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高崎では車内にいた乗客の大部分が降りてしまった。

逆に新たに乗ってきた乗客は一人きりだった。

大きなリュックを背負ったポニーテール姿の若い女性だった。

(冬だけど何所かの山に登っていたのかな)

格好もリュックサックも登山用という感じだ。

女性は僕の横を通り過ぎると、すぐ後ろの座席へと腰を下ろした。

釣り目とポニーテールがどことなく一年前に出会った女の子を連想させた。

(はるちゃんは元気にしているかな。そういえば、はるちゃんに出会ったのもこのくらいの時期だったよね)

去年出会った彼女のことを僕は想った。


持田はるかと出会ったのは今から一年前の年末だった。

その時期は僕が女性化の手術を終えてから2週間ほど経った頃だった。

その頃の僕は数少ないお金を元にネットカフェを転々としていた。

女性として働こうにも住所もなければ銀行口座もなく、それに携帯も持っていないとなると絶望的だった。

(どうしよう)

頭には何一つ名案が浮かばず、日々転々とする生活ばかりだった。

なるべくお金を使わないようにしても野宿できない以上、一日二千円はかかった。

それでいて200万円ほどあったお金は残り6万円を切っていた。

その日も、深夜料金になるのを待ってから身分証明書が不要な安い漫画喫茶に訪れていた。


雑居ビルに入ると、既にエレベータを待つ女性が立っていた。

グレー色のキャリーケースを片手に、リクルートスーツを着込み黒い鞄を肩にかけた女性は、明らかに就活中の女性だった。

キャリーケースを重そうにエレベータ内に引きずり入れると僕に気がついたのか軽く頭を下げた。

僕は「すみません」と言って乗り込んだ。

彼女は漫画喫茶のある4階を押すと僕に「何階ですか」と聞いてきた。

「同じ階です」

僕がほほ笑むと彼女も軽く会釈をした。


彼女は「どうぞ」と私を先に出してくれた。

(うーん。この場合、僕が先にお店に入っていいものなのだろうか?)

そう思ったのだが、お店の入り口が手動だったのでドアを開くと僕も同じように「どうぞ」と彼女をエスコートした。

「ありがとうございます」

彼女は嬉しそうに笑顔でこたえてくれた。


「ごめんなさい。満席でして」

男性店員は申し訳なさそうに頭を下げた。

僕たちは揃って店を出た。


「良かったら一緒にファミレスかカラオケでも行きませんか」

そう提案してきたのは彼女の方からだった。

(マジで!?うわー、絶対に男モードだったら話すらさせてもらえそうにないのにな)

見る限りに真面目そうな彼女が僕にそう声をかけてきたのは明らかに僕が女性だと思っているからだ。

(めっちゃ、嬉しい)

その時、僕は初めて女性として認められた気がした。

「はい。行きましょう」


僕らは近くのカラオケボックスに入ることにした。

「当店の会員証はございますか?」

僕と彼女は首を横に振ったが、店員は更に「どちらかのお客様に会員証を作っていただく必要があるのですが、身分証明書はお持ちですか?」

(うわー、まずい)

それを聞いた僕は慌てたが、すぐに彼女の方が「じゃあ、私が作ります」と言ってくれた。

彼女は鞄から財布を取り出すと運転免許証を差し出した。

それを見ながら、僕は彼女から何とかして彼女の身分を借りられないかと思った。

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