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四壁の王  作者: 真籠俐百
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 フェリクスとイッカは、こわばった表情のまま速足に歩き、ベルンハートとウィルヘルミナを案内して近くの一室に招き入れる。

 そして、声を潜めて切り出した。

「二人に報告しておきたい話がいくつかある」

 ベルンハートが無言のままうなずき、視線で先を促すとフェリクスは続ける。

「先ほど母上から教えていただいたばかりの話なのだが、まず一点目はコルホネンが死んだそうだ。母上たちは森でコルホネンと魔物からの襲撃をうけ、一度はコルホネンに逃げられたようだが、追跡するうちにコルホネンの遺体を発見したらしい。コルホネンは、魔物に襲われ食われていたそうだ」

 驚きに目を見開くベルンハートとウィルヘルミナを尻目に、フェリクスはさらに付け加えた。

「そしてもう一点、こちらの方が重要なのだが、どうやら壁蝕が始まる前に内地に魔物が出没していたらしいのだ」

 フェリクスはそう言って、深刻な表情でウィルヘルミナとベルンハートを見る。

 ウィルヘルミナとベルンハートは互いの顔を見合わせ、やはりなという表情に変わった。

 それを見たフェリクスは、意外そうな表情に変わる。

「驚かないのか?」

 ウィルヘルミナは、軽く肩をすくめてみせた。

「別に驚いてねえわけじゃねえよ。ただ想像できてただけだ。だってオレたちが魔物と遭遇したのも壁蝕が始まってすぐの時間だったろ? 壁からの距離と、移動にかかる時間とを考えたら、あの場所で魔物に遭遇するなんてありえねえよなって話になってたんだ」

「そうか、そうだな…。あの時は気が動転していてそこまで思いいたらなかったが、言われてみればその通りだ」

 納得した様子のフェリクスに向けて、ベルンハートが口を開く。

「お前たちは否定していたが、やはりレイフの言う通り、魔物を操る術があるとしか考えられない。そう考えなければ、説明がつけられないことばかりだ」

 そう言われて、フェリクスとイッカの表情はさらに強張った。

「確かにそうだが…。しかし…もしそんな方法が本当にあるというのなら、我々はたとえ壁が消失しても生き残ることができるようになる。そんな力を生み出しておきながら、どうして公表しない? なぜ悪用するのだ?」

「だよな。オレも同じ意見だ。普通に考えたらまるで真逆の発想だよな」

 ベルンハートが顎をつまみ難しい表情で考え込む。

「目的まではわからないが、しかし、魔物を操って人間を襲わせている輩がいるという事はほぼ確定だな。それに…これはあくまでも可能性の話だが、その件に緋の竜も関係しているのではないか?」 

 ウィルヘルミナ、フェリクス、イッカは息をのんで固まった。

 やがてフェリクスが、信じられない様子でゆるゆると首を横に振りながら口を開く。

「まさかそんな…」

「今この東壁で大掛かりな犯罪を行っているのは緋の竜だ。その緋の竜を逮捕しようと指揮を執っているベイルマン辺境伯爵が、内地で魔物に襲撃されている。まあ、我々も魔物の襲撃を受けてはいるが…とにかく、偶然と片付けるにはあまりにも時期が重なり過ぎている。無関係とはいいきれないのではないか?」

「だが、コルホネンは魔物に食われていたのだぞ。あの男は緋の竜の一味だった。もし、本当に緋の竜が魔物を操る方法を知っているというのなら、コルホネンが食われるはずがないではないか」

 フェリクスの言葉に、一同の間に沈黙が下りる。

 その時のことだ――――。

 突然窓の外が騒がしくなった。

 四人は窓際に移動して窓の外を見やる。

 すると、馬に乗った一人の魔術師が、開けられた城門をくぐって飛び込んでくるところだった。

「あれは早馬か? 何かあったのだろうか」

 フェリクスの言葉を合図に、四人は話を中断し、そのまま部屋を飛び出した。



 早馬到着の知らせを聞いたエルヴィーラは、急ぎ城門に向かっていた。

 エルヴィーラは、胸騒ぎを覚えていたため、報告を執務室で待っていることができなかった。自らの足で使者の元へと向かう。

(真夜中の早馬など、いい知らせであるはずがない。壁蝕で、何か不測の事態が起こったに違いない。ニルス=アクラスが目を覚ましたら尋問をしようと思っていたが、おそらくそれは先送りになるな。ならばヨルマへの対策も講じておかねばなるまい)

 そんなことを考えながらエルヴィーラが足早に廊下を移動していると、向かう先から汗まみれの魔術師が血相を変えて走り寄ってくる。

「エルヴィーラ様!!」

 エルヴィーラは立ち止まり、落ち着いた態度でうなずき先を促した。

 魔術師はエルヴィーラの前で膝を折り、そして荒い息のもと続ける。

「壁蝕で異常事態が発生している模様です。討伐隊第一陣に参加しておりました者の報告によりますと、魔物が大量発生しているとのこと」

 魔術師が、まくしたてるように報告していると、そこにウィルヘルミナたち四人が到着した。

 四人は、固唾をのんで報告に耳を傾ける。

「キデニウス様とベヘム卿の指揮の元、第二陣が出撃しましたが戦況は厳しく、このままでは包囲網を維持することは困難。内地への魔物の侵入は不可避。至急増援を要請するとのことです」

 エルヴィーラの決断は早かった。

「わかった、取り急ぎキッティラに詰めている魔術師で至急応援部隊編成をせよ。付近の都市にも早馬を飛ばして魔術師をかき集めさせろ。自由都市と教会にも応援を要請する。手紙の準備を」

 すぐに増援の編成と、自由都市、教会への応援要請の手配を指示する。

 報告を済ませた魔術師に、エルヴィーラは問いかけた。

「最初に異常事態の報告をしてきたのはどこの隊だ?」

「タニヤ・カルペラの率いる部隊です」

 エルヴィーラは眉を顰める。

「タニヤ・カルペラ?」

(確か彼女の隊の布陣場所は、壁際ではなかったはず)

 エルヴィーラは、壁蝕討伐隊の布陣を把握していた。

 自分が壁蝕に参加していなくとも、どの部隊をどこに配置するのかをつぶさに報告させており、全て頭にたたきこんであるのだ。

 エルヴィーラは、ふとキデニウスからの直近の報告書を思い出す。

「確か、タニヤ・カルペラ部隊にはネストリ・ギルデンが配置されているはずだが…彼はどうしている?」

『ギルデン』の家名を聞いたベルンハート、フェリクス、イッカの視線がウィルヘルミナに集まった。

 三人とも偽名であることは承知しているのだが、知り合いではないかと疑問を投げかけているのだ。

 ウィルヘルミナは戸惑った表情で三人を見返した。

 ウィルヘルミナが『ネストリ・ギルデン』を知らないことは一目瞭然だった。

 しかし、一拍おいたのちにウィルヘルミナは何かに思い当った様子で弾かれたように顔を上げる。

 そのまま強張った表情をエルヴィーラに向けた。

 ウィルヘルミナは、エルヴィーラがラウリに会ったと言っていた言葉を思い出したのだ。

 そんなウィルヘルミナの心情を組んだのか、エルヴィーラはちらりと一瞥し、小さくうなずいて見せる。

 ウィルヘルミナは驚愕に固まった。

「御爺様が…壁蝕に…?」

 呆然と呟いてから、ウィルヘルミナは切迫した表情に変わって早馬に乗ってきた魔術師を見やる。

 エルヴィーラに問いかけられた魔術師は、居住まいを正して口を開いた。

「実は、カルペラ卿の部隊は、ギルデン卿のおかげで無事本陣まで後退することができたのです。ギルデン卿は、カルペラ隊を退却させるために単身現場に残り魔物の進路を防いだとのこと。現状では安否不明です。カルペラ卿は、本陣に戻り部隊を立て直すと、すぐさまギルデン卿の救出に向かっております。がしかし、カルペラ卿と入れ替わるように、他の部隊からも魔物の大量発生の報告が相次ぎ、現場は混乱しております」

 その報告を聞いて、ウィルヘルミナの表情は焦燥に塗り替えられる。

 ウィルヘルミナは魔術師の前に飛び出した。

「その部隊の配置場所はどこだ!? 詳しい場所を教えてくれ!!」

 周囲の人間が唖然とする中、ウィルヘルミナは魔術師の胸ぐらをつかみ、必死の形相で問いただす。

「君は…?」

 エルヴィーラの眼前を遮るようにして、突然飛び出してきた子供に問い詰められ、早馬の任にあたっていた魔術師は驚き、戸惑った表情に変わっていた。

「オレは――――」

 ウィルヘルミナは言いかけた。

 だが、その口をベルンハートの手がふさぐ。

「レイフ、落ち着け」

 口をふさがれているウィルヘルミナは、視線だけを鋭くめぐらしベルンハートを睨みつけた。

 落ち着いてなどいられるはずがない。

 眼差しでそううったえる。

 だが、ベルンハートは後ろからウィルヘルミナの口をふいだまま、無理やり体を魔術師から引き離した。

 ウィルヘルミナは抵抗したが、ベルンハートの力の方が強く敵わない。

 そうしてウィルヘルミナは、無理矢理その場から引きずって移動させられた。



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