ、しっかりつかまっていろ!≫

 そう言って、ぐんと走る速さを上げた。

 ヤンと魔物は後を追いかけるが、あっという間に引き離され姿を見失う。



 ノーンハスヤは、低い木の茂みにラウリを下ろすと、ラウリの様子をうかがう。

 ラウリは荒い息を吐き出し、力なく体を大地に横たわらせていた。

≪ラウリ・ノルドグレン時間だ。奴を始末したかったが無理だった。敵がここを見つけるまでには今しばらく猶予があるはずだ。ここに隠れて少しでも体力を回復させろ≫

「すまない、ノーンハスヤ、私にもっと魔力があればあの魔物を仕留めることができたというのに」

 ノーンハスヤは首を横に振る。

≪詮無いことだ。今は少しでも回復に努めろ≫

 そう言いながら、ノーンハスヤは鼻先でラウリの体を茂みの奥に押し込んだ。

≪とにかく今は休め。絶対に死ぬなよ≫

 言い終えた瞬間、ノーンハスヤの体が淡く輝きだす。

「感謝するノーンハスヤ、また会おう」

≪当然だ。体力が回復次第必ず我を呼び出すのだ。約束だぞ。お前の無事を、必ず我に見せるのだ≫

 ラウリは微笑みを浮かべてうなずいた。

 そのすぐ後にノーンハスヤの体は消え失せる。

 それを見届けたラウリは、茂みの中で両手足を投げ出し、目を閉じた。


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