第十七話 第一回イベント(ユージン視点)1
今回から3話ほど、主人公の兄視点となります。
引き続き、本作品をお楽しみください。
「ふんふんふふ〜ん」
昼前に起きた俺は昼食の準備を進めていた。鍋でお湯を沸かし、乾燥パスタを円の形になるように投入する。もちろん、塩を適量入れるのも忘れない。
しばらく鍋の中のパスタをかき混ぜていると、階段を降りてくる音と、まもなくしてリビングの扉を開ける音が聞こえてきた。
「ふわぁぁ」
今の欠伸は紫音ちゃんの声かな。昨日も遅くまでログインしていたみたいだし。
俺は手早く茹で上がったパスタをケチャップ、ウインナー玉ねぎなどと一緒に炒め、絡めていく。そうすれば、あっという間に簡単ナポリタンの完成だ。
「待たせたね。はい、ナポリタン」
「わぁ。兄さんありがとー」
俺は琴宮悠人。目の前の天使、琴宮紫音の兄にして、FreedomFantasiaOnline、というVRMMORPGゲームにおける攻略組プレイヤー、ユージンだ。
自分で言うのもなんだけど、俺は強い。ベータテスト時に行われたPvP大会で優勝できるくらいの力は持っているつもりだ。
そして今日は、フリファンの稼働一ヶ月を記念した第一回イベントの開催日。イベントの内容は、街の四方から襲い来るモンスターを倒し、街を守るという防衛戦。自らの身体で行うタワーディフェンスと言っていいだろう。
俺がギルマスを務めるギルド、【極天】は街の東側、草原側を守ることになっていた。これは、始まりの街にギルドの本部を持つ大手ギルドとの話し合いで決まったことで、北は獣人の多くが集まったギルド【ケモケモ帝国】、西はちょっと性格に難があるけど個人個人が強いギルド【唯我独尊】、南は大手ギルドに入っていない中小ギルドのプレイヤーたちで守ることになっている。
そう言えば掲示板で噂になってた紅と黒の魔機人って紫音ちゃんだよね。ってことは、紫音ちゃんも自分のギルドを持っているはず。
今日はどこを守るつもりなのか聞いておこうかな。
「ねぇねぇ紫音ちゃん」
「ん、ほひはほー?」
「とりあえず口のものを飲み込んでから話そうか」
「ほーい(ごっくん)。で、なに?」
「あ、うん。今日はイベント当日でしょ? 紫音ちゃんたちはどうするのかなって」
俺がそう聞くと、紫音ちゃんはまるで石になったように固まってしまった。あ、あれ? どうしたのかな?
「えっと、紫音ちゃん?」
「いやー、そのー、うん。ちゃんとイベントには参加するつもりだよ? ただね……」
「どうしたの?」
「今やってる作業がちょーーーっと長引きそうでね。一応、中盤戦くらいからは参加できると思うんだけど」
「ああ。なるほどね。まぁ、今回のイベントは途中参加ができる形式らしいから、大丈夫じゃないかな?」
「そうだといいけどね……」
おっと、我が天使が沈んでしまった。ここは兄として励まさなければ!
「大丈夫だよ! たとえ紫音ちゃんが間に合わなかったとしても、俺たちのギルドがなんとかするから!」
「……そう。いや、ありがとう。頑張るよ」
あ、あれ? なんか、余計に暗くなった?
もしかして余計なことを言ってしまったのだろうか。うーむ、妹心は分からないな……。
「じゃあ兄さん、これ片付けたらゲームに戻るね。作業の続きをしないといけないから」
「あ、うん。お皿は流しに置いといてくれればこっちで洗っておくから……」
「じゃあね」
紫音ちゃんは食器をシンクへ置くと、スタスタと二階へ上がって行ってしまった。うーむ、なにがいけなかったのだろうか。
とりあえず俺もご飯を食べて、皿洗いと夕飯の準備をしたらゲームにログインするとしよう。
そして、諸々の家事を終えて、ゲームにログイン。
俺は、紫音ちゃんの兄である悠人から冒険者のユージンになる。
目を開けば、ギルド【極天】のギルドハウスのリビングだった。
「お、やっと来たかギルマス」
「すまない。待たせたな」
目の前のこの男はヒビキ。ベータテストの時からPTを組んでいて、正式サービスでもPTを組み、ギルド設立まで付き合ってくれた友人だ。片手剣と盾という堅実なスタイルを好み、俺がアタッカーを務める際にはタンクに、俺がタンクを務める際にはアタッカーになってくれる随分と器用なプレイヤーだ。
「しかし、今回のイベントは緊張するな。ベータの時のことを思い出しちまう」
「あれは辛かった。あと少し、あと少し人手が足りていれば……と思ってしまうよ」
「ま、無い物ねだりはしない方がいいか。今回は、大勢のプレイヤーがいる」
「ああ。そうだな」
ヒビキと友好を温めていると、他のPTメンバーやギルドメンバーが次々と集まってくる。各々のPTメンバーと談笑を始めたり、他のPTメンバーと今日の打ち合わせをしたり。
俺たちのPTは俺、ヒビキを始めとして、魔法攻撃役のアイリーン、回復役のハル、斥候役のカズマに、諸々のサポート役のアルゲンビストの計六人となっている。
フリファンのPT人数の限界が六人のため、限界までメンバーを入れているというわけだ。
「ねぇ、ギルマス?」
「どうしたアイリーン」
「今日は威力よりも、継戦能力を重視して魔法を使えばいいのよね?」
「そうだな。どれだけの魔物が来るかも分からないし、雑魚モンスターで魔力を使い尽くして、ボス級のモンスターがやってきたとしたら本末転倒だ」
「りょーかーい」
そう言ってアイリーンはハルの元へと向かっていく。恐らく、ハルにも魔力の消費を抑えるように言っているのだろう。
続いてカズマが近づいてくる。
「ギルマス。今回俺はみんなと離れて、ボスモンスターが出現しないかどうかを見てこようと思ってるんだが、大丈夫か?」
「ふむ。そうだな。事前に確認するのはいいことだろう。そちらでボスモンスターを発見するか、こちらが危なくなってきたら戻ってきてくれ」
「あいよ」
「僕はどうしたらいいかな?」
カズマと話していると、アルゲンビストが話に加わる。
「いつもは手が足りないところ手伝いに行ってもらっているが……ポーションの量はどうだ?」
「今のところ、かなりの量を作って置いてあるよ。多分、今回のイベント中は足りるとは思うけど、足りなくなった時の為に携帯生産セットを持っていこうかとね」
「なら、アルゲンビストはアイリーンと一緒に火力支援。きつくなってきたらハルとともに回復役に回ってほしい」
「了解です」
カズマとアルゲンビストはイベントの際の動きについて話すために離れていった。そこに、ヒビキがやってくる。
「開幕はユージンがアタッカーか?」
「お前もな。恐らく、最初に来るやつらは本当の雑魚モンスターだ。斥候ですらないだろうな。だから、お互いにアタッカーとして敵の数を減らし、精鋭が出てきたタイミングでタンクに入ってくれ」
「んで、俺のタンクでどうしようもなくなったらユージンがタンクに入るわけか」
「正直、防衛戦で俺がタンクになる時点でやばいとは思うが……そうなったら、俺一人で前線を支えて、みんなにはその間に回復してもらうことになりそうだな」
「そうはならないことを祈ってるぜ」
その後は他愛もない話を続け、イベント開始の一時間前になった頃。ギルドホームで待機する俺たちの前にぽん、とデフォルメされた女の子が現れた。
『どうも、みなさんこんにちは。GMの才羽です。これより皆さんを事前に決めてもらった防衛位置に送りたいと思います。準備はよろしいですか?』
デフォルメされた見た目から似合わないクールな声が響いた。
GMの才羽さんが俺たち全員に向かって問いかける。
俺とヒビキはお互いに顔を見合わせ、頷く。
「ギルド【極天】。準備完了です」
『分かりました。それでは皆さんをフィールドへ送ります。カウントダウンは一分前から始まりますので、それまでに所定の位置に着いていてください』
才羽さんがそう言うと、俺たちの足元に魔法陣のようなエフェクトがかかる。一瞬の内に光が視界を埋め尽くしたあと、俺たちは東の草原の入り口に立っていた。見れば、他ギルドのメンバーも続々と集められている。
俺はギルドメンバーを見渡せる位置に立ち、全員の注目を集めた。
「これより、第一回イベントが始まる。前にも言った通り、このイベントは遊びではない。街の中まで侵攻を許せば、ここに住む人々が犠牲になる。それは、ベータテスター諸君は分かっていることだろう」
ベータテストの時の防衛戦を知っている何人かが苦々しい表情を浮かべた。
その気持ちは痛いほど分かる。俺も、悔しい思いをした一人だからだ。
だから今度こそ、守ってみせる。
「だからこそ、俺たちはやらねばならない。勝たねばならない。モンスター共の侵攻を阻止し、この街を守る。イベントだからじゃない。この世界で生きる人々を守るために! 俺たちは戦う!」
俺は両手剣を二本取り出し、それぞれの手に持った。本来であれば両手持ちしないと使えない剣を片手で使えているのは、《装備重量制限解除》というEXカテゴリーのスキルを持っているからだ。
イベント開始までのカウントダウンが視界の端で始まる中、その場で剣を振り抜き、一本の横線を描く。
「敵を、モンスターを、災厄を、ここより先には一歩たりとも通すな! この街の存亡は、我らの手にかかっている!」
「いいか? 俺たちの仕事は、死んでもモンスター共を街の中へ入れないことだ。イベント中のデスペナルティはステータス減少のみ……お前ら、死ぬ気で戦う準備はいいな!」
「「「「おうっ!!!!!」」」」
俺の声にヒビキが続ける。そして轟くみんなの声。周りを見てみれば、俺たちのギルドだけでなく他のギルドのプレイヤーも俺の言葉を聞いていたみたいだ。少し恥ずかしいな。
そして時は進み、カウントダウンが0になる――
「諸君の奮戦に期待する。全員、進軍せよ!」
「「「「オォーーーーーーーーーーーーっ!!!!」」」」
第一回イベント。ファンファーレが響く中、始まりの街防衛戦の幕が切って落とされた。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
続きもお楽しみください。




