第七十七話 第二回イベント22
第二回イベント、七日目続きです。
それでは引き続き本作品をお楽しみください。
「ベルちゃんから預かった特別な子を、投入します……はっ!」
グレモリーは右手と左手の手のひらに魔法陣を出現させ、それらを自らの胸の前で合わせる。
すると、グレモリーの周囲に半径約20mくらいの大きさの巨大な魔法陣が現れた。
描かれている文字や紋様はよく分からないけど、さっき私を狙ってきた魔法陣ビームの魔法陣とは違う形をしている。ゲロカスビームの時は衝撃が強くて魔法陣の形なんて覚えてられなかったけどね。
さすがにこの魔法陣の上に乗ったままなのはマズいと、前衛のタンクプレイヤーたちが魔法陣の外へと退いて行った。
ゴゴゴゴゴ、と地面が揺れる。いや、この大陸全体が揺れているような感覚だ。
グレモリーはその様子にニヤリ、と笑うと両腕を空に掲げて言葉を紡ぐ。
「来なさい、蝿の王が戯れに創りし兵士!」
瞬間、魔法陣から暗い闇に赤をまとったような閃光が溢れ出す。周囲を覆ったオーラとはまた違った雰囲気だ。
グレモリーの展開したオーラはまさに不気味、といった感じだけど、今あの魔法陣から溢れ出している光は明らかな敵意をこちらに持っている。
というより、さっきから《直感》スキルにビンビン来てるんですよね! あれ、出てきた瞬間に大技ブッパするつもりだよ!
『とにかく防御! まずは耐えて!』
私の声に前衛のタンクプレイヤーがブレードを構え直す。やっぱり試作魔機装に盾がないのは欠陥だと思うんだけど……いや、設定に文句言ってもしょうがないんだろうけど、過去の人たちももう少し考えてよ!
私は試作魔機装を動かしてヴィーンとぬんぬんさんの前に出る。さすがにどんなモンスターが、どんな攻撃が来るか分からない以上、二人を守れる位置にいないとね。
やがて暗き閃光は止まり、モンスターの巨大な叫び声が聞こえた。
『GRRRRRRRAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!!!!!』
その耳をつんざくような咆哮は全周囲に広がり、私たちのHPにダメージを与えていく。くっ、試作魔機装の中にいてもプレイヤーがダメージを受けるのか……!
さすがに音の攻撃は私でも守りきれない。二人とも、耳を押えて片膝を突いていた。
それは他のプレイヤーも同様で、特に獣人族のプレイヤーに多大な被害が出ているようだ。
設定的に、感覚が鋭そうだからね……種族による割合ダメージってところかな。
「蹂躙せよ!」
『GRRRRRRRAAAAAA!!!!!!』
魔法陣が消えそこに残ったのは、一言で言えば異形。
頭から上半身までがライオンのような姿をしており、下半身は巨大なアリの姿をしている。
その口から伸びる牙からは緑色の体液が零れ落ち、地面を溶かしていく。恐らく、蟻酸だろうか。
一見合成事故を起こしたような、とても満足に動けそうにない体型をしている。
だけど、ライオン部分の前足はとても強靭で、その爪は人の大きさほどもあるだろう。
アリの後ろ足は一本一本は頼りなさそうでも、大きさが大きさだ。少なくとも、ごく普通の魔法後衛職プレイヤーならその足に吹き飛ばされただけでも大ダメージを受けるのは間違いない。
ライオンの目は既に私たちプレイヤーに向けられており、空腹からか地面に滴る蟻酸がでこぼこと地面を溶かしていく。
――聞いてないよ。大ボスが中ボスを召喚するなんて!
「ミュルメコレオ、あなたのご飯ですよ!」
『GRRRRRRRAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!!!』
空腹を満たせる喜びか、はたまた退屈しのぎなのか、咆哮を上げたアリライオン……ミュルメコレオがプレイヤーたちに向かって駆け出した。それと同時に伸びていくHPバー二本。
ライオンの二本の前足とアリの六本の後ろ足を器用に使い、凄まじい速度で突撃してくるミュルメコレオ。
プレイヤーたちはその突撃を受け止めようと密集体系になり、そこに振るわれるミュルメコレオの爪。
「「「うわぁぁぁぁぁぁぁ!?」」」
お互いの力が拮抗した、と思った時には既にミュルメコレオの爪を受けたタンクプレイヤーが乗る試作魔機装が吹き飛んでおり、後衛の最後列の少し後ろの辺りでドガシャ、と地面に激突した。
な、なんていうパワー! 前衛のタンクプレイヤー、しかも試作魔機装に乗った高レベルプレイヤーをあんなに簡単に……これは、少しまずいかもしれない。
私がそう思った、その時。
「せいっっっっっ!」
――ドゴン!
『GRRRRRRRAAAAAA!?!?!?!?!?』
顎をカチ上げられて、上を向いているミュルメコレオの姿、そして、我が人生に一遍の悔いなしと言わんばかりのポージングを決めている一機の試作魔機装の姿があった。
ミュルメコレオはなにが起きたのか分からずに動揺しているようで、自分の顎を擦りながら目の前のプレイヤーを見ている。
そう、見た目は普通の試作魔機装だ。本当に、なんの変哲もない、武装すらしてない試作魔機装。
ズガン、と音が鳴り、砂埃が舞うほどに地面を踏みしめ、ファイティングポーズを取った試作魔機装に乗っているのは――
「「「「「フルールの姐御!!!!!!」」」」」
『フルールさん!』
「ふふ。こいつの相手は、私に任せてくださいな。私も、ミオンのようにボスとタイマンというやつを、してみたかったので」
『私のせいかー』
よく分かっていない感じのミュルメコレオは、どうせ今のはマグレだろうと再び試作魔機装に向けて突進する。
いや、さっきと違うのはミュルメコレオが向かっているのがただのプレイヤーではなく、格闘女帝と呼ばれている女傑という点だ。
ミュルメコレオは先ほどと変わることなく攻撃対象にその爪を振り上げ――
「せいっ、やぁっ!」
『GRRRRRRRAAAAAA!?!?!?!?』
――その爪が触れる前に動き出したフルールさんによるハイキックがミュルメコレオの側頭部に叩きつけられ、吹き飛ばされていく。
落下地点の付近にいるプレイヤーたちは、すぐにその場から離れていった。さすがにモンスターに潰されて死に戻りは嫌だろうから。私も嫌だし。
フルールさんは地面を蹴ると、自らが吹っ飛ばしたミュルメコレオに追いつき、地面に叩きつけられる前にその背中を蹴り上げる。……何度も、何度も。
蹴り上げられるほどに威力も、高さも上がっていき、その高さがグレモリーの身長の半分、10mほどまで蹴り上げられている。
「「「「「「フールッル! フールッル!」」」」」」
プレイヤーたちからの幕の内コールならぬフルールコール。もはや完全に見世物だ。
恐らくミュルメコレオが出現している間は攻撃しないように設定されているのであろうグレモリーも、唖然とした表情でフルールさんの蹴り上げを見ている。
いや、まあ、そうなりますよね。実際、プレイヤーの半分くらいが呆気に取られてるというか、どう反応していいのか分からないみたいな感じだから。
ミュルメコレオのHPバーを見ると、既に一本目のHPバーは消し飛んでおり、そろそろ二本目のHPバーも全損しそう……つまり、倒してしまいそうだ。
でも、どうしてあんなにダメージをくらってるんだろう。そりゃ、このゲームで一番格闘系スキルを鍛えてるプレイヤーだって言っても、試作魔機装の《悪魔特攻》なんかが乗らない限り……あれ?
えっと、ミュルメコレオって確か、どこかでは悪魔の象徴として扱われてるって聞いたことあるけど……もしかして、《悪魔特攻》、乗ってる?
「これで、ラスト!」
今までで一番高くミュルメコレオを蹴り上げたフルールさんは、試作魔機装から降りてそれをインベントリにしまい込む。
一体なにを……と思っていると、フルールさんの隣にいつの間にかカンナヅキさんが立っていた。
えっと、カンナヅキさんはなんで斧を振りかぶってるの?
フルールさんはなんでそんなぴょんぴょん飛び跳ねてるの?
「いくぞ、フルール!」
「お願い!」
カンナヅキさんが斧を振り抜く直前に飛び上がったフルールさんが、斧の平らな面に着地。カンナヅキさんはそのままなにかしらのアーツを発動させたようで、斧が金色の輝きに包まれる。
そして、振り抜かれる斧。その勢いに乗って飛び上がったフルールさんはミュルメコレオを追い越し、その頭上でインベントリから試作魔機装を取りだした。
あ、これって……!
「ミオンの技を借りるわ! えっと、確かこういう時は……ミオンがワンだったから……チェンジ、マギアームツー!」
キックの体勢でスラスターを噴かせたのか、その場で回転をし始めるフルールさん。そして、その回転の力を加えて蹴り上げられたミュルメコレオを地面に叩き落とした。
って、いた! いたよ、マギアームツゥゥゥ!
しかも、回転キックでドリルまで再現してくれるなんて……あんた最高だよ!
くっ、フルールさんか獣人じゃなきゃ……いや、でもフルールさんは徒手空拳がメインだからむしろスリーの方なのでは? 大〇山おろしの方がいいのだろうか。
そんなことを思っている間にミュルメコレオはなにもない地面に激突。そのHPバーの全てを削り切られ、光の粒子に変わっていった。
……スキル構成、大事、絶対。これからイベントの時は必ず魔機装を持ち歩くことにしよう。いや、普段使いできる魔機装を作った方がいいのか……。
ミュルメコレオか消え去ったあとに地面に降り立ったフルールさんは天に拳を突き上げて、叫ぶ。
「さっきのうるさい声のお返しは、気に入ってもらえた?」
ああ、フルールさんは獣人だからさっきの咆哮で結構ダメージを受けてたのか……それに怒って、って感じだろうか。
なんにしても、ミュルメコレオとかいう中ボスにほとんどなにもさせずに倒せたのは大きい。さすがに、あとはグレモリーだけだろう。
改めて、私たちはグレモリーに向き直った。
どうやらミュルメコレオを倒したからか、周囲のオーラの質が変わった気がする。
さっきよりも、粘着質で、嫌な感じだ。
「ちっ、ベルちゃんめ。不良品を渡しやがったな……まぁ、いいです。本当の戦いは……いいえ、蹂躙はここからだということを、その身に以て教えて差し上げます!」
翼を展開し、両腕を構えるグレモリー。
さぁ、イベントのラスボス、グレモリーとの戦いの、終盤戦の始まりだ。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
続きもどうぞお楽しみください。




