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僕ははるちゃんの運転免許証とオーナーの物置部屋を使って都内の銀行と信用金庫で口座を開設し、携帯電話を入手した。
それからオープニングスタッフなどの短期のアルバイトでお金をコツコツと稼ぎ、そのお金を元に保証人を必要としないマンスリーマンションを借りた。
ちゃんとした住む場所を手に入れた僕はクリーニング店で受付業務のパートを始めた。
なぜクリーニング店なのかというとそれもまたはるちゃんが原因だった。
彼女からスーツを借りた日から僕は女性が着た服に異様に性的興奮を感じるようになってしまったのだ。
僕が働くクリーニング店は洋服の受け取りと受け渡しだけで、実際のクリーニングは工場で行われていた。
各店舗から服を回収して一つの工場でクリーニングを行い、また各店舗に洋服を戻すという流れだ。
店舗には基本一人しかおらず、お客が来なければ暇なのだが僕にとっては好都合だった。
お客が出す服は様々だ。
スーツ、ワイシャツ、学生服、パーティー用のドレス、喪服などなど。
僕はあらゆるものを着ることが出来た。
回収の車が来るまでの時間、店舗の奥でお客さんの服を着ることが僕の隠れた喜びだった。
ずっとこのままこの仕事を続けよう。
それが出来ると僕は思っていた。
だが、マイナンバーという国の制度が新たに作られたことで僕の現状は大きく変わってしまった。
それはパートを始めて5カ月後のことだった。
上司に当たるエリアマネージャーから「マイナンバーを書いて提出してね」と用紙を一枚渡された。
僕は初めそれが何のことなのか良く分からなかった。
とりあえず「はい、わかりました」とニコッと答えたくらいだった。
きっと大したことない。
そう思った。
だが、家に帰って調べてみると他人の身分を拝借している僕にとっては一大事だった。
はるちゃんの名前を借りている僕が会社に提出する番号はもちろんはるちゃんのマイナンバーしかありえない。
だが僕はその番号を知らなかった。
仮にはるちゃんの住む市役所に行き番号を知り得たとして、それを僕が務める会社に報告すれば一安心なのだろうか。
いや、そうじゃない。
彼女が無事に内定を貰って無事に大学を卒業するとしたら、あと半年後には社会人となる。
半年後からは同じ番号で同じ名前の人間が同時に二つの仕事をすることになる。
そうなればすぐには露見しないにしろ、いつかは僕がはるちゃんの名前を借りていることはばれてしまうだろう。
(ああ、もうダメだ。もう終わりだ)
手術を受けてから半年の間に必死に作り上げた僕の生活はガラガラと音を立てて崩れ壊れた。
出会った人が僕の頭の中に次から次に浮かんできた。
同じパートの幸田さんは恰幅の良いおばさんでよく面倒を見てもらった。
「はるちゃんは可愛いんだから帰り道は気を付けるんだよ」
僕と交代で業務に入る幸田さんは毎回、そう言って僕を笑顔で見送ってくれた。
20代後半くらいの配達担当の木村さんは接していてすごく面白かった。
声に詰まったり、顔を真っ赤にしたり、明らかに僕に好意を持っていた。
それが面白くて僕は何度も木村さんをからかった。
ワザと彼の手を触れたり、彼の前で物を落としてお尻を突き出すように物を拾ったりなどだ。
奥手の木村さんが僕にアプローチすることはなく、それが僕には余計な面倒がかからず好都合だった。
僕をオカズにして毎晩楽しんでいる彼を想像するのが楽しくて仕方なかった。
むしろ面倒だったのは既婚者なのに何度もしつこく食事に誘ってくる吉川さんだった。
正社員だし、店舗を管理する立場にある以上は無下には出来なかったが、幸田さんのアドバイスや助けが合って毎回、彼の誘いを逃げ回った。
そして誰よりも真っ先に僕の頭に浮かんできたのは相馬さんのことだった。
相馬さんは近所に暮らしている30代半ばの主婦でパート仲間だった。
僕の指導役をやってくれた相馬さんは優しくて面倒見の良い人だった。
お互いの家が近所ということもあって何度かスーパーで会う内に相馬さんの家に呼ばれるようになった。
まだ保育園の子供がいて、その子と遊ぶのがすごく楽しかった。
(こんな女性になりたい)
ごく普通の主婦である相馬さんが僕にとって憧れだった。
僕にとって相馬さんは紛れのない友人だった。
けれども相馬さんにも僕が男であることは教えていなかったし、まして自分が『持田はるか』じゃないということも言っていなかった。
(結局、僕は嘘ばっかりだ)
持田はるかの身分という基礎の上に築き上げた僕の生活は基礎が壊れれば簡単に壊れてしまった。
僕はその晩、「仕事をやめて実家に帰る」という嘘の内容のメッセージを相馬さんに送り、翌日には退職の意志を会社に伝えた。
読んで頂きありがとうございます。
クリーニング店でのアルバイトのこともエピソードを交えてゆっくり書きたかったのですが、そうするとかなり間延びしちゃうなと思いやめました。
本当は女性として働く男の娘をちゃんと書きたかったのですが。。。
お客さんの服を勝手に着ちゃうシーンも、そしてパート仲間との絡みも結構考えていましたし、実際ちょこっと書いていたのですがどこまで書いたらいいものなのかと、出口がなかなか見えなかったもので(><)
バッサリ切っちゃいました。
あと数話で終わる予定ですので、終わり次第、おまけエピソード的な形で書けたらなと思っています。
需要があるかは別ですが(笑)
次回の更新は三日後を予定しています。




