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四壁の王  作者: 真籠俐百
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 ラウリは、ノーンハスヤの背中で剣を振り、刀身についた血のりを払うと鞘に納めた。

 ノーンハスヤは魔物の群れの中を一気に走り抜け、さらなる奥を目指す。

 ラウリは振り落とされないように銀色の毛を掴みながら、向かう先を睨みつけた。

「ノーンハスヤ、この魔物の群れは、お前が言っていた上位の魔物が召喚したものか?」

≪おそらくそうだろう≫

「では、その上位の魔物というのは伝説で語られる魔物の超上位種――――つまり人型の魔物という事で間違いないか」

≪そうだ≫

 明確な回答に、ラウリは表情を険しく変えた。

「その超上位種は、壁を越えてきたのか?」

 その質問には少々考え込む。一拍おいてからノーンハスヤは答えた。

≪おそらくはそうなのだろう。だが、あれほどの強さを待つ魔物が壁を超えることは不可能だ。どうやって壁を越えてきたのか…我にはわからぬ≫

 ラウリは、意外だと言わんばかりに眼を開いて見せる。

「お前にもわからぬことがあるのか」

 問い返すラウリに、ノーンハスヤは呆れを含んだ声で返した。

≪常日頃から感じていることだが、お前たちは我々を過大評価し過ぎているぞ。我々にもわからぬ事象はこの世にたくさん存在する。我々は、決して『神』などという存在ではないのだ。そこをきちんとわきまえよ。お前たちの認識できている世界はひどく狭い。がしかし、世界はもっと広い。途方もなく広大なのだ。我らは、お前たちよりもその広さを知っているというだけにすぎぬ。我らの力をもってしても、到底かなうことのできない圧倒的な強さを持つ存在は確かにあるのだ。そんな存在の前にあっては、我らの力など児戯に等しい。それを肝に銘じておけ≫

 ラウリは、諦念を含んだ様子で首を横に振る。

「お前たちの力が『児戯』であるというのなら、我々などまるで話にならぬな」

 ぼやくようにつぶやいてから、もう一度表情を引き締めなおした。

「話を戻すが、壁を超えることが不可能だという事は、まだ『壁』はきちんと機能しているのだな」

 ノーンハスヤは、己の背中に向かってちらりと視線を投げかける。

≪お前が何を懸念しているのかは我にもわかる。壁――――つまり結界の消失を懸念しているのだろう。だが、今はその心配はないと断言できる。確かに『壁』は弱体化の兆しを見せてはいるが、いまだしっかりと機能している。お前たちの言う『超上位種』が越えられるような穴は存在しない≫

「そうか…では、何故超上位種が壁の内側に存在しているのだろうな…」

 壁の機能の保証を受け、安堵の息を吐いてからラウリは考え込む。

 ノーンハスヤもしばし黙って考えをめぐらした。

≪確証はないが、一つの可能性として考えられることがある。魔物が己を瀕死の状態にまで弱らせ、壁を越えるという可能性だ。ただしこの場合、内側にいる人間の協力がなければ厳しいだろうが…。おそらく、壁を超えた時点で死を迎える可能性が高いはずだからな。そこまで弱っていなければ、あやつらは壁を超えることはできない。だから内側の人間が保護しない限り、壁を越えて生き延びることは難しいはずだ≫

「協力者か。そんなものが存在するというのか…」

 ラウリが独り言のようにつぶやくと、ノーンハスヤも黙り込む。

≪そうだな…これはあくまでも推測でしかないが、『超上位種』は人の姿と何ら変わりがない。人間が、魔物と知らずに保護してしまう可能性は否定できないのではないだろうか…≫

「つまり、超上位種が瀕死の状態で壁を越え、運よく何も知らぬ人間に保護され、さらには本性を偽り、人間としてトゥオネラに紛れこんで回復したということか?」

≪あくまでも推測の域を出ない話だが、そう考えるのが妥当だろう≫

 ラウリは深刻な表情に変わった。

「そうか…超上位種は人と変わりない姿であるがため、我々人間社会に紛れ込むことが可能なのか…」

 その事実が意味する恐ろしい可能性に行き当たり、ラウリの表情が険しさを増す。

≪どうやって壁を越したのかはともかく、今度こそこの先に紛れもない『超上位種』がいる。もうじきつくぞ、ラウリ・ノルドグレン、準備はいいか≫

 ラウリは、ノーンハスヤを掴む手に力を込め正面を睨み据えた。

「ああ…」

 ノーンハスヤは疾走する。

 風のように木々の間を走り抜けると、突然視界が開けた。

 突如として、月明かりに照らされた急峻な岩山が姿を見せる。死の山と呼ばれる断崖絶壁だ。

 視線を下げれば、岩山を背景にして、ラウリの視界に異様な光景が飛び込んでくる。

 腰まで覆う深い草の茂る山の斜面に、異形の群れが蠢いていた。

「!!」

(先ほどの魔物もそうだが、こんな数の魔物を召喚したと言うのか!? この数は、異常だ。これは一人の魔物のできることではない。いったいどれだけの超上位種が壁を越えているというのだ?)

 ラウリの額には脂汗が浮かんでいる。

 その動揺を肌で感じ取ったのか、ノーンハスヤが叱咤した。

≪臆している場合ではないぞ、しっかりつかまっていろ≫

 そう言って、ノーンハスヤは一気に速度を上げる。

 今までとは桁違いの風圧に、ラウリは一瞬体をのけぞらせたが、慌てて身を低くしてその背にしがみついた。

 侵入者に気づいた魔物の群れが、一斉に警戒態勢に入る。そして、ラウリとノーンハスヤ目掛けて襲い掛かってきた。

 だが、ノーンハスヤはそれらの攻撃を容易くかわしすり抜けていく。

 ラウリもまた、ノーンハスヤの背中で剣をふるった。

 やがてノーンハスヤが進むその先に、一人の男が姿を現す。ヤンだ。

 ヤンはその背中に生える翼で、ゆったりと夜空を舞っていた。

 余裕の笑みをたたえながら、ラウリとノーンハスヤの前に降り立つ。

「誰が来たのかと思えば、これはこれは北壁の元御当主殿ではないか。なぜこんな場所にいる? それにしても単身で乗り込んでくるとはなんと勇猛な。敵ながら天晴。敬意を表そう」

 ヤンはそう言ってクツクツと喉を鳴らした。

「探す手間が省けたというもの。今日、今ここで死んでもらうぞラウリ・ノルドグレン」

 目を暗くきらめかせ、ヤンが邪悪に笑う。

 ラウリは、無言のままノーンハスヤの背中で剣を構えた。

 ヤンは背中の羽を大きく羽ばたかせ、突風を巻き起こす。

 風の刃が、ラウリとノーンハスヤめがけて襲い掛かった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新感謝なのです。 [一言] 続きが気になるじぇ
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