第十九話 第一回イベント(ユージン視点)3
今回も主人公の兄視点の話になります。少し長いです。
それでは、本作品をお楽しみください。
「穿て! 【ハイスピアー】!」
俺は手に持った長槍を二つ構え、それぞれの槍でアーツを発動させる。
【ハイスピアー】は溜めが必要なものの威力と貫通力は高く、防御力の高い相手に1.2倍のダメージを与えることができる対ボス戦用の技だ。
槍の切っ先はアーツの輝きを纏い、グレイドラゴンの足に突き刺さる。その一撃はHPバーを少し削り、グレイドラゴンを僅かに後退させた。
「攻め続けろ! 攻撃の手を緩めるな! 緩めればさっきの火炎がまた飛んでくるぞ!」
共に戦う仲間に指示を出しながら、俺はドラゴンの足回りを崩していく。見上げるほどの巨体だ、その重さはかなりのはず!
足さえ崩してしまえば、あとは囲んで叩くだけだ。その巨体を逆手にとる!
「おらっ、【大切断】!」
「喰らいなさい! 【ボルケーノ】!」
「回復します! 【ハイヒール】!」
「ポーション【投げ】! ポーション【投げ】! もいっちょポーション【投げ】! 火炎が来なくても、腕や尻尾に当たるだけで大ダメージだから気をつけてほしいな!」
みんなも各々のできることをやっている。俺も、自分の仕事を果たす!
他のプレイヤーの攻撃とタイミングを合わせ【ハイスピアー】を連発していく。削れていくドラゴンのHPバー。
そして、足に蓄積されたダウン値が一定を超え、ドラゴンは咆哮を上げながら体勢を崩し、その場に倒れ込んだ!
「隙を逃すな! 総攻撃!」
俺は指示を出しつつ、【瞬時換装】で武器を長槍から両手斧に変える。これも、左右で一本ずつだ。
「はぁぁぁぁぁっ! 【大断撃】!」
両手斧をクロスさせるように切りつけ、アーツを放つ。発動時の隙が大きいのがこの【大断撃】のデメリットだが、相手がダウンしている以上そのデメリットは存在しないものになる。そして、【大断撃】の最大のメリットは、そのダメージ量と、一定の確率でボスモンスターの部位の耐性を無視して破壊できることだ。
通常のモンスターであれば、ある一定以上の攻撃力の攻撃で部位破壊が可能だが、ボスモンスターには部位ごとによって耐性がある。
斬撃に強い部位と弱い部位がある、みたいな感じだ。しかし、初見のボスモンスターでどの攻撃がどの部位の弱点なのかは分からない。
そこで、決まりさえすればその耐性を無視して部位破壊できるかもしれないアーツが【大断撃】だ。まぁ、切断系の攻撃で、相手に大ダメージを与えることができれば、その方法での部位破壊も可能だ。もちろん、それだけの大ダメージを与えるアーツなんて現時点では存在していないわけだが。
俺はダウン中のドラゴンに対して、【大断撃】を連発する。そして、運良くドラゴンの右腕を奪うことに成功した。
「グルォォォォォォォォォ!?!?」
痛みにのたうち回るドラゴン。被弾を防ぐため、いっせいにドラゴンから離れて様子を窺う。
HPバーは一本半削れている。この調子で戦っていけば、勝てるだろう。
「勝てるぞ! 俺たちはドラゴンに勝てる! このままの調子で戦っていくぞ!」
「「「「了解!!!!」」」」
やがてドラゴンが起き上がり、口元に炎を溜める。くっ、火炎が来るか!
「総員、退避!」
俺は指示を出した後に【瞬時換装】で大盾に持ち直し、【大金剛】で防御力を上げる。
そして、俺の全身を焼き焦がさんとドラゴンの火炎が放たれた。ジリジリと減っていくHP。だがそれも、回復役の手によってすぐさま回復される。
火炎が終われば武器を持ち替えて、再び【ハイスピアー】を連打、ダウンしたら両手斧に持ち替えて【大断撃】。相手の行動パターンが変わるまで、この戦法を続けることができる。
こうしてドラゴンのHPを削っていき、残りのHPバーが二本になった時にそれは起こった。
「くっ、尻尾の攻撃に叩きつけと薙ぎ払いのパターンが生まれたぞ!」
「火炎、噛みつき、腕の薙ぎ払い、腕の振り下ろし、踏みつけ、尻尾の叩きつけに薙ぎ払いか……かなりパターンが増えてきたな……」
「予想外の攻撃で、一部のプレイヤーに死に戻りが発生しています!」
「デスペナを受けた者は後方待機! 抜けた穴は、それぞれのPTで埋め合ってくれ!」
「すまない! 遅くなった!」
ここでカズマたち斥候組が帰還する。よし、これなら死に戻ったプレイヤーの抜けた穴を塞ぐことができるか!
「カズマは他のPTの抜けた穴を補ってくれ! 斥候組のみんなも頼む!」
「分かった!」
カズマたち斥候組は持ち前の素早さで持ち場についていった。これで、少しは持つといいが……。
「どうするユージン。同じパターンで続けるか?」
「いや、それは悪手だろう。あのドラゴンの攻撃力はかなり高い。このまま続けても死に戻りが増えてこちらが不利になるだけだ」
「なら、俺が攻撃を引きつけるか? その方がユージンがアタッカーに回れていいと思うが」
「それなら、俺がタンクになろう。ヒビキは小盾だから、あいつの攻撃を受け流そうにも重さが足りなくて吹っ飛ばされそうだ」
「その可能性はあるな……分かった! ドラゴンからの攻撃は任せる!」
「なら、そっちには全体的な指示出しを任せるぞ。俺はやつの攻撃を捌くことに集中する」
「ああ。じゃ、頑張れよ!」
ヒビキはそう言って俺から離れ、ギルドチャットを繋ぐ。
俺が一人でドラゴンの攻撃を受け持つこと、それ以外のプレイヤーはタイミングを見て攻撃、回復、補助を行うこと。
ダウンしたら今まで通りに総攻撃をかけることなどを通達していく。
それは話を聞いたギルドメンバーから他のギルドのプレイヤーにも伝えられ、俺の周りからプレイヤーの姿が消える。少し離れた位置、ドラゴンが隙を見せればすぐにでも攻撃できる位置取りをしてるようだ。
さて、俺も俺の仕事を果たすとしよう。
お決まりとなった【瞬時換装】での武器換装。大盾に持ち替え、自身の重さを上げる魔法【ズシン】を使う。これで俺の総重量は二倍。ドラゴンの一撃を受け止めてもビクともしないはずだ。もちろん防御力は上がらないのでダメージは喰らうのだが。
振り下ろされる巨腕。構えた大盾にその強靭な爪がぶち当たり、甲高い音を鳴らす。ダメージは喰らったものの、俺の足はしっかりと地面に縫い付けられており、【大金剛】を使わなくてもドラゴンの攻撃で仰け反ることはなくなった。
「ドラゴンの攻撃はユージンが一人で持ってくれてるぞ!」
「囲め囲め! 一瞬の隙も見逃すなよ!」
「ギルマスの犠牲を無駄にするんじゃないよ!」
「「「「おう!」」」」
おい最後の待ってくれ別に俺は死んだわけじゃないんだが!?
しかし、周りのみんなはいい仕事をしてくれる。ドラゴンの攻撃直後の僅かな硬直を見逃さずに攻撃をしかけているようだ。
メイン火力は魔法と弓。的確に弱点を突いているわけではないが、その絨毯爆撃のような密度の高い攻撃の数々に、さしものドラゴンも嫌がっているようだな。
ドラゴンのHPバーが残り一本になり、残り半分まで削れたところで異変が起きる。突然ドラゴンが後方へ飛び下がった。
そのままドラゴンは突撃の姿勢を取り――
「グウォォォォォォオオオオオオオオ!!!!!!」
――大きな咆哮を上げて突進してくる! 対象は……ちっ、俺か!
「全員ユージンの後ろにいるんじゃねぇぞ! 左右どっちでもいいから退避しろ!」
ヒビキの指示が飛ぶ。そうだよな、俺が止めなきゃいけないよな!
自分に突進してくる巨体に震えそうになる身体を押さえつけ、一度深呼吸をして二つの大盾をがっちりと合わせる。そのまま地面に固定し、力を込めやすいように足を開いた。
重さを上げる【ズシン】、防御力を上げる【プロテクト】、防御力を五倍にする【大金剛】を使い、ドラゴンの突進を待つ。
「ぐ――っ!」
ガン! と凄まじい衝撃が大盾にぶち当たった。それだけで俺のHPは半分も削れ、大盾で地面を抉りながら押し出される。
ガリガリと俺のHPが削れていく。ハルの【ハイヒール】が飛んで来るものの、回復した分のHPはすぐに消えていった。
ギリ、と歯を食いしばる。このままドラゴンが止まらなければ、こいつが街に到達してしまう。そうなってしまえば、少なからず住人に死傷者が出てしまうのは避けられない。
俺は強くなった。ベータの時よりも、だから!
「お前には……負けられん!」
俺の思いが届いたのだろうか。
ここからでも街が見える位置にまで押し出されたものの、ドラゴンの突撃を止めることができた。俺のHPはレッドゾーン、つまりは瀕死だ。
だけど、生き残った。防ぎきったぞ……!
「ギルマス!」
飛んでくる回復魔法。みるみるうちに回復していくHP。イエローを経由してグリーンに戻る。つまりは全回復だ。
「この野郎やったじゃねぇか! お前ら! あのドラゴンはバテてんぞ! ユージンに負けないように気張りやがれ!」
「「「「うォォォォォォォォォォォ!!!!!!!」」」」
追いついたプレイヤーたちによる一斉攻撃。突進で力を使い果たしたのか、その場を動かないグレイドラゴン。そして、そのHPバーが尽き――
「グゥォォォォォオオオオオオン!!!!」
大きな咆哮を残して、その身体が光の粒子に変わっていく。同時にログが流れ、グレイドラゴンの完全討伐を確認する。
勝った……勝ったぞ……!
俺は大盾を両手剣に持ち替え、切っ先を掲げる。
「俺たちは! 勝ったぞォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!!」
「「「「「「「「「オォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!」」」」」」」」」
場を包む大歓声。俺たちはその身でドラゴンと戦い、そして勝利したんだ!
俺たちは仲間と抱き合い、喜びを分かちあって――
「ところがぎっちょん! そうは問屋が卸さないってなァ!」
ズシン、と腹の底に響くような音。なにか巨大なものが歩いているのだろうか、地面が震える。
俺たちはすぐさま自身の得物を握り、声のした方を向く。
「っ、嘘だろ!? あれは演出じゃなかったのか……!」
「カズマ……もしかして、あれが四匹いるってドラゴンかよ!?」
「なんでここまでの難易度になってるのよ運営……! さすがに笑えないわよ!?」
「せっかく一体のドラゴンを倒したと言うのにね……おかわりだよ、みんな」
フィールドの向こうからやってくる四匹のドラゴン。それを引き連れている翼の生えた男が、俺たちを見下ろしていた。
褐色の肌に山羊のように捻れた角。
メガネの向こうにある瞳は、俺たちのことを見下したように、嘲笑うかのように眺めている。
紛うことなき悪魔。マーカーはNPCを指しているため、この世界の住人と言うことだ。カズマの報告通りだが……。
「まずはドラゴンを倒したことを褒めてやろう。だがしかし、やつはドラゴンの中でも最弱の灰色! そんなやつを倒すのにそんなにボロボロになっているようでは、こいつらをまとめて相手するなんてできねぇよなァ!」
げひゃひゃ、と下卑た笑い声を響かせる。
「俺様がわざわざこんな辺鄙な浮遊大陸に来てやったってのによォ、冒険者ってのはこんなもんか。だけどまァ……【ハイクイック】」
目の前の悪魔は目にも止まらぬ速さで俺に接近し、俺の首を握り締める。息ができずに悶えていると、やつは俺を思いっきり投げ飛ばした。
「てめェが一番強そうだなァ!」
「がはっ」
首を擦りながら周囲を確認すると、さきほどいた位置から離れた場所……ドラゴンの近くに投げ飛ばされていた。
投げ飛ばされた衝撃で剣を離していたらしく、近くに俺の両手剣が落ちていた。すぐにそれを拾い上げ、ドラゴンに向けて構える。
「やるしか、ないかっ!」
ドラゴンとの戦いの第二ラウンド。どうやら俺の相手をするのはドラゴン一体のようだ。他の三頭は他のメンバーの元へ向かう。
目の前のドラゴンのHPバーは五つ。つまり、さきほどみんなで協力して倒したドラゴンと同じ強さだと言うことだ。
ドラゴンの腕を振り下ろしの初撃を盾で受けようと【瞬時換装】を使った瞬間。
「ハッ、そんなつまんねぇことすんじゃねェよ。【ダークネスバインド】ォ!」
悪魔が魔法名を唱えた瞬間、俺の周囲に闇が湧き出し俺の四肢を拘束していく。闇属性のバインド魔法か!
力を入れてもビクともしない。俺はドラゴンの前で大の字に拘束されている。無防備な俺の身体に、そのまま巨大な腕が振り下ろされた。
「ぐぁっ!」
ドラゴンの攻撃をまともに受けて地面に押し潰される。凄まじい勢いでHPが削れていくが、俺を拘束する【ダークネスバインド】は解ける気配がない。このままだと、殺られる……!
首だけで辺りを見渡せば、他のプレイヤーたちにもバインド魔法がかけられていて、次々にその身体を光の粒子に変えていく光景が見えた。
「ゲヒャヒャヒャ! ゴミ共を潰せ! 壊せ! 俺という存在をその頭に刻みつけて死んでいけェ!」
アイリーンも、ハルも、アルゲンビストも、カズマも死に戻った。ヒビキと俺はドラゴンに掴まれ、残りのギルドメンバーも、他ギルドのメンバーもほとんどが脱落している。
「こんな、ところで……!」
HPがイエローゾーンに突入し、視界の端が赤く染っていく。有り得ない難易度に文句を付けたくなるが、最後の最後まで足掻いてやるぞ。死に戻りしても、デスペナでステータスが下がっていようと、再びお前らの元にやってくるからな。
そこに、げひゃげひゃと耳障りな笑い声を上げていた悪魔の声が聞こえる。
「あー、ブエルくん? いきなりどうしたんだい? 調子? こっちはゴミ共しかいないから楽だけど……え、アンドラスくんがやられた? おいおいいくら相手が雑魚だからって油断しすぎ……ん、なんだ、あれ……?」
悪魔が空を見て固まる。俺も悪魔の視線の先を見ようと首を動かそうとして、違和感を覚えた。
……こんなにこの草原は薄暗かっただろうか?
その答えは、すぐに分かった。
空から降り注ぐ何条もの閃光。その一つ一つがドラゴンの身体に突き刺さり、肉を焦がし、そのHPを削っていく。
とんでもないHPの減りに動揺するが、俺を押し潰していたドラゴンは光に貫かれながらも俺のHPを削り続けている。その腕が再び持ち上がり、振り下ろされ――
『いっけぇぇぇぇぇぇぇぇっ!』
――その根元から、切り落とされた。
天から舞い降りた漆黒の流星。所々に輝く紅血の線がその存在感を主張していた。その右手に握られているのは、剣の形をした光そのもの。
目の前のそれは宙に浮いており、身体のあちこちにある噴出口から風と、翡翠色の粒子を吐き出していた。
「……紫音ちゃん、か?」
俺のその問いに目の前のそれは振り向き、頷きつつ左の親指を立てる。
それは地面に降り立つと、未だに痛みに叫んでいるドラゴンに向かって言った。
『ギルド【自由の機翼】、遅ればせながら、参戦します!』
再び戦場に、光の雨が降り注ぐ。
黒紅の機人が、白灰の機人を伴って、この地上に舞い降りた。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
次の話から主人公たちの視点に戻ります。時系列で言えば、イベント開始直前まで戻ります。
続きもお楽しみください。




