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それまであまり就活生を意識していなかったが、改めて街中を見回すとリクルート姿の学生は意外に多い。
はるちゃんとの待ち合わせ場所になっている駅前の広場にもちらほらと就活生の姿が目に入った。
(あのまま専門学校に通っていたら僕ももうすぐ就活が始まったのだろうな)
想像しても僕には男性用のスーツを着て入社試験を受ける自分は想像できなかった。
男のままで男として生きることなど嫌だった。
昔から高校を卒業したら東京に出て女性になりたいと心に決めていた。
その一心で手術も受けた。
でも現実は女性として生きるには無理があった。
もちろん性同一性障害者として公的に女性になるという道はある。
だがそれにはお金も時間もかかる。
まして性器を切る覚悟もなければ、親や親族に相談する勇気もなかった。
今のままでは男の姿に戻って仕事を探すか、それとも女装で出来る仕事を探すしか方法は残されていない。
けれども僕はもう男として見られたくはなかった。
女性として生きたかった。
その時、思ったのだ。
もし女性の身分証明書を手に入れることが出来たらどうだろうかと・・・
それがあれば銀行口座を作れる。
携帯も作れる。
身分証明書、銀行口座、携帯電話。
この三つがあれば女性として仕事ができる。
(なんとしてもはるちゃんから身分証明書を盗み取ろう)
そう僕は心に決めていた。
11時15分。
事前に約束した時間通りにはるちゃんはやってきた。
朝の感じより表情もだいぶ落ち着いていて凛として歩いていた。
はるちゃんはもともと目が釣り目がちなこともあって見る者に対してきつそうな印象を与えてしまう。
そんな彼女だが、僕の10メートルほど手前までやってくると急にキョロキョロと左右に体を慌ただしく動かした。
何だか急にはるちゃんらしくなる。
さっきまでのキツそうな女性という趣は最早ない。
(なんだかとっても可愛いな)
僕を探しているであろうはるちゃんと僕は目が合う。
僕は手を振ろうと腕をあげた。
しかし彼女はまったく違う方に目を向けてしまった。
仕方ないので僕ははるちゃんの方に向かって歩いて行った。
3メートル手前あたりでもう一度、はるちゃんと再び目が合った。
でもはるちゃんは今度も全く僕に気がつく様子はない。
(やっぱり僕だって分かってないや)
「はるちゃん」
僕はそう彼女に向って声をかけた。
「えっ」
はるちゃんは驚いた表情で僕を見つめた。
「メグちゃん?」
「うん」
僕はニコッと笑った。
「えー!!全く分からなかったよ!」
はるちゃんは僕の手をギュッと掴んだ。
(うわ、温かい)
彼女の手は小っちゃくてスベスベしていた。
僕は照れを隠そうとその手をパッと離すと自分の髪をはるちゃんにアピールした。
「どうですか?はるちゃんみたいに髪を縛ってみました」
「うん、そのせいかな。だいぶ印象が違うよ。メグちゃん、すごく大人びているし、すごっい綺麗だよ。さっき目が合った時もちょー美人がいるなって思っていたもん」
「えー、そんなことないです」
僕は首をブルブルと振った。
本当はすごく嬉しかった。
メイクには多少自信があった。
室内だけで女装を行っていた時に、僕は独学で色々なメイク法を試行錯誤して身に着けていた。
はるちゃんが僕に気がつかないのも無理はない。
特にアイメイクにはかなりの手間をかけていた。
彼女に似せるため釣り目に見えるようにアイラインを上に向けて描いた。
おかげで、僕の印象をかなりはるちゃんに似せることが出来たのだ。
レストランに入ると僕とはるちゃんは同じパスタのランチを頼んだ。
カラオケボックスでもあんなに会話をしたというのに話題は尽きなかった。
もちろん大部分は就活のことで、僕がどのように説明会を受けるのかというレクチャーが主題だったが、それでも途中途中で色々な話をした。
学校生活のことだったり、友人関係だったり、ちょっとだけはるちゃんの彼氏のことも聞いた。
もちろん僕も彼氏のことを訊かれた。
「一年付き合っているのでなんだか最近はマンネリ化状態です」
そんな僕の真っ赤な嘘を彼女はうんうんと相槌を打ちながら「男ってね・・・なんだよ」などと恋愛観を享受してくれた。
はるちゃんからすれば僕との会話などごく普通の女の子同士の会話なのかもしれない。
「一口交換しない?」と彼女が提案し、彼女が頼んだチョコレートケーキと僕の頼んだチーズケーキを一口交換し合ったことだって、女の子同士では当たり前のことなのだろう。
でも僕にとってはそんな女の子としての日常を味わっていることに興奮していた。
もうずっと股間はニョキッと反応しっぱなしだった。
それに伴う下腹部の痛みですら快感に思えていた。
デザートを食べ終わったころ、はるちゃんはトイレのため席を立った。
(このタイミングしかない)
僕は彼女のバッグをサッと自分の方に引き寄せた。




