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百合短編集  作者: タケミヤタツミ
キャットプラネット
16/32

餌付け編

地味っ娘+派手っ娘

我が侭、気紛れ、それが魅力なのだと人は言うけれど。

欲しいのは餌だけなんて聞きたくない。




暖かくなった晴天の下、赤ん坊にも似た鳴き声が合唱になる。

乾学園の調理&製菓専門学校の裏門は猫だらけ。

何しろ、毎日ゴミ捨て場には大量のご馳走が排出されるのだ。

野良も飼い猫も涎を垂らしてやって来る。


特に、首輪をしていない猫など此処をねぐらに決めている。

授業中に窓の外へ視線を移せば、我が物顔で日向ぼっこしている姿が幾つも。

学校側としては衛生さえ保たれていれば問題無いが。

子供を産んだり、動物好きな生徒達に引き取られて行ったり。

増減しながらも常に一定数が住み着いていた。



警戒心が強い三毛、愛想を振り撒いて可愛がられる灰色。

むっちりとふてぶてしい黒。

古着のジーンズは汚れたって別に構わない。

玄関前の階段に座り込んでいるだけで、実に様々な子を観察出来る。


それから、もう一匹。

最近、蕗は新顔に懐かれていた。



「ふーぅちゃんっ!」



そろそろ現われる頃だと思っていたのだ。

放課後は猫と遊ぶのが日課の蕗に、高いヒールの靴音が近付く。

全体的に甘ったるい印象を受ける少女が一人。


黒目がちの垂れ目と、艶々のチェリーに塗られた肉感的な唇。

いつも通り短いスカート丈で惜しげなく太腿を晒す。

小顔で華奢な身体つきに、露出が高いながらも少女趣味の装い。

着せ替え人形のジェニーを思い起こさせる。


ボリュームのある盛り髪は濃い蜂蜜に染められて明るい色。

食に携わる此処にこんな頭の生徒など居ない。

徒歩数分離れた別校舎、デザイン&コンピュータ専攻の美乃莉だ。



専門学校に進んでから派手な子が多い事には驚いた。

中学から堅い女子校で育った蕗にとって、差を見せ付けられた気分。

とは云え、調理も製菓も衛生第一。

実習ではきちんと帽子を被るので、長い茶髪でもシンプルに纏められる。

皆コックコート姿になる事も考えて着替えやすい格好。


そこへ行くと美乃莉は本当に別世界の住人だった。

爪先まで華やかで、真っ直ぐ見ていられないほど眩しい。


生まれ付き赤みを帯びた癖毛は長年のコンプレックス。

そばかすの浮いた顔を気にして、外では鍔の広いキャップが不可欠。

お洒落に興味も無く、着る物も地味なカジュアルばかり。

私服は各々の個性が浮き立つ。

此処まで対照的だと、蕗は男の子と間違われそうな気がする。



「あんまり大声出すと猫逃げるよ……」

「そうでしたー」


呆れ混じりな低音にも軽く笑って、美乃莉がカメラを構える。

表情が切り替わる瞬間。

レンズで狙われている事など知らずに悠々と寛ぐ小さな獣。

日向に目を細める顔を、シャッター音が切り取った。



美乃莉が別校舎から足繁く通っている理由はカメラ。

餌場である此処は猫の写真撮影に最適。

何しろ相手は生き物、毎日撮っても同じ一枚など無いのだ。


写真家を目指すならそうした専門学校もあるが、美乃莉の場合は素材集め。

コラージュや画像編集を加えて一枚のアートに仕上げるのだ。

それから趣味を兼ねて。

被写体に選んだのは、勿論猫が好きだからこそ。


蕗と美乃莉、全く違う二人を結ぶ共通点。


同じ校舎でも製菓と調理では交流無し。

まして別世界なら、存在も知らないまま卒業する筈だったのに。


何だか、面白いを越えて奇妙な物ですらある。

毛並みの揃った背中をマッサージしながら、つくづく蕗が思う事。

昔から生き物に好かれやすい質。

実際、触れられている猫の方はすっかり気持ち良さそうに伸びている。


寄って来られては撫でる蕗に、レンズで追い掛ける美乃莉。

晴れた放課後、それぞれ猫を愛でる時間。



「ふーちゃんお腹空かない?」


今日も中断する声を掛けるのは美乃莉の方。

蕗が口を開こうかどうか迷っている時に、いつだって。

読まれているのかとすら思うタイミング。


「……手、洗ったらね」

「うんっ!」


暖かい陽だまりに靴を脱ぎ捨てて裏口へと引っ込む。

スリッパも突っ掛けず、ぺたぺた並んで歩く校舎の冷たい床。

衛生には人一倍敏感になる。

水場から帰ったら、二人も腹ごしらえの時間。



「ねー、今日は何作ったの?」

「Apfelkuchen……」

「日本語でおk」

「アプフェルクーヘン……、林檎バターケーキ」


包みを開けば、田舎菓子らしいどっしりした存在感。

アプリコットジャムと砂糖衣が塗られて艶々の表面にピスタチオ。

洋酒混じりのバターが香って、鼻先に甘い。

生クリームで繊細に装飾されたケーキとは違う華やかさ。


実習のたび沢山持ち帰る事になるお菓子やパン。

一人では食べ切れず美乃莉に分けてみたところ、予想以上の喜びよう。

以来、こうして外で過ごすティータイムは続いている。


階段に行儀悪く座り込んで、手掴みのお菓子。

自販機の飲み物代くらいは美乃莉持ち。


「いつもので良いんだっけ?」

「……うん」


蕗に微糖コーヒーを渡して美乃莉も片手にミルクティー。

齧り付いたケーキは、しゃきりとした林檎の歯応え。

真剣に味わうからこそ忙しくなる舌。

きちんと食べ終わるまで、どちらも集中が切れない。


猫と遊んでいる時も、おやつの時も口数は少なめ。

そうした静けさは決して重くなかった。

余計な言葉が無くても苦しくならない、穏やかな空気。



口を動かしながら横目で盗み見た。

きらきら眩しい、人形みたいに綺麗な美乃莉。


ケーキがあるからこそ隣に居る存在。

彼女にとっての自分なんて、此れだけが目当てじゃないだろうか。

其処らに何匹もうろつく野良みたいに。


でも。


そうだったとして、どうして蕗の気持ちが陰るのか。

実習の食べ物を無駄にしないで済むし、コーヒー代だって浮く。

別に何も傷付く必要なんて無いのに。

別に深く関わったりしなくても困らない相手なのに。



「ふーちゃん、早く食べないと崩れるよ?」

「……うん」


太陽はいつも頭上でも、顔を見せるかどうかは空次第。

「また明日」なんて必ず言える訳じゃない。

曖昧な気持ちを持て余しながら、回る朝と夜を待つ。



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